レジャー感覚
2層で出る魔物は、たかだか大ネズミや吸血蝙蝠くらいの物なので、わざわざ手斧を使うまでもなく適当に蹴り飛ばしてどんどん前に進んだ。後からついてくる兵士達から時折ひそひそ話が聞こえるが全て無視だ。俺の事を良く思っていない事は先ほどの会話で十分理解出来たので、協力するつもりはない。
そもそも大概の魔物なら俺1人で倒せるし、こいつらがついて来たのはむしろ魔石を確実に入手する為だろう。俺が手に入れて隠さないようにする為の監視と言い換えても良い。自分達の身くらいは守れるだろうが、戦力としてはカウントしない方が良さそうだ。
最後尾にいるジスカは兵士達の会話には参加せず、かと言って俺を擁護するでもなく黙ってついて来ている。俺も初対面なのに失礼な事を言ってしまったし、相手からすれば突然ナイラと呼ばれて訳が分からなかっただろう。
……ふう。
こういう時はさっさと仕事を終わらせて帰るに限る。
しかしこうして洞窟を進んでいると、魔王様と一緒に魔界内のダンジョンに行った時の事を思い出す。魔力が偏って出来たダンジョンは魔界内にもあって、よくそこに遊びに行っていた。魔王様には『操魔の指輪』があるので、知性がない魔物でも簡単に服従させる事が出来る。人間にとっては恐ろしい魔物の蔓延るダンジョンでも、ちょっとしたピクニックのような物だった。2人で入って、出てくる頃にはそのダンジョンで1番強い魔物を従え、大量の魔石を持って出てくる。懐かしい日々だ。
勇者が地上に現れ、打倒魔王を掲げてからはそこまでのんびりした日常は過ごせなくなったが、これが終わったらまたお伴したいと思っている。……魔物の血に染まった俺を、魔王様が許してくれたらという話ではあるが。
「そろそろ次の層ですよロディさん。3層からは未確認な魔物もいるんで、慎重に行きましょう」
兵士の1人がそう言って、俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「気安く触るな」
「おっと失礼しました。畏れ多くも元魔界四天王の方でしたね」
俺が何も言い返さない物だから、完全に調子乗っているようだ。
怒りに任せて人間達をぶちのめせばシルファは俺をただではおかない。……と、こいつらは思っているのだろう。実際のシルファは人間の命なんてどうでもいいという思想の持ち主だが、少なくとも政治的には人間の味方というスタンスを取っているようだし、それを邪魔されるのは鬱陶しがるだろう。
なので俺は沈黙を守る。魔人も舐められた物だ。昔は地上に魔人が出れば、民達は逃げ惑い兵達は震え上がった物だが、ここまで兵士が調子に乗るのも、俺がこんな雑用をするのも全て勇者のせいだ。既に復讐は果たしたが、もう1度殺してやりたい気分ではある。
ダンジョン3層は、2層と同様に入り組んだ洞窟となっていたが、1番の違いはその明るさだろう。普通こういった地下の洞窟では、松明か光を灯す魔法を使わなければ視界が取れないのだが、道はかなり先まで見渡せるくらいに仄かに光っている。というのは、この壁にも天井にもなっている土が原因なのだ。
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魔土
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・栄養度S
・通気性D
・水持ちC
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能力付与
魔力
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土自体に多少の魔力が宿っている。地上とは全く異質な土であり、光源はこの土自体に含まれる物質に、魔力が反射する事によって起こっている。栄養度が高いのは魔力のおかげだろう。これ自体がある意味では魔法のアイテムのような物だが、手に持ってしばらくすると魔力が空気中に放たれて消えてしまう。なので、豊富な栄養を持っていても地上で農業を行うのは難しい。
「ロディさん、土なんてじっと見て何やってんすか?」
ウザ兵士の質問を俺は無視する。魔力の説明や何故光っているかなんて、こんな低脳な奴に話したって意味がないし面白いとも思えるだけの知性が無さそうだ。
「この土……すごい……」
進もうとすると、後ろからそんなつぶやきが聞こえた。見れば、ジスカが俺と同様に土を手の平に乗せてマジマジと見ている。
そういえば、出発前にビンス隊長がジスカは野菜に詳しいと言っていたのを思い出す。多少は話が分かるのだろうか。興味本位から近づいて尋ねてみる。
「……分かるのか?」
「えっと、はい。この土、栄養いっぱいある。だけど、固い。空気がない。耕すの、疲れる」
俺の土のステータスの存在意義が危ぶまれるレベルで良く見えているようだ。
「でも、何故光ってる。分からない」
不思議そうにジスカが言ったので、俺が先ほどの説明を簡単にしてやると、うんうん頷いて良く聞いていた。
「魔力、面白い。どんな野菜が育つ。楽しみ」
土を見ながらジスカが笑った。
「あのー、そろそろ進みません? いちいち土なんて気にしてたら、奥まで行くのに何年もかかっちまいますよ」
「……分かってる」
俺は兵士にそう答え、土で汚れた手を払うと、再び歩き出した。
やはり下層にきたらしく、現れる魔物も若干だがグレードアップしている。吸血蝙蝠がぶら下がっているのは相変わらずだが、上の個体よりも一回りでかくなっているし、水たまりの付近にはヒルがうようよしている。
それとワーグ。でかい犬の見た目をした魔物なのだが、本来は群れているのに1匹ずつしか見かけなかった。これはちょっと奇妙だ。「自立型」の魔物というのは、本来その習性に逆らえない物であり、ダンジョンが変わってもそこは変わらない。
ワーグが単独でいるという事は、誰かがそれを操っているという事か? 一体誰が。『操魔の指輪』でもなければあり得ない話だ。2つ目の指輪? そんな馬鹿な。この上にある遺跡か、あるいはこの島自体の性質が何か影響しているのだろうか。
考えが飛躍してしまったが、必ず答えはあるはずだ。
兵士達は俺の考察など気にせずに楽しそうにワーグを殺している。
1時間ほど進んだ所で、噂の地底湖に出た。底は浅いらしく、覗き込むと水の底の土が光っているのが見える。兵士の1人が水筒に水を汲もうとしたので流石の俺もそれは止めた。
「何が潜んでいるのか分からんのだぞ。死にたくなければ飲むのはやめておけ。顔を洗うのもな」
兵士は俺の忠告に一瞬ムッとしたが、改めて水を見て不気味に思ったのだろう。大人しく水筒を引っ込めた。自分の身は自分で守れるはずだと判断したが、こいつらひょっとして戦闘自体の経験はってもダンジョン攻略の経験が無いのだろうか。
しかし地底湖があるなら、畑を作るにあたってはこれを水源として利用出来る。水質の確認は必須だが、ここでも『地形変化』を使って灌漑を行えば、多少の水持ちの悪さを補えるかもしれない。土自体に栄養があるのはさっき分かったし、ここで農業というのは確かにシルファらしい面白い発想だ。
「この辺で一旦休もう」
地底湖のほとり。ひらけたスペースがあったので俺が提案する。兵士達はまだ余裕そうだが、ジスカの顔に疲れの色が見えた。まだ魔術は使ってないが、流石に魔人と兵士のペースについてくるだけでもしんどいのだろう。
「お弁当、作ってきた」
ジスカがそう言って、リュックの中から布を広げる。なんとなく、魔王様とのピクニックを思い出す瞬間だ。ちなみにあの時は俺が作った。
出てきたのは上でも食べた例のじゃがいもだった。
……まあ、腹も減っているし我慢して食べよう。