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ダンジョン攻略開始

 驚愕する俺を見て、ナイラは首を傾げていた。


「ナイラ、どうしてお前がここにいる? 魔導機械の開発はどうした? いやその前にタリアは?」

 思わず立て続けに質問をしてしまったが、ナイラはややたどたどしい共通語で答えた。


「何言ってる。分からない。私、ナイラじゃない」

 声も一緒だ。唯一違うのは服装くらいの物だ。今眼の前にいるナイラは魔術師のローブではなく、ゆったりといた民族衣装のような物を着ている。


 それ以外、褐色の肌、ややキレ長の目。輪郭から背格好に至るまで、何から何まで同じなのだ。混乱する俺に、ビンスが横から言った。


「彼女の名前はジスカ。元々この村の住民で、街に出稼ぎに出ていた娘です。例の王国調査隊が来てからは村に戻ってきてサポートを行っています。農業の知識があって、多少の魔術が使えます」

 顔の良く似た別人という事か。いや、それにしても似過ぎている。他人の空似で片付けるのは難しい。


「ひょっとしてお前、双子の姉か妹がいないか?」

「ない」

「本当か? 双子じゃなくても姉妹は? 両親は2人ともいるか?」

「……」

 明らかに不審な目で俺を見ている。ビンスもそれを察したのか、ナイラに、いや、ジスカに答えるように促した。


「父、ない。母、病気、この村にいる」

「父親の顔を見た事あるか? 母親から自分の出自について聞いた事は?」

 ジスカは不快感を露わにしながら、俺を睨む。

「こいつ、失礼」


「何だと!?」思わず身を乗り出してしまったが、「まあまあまあまあまあまあ」とビンスに止められる。

「何やら似ている知人がいらっしゃる様子ですが、この子は確実にその方とは別人ですよ。私が保証します」


 ……少し落ち着こう。

 確かにビンスの言う通り、この娘がナイラでない事は確実なようだ。ひょっとしたら生き別れの姉妹という可能性もあるが、それを確かめた所でどうしようもないし、これから行う仕事にも全く影響はない。重要なのはこのジスカが、ナイラと同様に使える奴かどうかだ。


「……取り乱してしまってすまなかった。あまりにも似ていたのでな。というか、多分何らかの繋がりがあるのではないか、とまだ疑ってはいるが、まあそれはいい。仕事の話をしよう」


 ダンジョンを攻略するにあたって、まず必要なのは情報だ。ダンジョンには、必ずその主が存在する。大抵は再奥にいるが、侵入者に対して奇襲を仕掛けてくる奴もいる。流石の俺でも寝込みを襲われたらかなりまずいので、下調べは必須だ。


 カガリ村のダンジョン、通称「遺跡D」は、全5階層であり、2層から先に魔物がいる。そこから先は入り組んだ洞窟となっており、地図も半分しか出来ていない。4層、5層に関しては到達した者がまだおらず全くの未知ではあるが、湿度や魔物達の腹から魚の骨が出てきた事により、どこかに地底湖があるのではないかと推察される。


 これまでダンジョンで目撃された魔物は主に、吸血蝙蝠、レッドキャップ、巨大ヒルの3種。やけに血に関係した魔物がいるようだ、という印象を受けたが、ダンジョンの生態系は独特なので、理由を考えだしたらキリが無いだろう。規模から言っても魔人の亜種である吸血鬼はいなさそうだ。


 そしてこのダンジョンの主は、ミノタウルス。1度だけ調査隊が遭遇したらしいが、全長3m越えの大物らしい。一体どうやって狭い洞窟内を移動しているんだ? 知性によっては魔物語が通じる奴もいるので、会ったら是非とも聞いてみよう。


 これらの魔物達を討伐し、畑を作るための場所を譲ってもらうのが俺の任務という訳だ。魔族を率いる魔界四天王としてはまずあり得ない役目なのだが、事情が事情なので仕方ない。最優先は魔王様の復活。ここはブレていない。


 ビンスが、同行する兵士達に話をしに行った隙を見計らって、俺はジスカに話しかける。

「さっきはその、すまなかったな」

 ジスカは露骨に俺の事を警戒しており、うんともすんとも言わずにじっと見ていた。第一印象は最悪か。それでも、確認しておきたい事がある。


「口止めされているかもしれんが、一応聞いておきたい。何故わざわざダンジョン内に農園を作りたがる?」

 俺はこの質問をシルファにもビンスにもぶつけなかった。何故なら、そこにはおそらく俺に隠したい事情があるから。


 食料問題を解決したいだけなら、森を焼いて畑を作ればいい。ダンジョンを攻略したいなら、馬鹿な貴族を騙して追加の兵士を出させればいい。俺をここに置いた事。そこには何らかの隠された意図がある。これは俺の参謀としてのカンと言ってもいいが、蓄積された経験から導かれた読みでもある。


「薬草、育てる必要がある」

「……薬草だと?」

「私の母、病気。薬草あれば良くなる。村、少ししかない」

「それは、何て名前の薬草だ?」

「……分からない。シルファ様が持ってきた。母、すごく楽になった。喜んでる」


 ジスカはそう言って、若干だが頬を緩めた。

 薬草。それが魔界由来の物だとしたら、少しだけ納得が行く。魔力が集積した場所で良く育つ種類があるからだ。村で俺に隠したがっていたのはそれか。だが、そもそも本当に薬草を育てたいだけなら何故隠す必要がある?


「お待たせ致しました。兵士達が今出発の準備をしております。選りすぐりの精鋭5名が、ロディ様をサポート致します」

 ビンスが入ってきたので、俺はジスカとの話を打ち切って立ち上がる。とりあえず、シルファが一体何を企んでいるのかはまだ分からないが、やる事に変わりはない。


 俺は立ち上がり、良く研いだ手斧を背負う。普段使っている大型の斧は狭い洞窟では不利なので、新しい物を選んだ。そして告げる。

「行こう」


 生活出来るだけの空洞があり、石で作られた人工の壁があった1層目とは違い、2層目からはただの洞窟と化している。道は狭くなったり広くなったり、多少のスペースがある所では駐在している兵士が机でカード遊びなんかをしているが、武装は解いていない。ここにいる限りは、いつ魔物が襲って来るか分からないのだ。


「えっと、ロディさん……ですよね?」

 ビンスが選んだ精鋭とやら5名の内1名が、先頭を歩く俺におそるおそる話しかけてきた。

 最初に自己紹介されたが、名前を覚える気はない。

 

「ああ、そうだ」

「ちょっと気になっている事があるんですけど、聞いてもいいですか?」

「……何だ?」

「実は昨日から僕達の間でも噂になっていまして……シルファ様は『元』魔界四天王の1人だった訳じゃないですか?」

「……元?」

「ええ、魔王が死んだ事によってその支配から解放されて、この島に平和をもたらしに来てくれたと」


 あいつそんな事を言っていたのか。まあ、勇者は死んだが魔王様はまだ生きていて、復活させる為に色々と働いていますと言えないのは分かるが、よりによって魔王様を死んだ事にするのはいささか不謹慎にも思える。いや、待てよ。これで魔王様が死から復活したとなれば、その神性が増し、人間達が簡単にひれ伏すかもしれない。

 そこまでシルファが考えているかは分からないが、ここはひとまず乗っておこう。


「そのようだな。で、それがどうした?」

「もしかして、なんですけど……」

 兵士の1人は後ろを歩く4人を見て、半笑いで俺に尋ねた。

「ロディ様も魔界四天王の1人なんですか?」

 否定するか肯定するか、微妙に判断に困る所ではあるが、最後尾にいるジスカもナイラとは別人だと分かった事だし、否定して嘘の経歴を考えるのも面倒だ。この場合は肯定した方が楽か。


「ああ、そうだ。俺も『元』魔界四天王の1人だ」

 おお……! と、声があがったのは一瞬で、男はにやりと笑いながら、明らかに俺を見下したように言った。

「四天王と言っても実力が同じって訳じゃないんですね。方や今では島の支配者。方やこんな田舎で炭鉱夫の真似事。随分と差がつきましたね」


 ……何だこいつら。俺を馬鹿にしているのか? こいつらの中では『元』とはいえ、魔界四天王の俺を? 一体どんな命知らずだ。


「あっと、お気を悪くしたのならすいません。噂になっていたもので、つい」

 どんな話をしていたのかは知らんが、思うに、こいつらの中では既にシルファが絶対的な存在となっているのだろう。そこに突然現れ、パシリのような扱われ方をしている俺に、軍隊流のやり方でちょっと立場を分からせてやろうとているらしい。


 多様性の島とはいえ、やはり魔人は珍しい存在だ。シルファは実力と風のエレメントで自分の実力を示したが、俺は少なくともこいつらの前ではまだ何もしていない。それも関係してるのかもしれない。


「無駄口を叩きにきたなら今すぐ上に戻れ」

 俺がそう言うと、兵士は表面上ぺこぺことしながら後ろに下がった。


 やれやれ。こんなクズ共と一緒にダンジョン攻略か。これなら畑仕事の方がいくらかマシだったかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「魔物語が通じる奴もいる」 最初、マ物語(ものがたり)と読みそうに(笑) マモノ語ではなく、 魔神語、魔人語、魔族語、だとおもう。 魔物は知識が無いものという設定が多いので。
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