再会?
俺がやってきたのは、サガラウアの宮殿から北に30kmほど離れたカガリ村だった。ノード村に負けず劣らずの寂れ具合だが、シルファの手下達30人ばかりがテントを張って野営している。周囲はジャングルに囲まれており、耳を澄ますと南国らしい鳥の声が遠くから聞こえた。
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赤土
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・栄養度E
・通気性D
・水持ちA
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能力付与
なし
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最近、初めて訪れる場所だと真っ先に土を見るのがちょっと癖になっている。サガラウア島についた時に見た時は本土に近い黒土だったが、奥地に行くと一気に性質が変わった。ちなみに何故赤いのかというと鉄分が多く含まれていて、それが錆びて色が赤くなっているらしい。
水持ちだけは良いのだが、栄養度も通気性も悪く農業には全く適していない。果実の実らない木ばかりが大きく成長するのはこの土のせいらしい。地元の住民は農業ではなく狩猟や釣りによって糧を得ているが、部族によっては焼畑農業を行っており、森の縄張りを巡った争いは絶えない。
「お待ちしておりましたロディ様。シルファ様の部下であるビンスです。カガリ村の防衛隊、隊長を務めております。以後、お見知りおきを」
村で俺を出迎えたのは40代の太り気味の男だった。隊長と言うからには筋骨隆々の冒険者タイプを想像していたのだが、ちょっと意外だった。
「まずは早速ダンジョンの方に入りましょうか」
「待て。まだ俺は何も準備をしていないぞ。ダンジョンの詳細について聞いておきたい」
「ええ、ご安心を。全てダンジョン内で出来ますから、さあさあこちらに」
ダンジョン内で出来るというのも気になったが、ビンスがやけに俺を急かしているのも気になった。あまり村の中を見せたくないのだろうか。だが他にもシルファの私兵がいるし、部下である事は確かなようなので大人しくついていく。
ダンジョンの入口は遺跡になっており、その扉をくぐるとビンスの言っていた意味が分かった。
ダンジョンの1層目は、既に人間達のテリトリーと化していた。地上と同様にテントが張ってあり、火が焚かれている。ここにも30人くらいいるので、合わせて50人以上の大所帯。生け捕りにされた小型のオークが檻の中で恨めしそうに周りを見ており、休憩中の兵士達も酒の入ったコップを片手にリラックスしている。広さは畑を除いたノード村と同じくらいか。
「このダンジョンは全部で5層の構成となっていまして、見ての通り1層は既に我々の手中です。2層目では兵士達が常在していまして、下層から来る魔物と戦っています。そして3層目から下にはまだうようよと奴らが蠢いているのです」
ビンスの説明を聴きながら、俺はテントの1つに通された。
「ここまでの移動、さぞかしお疲れでしょう。夕食の準備をさせてあります。さあさあ、お召し上がりください」
好意的に迎えてくれているのは分かるが、皿に乗っているのは見た事のない茶色い食べ物。植物の根っこに見えるが、やけに丸っこい。試しにフォークで割ってみると中は白く、割ったところからボロボロと崩れた。煮込んであるので当たりはしないと思うが、初めて見る物なのでやや警戒しつつ観察する。
「それはジャガイモという芋です。本来は別の島で食べられていた物なんですが、この村でも育てる事が出来る種類の野菜でして、味はいまいちですがとにかく腹は膨れるので重宝されているのです」
食べる前から味がいまいちと言われると何だか食べる気がなくなるが、一口食べてみると確かにもそもそしていてあまり食べたくはない。備え付けのスパイスをかければ意外といけた。
「この野菜はタネからではなくて、根っこを切ってまるごと植えるんです。そしてそこから新たに葉っぱが出てぼこぼこ増えるんですよ。面白いでしょう?」
別に面白くはないが、このビンスという男は満面の笑みを浮かべている。俺も思わずあまりしない愛想笑いをしてしまった。
「野菜に関しては詳しいのが1人いるんですが、今は出払っていまして、もっと色々と聴きたいですよね?」
確かに島の植物や新たな野菜については確かに興味があるが、優先度としては低い。
「それなら、ダンジョンについて聞かせてくれ」
「お安い御用です。何から話しましょうか。そうだなあ……。じゃあまずダンジョンを発見した経緯から……」
どうやらこのビンスという男はかなりのおしゃべりらしい。ポロドを思い出す商人気質とでも言おうか、退屈しないのは結構だがこいつと一緒にダンジョンを攻略するとなると少しウザそうだ。
元々、この村の近くには古くからある遺跡があったらしい。封印を施されており、立ち入る事を許されているのは村長と村の巫女だけ。獲物が捕れない時などに遺跡で祈りを捧げていた。祈りの効果は知らないが、神聖化された場所だった訳だ。
ところがそこに、王国からの調査隊がやってくる。シルファが来る遥か前の事だが、親王国派の誰かが、森の奥にある封印された遺跡について喋ったらしい。それに興味を持った王国の貴族が、調査隊を派遣したという訳だ。
調査隊とは言え、この村の住民よりは遥かに武力のある連中。封印の解放に反対する村人達をあっという間に力ねじ伏せ、扉を開いてしまった。で、それが案の定ダンジョンだった。
ダンジョンとはそもそも魔力の蓄積してできた物であるから、その奥には更にそれが濃縮して出来た鉱脈が眠っている。いわゆる魔石という奴だ。これを熟練の鍛治が加工すれば、魔法のアイテムになる。『服従の首輪』も『操魔の指輪』もそうして出来た物だ。
王国の連中は当然その魔石を求めてダンジョンの攻略を始めた。
が、結果は駄目。何人もの死者が出て、その度村人達の家や飯を奪って補給していたが、結局2層にすら進めず撤退した。
1度解放されたダンジョンからは、時折魔物が溢れ出す。だが王国の調査隊は割に合わない仕事と考えて既に帰った。確かに魔法のアイテムというのは魅力だが、加工にはかなりの金がかかるし、いわゆるはずれもある。採算取れない事業に貴族は金を出さない。
さて、困った事になったのはダンジョンをほったらかしにされたカガリ村の住民達。というところで我が同僚シルファの登場だ。
1層の魔物を2層まで追いやり、兵士を配置して場所を抑えた。ノード村で俺が村人達を救っていた最中に、シルファはこのカガリ村で村人達を救っていたという事になる。奇遇にも。
だがシルファがしたのはそこまでだった。おそらく奴ならダンジョン内の魔物を皆殺しにして魔石を手に入れる事など容易いのだろうが、それは魔王様の意思に反する事だ。復活後に責めを負うリスクを考えると、それを自らやるのは得策ではない。
そして俺が登場する。魔王様の為に働き、魔王様に処刑されるのも辞さない覚悟をした元同僚。利用できる物はしておこう、という考え自体には、俺も賛成だ。利用されるのが俺でなければ。
「……なるほどな」
俺がじゃがいもを食べ終えてからもしばらくビンスは喋っていたが、ようやく話が終わって俺は色々と納得した。このダンジョンを制圧して畑にするというのはあくまで副次的な目的であり、出来れば村近くのダンジョンを完全に攻略し、魔石を手に入れたいのだろう。
「……話は分かった。早速明日の朝から2層に潜るぞ。村からは誰かついてくるのか?」
気を利かしてそう尋ねると、ビンスは照れ臭そうに答えた。
「見ての通り私は武術の心得も魔術のセンスもありません。なので、腕利きの兵士を5人とサポート役として1人、魔術を使える女をおつけします。紹介したいのですが女の方は今ちょうど出払ってまして……。あ、これはさっきも言いましたね。野菜に詳しい女というのもそいつなんですが……」
その時、扉が開いた。ビンスは手を叩く。
「噂をすればだ。ちょうど帰ってきました。彼女がロディ様のダンジョン攻略に同伴する魔術師です」
俺はその姿を見て思わず目を見開いた。
「……ナイラ?」
魔導機械の製作を依頼したはずのナイラが、何故かこんな森深くの村にいたのだ。