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一緒にディナー

「……何だって?」

 俺はシルファの言葉を確認する。


「適材適所さ。何かに困っている場所に、その解決法を移動させる。飢餓に困っているなら食料を、病気に困っているなら薬草を、敵に困っているなら軍隊を。物流で儲けを出す基本さ」

「農業に困っている場所には俺を、って事か」

「そういう事だね」


 それはいい。だが1つ気になったのは、シルファがさっき「ダンジョン」と言った事だ。


 ダンジョンとは、そもそも小さな魔界のような物だ。あるいは魔界が、大きなダンジョンと呼べるかもしれない。魔力が集積する事によって空間が歪み、地上とは全く違う生態系が出来上がる。規模はまちまちだがそこに住む魔物は統率されていない完全な野生で、時折ダンジョンから地上に出てきて人間を襲ったりする。


 魔界をダンジョンと捉えるなら俺や他の魔界四天王もその魔物の一種に含まれるのかもしれないが、大きな違いとして小さいダンジョンにいる魔物には知性がない。よって、上位貴族である俺やシルファの命令にも一切従いはしないという事だ。


「そこがダンジョンになっているという事は魔物がいるという事だが、そこを制圧して農園にするのは魔王様の意思に反していないのか?」


 俺は先ほど自分が受けた指摘をそっくりそのままシルファに返す。

「制圧と言っても、殺す以外に色々あるだろ? 魔物に新しい住処を用意してやるとか、人間の村で平等な扱いをしてやるとかさ。その辺はロディに任せるよ」


 なるほど、シルファはどうやら魔物の扱いに関しては俺に一任する事によって、責任を逃れるらしい。元々ダンジョンに住んでた魔物に新しい住処なんてなかなか用意出来ないし、共存なんてもってのほかだ


 魔王様は、魔界で暮らす魔物のみならずこういったダンジョンにいる魔物までも『操魔の指輪』の力で従えて軍勢を作っていた。そして魔物の自由の為に地上を支配しようとしている。俺もそれには賛成だが、魔王様が不在の今、独立したダンジョン内にいる魔物は魔界出身の我々とは全く別の存在と考えて良いだろう。


 ……まあいい。元々覚悟していた事だ。毒を食らわば皿まで。そのダンジョンを制圧し、農園を作る対価として『操魔の指輪』が手に入るなら安い物だ。


「分かった。引き受けよう。魔物の扱いに関しては俺の判断でいいのだな?」

「いいよ。ロディは物分かりが良くて助かるね」

「……ああ」


 話がまとまった頃、タイミング良く先ほど俺の野菜を持っていった使用人が戻ってきた。テーブルに並べられたのは、地味な色の陶器に乗った南国らしい鮮やかな色使いの料理。サラダ、スープ、それにパンらしき物。思わず俺も生唾を飲み込む。


「カブとほうれん草は鶏肉と煮込んでサガラウア島の伝統的なスープにしました。それとカブの葉ときゅうりでサラダも作りましたので、ハムと一緒にパタで挟んでお召し上がりください」


 タリアの悪口を言うつもりはないが、ノード村の質素な食べ物とはちょっと比べ物にならないほどの充実した食卓だ。スープの色は真っ赤で一見辛そうに見えるが、その香りにはフルーティーな甘さが隠れている。この島の伝統料理というだけあって味の想像がつかないが、不味くはないだろうという予感がある。


 パタというのもこの島特有の物だろう。見た所パンみたいだが、使われているのは小麦ではなく米。米を細かく砕いて加工した物を焼き上げた物か。所々におこげが出来ている。具を挟んで食べやすいように丸くカットされており、俺はシルファの見よう見まねでサンドイッチもどきを作って一口食べた。


「あっはっはっは!」


 先にシルファが笑った。俺も釣られて「くっくっく」と含み笑いをしてしまった。


 俺もシルファも決しておかしくなった訳ではない。美味すぎるのだ。そのままでも全然いけると評判の俺のきゅうりだが、サラダにかかったドレッシングで更に魅力が増している。カブの葉も、そのままだとやはり青臭さが気になるが、ハムと絡む事でお互いの味を引き立てあっている。


 そのままの勢いでスープも一口、まずは具の無い部分を口に含んだが、それでもカブの味がしっかり出ていた。タリアが最初に俺のカブを使って作ったスープも絶品だったが、申し訳ないがこれはその比ではない。


「思わず笑っちゃったよ。冗談みたいに美味いね、この野菜」

 シルファが絶賛している。俺も自分の育てた野菜を同僚に褒められるのは単純に嬉しい。苦労した甲斐があったという物だ。


「シルファ様、私と料理人も先ほど調理中に味見をさせて頂きましたが、この野菜は国宝級と言っても過言ではないですよ。今回はサガラウアの伝統的な味付けをそのまま使いましたが、これだけのクオリティの野菜が安定して手に入るなら、新しいメニューを開発した方が魅力を活かせるはずです」

 使用人もべた褒めのようだ。俺はスプーンにほうれん草と鶏肉を乗せて口に運ぶ。香辛料の甘辛な風味が効いていて、これまた最高だった。


「この野菜、彼が自分で育てたんだってさ。信じられる?」

 シルファが使用人に俺を紹介する。魔界四天王である事を言ってあるのかどうかは分からないが、使用人は意外そうな顔をしていた。魔人が農業しているだけでも珍しいか。


「そうなのですか。素晴らしい野菜だと思います。市場で買えば、相場の10倍、いや20倍の値段がついても全くおかしくない」

 実際ポロドはそれくらいの値段で売っていたし、使用人の見立ては正しい。


「ん? しかもこれ……」

 シルファが気付いたようだ。胸に手をあてて耳を澄ましてる。

「確かに、魔力が上がってるみたいだね。実は半信半疑だったけど、この美味しさなら分からなくもないよ」

 美味しい物を食べるのは健康にも良いのだ。


「これなら、大陸を侵略にするにあたって十分に魅力的な戦力になるね。あとはバリエーションか」

 今の手持ちはカブ、ほうれん草、きゅうりの3種。これではいかにも少ない。

「それに関しても、僕の依頼をこなす最中に何か発見があるかもね」

 シルファがそう言った。


「あ、レベルアップしたよ。ロディ」

 ポケットからチェルが顔を覗かせる。流れから言って、使用人の彼が俺にリスペクトを抱いたのだろう。俺は横目でちらりとシルファの様子を伺ったが、チェルの声にも存在にも気づいていないようだ。

 やはりこいつの姿は俺だけに見えているらしい。


 妖精問題は一旦置いておいて、とにかくこれで俺は『土加速』を使えるようになった。ダンジョンの攻略には使えないかもしれないが、ノード農場に戻ってから試してみよう。


「ふぅ。食べた食べた。とても美味しかったよロディ」

 シルファは満足そうに言った。俺もスープを飲み干し、使用人が器を下げる。俺は使用人にも聞こえるようにわざと言った。

「俺の農園が拡大すれば、ここの住民はこれを毎日食べられるんだがな」


 シルファはにやりと笑って答える。

「それは確かに素晴らしい事なんだけどね。でも残念ながら条件は変わらないよ。僕の頼みに答えてくれたら、『操魔の指輪』は君に託す」

 食の力だけでの説得は出来ないか。


 その後、満腹になった俺は久々にふかふかのベッドでぐっすり朝まで眠った。

 ダンジョンの攻略、か。ちょっと面倒な事になってしまったが、今後の農業を発展させる為には仕方のない仕事だと割り切ろう。

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