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船上にて

 シルファから服従の首輪が届いたその日、俺はサルムを村の奴隷にした。

 俺の命令に逆らえないというのはもちろんの事、村長や他の村人の命令にも従い、決して危害を加えないという命令を加えた。それと、俺が魔界四天王の1人だという秘密も喋れないようにした。もちろん書いたり、他の方法で伝えるのも駄目だ。もし兄弟や仲間が村へ助けに来た場合、その兄弟や仲間がした事もサルムがした事とする。これなら、その場合でも奴は必死に自分の命を守るだろう。潔く死ぬなんて事は到底出来ないタイプだし、まあしばらくは俺の代わりに草むしりしておいてもらおう。


 これでも不測の事態というのは有り得るので、例の物を貰い次第なるべく早く戻る。村長にはそう伝え、俺はノード農場を後にした。


 服従の首輪と一緒に受け取ったサガラウア島への招待状の効果は覿面だった。単独でゼンヨークに来た俺はすぐ衛兵に取り囲まれたが、シルファのサインが入った招待状を見せると話はスムーズに進んだ。監視の意味もあるだろうが、船まで丁重にエスコートされ、事情なども詮索してこず、奴隷ではなく客人として扱われた。


 そして今、俺はサガラウア島行きの船に乗っている。


 魔界の海と違って青く、その果てもぼやけているのではなく空との境界線ではっきり断ち切られているのが地上の海の特徴だろう。川の水と違って塩分が濃く、農業には適していないどころか、もし海の水を撒いたら畑が一気に駄目になる。1度土に塩水を染み込ませる実験をしてみたが、栄養度も通気性も水持ちも最低ランクのGまで一気に落ちた。それでも土のエレメントなら改善が可能だが、膨大な魔力が必要となる。


 しかし海が我々に与える物は大きい。例えば魚には骨があって、スケルトンと同様に骨粉が得られるので肥料として使う事が出来るし、貝殻も同じく粉々に砕いて土壌を改善するのに使える。今までは港からノード村に運ぶだけの金も足も無かったが、これから農場を拡大するにあたっては選択肢として考慮しなければならないだろう。


「海を見てても畑の事を考えてるなんて、農家がずいぶん板に付いてきたね」

 船の甲板に立ち、ぼんやりと海を眺める俺を見てチェルがそう言った。ゼンヨークに行った時や、ナイラとの交渉時には身を潜めていたので存在感が無かったが、相変わらずこいつは俺のポケットの中に住んでいる。


「土のエレメントを使いこなすとはそういう事だろう?」

「それはそうかもね」

 シルファから、他のエレメントには守護者である妖精がついていないという衝撃の事実を聞いてからも、俺はその件に関してチェルを問い正してはいない。


 こいつが本気で何かを隠したいのなら、俺の前から姿を消すだけだし、それは俺にとって得策ではない。気になる事は気になるが、もう少し遠巻きに情報を得るべきだと判断した。


「そういえば、俺はあと何人の尊敬を得ればレベルアップするんだ?」

 何の気なしに尋ねると、チェルはあっさりこう言った。「あと1人だね」


 実は、前回レベルアップして『地形変化』のスキルが使えるようになった時、次まではいくつの畏敬が必要になるかは聞いておいたのだ。チェルはその時、「あと100人」と答えたので、これはしばらく無理だろうと思ったのだが、意外と早かった。


「ほとんど面識のない人が君を尊敬しているね。多分、野菜を買った人が行商人のポロドさんから生産者の名前を聞いて、美味しい野菜を作る君の事を尊敬し始めたんじゃないかな。あ、ちなみにサルムは人間じゃなくて魔人だから数に入ってないよ。尊敬じゃなくて畏れの方を抱いているとは思うけど」


 ゼンヨークに行った時、ポロドには俺が魔人である事は言わなくていいが、名前と産地だけは教えて良いと伝えておいたのだ。どうやらその判断が功を奏してきたらしい。


「という事は、あと1人の人間が俺を尊敬すれば、例のスキルが使える訳か」

「そういう事になるね。野菜を売ってる限り増える事はあっても減りはしないだろうし」

 土のエレメントによって解放される次のスキル、それは『土加速』だ。


 今までは野菜を育てる際、すぐに育てたい物は『成長促進』。のんびりで良い物は『土壌改善『のみという形でスキルを利用してきた。だが、今回習得する『土加速』は、その中間の事が出来るようになるらしい。具体的に言うと、触れた土を中心に範囲内の「土の速度」を速くする。


 いや「土の速度」ってそもそも何だ。

 という疑問は当然だ。その点については俺もチェルを入念に問い詰めた。それで得た情報によると、単純に土の中で経過する時間が早くなるらしい。しかも倍率は2倍から100倍まで設定出来る。つまり、収穫まで2ヶ月かかるカブを100倍に加速した土に植えると、朝に植えた物が日が沈むまでに成長しきるという訳だ。倍率を上げれば上げるほど魔力の消費は激しくなるが、重要なのは次の点。


 『土加速』を付与した土壌は、俺がそれを解除しない限り速度が上がったままになる。


 つまり、1度100倍速の畑を作ったら、そこで何度野菜を育てても新しく魔力を消費する必要がない。なんて素晴らしいスキルだ。量産体勢を整えようと思ったのもこのスキルの存在が明らかにされたからという理由がある。生産量を増加させるのに『土加速』は必須スキルとなるだろう。


 なんだ、そんな最強のスキルがあれば人間界の支配なんて簡単じゃん、とまで思うのは早計だ。確かに、『土加速』によって収穫スピードは上がるだろう。だが、畑で野菜を育てるのには時間以外にもう2つ必要な要素があるのは既に承知の通り、土の栄養と水分だ。


 『成長促進』には、足りない分を魔力で自動的に補う機能があった。だが『土加速』にはそれはない。という事は、野菜を作れば作るほど土は痩せ、水は乾き、野菜のクオリティは下がり、いつかは採れなくなる。


 つまり、「土加速」が解放された後においても、やはり重要なのは土壌の改善という事になる。


 それでも便利である事に変わりはないし、『土加速』なら1度断念したトマトの芽かき作業も行える。収穫や草むしりに必要な労働力の確保も並行して進める必要があるが、やはり最優先は栄養と水分。それを解決する為に、俺はシルファの所に向かっている。


「そういえばチェル、最初に会った時、勇者はお前に興味が無かったと言っていたよな?」

「うん、そうだね」

「それってお前が勇者に農業を勧めても拒否されたって事か? あるいはそもそも、勇者の前には姿を現さなかったのか?」

 この質問でちょっと仕掛けてみよう。答えが前者ならこいつは勇者とも言葉を交わしたという事になるし、後者なら他のエレメントにも実は守護者がいて、姿を見せていないだけという可能性が高くなる。


「……なんか僕の事疑ってる?」

 あ、なんか感づかれそうだ。俺は平静を装って答える。


「なんとなく気になっただけだ。勇者の奴との戦いも長かったからな。奴はもう死んだが、意外な弱点とかあったら面白そうだと思ってな」

「ふーん。じゃあ質問に答えるけど、勇者は僕に興味が無かった。それだけだよ」


 明らかに答えになっていない。が、これ以上質問を続けるといなくなるんじゃないかと思い、俺は興味なさげに「まあどうでもいいが」と言ったが、内心、滅茶苦茶気になっていた。

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