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奴隷志願

「……何の真似だ?」

 俺が威圧しつつそう尋ねると、タリアは胸を寄せて谷間を見せつけてきた。その仕草があまりにも不慣れで思わず笑ってしまいそうになったが、どうにか堪え、俺は無言で扉を閉めようとする。タリアが言った。


「祖父の命を救ってもらいました。こんなに素敵な髪飾りを頂きました。何かお礼をしなくては、気がすまないのです」

 色仕掛けは無理だと諦めたタリアは、真面目な顔をしてこの愚行の理由を説明しだした。俺は答える。


「村長を助けたのは、奴がこの村の土地の権利を持っていたからだ。死んだ時誰が引き継ぐか分からなかったからな。あとその髪飾りはお前の労働の対価だ。お前は秘書としてよく働いている。仕事には相応の報酬を払わなければならない。それ以上の理由はない」

「……だけど、ロディ様はお強いですから、やろうと思えばこの村を制圧する事だって可能だったはずです。食料を与えて頂いた時、私が奴隷になると言ったのもロディ様は拒否されました」

「老人と女子供ばかりの村を制圧して一体何になる? ここには目ぼしい宝も建物もない。お前を奴隷にしないのも同じ理由だ。確かにお前はそこそこ有能なようだが、珍しくも無い村娘など奴隷にしたとて大した価値はない。自主的に働いてもらえばそこそこ役に立つのは認めるがな」


 俺はわざと辛辣な言葉を選んだが、タリアには全くダメージが入っていないようだ。

「だけど、お礼を受け取ってもらわないと不安なんです。……いつか、ロディ様がどこかに行ってしまうんじゃないか……って」

 タリアは俺に身体を寄せて、無理やりにでも部屋に入ろうとしてきた。魔人相手に力づくとは、この女の無鉄砲さには呆れるばかりだ。こうなったら、実益を考えよう。


「……お前、俺の為なら何でもするか?」

 一瞬タリアが呆けたような表情を見せたが、次の瞬間には「はい!」と強く答えた。


「それなら、街に出て魔術師協会に入り、魔力の扱いを習得してこい。これから農場を拡大するにはどうしても俺以外に魔力を扱える者が必要なのだ。信頼できる者の中でな」

 タリアは少し考えているようだ。俺が「まあ無理にとは言わんが」と一歩引くと、タリアは俺の手を掴んだ。


「必ず……必ず魔術を習得してみせます」

「ふむ。それなら明日ナイラと一緒にゼンヨークへ行け。案内を依頼しておく。奴はもうビジネスパートナーだし、利害が一致している限り適当な事はしないと思うが、一応なにかあった時用に通信宝珠は持たせよう」

「……はい。何から何まで、ありがとうございます」

「ああ、分かったらさっさと部屋に戻れ。そのまま寝るなよ。風邪引くぞ」

 そう言って扉を閉めようとしたが再びタリアがそれを止めた。


「……あの、お願いがあるのですが、さっきのもう1回言ってもらってもいいですか?」

「さっきの? ……ああ。タリア、お前を信頼している」

 タリアはにっこりと笑って、ようやく俺を解放してくれた。


 まあ、今まで魔術の教育を受けていないタリアが魔導機械を操れる程までに魔力の扱いを習得出来る確率は半々って所だろうが、人間も魔人もおだてて動かすのに損はない。


 それに、増産体制を整える前にちょっとした用事が俺にはあるし、ちょうど良いと言えばちょうど良い。タリアはどうやら俺に惚れているようなので、せいぜい頑張ってもらおう。


 翌朝、タリアとナイラがゼンヨークに向けて出発した後、俺は納屋を訪れた。


「元気そうだな」

 言いながら、俺は今朝採れたばかりのきゅうりが入ったカゴをサルムの目の前に置く。両腕、手首、足首を拘束され柱に縛りつけられれば、魔人といえど脱出する事は難しい。


「……何で俺を生かしてる?」

 サルムは精一杯虚勢を張ってそう言ったが、目の奥には俺に対する怯えの色が見えた。


「利用価値があるから、だな」

 俺はきゅうりを1本取ってポリポリと食べる。相変わらず美味い。


「……ヘカリル家なら、身代金として100万は出せる。だが、俺が無事である事が条件だろう。もちろん、解放された後ここの事は誰にも言わないと約束する。2度とあんたには関わらない。これはアドバイスだが、交換するなら早くした方が良いぞ。俺の兄貴達が俺とジョリス兄ィの行方を追っているはずだからな」

 きっと練習したのだろう。噛まずに言えた事を褒めてやりたい所だが、俺はサルムを見据えて尋ねる。


「お前、何を勘違いしてるんだ?」

「利用価値があるって今言っただろ? 人質として、金と交換するって意味じゃ……」

「見栄を張るなよ。中位貴族が四男ごときに100万も出す訳がない。それにお前は敵との約束を守るような殊勝な心がけも持っていない。そしてお前の兄2人は今は戦争に忙しくて出来損ないの弟を助けている暇などない」

 せっかく考えていた台詞を全て否定されて、言葉に詰まるサルム。


「お前、魔王軍の参謀相手に駆け引きを打つなんて、やはり無謀だな」

 呆れつつ俺がそう言うと、サルムはまだ喰ってかかってきた。

「じゃ、じゃあ俺の利用価値って何だよ! 誰に俺の身代金を出させるんだ!」


「お前の身代金はお前自身に出してもらう」

「……は?」

「正確にはお前の働きによって、だな。この村で汗水垂らして野菜を育て、それで金を作れ」

 俺の言っている意味が分からず、何度も言葉を反芻しているサルム。


「つまりだ。お前には、しばらくこのノード村の奴隷になってもらう」

「はっ! ば、馬鹿げている。魔人貴族の俺が奴隷だと? しかもこんなしょぼくれた村の人間の奴隷に? 有り得ない話だ! どう考えても、そうはならない」

 気持ちは分かる。俺もタリアとゼンヨークに行った時同じ事を思っていた。あれはあくまで人の目を欺く為の演技だったが、サルムには本当に奴隷になってもらう。


「まあ、無理にとは言わんがな。この納屋に餓死するまでいてもらっても俺は構わない」

 きゅうりの入ったかごを持って俺が立ち上がろうとすると、サルムは少し考えた後、呻くように声をあげた。

「ま、待て! 分かった……奴隷にでも何でもなる。農作業も言われた通り手伝うよ。だからここから出してくれ」

 俺はサルムの目を覗く。「一旦奴隷になったフリをして、隙を見て逃げ出してやる」無言でそう語っていた。考えている事が分かりやすい奴は扱うのも簡単で重宝する。


「よし、良いだろう。今日からお前はノード村の奴隷だ。よろしくな」

 そう言うと、俺はサルムの口に1本きゅうりを突っ込んで頭を撫でてやった。屈辱的だろうが、仕方の無い過程だ。

 言っておくが、こうした虐めは決して俺の趣味じゃない。どうしても必要な過程なのだ。


 俺はサルムの耳にそっと近寄り、告げる。

「明日か明後日にはシルファから『服従の首輪』が届く。聞いた事ないか? 魔王様の秘蔵マジックアイテムだ。つけられた者はつけた者の命令に絶対服従となる。逆らおうと考えると少しだけ首が締まって息苦しくなり、実行に移すと首の骨ごとへし折って即お陀仏。1回だけ見た事あるがありゃ酷い死に様だったな」

 サルムが咥えたきゅうりを落としそうになっていたので、手を添えて支えてやる。

「俺が逃がすと思ったか? ん?」


 これだけ丁寧に心を折っておけば、スムーズに首輪を装着出来るだろう。


 絶句するサルムを置いて俺は納屋を出た。


 魔人の奴隷に志願した人間は奴隷になれず、人間の奴隷になるのを拒否した魔人が奴隷になる。

 しかもそれが同じ日に決定するとは何とも皮肉な巡り合せだが、これで労働力の問題がほんの少し解決したし、俺とタリアが留守の間の番犬も用意出来た。


 そしてシルファに依頼したのは服従の首輪だけではない。


 サガラウア島への招待状。それがあれば、1人で海を渡ってシルファに会いに行く事が出来る。


 タリアがいない間に済ませておきたい用事とは、シルファからある重要なアイテムを受け取る事だ。送ってもらうには危険過ぎるし、すんなり譲ってくれるとも思えない。直接会いに行く必要がある。

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