プロダクティビティー
今日からここはノード村ではない。ノード農場だ!
どう違うんだ、と突っ込まれる前に説明しよう。ノード村は元々ほぼ自給自足の生活をしていた村で、春から秋にかけては小さな畑で採れる野菜で生活し、冬は男達が街や鉱山に出稼ぎに行くという形で生計を立ててきた。
だが、人間軍対魔王軍の戦争が長期化したせいでそれが成立しなくなっているのは既に承知の通りであり、俺はそんな所に現れた異端という訳だ。
村から農場になるというのは、ざっくり言えば生活を目的とせず商売を目的とするという事だ。今までも、余った野菜は行商人のポロドを通して売っていた訳だが、これからはまず第1に商売を考える。農場を拡大し金を稼ぎ、稼いだ金を農場に投資して拡大する。爆発的に生産を増やすのだ! 鍬で土を耕し、そこに国を見つけるのだ!
……と、息巻いたは良いものの、クリアしなければならない課題は多い。今、俺の持つ駒はタリアという秘書、村長から委託されたノード村周辺の土地、なけなしの資金、魔術師協会との薄いコネクション、魔界四天王としての秘密、そして土のエレメント。これらの物資を最高効率で活用しなければ、人間の支配など夢のまた夢だ。
まずは最も足りておらず、最も必要な部分「労働力」について解決していこう。
「ナイラ、お前の扱う魔導機械でどの程度の事が出来るか知りたい」
「採用試験という訳だね。そんな事もあろうかと、いくつかデモ機を持って来ているよ」
魔術師協会で知り合ったナイラは、役職としては魔術師協会ゼンヨーク支部の書記らしく、副支部長であるギントルより地位としては下らしい。ただ、やりとりを見ている限り主導権を握っているのは間違いなくナイラの方であり、ギントルという男は文句を言いつつほとんど言いなりになっている。
協会には協会でそれなりに複雑な事情がありそうだが、俺が興味あるのはナイラに具体的にどんな事が出来るかだけだ。
「この村、井戸あるかい?」
「あるぞ」
「それはちょうど良かった。私の調整した『魔導ポンプ』をお見せ出来るよ」
ナイラが取り出したのは手の平に乗る程の小さな機械。目盛りが1つとスイッチが2つついており、穴もあいている。一見すると何をする機械だか分からない。村人達からすれば全く未知の機械だろうが俺には『魔導ポンプ』という言葉が何を指しているのかは分かっていた。
魔導ポンプは、水などの液体を組み上げる機械の事だ。1年前、まだ魔王城にいた頃、俺は魔王様の要望もあってそれを魔王城に導入した。地下から水を汲み上げて、それを温めてシャワーを設置したのだ。大変便利になったと魔王様は喜んでいた。今となっては懐かしい思い出だ。
ただ、ナイラが持っている機械は魔導ポンプにしては明らかに小さすぎる。俺が魔王城に導入した物は象よりデカく、しかも象の鼻のような鉄製の管を何本も繋げていた。しかし今目の前にあるそれは、手に乗せられるくらいのサイズで、なおかつ管も何も無い。これで一体どうやって井戸から水を汲み上げると言うのだろうか。
「使ってないロープか何か無い? お試しとはいえ、出来れば綺麗なのが良いんだけど」
俺はタリアに命じて農作業で使うロープを持って来させる。紐を捻って巻いただけの簡単な物だ。ちょっと汚れてるが、まあいいだろう。
「オッケー。これをこう縛って……はい、出来た。簡易小型魔導ポンプ、くみあげ君だよ。早速使ってみよう」
ネーミングについては気にしないでおこう。ナイラはそれを井戸の縁に置いて、結びつけたロープの先端を下に向かって垂らした。着水する音が聞こえると、ナイラが機械のスイッチを入れる。
魔導機械からごうんごうんという音が聞こえ、ロープを伝って水が汲み上がってきた。何せ元が何の変哲もないロープなので、ちょっとずつかと思いきや大違い。魔導ポンプにあいた穴からはじゃぶじゃぶと水が出てくる。本当にこんな簡単な装置でポンプとして成立しているらしい。
「最近開発された魔導ポンプを小型化して改良したんだ。動力は使用者の魔力だけど、汲み取るスピードはこの目盛りで調整出来るよ。便利でしょ?」
確かに便利だ。これでわざわざバケツを井戸に下ろして何往復もする作業が必要なくなった。魔力は使うが、土のエレメントと違ってこれをやる人間は俺に限らないので、単純に作業が効率的になる。
農業に関して言えば、このポンプがあれば灌漑を更に強化する事が出来るだろう。今は用水路をただ水が流れているだけで、そこから水を引っ張ってくるには土のエレメントを使わなければならなかったが、これがあれば大雨が降った直後のように畑全体に水を行き渡らせる事が出来る。
ナイラ、こいつ思っていたよりも便利そうな奴だ。
「それとここに乗ってきた魔導機械があるだろう? あれをちょっと改造すれば、畑を耕したり収穫するのにも使えると思うんだよね」
「ふむ、つまりあの機械に鍬をつけて、それを自動で上下させる訳か」
「上下より回転させた方が効率が良いんじゃないかな」
「……なるほど。それなら力の無い女でも出来そうだな。魔力があれば、だが」
「問題はそこなんだよね」
魔導機械は、一般的に使用者の魔力を使って動く。土のエレメントとかいう呪いのアイテムと違って勝手に魔力を吸い取るということはなく、使用者側にそれを使う意思とある程度の魔力のコントロールが無ければならないのが問題だが、可能性が広がった事に間違いない。魔力には男女差もほとんど無いし、この村に今いる労働力を活用する方向で考えるなら有効だろう。
「ゴーレムなんかは、どうだ?」
「人間を模した魔導機械だね。もちろん作れなくも無いけど、農作業に適しているかと言えばどうだろう。そもそも二足歩行は動きに無駄が多いからね。作るとしたら、足は車輪にして、腕はやらせたい作業ごとにアタッチメントを用意しないといけないだろうね」
「ふむ、そうか……」
「あれ? なんかしょんぼりしてるね」
土属性を割り振られてすぐに考えたのがゴーレムだった。イメージ通りの物が手に入らないとなって意気消沈しているのは確かだが、あくまで必要なのは効率化だ。趣味よりも実益を優先する。
「やっぱり問題は、魔導機械のコントロールだね。見た所、村の人達に魔力を使える人はあまりいなさそうだし、私が機械を用意してもそれを使える人がいないんじゃ宝の持ち腐れだよ」
「ああ、分かっている。それは最優先の課題としよう」
「それに、ある程度農園が広がってきたら、機械を遠隔で動かす必要が出てくると思うんだけど、それにはギントルの協力が必要になるよ。彼はああ見えて通信のエキスパートだからね。……ってあれ? ギントルどこ行った?」
「奴なら朝早くゼンヨークに帰った。『いつ魔界四天王が襲ってくるかも分からないこんな村にいられるか!』って言ってな」
既に1人いる事に気づいていないのはやや哀れだが幸せでもある。
「ああ、そうなんだ。普段から存在感薄いから気づかなかったよ。まあ、どの道私も魔導機械を作るのに一旦ゼンヨークに戻らなくちゃだし、その時に説得してみよう」
その後、俺は村の中をナイラに紹介し、村長ともこれから農園を拡大するにあたって機械化が必要である事を伝えた。当面は協会を通さず、ナイラと個人的に契約を結んで協力を依頼する。名義はもちろん村長に頼んだ。
夜になり、明日も魔導機械の導入に関して打ち合わせが必要なのでナイラにはもう一泊してもらう事になった。俺は自室に戻り、久々に肉体労働ではなく参謀らしい仕事をしたなと思っていると、誰かがドアをノックした。
扉を開けると、そこには下着姿のタリアが立っていた。俺のやった髪飾りをつけている。