2人目の四天王
ノード村から西方にあるゼンヨーク、そこから更に西方に広がる海域は通称「波の迷路」と呼ばれ、大小様々な島がひしめく群島となっている。複雑な海流と気候を持ち、船で行き来出来る島にも限りがあるので、たった500mほどしか離れていない島と島に全く交流が無い事もあれば、港から離れている島でも多くの人が行き来していたりする。
島にはそれぞれ特有の人種、宗教、産物があり、中には世にも珍しいアイテムの眠る島や魔人や罪人だけが暮らす島もある。多様性のるつぼなだけあって小さな争いは絶えないが、それだけに王国も手に負えず、監視の届かない自由な領域でもある。
そんな状態でも完全な無法地帯という訳ではなく、群島のほぼ中心に位置する大きな島、サガラウア島には、定期的に島主達が集り、海での取り決めや相互援助などの政治が行われている。
2ヶ月前、そんなサガラウア島に1人の魔人がやって来た。自分をシルファと名乗ったその魔人は、様々な魔法のアイテム、風を操る不思議な力、そしてその戦闘力を使ってあっという間にサガラウアの中枢を掌握した。そしてシルファは自分が魔界四天王の1人である事を明かし、群島の平和と発展に貢献する事を民の前で誓った。
シルファは風のエレメントを使う事によって、船を自在にコントロールする。この海域において、海を支配するという事は物流を支配する事であり、物流を支配するという事は人間を支配するという事でもある。その力を見たあらゆる商人達がシルファに賭け金をベットした。島の民達はシルファの力に未来を見た。
得た金を全て船の建造に注ぎ込むシルファの次の計画は、群島からの脱脚だった。つまり、王国内のあらゆる港を抑え、国全体の外堀を埋めてしまおうという事だ。港町ゼンヨークはその最初の足がかりであり、重要な場所でもあった。なので、信頼出来る魔人の部下、ヘカリル家の三男ジョリスを送り込んでおいたのだが、そこで予想外の事態が起きる。
「……発端は、奴の弟が俺の滞在する村を襲おうとした事だ。俺は仕方なくそれを返り討ちにしたが、そのままじゃ収まらなかったんだろう。弟は兄であるジョリスに助けを求めた。その結果がこれだ」
通信宝珠で久々の会話をする2人の魔界四天王だったが、事情が事情だけに和やかなムードではない。……かと思いきや、シルファの答えは意外な物だった。
「ま、過ぎた事は仕方ないさ。にしてもあのロディが農業とはね……。ふふふふ」
不気味に笑うシルファに、ロディは農業の有効性を熱弁しようかとも思ったが、ズーミアとの会話を思い出してやめた。
「……でも、意外とロディに向いてるかもね。地道だし、グレンと違って気が長いし、それに思慮深い。うん。ありかもしれない」
理解を示すシルファ。ジョリスの事をあっさり許した事と良い、原初のエレメントという力を得た今でも、少しは話せるようだとロディは判断する。
「実はだな、俺の作る野菜は特別なのだ」
魔力の上限が上がる事、土のエレメントによってすぐ収穫出来る事、そしてとても美味しいという事を伝えると、シルファの声色が世間話から商談の時のそれに変わった。
「……良いね。実は僕も、大陸側に商売を広げるにあたって目玉になる商品がないか探していたんだ。島々の商品は珍しい分高く売れるんだけど、売りすぎるとありきたりな物になって安くなっちゃう。継続的に売れてなおかつ利益率の高い物がちょうど欲しかったんだ」
2人の間に突如として沈黙が生まれた。後はどちらが言い出すかというだけの問題だった。
「シルファ、協力しよう」
先に言ったのはロディだった。
「俺はこれから今いる村を大規模な農園に改造する。大量の作物を作って提供出来るようになるだろう」
「なら、僕はそれを売れる市場を提供しよう。利益が最大になるように市場をコントロールする。君の作物と僕の物流。2つが組み合わされば、人間界の支配がスムーズになる」
「交渉成立のようだな」
「ああ、そのようだね」
元々同じ魔界四天王でありながら、1度は分かれた2人が合流する事になった。
まだ1人ではあるが、これは土のエレメントの力が認められたという事でもある。
勇者と魔王の戦いが相打ちという形で決着してから3ヶ月。
未だ人々の中には、勇者が復活する事を願っている者もいる。しかし現実は常に無情な物であり、むしろ復活しようとしているのは魔王の方だったりする。
『原初のエレメント』の新たな所有者である魔界四天王達の力は日々強大になっている。それでも、数の上では圧倒的に人間が勝っており、生前の勇者が魔王軍に残した傷跡は大きい。
最後に勝つのは人間か魔人か。
この戦いの行く末はまだ誰にも分からない。
それでも魔人ロディは、己が使命を信じてただただ畑を耕し続ける。
美味しい野菜を食卓へ届ける為に……!
第1章「土のエレメント」 完
俺はシルファに尋ねる。
「それと、サルムの扱いはどうする?」
「サルム? 誰それ?」
俺が拘束し、場所が無いので農具と一緒に納屋に保管したヘカリル家の末っ子の事だ。酷い扱いだと我ながら思うが、戦力差を見極められないとこうなるという好例だ。
「ああ、ジョリスの弟ね。面識ないし、煮るなり焼くなり好きにしていいけど」
「ふむ」
シルファの許可は得たが、流石に既に捕虜となった魔人を殺すというのは気が引けた。それにここでサルムまで殺してしまうと、ヘカリル家の恨みを完全に買う事になる。ジョリスの件は正当防衛なので仕方なかったが、選択肢がある以上は考えるべきだ。
「それなら、ちょうど良いアイテムがあるよ」
シルファがそう言った。魔王城を出る時、シルファは俺とは違って魔王が蓄財していた魔法のアイテムをかなりの数持ち出していた。全てを把握しているのは魔王様だけだったが、俺も大部分は知っている。
「服従の首輪か?」
「あたり。これがあれば自分の食い扶持くらいは働いてくれるでしょ。友好の印に僕からプレゼントするよ」
「ああ、助かる」
服従の首輪はその名の通り首に嵌めた者を強制的に従わせるアイテムだ。使用するには相手の心をへし折る必要があるが、既にバキバキのサルムが相手ならその手間もない。
「あ、それとお前のエレメントについている妖精について聞きたいんだが……」
俺には、チェルについていくつかすり合わせをしておきたい点があった。例えば、次のレベルで取得出来るスキルは教えてくれるのだが、そこから先を聞いても教えてくれない事など、他の妖精はどうなっているのか知りたかったのだ。
だが、シルファから帰ってきたのは意外な答えだった。
「は? 妖精? 何それ?」
「何それって、風のエレメントにも守護者の妖精がいるんじゃないのか?」
「そんなのいないけど……」
「じゃあどうやって使い方をマスターしたんだ? レベルは? 新しいスキルを覚えるのに必要だろ?」
「ロディ、何を言ってるのかよく分からないけど、僕は最初から風のエレメントを完璧に使いこなしているよ」
俺は土のエレメントを見る。どうやらチェルは今眠っているようだ。
……。
こいつ、一体何なんだ?
第1章終わりです。次からは第2章が始まります。
前作と比べても遥かに多くの評価とブクマを頂いていて、とても嬉しいです。
これからは毎日1回の更新になりますが、気長にお付き合い頂けると幸いです。




