土属性に出来る事
土で汚れた装備を着替え、湯を浴びて土臭さを落とし、玉座に戻って来た時には既に今後の方針が決まっていた。俺抜きで。
これから俺達魔界四天王は、魔王様の命令通りに人間界の征服に乗り出す。まずは勇者の手で制圧されたいくつかの拠点を取り戻し、次に魔王様の不在によって散り散りになりそうな魔物達を纏め上げ、そして人間達の主要な街を落とすという順番で作戦を遂行していく。俺が会議に不在だったのは不満だが、その方針自体に異論はない。
「それとだな、現魔王軍は3分割して、金やアイテムも3分割する事になった。ロディ、悪いがお前の分はない」
「……何だと?」
グレンによる意味不明な発言に対しては、魔人の中では比較的温厚な俺といえど黙っていられなかった。一触即発の空気を察したのか、ズーミアが補足する。
「4人へ均等に分配するよりは、資産が必要な者が多めにもらった方が良いという合理的な判断よ。グレンは魔物の軍勢を引き連れて南の人間軍を落とす。私は金と変身能力を使って東の王都に乗り込み権力を掌握する。シルファは西の群島でやりたい事があるみたいだから、魔王様が集めたアイテムを頂く」
「……何故俺には何もないのだ?」
「だってあなたには……」
グレンとズーミアの2人が顔を合わせてくすくすと笑いだした。先ほど俺がした失態を思い出しているのは明らかだった。
「魔王様も期待していないようだし」
すかさず俺は反論する。
「眠りにつく前、魔王様は決してそんな事は言っていなかった。エレメントの間に力の差がある事は確かに認めるが、これらを使いこなせてこそ人間界の支配が出来るはずだ。魔王様の命令に逆らうのか!?」
思わず熱くなる俺を嘲るように、グレンが上から目線で言う。
「はっきり言ってやるよ。お前は役立たずだ」
「……貴様!」
「あん? 間違ってんのか? そもそも勇者との戦いだって、パーティーを分断したのはお前が立てた作戦だったよな? その結果、魔王様は勇者にやられちまった。この責任をどう取るんだよ」
「バカが。勇者の力の源は仲間の結束なのだ。もし分断しなければ、勇者が生き残り我々が皆殺しにされていたのだぞ!」
「どうだかな。お前の立てる作戦はいつも姑息だしショボいんだよ。だから1番で地味で弱っちい土のエレメントを魔王様から渡されたんだ。そんな事も分かんねえのか?」
くそっ。腹が立つ。だが真意を確認しようにも魔王様に聞く事は出来ない。
「とにかく、リソースは有限よ。それを有効活用出来る人が持つべきだと私は考えるわ。シルファ、あなたはさっきから黙っているようだけれど、どう思うの?」
「え? ボク? まあ仕方ないんじゃないかな。実際、人間界全体を征服するってなったらそれなりに時間もかかるだろうし、欲しい人が欲しい物をもらっていくのが1番良いと思うけど」
そんな事を言ったら俺だって魔物の軍勢が欲しいし金庫で唸る金が欲しいし便利なアイテムが欲しい。
「3対1です。ご納得頂けたかしら?」
ズーミアの冷たい視線が俺に突き刺さる。どうやら、これ以上何を言っても無駄なようだ。
「それぞれ必要な物を持って整理した後、4手に別れましょう。通信の宝珠は私が作っておくから、必要な時だけ連絡を取って協力しあうという事で、基本は単独行動で。じゃ、解散」
こうして、かつて魔王軍の参謀だった俺は、無一文かつ仲間無しという酷い状態で、土のエレメントと魔王様から与えられた使命だけを持ち、人間界へと放り出されたのだった。
第1章「土のエレメント」
グレンは馬鹿、ズーミアは狡猾、シルファは何を考えているのか分からない。だが、そんな3人とのやりとりの中にも一握りの真実が確かにあった。それは、魔王様が俺に対して土のエレメントを託したという事。その判断自体は疑いたくないし、期待には応えるべきだ。
玉座では失態を演じてしまったが、使い方によっては何かすごい事が出来るはず。何せ『原初のエレメント』は元々勇者のアイテムであり、奴はそれを活用して魔王様を倒した。必ず何かある。
魔界から人間界に降り立つと、そこにはだだっ広い野原が広がっていた。魔界と人間界を繋げる大きな入口付近では魔王軍と人間軍による睨みあいが続いており、軍の指揮権はあの3人に奪われてしまった為、俺は渋々秘密のルートを使って人間界まで来た。
あたりには人っ子1人おらず、ひたすらになだらかな丘陵が広がっていた。遠くに森と山が見えるが、人間の集落すらない。あるのはただただ、地面のこれだ。
土。
当たり前に存在する物過ぎて、きちんと認識した事すらなかった。考えてみると、そもそもこれが何なのかすら知らないのだ。岩が削れて、砂になる。そこから水と混ざって土になるという漠然としたイメージはあるが、じゃあ作れと言われると難しい。何千年、何万年という時間が必要になるだろう。
俺は手で地面を掘り、それを眺める。仮にこれを操れたとしても、他のエレメントほどの脅威になるのだろうか。甚だ疑問が残る。
その時、視界に奇妙な物が映った。
手に持った土から矢印が伸び、そこに文字が浮かんで見えたのだ。
―――――――――――
褐色土
―――――――――――
・栄養度C
・通気性C
・水持ちB
―――――――――――
能力付与
なし
―――――――――――
「これは……なんだ……?」
「土のステータスだよ」
突如声がして後ろを振り返ったが誰もいなかった。声は俺自身、というより俺の服の中からしている。土のエレメントを取り出すと、原因が分かった。
エレメントの陰に隠れて、親指ほどの小さな人型の生物がこちらを覗いていた。魔物ではない。これはもしや、絶滅したと言われる妖精ではないか。
「君が新しいエレメントの所有者?」
妖精が俺に尋ねる。こんな謎の存在と会話を交わして良いものかと一瞬悩んだが、態度からして危害を加えるつもりはなさそうなので答える。
「……ああ。そうだ。土のエレメントを譲り受けた魔人貴族のロディだ。……そちらは?」
「僕は土のエレメントを守護する妖精。名前はチェル。よろしくね。前所有者の勇者さんはどうやら死んでしまったみたいだね。残念だけど、仕方ないか」
誰からもらったのかはあえて伏せたが、必要ない配慮だったようだ。
「勇者の味方だったのに、魔人に所有されている事に抵抗はないのか?」
一応尋ねてみると、妖精は「うん、全然」とあっさり答えた。
「むしろ勇者さんは僕に全然興味なかったみたいだからね。退屈していたからちょうど良かったよ」
「そうなのか?」
「まあ、他のエレメントと違って何か派手な事が出来る訳じゃないし、仕方ないかな」
やはりそこは勇者でも共通認識だったのか、と悲しくなる。
「さっきお前は『土のステータス』と言っていたが、それは一体何だ?」
「君が手に持った土がどんな性質を持っているかを分かりやすく表示する能力だよ」
「……それを見てどうする?」
「どうするかは所有者の君次第さ」
飄々と答える妖精の態度に若干の苛立ちを覚えながらも、何かもう少しマシな事は出来ないものかと探りを入れる。
「土を操るんだよな? 例えば土で魔導人形を作って使役したり出来ないのか?」
「出来ないね。それは人形屋さんか魔道士の仕事だよ」
「……大きな地震を起こしたりとかはどうだ?」
「それをするには地面のもっともっと下の部分を動かす必要があるから、僕には無理だね」
「何かこう……土を使って相手を攻撃くらいは出来るだろう? 石化とか」
「君が自分でしたみたいに、土を被せるくらいならそりゃ出来るだろうけど、ダメージなんかはほとんどないよ。石化も無理。だって土だしね」
絶望だ。正真正銘何も出来ないじゃないか。正直、心がくじけそうになっている。
「……これではとてもとても人間界の支配なんて出来そうにないな……」
力なく呟く俺に、妖精は事も無げにこう言った。
「人間界の支配なら出来るよ」
「……は?」
「生物を支配してきたのは、今も昔も土だよ」




