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月夜

 ゼンヨークに来た時と同じく、サルムから奪った馬にタリアと2人で乗り、ノード村まで戻ってきた。

 日が暮れてしまうと、ノード村はほとんど灯が無いので、今日のような満月の日でなければ見失っていたかもしれない。


 後ろからついてきているのは1頭の馬と1台の魔導機械。

 最近になって人間が戦争に投入し始めた、乗っている者の魔力で4つの車輪を動かして進むマシンだ。荒れ地だとすぐ駄目になる上、スピードも遅いと聞いていたが、ナイラの乗っている物は何やら最新の物らしく、でこぼこ道でもきちんと馬に追いついてきている。


 そして何故か、1頭の馬には散々文句を言っていたギントルが乗っている。


「……ナイラ、こいつら何か怪しくないか? 奴隷魔人が馬に乗って、その主人がしがみついているなんてどう考えてもおかしいぞ」

 ギントルはわざとなのかがさつなのか、俺達に声が届いているのを全く気にしていない様子だった。

「仲睦まじいのは良い事じゃないか。それが主人と奴隷の関係でもね」

 ナイラはそう答えるが、若干その言葉に含みがあるような気がする。

 というかこいつ、俺がただの奴隷ではない事に気付いているのではないか。


「もうすぐノード村につきますので、それから何でもお聞きください」

 と、タリアは後ろに向かって声をかけた。俺がそう言うように指示したからだ。


 実際、野菜を育てる所を見せる事になれば、誤魔化す事は出来ない。

 いずれかのタイミングで俺が黒幕である事を明かす必要がある訳だ。


 ただ、そうした時に俺が期待するような販路を用意してくれるかどうかは甚だ問題だ。ギントルの方は絶対に無理だが、ナイラの方も「魔人が育てた野菜」に偏見があるかどうかはまだ確認できない。信用出来ないと言われればそれまでの話でもある。


 どっちみち、まだしばらく2人を監視する必要がある。今日はもう遅いし、村に一晩泊まってもらって明日畑を紹介しつつ考えるとしよう。今日の夜はタリアと作戦会議だ。


 そんな事を考えていた時、タリアが俺の肩を叩いた。

「……何か……何か村の様子が変です」

 目を凝らして見てみる。確かに、村人が外に出てきて、何かを囲んでいるように見える。


「あれは……魔人か? 2人いるぞ」

 ギントルが呟く。俺はその内1人の顔に見覚えがあった。


 村につき馬を止める。

 屋外で、松明を持った2人の魔人が夜の闇に立っていた。その足元には跪く村長の姿。殴られたらしく、頭から血が滲んでいた。その周りを心配そうに村人達が囲み、その目は俺に助けを求めている。


「おっと、ちょうど良い所にお出ましだ。裏切り者の魔人ってのはこいつで間違いないか? サルム」

「ああ、間違いない。こいつだよジョリス兄ィ」

 2週間ほど前にこの村に大量のスケルトンを寄付してくださったサルムさんだ。あるいは身の程も知らずに喧嘩を売って敗走した馬鹿とも言う。


「俺はヘカリル家の三男ジョリス。弟が世話になったみたいだな」

 着ている鎧からしてもサルムよりは上の役職についているらしい。

「お前の居場所を聞いたんだが、この爺がなかなか口を割らなくて困っていたんだよ。今ちょうど見せしめに殺そうかと思っていた所だ。時間がないんでな、用件は手短に行こう。そこの魔人、おとなしく首を差し出せ」


 ジョリスと名乗った魔人は、片手に持った剣を村長の首にあてがいつつ、もう片方の手で先日出来たばかりのきゅうりを握り、ぽりぽりと食べていた。弟も弟だが、こいつも相当世の中を舐めているようだ。


「……トラブル発生のようですね。私達に出来る事はあります?」

 ナイラが小声で俺に聞いてきた。俺は「いや、いい。こちらで何とかする」と答えた。


「おっと、近づくんじゃねえ。この爺の首が飛ぶぞ?」

 兄の威を借るサルムが、村長の髪を掴んでこちらに見せつけ、続ける。

「まずはその斧を置け。そしたら後ろを向いて、うつ伏せに寝転がれ」


「おいおい警戒しすぎだろサルム」と、ジョリス。

「兄ィは知らないんだ。こいつの斧は本当に危ないんだから」

「ふーん。まあ、何でもいいや。とりあえず言われた通りにしとけ。な?」


 辺りを見渡す。前回のようなスケルトンや、他の魔人はいない。どうやら今回はこいつら2人で来たようだ。本当に戦力差という物を理解出来ていない奴らだ。


 俺は言われた通り斧を地面に置き、後ろを向いた。タリアが泣きそうな顔で俺を見ている。


 ゆっくりとした動作で膝をつき、手のひらを地面に置く。そしてうつ伏せに寝転がると、後ろから笑い声がした。


「……はっ。ははっ! そんなにこの爺の命が大事か? 裏切り者の癖に、情に熱いじゃないか。意外だな」

 サルムが俺を嘲りながら一歩一歩こちらに近づいてくる。足音の感じからして、かなり慎重なようだ。


 俺は小さくため息をついた後、声を出す。

「……1つ、聞いておきたい」

「な、なんだ?」と、サルムが返事した。

「お前じゃない。後ろのジョリスとかいう奴だ」

「あ? 何だいきなり。まあいいや言ってみろよ」


「そのきゅうり、美味いか?」


 満月に照らされる沈黙。3人の魔人の夜。青々しく生える野菜の葉。


「はっ。面白い奴だ。……サルム、とっとと殺せ」


 次の瞬間、サルムが気付いた。


「ジョリス兄ィ! 後ろだ!」

 ジョリスが後ろを向く。と、同時に俺も体を起こす。ジョリスの後ろには、蟻塚のように盛り上がった土が大きく月の光を遮っていた。


 俺はサルムを突き飛ばし、置いた斧を取る。危険を察知したジョリスが剣を動かそうとしたその時点で、俺が投げた斧の刃がジョリスの胸に突き刺さっていた。


「んがっ。がふっ……」


 口から血を出しながらジョリスが後ろに倒れる。土の塊に身体を突っ込ませながら、ゆっくり崩れていく。血にまみれた食べかけのきゅうりが地面に転がった。


 種を明かそう。

 命令されて地面に寝転がった時、俺は2人の死角で土のステータスを表示しておいた。そして『地形変化』を用いてジョリスの背後にあった土を盛り上げ、斧を投げるだけの隙を作ったという訳だ。


「おっと、逃がすと思ったか?」

 既に逃亡の準備をしていたサルムを捕まえる。これでまた馬が2頭手に入った。どうやら今日はスケルトンの納品は無いらしい。


 涙目になったサルムが、俺を指差して吠える。


「な、なんでお前みたいな奴がこんな村の味方をするんだ! ジョリス兄ィを殺しやがって! ちくしょう! 一体何なんだお前は!」

 俺が何者かは前に言っただろうと思ったが、2人の魔術師の手前でそれを言うのはちとまずい。


「見ての通り、ただの奴隷魔人だ」

「嘘つけ! まさか、まさかお前本当に……」

「それ以上言うとお前も殺さなくちゃいけなくなるな」

 斧を拾いながらそう告げると、心底ビビったらしくサルムは口を一文字に結んでいた。


「これは驚いた。やっぱり普通の魔人奴隷じゃなかったね」

 ナイラがそう言ってギントルに同意を求めたが、ギントル自身は元々青白い顔を更に青白くしてジョリスの死体を見ていた。きっと心の中では、恐ろしい所にきてしまったと思っているんだろう。


 さて、何から説明したらいいものか。

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