魔術師協会の2人
午前中でポロドが扱っていた俺の野菜は完売した。正直、奴隷の格好で市場をうろつくのは嫌だったのでさっさと帰りたかったのだが、どうしてもポロドの言っていた魔術師協会とやらが気になっている。
人間でも、俺の育てた野菜を食べて魔力上限が上がるというのは新たな発見であると同時にビジネスチャンスでもある。俺の野菜の値段が高騰したのも半分以上はその効果のおかげだろうし、上手くすれば大金が引っ張れるかもしれない。そう思った俺はポロドに命令し、魔術師協会の代表者とのアポイントを取り付ける事に成功した。
ポロドにはおつかいを頼んだので、俺とタリアの2人で訪れたのは魔術師協会ゼンヨーク支部。
そこまで大きな建物ではないが、周りの建物よりも歴史を感じさせる造りで、古くからここにある事が分かる。
協会事務所に入ると、受付のような物はなく、それらしいのは雑な字が書かれた掲示板と通信用の宝珠だけであり、あとはよく分からないガラクタがその辺に転がっていた。客を迎える入り口とは思えない程のごちゃごちゃ感で、やる気のない骨董品屋という風情だ。
「誰だ?」
通信宝珠から声がした。どうやらわざわざ人を置かずに魔術を使って来客を感知して案内するシステムらしい。
タリアに答えさせる。
「商人組合のポロドの紹介で来ました。例の野菜の件で少しお話ししたい事がありまして」
「野菜……? ああ、ナイラが騙されてたあのインチキ商品か。帰れ」
随分な物言いだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。魔術師協会の人がうちの野菜を気に入ったとお聞きしたのですが。せめてお話だけでも出来ませんか?」
「駄目だ駄目だ。俺達魔術師は商人と違って忙しい。そもそもあの野菜を食ったナイラは今出かけてていない。それに何だそのみすぼらしい奴隷魔人は。そんな物を連れて魔術師協会に入ってくるんじゃない。さっさと帰れ」
ギントルと呼ばれた声の主は鬱陶しそうにそう言って、一方的に通信を切った。
実に無礼な奴だ。特に俺の事をみすぼらしいと言いやがった所が実に不愉快極まりない。
「困りましたね……」
だが、会わないというなら仕方がない。ここで変に騒ぎ立てて衛兵を呼ばれてもまずいし、ここはおとなしく引き下がっておくか。
そう判断し、魔術師協会を出ようとした所で、1人の女魔術師が入ってきた。金の装飾品を沢山つけたローブに杖を携え、とんがり帽子を深く斜めに被っている。背が低いので、顔までは見えない。
「ん〜? 魔人奴隷とは珍しい。魔術師協会に何か用かい?」
こちらに気付いた女が、帽子の下から顔を覗かせた。年齢はタリアと同じくらいだろうか、人間の見た目はあまり区別がつかないので自信はない。だが、魔術師の割に肌が褐色なのはちょっと珍しいだろう。この国の人間ではないのかもしれない。
「商人ポロドが販売した例の野菜の件でお話したい事があって来たのですが、通信宝珠に門前払いされてしまい困っていました」
「あっはっは! 全く困ったやつだなギントルは。あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はナイラ。例の野菜、すごく気に入りましたよ。それで、野菜の件ってことは新しい野菜が手に入ったとか?」
ギントルというのが通信宝珠の先にいた奴か。そいつとは違って、このナイラは少しは話が出来そうだ。ポロドの紹介とあって、タリアも商人と間違われていそうなので、訂正させる。
「あ、いえ、そうではなくてですね。私が野菜の生産者です」
「ほう! 生産者の方にわざわざ直接来て頂けるとは。どうも。しかし何故魔人奴隷を連れてきたんです?」
「えっとそれは……。使用人のような物です。あまり気にしないで下さい」
「はーん……」
値踏みするように俺の事を見るナイラ。もし知られていたらまずいと思い顔を伏せる。
「まあいいや。立ち話もなんだしとにかく入って」
こうして、なんとか魔術師協会の事務所に入る事が出来た。
「おいナイラ、そんな得体のしれない奴らを中に入れるんじゃない。支部長に告げ口するぞ」
先ほど宝珠越しに無礼を働いたギントルという男がそう言った。30代か40代くらいだろうか、ナイラとは正反対に青白い肌をした瘦せぎすの男だ。何やら実験をしていたらしく、机の上も下もは研究機材で散らかっている。
「まあそう言いなさんなギントル。世にも珍しい魔力上限が上がるほうれん草の生産者さんだよ?」
「かっ。馬鹿げている。そんな話があるものか。ナイラ、お前はあの商人に騙されたんだ」
「騙されてるも何もなあ、事実私の魔力は上がったし」
「ただの思い込みだ。あるいは幻覚を起こす作用でもあるんだろう」
「理屈はいいからギントルも食べればいいのに」
「誰がそんな得体の知れない物を食うか。ただでさえ俺はほうれん草が嫌いなんだ」
「お子ちゃまだなあ」
「何だと!?」
客を放ったらかしにして楽しそうに会話する2人。俺はこっそりタリアを小突く。
「ほうれん草以外にも魔力の上限を増やす野菜、ご用意出来ますよ」
「本当かい!?」
少なくともナイラの方は好意的なようだ。
「やめろ! ここは魔術師協会だぞ! 怪しげな商売を始めるな!」
ギントルという男には敵愾心しかないらしい。
再度タリアを小突く。
「それでは、是非とも私達の村にお越し下さい」
「招待してくれるの? 嬉しいなあ。正直、どうやってあの野菜を作っているのか気になってたんだよね」
乗り気なナイラ。今すぐにでも準備して出発しそうな雰囲気だ。
「かっ。魔術師協会の正会員が得体の知れない農村に視察だと? そんな事、許される訳が無いだろう」
まあこいつならそう言うだろうなとは思った。
とにかく、ナイラという魔術師の方はポジティブだし利用出来そうだ。幸い、立場としてはナイラの方が上みたいなので、このギントルとかいう男については無視していいだろう。
「君たちはこれから村に帰る所だろう? 付いていってもいいかな?」
本当に今すぐ出発する気だったらしい。話が早いのは良い事だ。俺はタリアの背中を1度つついて許可を出す。
「ええ、私達はここまで馬で来たのですが、ナイラ様は馬に乗れますか?」
「馬には乗れないけど、ついてはいけるよ。ちょっと準備したいから、1時間後に」
「おい待てナイラ! 協会の許可なく妙な事を始めるんじゃない!」
「村を見に行くくらい良いじゃないか。黙っててくれるよね? ギントルにだって黙ってて欲しい事あった気がするけど」
「うぐ……」
何だか良く分からんが、話はまとまった。
俺とタリアは一旦魔術師協会を後にし、再び門の近くまでやってきた。
そこにちょうどポロドがやってきて俺達を見つけた。
「ああ、いたいた。これ、例の品です」
そう言ってポロドが取り出したのは、先程の市場でタリアが見ていた木彫りの髪飾りだった。
「え……これは……」
タリアが不思議そうな顔で俺を見上げた。
俺はタリアにだけ聞こえるように、「値段を勝手に上げて売った侘びの品を用意しておけと言ったんだ。ポロドがこれを選んだのはただの偶然だ」と嘘をついた。
「あ、ロディさん、これおつりです」
ポロドが俺に小銭を手渡す。……値段とちょうどの金額を渡しておいたのに、何故おつりがある。
「これくらいの値引き朝飯前ですよ。どうです? これで私が正直者の行商人だというのが分かったでしょう?」
胸を張るポロド。余計な事を……。
「ふふ……偶然、ですか」
タリアがにやりと笑ってこっちを見ている。
もう俺が何を言っても無駄のようだ。




