商人の習性
屈辱。
魔王城を出てからというもの、何度もそう呼ぶに相応しい感情は抱いてきたつもりだ。土のエレメントの不遇さを揶揄されたり、妖精に唆されきついきつい肉体労働に従事したり、中位の魔人貴族や元同僚に馬鹿にされたり。
だが、それらの酷い扱いも、今回に比べれば遥かにマシと言いきれる。
「あの、ロディ様」
「……なんだ?」
「あまりその、堂々とした態度でいられると、せっかくの擬態も無駄になりますので……」
小声で申し訳なさそうに言うタリア。
「……くそっ」
悪態をついた後、俺はピンと張った背筋を曲げ、両手についた手枷を重そうにぶら下げ、いかにも冴えない顔を作ってゼンヨークの門をくぐった。
今俺は、村で1番ボロボロだった服を着せられ、上半身裸という野蛮な状態で、手枷と足枷を嵌めている。更には首輪までつけおり、そこから伸びた鎖はタリアが持っている。
一方でこの作戦の立案者であるタリアは、俺が元々着ていた服をアレンジし、こ綺麗にまとめている。
「ご婦人、それは?」
門を抜けるとすぐに衛兵に声をかけられた。タリアは堂々と答える。
「見ての通り、魔人の奴隷です。珍しかったので買ったのですが、飽きてきたのでゼンヨークのオークションで売りに出そうかと」
「なるほど、そうでしたか。お1人ですか?」
「いえ、後から父が参ります」
「ふむ。くれぐれも街の中ではその魔人奴隷の枷を外さないようにして下さい。良いですね?」
「ええ、心得ております」
これが屈辱と言わずして一体何だというのだ。
魔界四天王の俺が、村娘の奴隷!? 由緒正しき血統を持つ上位の魔人貴族であるこの俺が、売られる立場だと!? 煮え繰り返る熱々の腹わたで一杯やれそうだ。
「……ロディ様。私は決して飽きてませんので」
タリアがフォローにもならないフォローを俺に耳打ちして、俺の首輪を引っ張った。
ただ、余計な争いをせずにゼンヨークの街を歩くにはこのスタイルがベストである事は俺も分かっていた。見慣れない魔人も、人間に捕まった奴隷だという事なら衛兵達も油断する。この格好なら俺が魔界四天王だとはまず気づかれない。枷をつけておけば反逆も出来ないし、これから売られる商品であれば傷つけられる事もない。
確かに、これは完璧な答えだ。
俺のプライドがずたずたに傷つけられるという事に目をつむれば。
「ロディ様が不本意なのは分かりますが、今は目的を優先しましょう。最初はどこに行きます?」
「早速だが市場に行こう。1秒たりともこんな格好で長居をしたくない」
「……分かりました。では市場へ」
街に行くのを楽しみにしていたタリアには悪いが、このままでいると俺の自我が崩壊してしまいそうだ。さっさと市場調査と買い物を済ませて村に戻ろう。
ゼンヨークの市場。港町だけあって、確かに品揃えは豊富で、衛兵による監視の目も行き届いている。商人達は木の棒と布で組み立てたような簡素な店を出して呼び込みの為に目玉商品の名前を連呼する。
客達は並ぶ商品を目を忙しく動かしながらも足はゆっくりとしたペースで市場を回っている。食品、衣服、装飾品、武具、魔法のアイテム、ポーションなどの薬品。おおよそジャンル別に店の区画が分けられているようだが、初見ではどこに何があるかは分かりっこない。
俺は奴隷を装いつつ、主に野菜や果物の値段に目を光らせていた。魔界では見た事が無いものもある。同じ物でも値段が違ったりするがその理由も分からない。思った以上に骨の折れそうな作業だ。
その時、ふとタリアが別の物を見ているのに気付いた。視線の先を追うと、その先には木彫りの髪飾りがあった。
「……買わんぞ」
「え!? あ、違くてですね。死んだ母が持っていた物によく似ているなと思いまして……前に食料と交換する為ポロドさんに売ってしまったのですが……なので、別に欲しいという訳ではないです」
「……ふむ」
「あ、それよりもあそこ見てください。ポロドさんのお店がありますよ」
指差した方向を向くと、そこには人だかりが出来ていた。人と人の間からちらりと見えた顔、確かにポロドが開いている店のようだ。
人混みをゆっくりと進み、ポロドの店の前までやってくる。
「いらっしゃいいらっしゃい!! 大きくて美味しいカブと、世にも奇妙な魔力の上がるほうれん草だよ! 魔術師協会のお墨付きだ! さあ見てった見てった!」
声を張り上げるポロドが、俺達に気付いた。一瞬、「あ、まずい」といった感じの表情になったのを俺は見逃さなかった。
「ポロドさん、こんにちは」
俺は表立って喋れないので、ここはタリアに任す。
「あ、ど、どうもこんにちはタリアさん。今日はゼンヨークまで一体何の用で?」
ポロドがさりげなくカブとほうれん草の値段を隠した。
「カブ1つ25ゼニー。ほうれん草は200ゼニー。まあ、随分高級な野菜ですね。さぞかし美味しいんでしょう?」
タリアが天使のような笑顔でポロドを責める。
「いや、その、これには深い訳がありまして……」
ちなみに、ポロドは俺から野菜を買い取る時、「街では大体2倍の値段をつけて売る」と言っていた。が、実際は5倍と10倍。話が違いすぎる。
「あのですね、ロディ様から買った野菜が、あまりにも売れ行きが良い物ですから、急遽昨日から値上げしたのです。もちろん、その差額は次にノード村に寄った時にお支払いするつもりでしたよ? 騙すつもりなんて毛頭ありません」
「さて、それはどうでしょう?」
タリアが俺に視線をちらりとやった。奴隷の俺は表だって何か言う事はないが、その表情で目一杯の不快感を表す。ポロドの顔色から血の気が引いていた。
「ほ、本当です。信じてください。売り上げた個数もきちんと記録しております。ほら、これ。ね? ですからこれを元にお金はきちんとお支払いしますから」
確かに、ポロドの言う通り売り上げは良いようだ。こうして話している最中も、ぽつぽつと俺のカブとほうれん草は売れて行った。
まあ、ポロドの扱いについては後でじっくり村人と話し合って決めよう。
俺には1つ、気になっている事があった。タリアの服の裾をこっそりと引っ張る。
「そういえば、今売り文句の中に『魔術師協会のお墨付き』と言っていましたよね? それってどういう事です?」
「あ、えーとですね、これも次に村に行った時に話そうかと思っていたんですが、例のほうれん草を食べた魔術師が、それから魔力の上限が上がったらしいんですよ。私にはよく分からないんですが、魔術師にとって魔力ってのは重要な物らしくてですね。しつこく野菜の出所を聞かれてしまいました。……あ! でも決してロディ様とノード村の事を喋ってはおりません。事情がおありなんですよね?」
ポロドが作り笑いを浮かべて俺を見る。そこには若干脅しのようなニュアンスがあったが、それだけ保身に必死なのだろう。
それにしても、Lv2野菜で魔力の上限が上がるのは俺だけの特典では無かったというのは新たな発見だ。魔力の上限というのは生まれつきの才能である程度決まっている物であり、努力で上がるのはほんの僅かだと言われている。それが一気に上がるというのは稀有な事態と言える。
「まあそう言った訳で、値段をあげさせてもらった訳です。どうか、ご理解とご容赦の方を……」
「……俺に向かってしゃべるな」と小声で言う。
「……タリア様?」揉み手をするポロド。
「さて、どうでしょう」




