地形変化の便利さ
村から1番近い川にやってきた俺は、早速新しく習得した『地形変化』を使ってみる事にした。一応、付き添いとしてタリアだけ連れてきたのは、俺がした事を見て確認してもらう為だ。ノード村の村人達の尊敬は既に得たが、またいつ下がるとも分からないので、それを確実な物にしておきたい。
『成長促進』を使う時と同様、地面に手を置く。
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褐色土
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・栄養度C
・通気性C
・水持ちC
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能力付与
なし
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いつものように土のステータス画面が開き、そこから能力付与を選択し、新しく加わった『地形変化』を指で押す。
すると目の前に半透明の地図が広がった。見た所、今俺がいる場所を中心に半径100mくらいの範囲だろうか。俺とタリアのいる場所に小さく○が置いてあり、範囲内にいる人物も分かるらしい。まあそこまでは良いが、これでどうやって『地形変化』を行えば良いのか。
「削りたい所を指でなぞるだけだよ」
チェルに言われた通り、俺は川から1本の線を引くように指で地図をなぞる。
すると、実際の地形がもりもりと形を変えた。どうやらリアルタイムで地図と地形が連動しているらしい。削った部分から川の水が流れ出たが、行き先が無いので溢れて水溜りになった。目の前で起きている事に驚いていたのは俺だけじゃない。タリアからしてみればただの天変地異。怖かったのか、しゃがむ俺に身体を寄せてきた。
「心配しなくていい。俺がコントロールしている」
そう言って聞かすと、タリアは恥ずかしがりつつ離れた。
「削る時は1本指でなぞるだけ。土を盛り上げたい時は親指と人差し指で摘んでね」
盛り上げる必要は今のところないが、物は試しだ。俺は適当な場所を選んで摘まみ上げる。すると地面のその部分がにゅっと上に伸びた。
これは、かなり土属性の強い所が出てきたんじゃないか?
地形をこれだけ自由に動かせるとなると、例えば戦いの時に一瞬で塹壕を掘ったりも出来るし、相手の逃げ道を壁で塞ぐ事も出来る。奇襲でもない限り、あらかじめこちらに有利な状況を短時間で用意出来るのが何より強力だ。
と、つい参謀の経験から戦争での活用方法を考えてしまったが、もちろんこれは農業でもかなり活かせる。いや、どれだけ硬い土でも一瞬で掘れるなら、鉱山に手を出すという手もあるぞ。掘削作業がスムーズに出来る。
「ちなみに、3本の指で好きな場所を囲むと、その範囲の土の性質を変えれるよ」
もちろんすぐにやってみよう。親指、人差し指、中指の3点で、俺の近くにある場所を触る。すると新たにメニューが開いた。
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・耕作
・砂漠
・硬化
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と、3つの選択肢が出た。
「耕せるのか!?」
思わず声を上げてしまい、またタリアから不審な目で見られてしまった。そろそろタリアくらいには土のエレメントの事を説明した方が良いかもしれない。
「うん、一瞬で耕せるよ。正確には土を掘り起こして空気を入れて柔らかくするって効果だね」
べ、便利すぎる……。
これならノード村の4つの畑にこだわる必要もない。全く新しく畑が手に入るなら、そこで好きなだけ作物を育てられるという事だ。
「あ、でも気をつけて。どれも魔力使うからね」
そう言われて俺は画面上部に小さく俺の魔力が表示されているのに気付いた。
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ロディ 魔人 Lv3
魔力 20/120
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「危なっ!」
気付いたらかなり減っているじゃないか。こんな所で気絶したら、タリア1人で俺を村まで運ぶのはおそらく無理だ。慌てて土のステータスを閉じる。
土弄りが楽しすぎて自分の魔力が枯渇しかかっているのにも気づけなかった。
とにかく、今はノード村の灌漑を済ませるべきだろう。魔力を『地形変化』に投資している間は作物は育てられないが、それでも先に水問題を解決した方が良いと思う。
それにしても、レベルの上昇によってこんなにも便利な機能が解放されるとは盲点だった。魔王様の傷を癒す為にも、いつかは人々の畏敬を集めなければならないとは思っていたが、畑の事で手一杯だし、スキルが解放されても野菜が美味くなるだけくらいに思っていた俺がどうやら間違っていたようだ。
この『地形変化』があれば『灌漑』は簡単に出来るだろう。消費魔力から考えると2、3日はかかってしまうが、何年かかるかも分からなかった先程までの状況よりは遥かにマシだ。
そして無事に『灌漑』が出来次第、いよいよきゅうりの栽培に着手する。食卓が豪華になるぞ!
「ちなみにだが、この地形変化にもLv2があるのか?」
「さあ? 知らないね」
「知らないのか」
「土のエレメントはあくまで君の物だからね」
いまいち要領を得ないチェルの答えだが、まあいい。確かなのは、とにかく俺はより多くの人に尊敬される必要があるという事だ。
「街、1度行ってみるか……」
川から村へ帰る途中、ぽつりと俺が呟くとタリアが予想以上に反応した。
「ロディ様、街ですか!? 1番近くですと、30km先にゼンヨークという街があって大きいですし何でも揃ってますよ。市場も教会も病院もありますし、あ、あとギルドもあります。軍の施設もあって、しかも港町なので国外からの輸入品も多く扱っていて、えっと、それから……」
「どうしたタリア、ちょっと落ち着け」
「はっ! す、すみません。以前は私もちょくちょく街に行っていたのですが、村がああなってしまってからはそんな余裕がなくて……その……」
言っちゃなんだがノード村はろくな娯楽もない村だ。街と聞いてタリアが興奮する理由も何となく分かる。
「作物の市場調査をしておきたい。結局金は必要になるだろうしな。それから、ポロドのやつがちゃんと適正価格で販売しているかも確かめておきたい。だから1度街に行っておく必要があるのだ」
俺がそう説明するのを、タリアは真面目な顔をして聞いていた。
「だから遊びに行く訳じゃない。……でも、お前も一応ついてくるか?」
興奮を抑えようとするが、それに失敗してにやけるタリアが「はい!」と良い返事をしてきた。
街に行くとなると、問題は俺の顔か。魔人が歩いているのを見られると注目されるし、大きな街なら俺が魔界四天王の1人だと知っている奴もいるかもしれない。身元を隠す必要がありそうだ。
「何らかの方法で魔人である事を隠さないといけないな。仮面か何かで顔を隠して、フードを深めに被るというのはどうだ?」
「それだと見た目で怪しまれると思います。村とは違って王国の衛兵が巡回していますから、質問を受けるとその、まずいですよね?」
それもそうだ。俺が魔界四天王の1人である事は、村の連中にすら言っていない。あのサルムとかいう魔人には言ったが信じていなかったし、人間の街に行くなら秘密にしておいた方が賢いだろう。
「それならどうしろと言うのだ」
素のままで行ってもバレる恐れがあり、隠しても衛兵に疑われればアウト。という事は俺は一生街には行けないという事か?
「……1つだけ、方法があります」
タリアは神妙な面持ちで提案する。