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レベルアップ

 現在、ノード村の水源は村でただ1つの井戸に頼った状態であり、今まで雨が降らない時期はそこから取水して賄ってきたらしい。この辺りの土は、水持ちが悪い分地下水が豊富で、畑を耕す事さえ出来れば水に困る事はない。ただ、これから畑を拡大するならばやはり「灌漑」は必要となるだろう。


 灌漑は基本的に川の水を引っ張ってくる事によって行う。単純な話、畑の真横を水が流れていれば、いつ来るか分からない雨を待ったり、井戸から何度も水を組み上げる必要が無いという訳だ。生活は便利になり重労働からも解放される。是非やろう。今すぐやろう。


 これはまさに、言うは易し行うは……という奴だ。ノード村の畑から1番近い川は3kmほどの距離があり、途中には硬い地面が広がっている。ある程度水の流れを確保する為には最低でも幅と深さが1メートルの溝が必要で、しかも川から水を引っ張ってくるだけでは駄目。それを元の流れに戻さなければただの水溜りになってしまう。取水と排水が灌漑の基本だ。


 つまり、灌漑をするにはまず往復6kmかつ幅と深さが1メートル以上の溝を掘らなければならない。いかに魔人といえど決して1人で行える事業ではない。かといってこの村には俺以外死にかけの老人と貧弱な女と子供しかいない。一体どうやってこの難問を解決するか。


 流石は元魔王軍の参謀。

 俺はすぐに答えを思いついた。灌漑で必要なのは水。そして俺には、「水のエレメント」を魔王様から託された同僚がいるではないか。


「ズーミア、聞こえるか?」

「あらロディ。久しぶりね」

 通信用の宝珠を使って連絡を試みる。3度呼びかけたが出ず、4度目でようやく声が聞けた。


「あー、少し頼みごとがあるんだが……」

「何?」

 どう説明しようか、と悩んだが、最低限必要な情報だけ簡潔に伝えよう。

「今、俺が滞在している村で灌漑を行う事になってな。お前の水のエレメントの力を借りたい」


「……は?」

 やはりこれだけじゃ伝わらないか。

「……農業を始めたのだ。土のエレメントを使ってな。それでこれから畑を拡大するには灌漑が必要だから、お前の力を貸せと言っている」


 しばらくの間の後、通信宝珠の向こう側から笑いを噛み殺すような声が聞こえた。

「ロ……ロディが……ふふふ……農業って……」

「何がおかしい。これは土のエレメントを活用する為の最善の……」

「あははははは! ロディが農業!? 引退して土弄りって訳?」

 爆笑するズーミアに、俺は必死に弁解する。


「ち、違う! 農業を介して人間を支配するのだ。お前はグレンより遥かに賢いだろう。何故分からんのだ!」

「ははは……。面白いわ。……冗談よね?」

「冗談ではない」

 しばらく沈黙が続いた後、気まずそうにズーミアが切り出した。


「今ね、私は王都に潜入しているの。水のエレメントはとても便利よ。とても暗殺に向いている。水を飲まない人間なんていないしね。私には元々人間に変身する能力があるから、それを使って貴族に取り入って、邪魔な人間はこっそり排除。これならすぐに出世出来るし、もう少しで国の中枢まで入り込める」

 別れてからたったの1ヶ月で、そこまで行っているとは流石のズーミアだがこれはかなりまずい流れだ。


「という訳で、私は今忙しいのよ。その畑仕事? にはちょっと協力出来ないわね」

 まあそうなるか。笑われた時点で何となく気づいてはいたが、はっきりと協力を拒否されるときつい物がある。


「じゃ、頑張ってね農家さん」

 そして通信が切れた。


 俺が馬鹿だった。それは認めよう。

 あんな高飛車な女に頼るなんてどうかしていたのだ。

 この程度の問題、自力で解決出来なければ魔王様に顔向け出来ない。

 それはそれとして、いつか必ずズーミアには目に物見せてやる。


 もうこうなったら意地だ。俺がひたすら土を掘って掘って掘りまくって村まで水を引っ張ってきてやる。どれくらいの時間がかかるかは分からんが、死ぬほど働いて押し切るしかない。


 悲壮な覚悟を胸に、斧をシャベルに持ち替えて村長の家を出ると、そこに村人が5、6人溜まっていた。遠巻きに俺を見ていた連中だ。村長やタリアと違って俺に直接関わろうとしてこなかったので放っておいたが、何か用事があるらしい。タリアがそいつらと何か話をしていた。


「ロディ様、今すこしお時間よろしいでしょうか?」

 タリアに尋ねられ、今から地面を掘るから駄目だ。と言って断るのもどうかと思い、俺はスコップを地面に刺す。

「何だ?」


「この者たちから、改めてお礼がしたいと……」

 そう言って前に出てきたのは1人の女。年齢は20代の後半くらいだろうか。素朴な顔をしていて、赤ん坊を抱っこしている。


「ロ、ロディ様……あの日、私は我が子を殺そうとしていました」

 母親の衝撃発言も赤ん坊には伝わっておらず、無邪気な顔で笑っている。

「私の夫は戦場で死に、もう戻ってきません。そしてこの村の食料は尽きかけており、口減らしの必要があったのです。お乳も満足に出ませんでしたし、かわいそうですが、この子には死んでもらうしかなかったのです。……ロディ様が、この村にやってくるまでは」


 俺が初めて土のエレメントを使ってぶっ倒れたあの日、この若い母親は今の俺以上に悲しい覚悟をしていたようだ。

「ロディ様の作ってくださったカブは、とても美味しくて、たくさんの栄養がありました。そのおかげで今はこの子にお乳をあげられますし、誰も死ななくて済んでいます。先に旅立った夫の分も、ロディ様には感謝しています。正直、魔人には酷い目に合わされてきましたし、今も怖くないと言えば嘘になります。でも、ロディ様は命の恩人です。その、あまり上手く言えませんが、本当にありがとうございます」

 そうして女は深々と頭を下げた。その後ろにいた4、5人の老人や子供達も、同じく俺に礼をした。


「ロディ様、私達に手伝える事なら何だって致します。遠慮なく仰ってください」


 ……いや、感謝するのは結構だが、出来る事には限りがあるだろう。特にこれから俺が行おうとしている灌漑なんて、おそらく働き盛りの男でも音を上げる過酷な作業になる事は目に見えている。子持ち女にやらせるのはまず無理だ。


「まあ、気持ちだけ受け取っておこう」

 俺がそう言うと、村人達は急に泣き始めてしまった。俺の意図とは違った受け取り方をされてしまったらしい。


「あ、レベル上がったよ」

 すると服の中からチェルの声がした。

「ロディ、君を尊敬する人数が20人に達したみたい」

「ほう。それなら次は『成長促進Lv3』が使えるようになったのか?」

「んーん、違うよ。君が使えるようになったのは、『地形変化』」


「……ん? それってまさか」

「うん。地形を変える事が出来るスキルだね。これを使えば、灌漑も簡単に出来ちゃうよ」

「よっしゃぁ!」

 ガッツポーズを取る俺を不審そうに見つめる村人達の視線に気付き、俺は体裁を整える。


「……俺はこれから灌漑を行う。この村まで川の水を引っ張ってくるのだ。より多くの作物が獲れるようになる」

 村人達は互いに顔を見合わせていたが、俺の言う事を疑っている様子ではない。以前みたいに、レベルが上がって即落ちるという事にはならなくて済んだようだ。

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