がんばれサルム君
勇者に制圧されて以来難攻不落だったカルス砦が落ち、人間側から見た戦線は一気に後退する事になった。最後まで抵抗した人間の死体が床に転がる中、砦内では新魔王軍の宴が開かれていた。
「おい、サルム。ド田舎の村を襲って返り討ちにあったってのは本当か?」
大きな机の端に座り、目立たぬようにちびちびと酒を飲んでたサルムにそう声をかけたのは、ヘカリル家の次男、フレンクだった。
「……人間の味方をする魔人が村にいたんだ。たかだかスケルトン30体じゃ全く太刀打ち出来なかった」
サルムは何度も繰り返した言い分を口にしたが、それで納得してくれるとも思っていなかった。
「裏切り者の魔人ねえ……。まあ100歩譲ってそれを信じたとしよう。で、いつその村に復讐しにいくんだ? 弟よ」
魔人貴族は何よりもプライドを重視する。強い敵と戦って死ぬ事は名誉であるし、逃げて生き延びたのならやり返さなくては面子が立たない。サルムも四男とはいえ魔人貴族の末席にいる者として、その鉄の掟は理解していた。
「……今、ドラッド兄ィに加勢を依頼している」
「おいおい、そりゃ無理だろ。ドラッド兄ィは今グレン様に直接仕えてるんだぞ。忙しくてへたれ末っ子の頼みなんて聞いている暇はないさ」
「じゃあフレンク兄ィが手伝ってくれよ!」
半ばやけっぱちになりながらサルムがそう言うと、フレンクはゲラゲラと笑った。
「冗談言うなよサルム。ドラッド兄ィほどじゃなくても俺だって忙しいんだぜ? 今は魔王軍が新しくなって、誰がどのポジションにつくかで内部でもいざこざが絶えねえんだ。そんなしょぼい村の半グレ魔人なんざに構ってられるかよ」
なら話しかけてくるな、とサルムは思ったが、それを言って怒らせるのが得策じゃない事くらいは分かっていた。とはいえ、少しでも何か言い返さないと舐められっぱなしだというのも経験から分かっている。
「……奴は魔界四天王のロディだと名乗ったんだ」
それを聞いたフレンクは、一瞬ギョッとしたがすぐに薄ら笑いを浮かべた。
「ぷ。くくく……。冗談は程々にしておけよ? 同じ四天王としてグレン様と双璧を成すロディ様が、なんでそんな辺鄙な村にいるんだ?」
「……農業をしていると言っていた」
「農業! よりによって奴隷の仕事かよ! お前なあ、ちょっと考えりゃ分かるだろ。そいつは確実に偽物だ。大物の名前を出してお前をビビらせようとしたんだよ」
「お、俺だってそう思ったさ! だからスケルトンをけしかけたんだ。……だけど、あっという間に粉々にされて……やられた」
フレンクが慰めるようにサルムの肩を叩いた。
「あのなぁ、スケルトンみたいな『使役型』の魔物は、指揮官の力がモロに反映されるんだぞ? そんなどこの誰かも分からないようなハッタリ野郎1人に負けて泣き寝入りしたら、お前親父から勘当されるぞ」
「わ……分かってるよ」
「それならとっととそいつの首を取ってこい。ヘカリル家に負け犬はいらねえ」
サルムは下唇を噛み締めて耐える。フレンクの言う事は鼻につくが決して間違ってはいなかったからだ。
「ああ、俺とドラッド兄ィは無理だが、ジョリスなら手を貸してくれるかもな。あいつはシルファ様にぞっこんだから、しばらく仕事を手伝ってやればいい」
三男のジョリスはヘカリル家でもかなりのキレ者で、上の兄からも一目を置かれている。武力こそドラッドやフレンクに敵わないが、金勘定はずば抜けて鋭かった。
「まあ、どうしても1人でリベンジするのが無理そうなら訪ねてみたらいい。じゃあな、甘えん坊のサルム」
フレンクはそう言って酒を一気に飲み干すとサルムの髪をわしゃわしゃと撫でた。サルムはうらめしそうに兄の背中を見送った。
魔界四天王の1人グレンは、短気で粗暴な性格をしているが、武力は魔人の中でも文句なしのナンバー1であり、戦場では常に先頭に立って一騎当千の活躍を見せていた。そうなると、性格の悪い面も気前の良さや決断の速さという良い評価に繋がり、中位貴族の出でありながらも旧魔王軍において出世を妨げる者はいなかった。
魔王が倒れ、魔王軍が新魔王軍として再編されると、人間を相手に更に活躍し始めた。もともとの実力もあるが、魔王から授かった火のエレメントは、人間達をあっという間に焼き尽くし、より恐れられる存在となった。
絶対的なリーダーである魔王が不在でありながら、魔物が主の軍をまとめ上げるカリスマ性。実際に口には出さないが、もし魔王の復活が失敗したとしても、グレンが魔王を継げば良いと思う魔人貴族達は少なくない。グレン自身もそれは知っている。
グレンが率いる新魔王軍が人間相手に派手な戦いを繰り返す一方で、同じく魔界四天王の2人ズーミアとロディはその姿を隠していた。ズーミアには何人かの上位貴族がついていったが、誰もズーミアの計画については黙して語らず秘密主義を貫いている。ロディに関しては誰も行方を知らないという有様だった。
魔界四天王最後の1人シルファは、なんと堂々と自身の名前を出した上で、西の群島にて商売を始めた。もともと群島は政治的に不安定で、国同士のしがらみもなく、魔人に対しての偏見も少ない。シルファらしいトリッキーな着眼点だった。
魔王と勇者の死により、世界は確実に変化していた。
そんな目まぐるしい情勢の中、ノード村では1人の魔人が額に汗を流し、ひいひい言いつつ草むしりをしているのだった。