Lv2ほうれん草の魔力
「う、美味い……! 今まで食べてきたほうれん草の中で1番……いや、野菜の中で1番美味いかもしれません」
2週間ぶりに行商に来たポロドに、タリアが調理したほうれん草を振る舞った。今回は余剰に出来た野菜を売って、ある程度纏まった金が出来たので、その金でバターを買って炒めた物をそのまま出した。ポロドはどうやら気に入ったようだ。
「これなら、街で売れば普通のほうれん草の2倍の値段がつくでしょう」
「ふむ……2倍か……」
成長促進Lv2の効果により、ほうれん草のクオリティを上げた訳だが、その分魔力の消費も多く必要となる。2倍の値段で引き取ってもらえるなら、ギリギリで割に会うくらいの消費だが、もう少し高く売りたいというのが本音だった。
「もちろん、実際に売ってみて評判が良ければ値段を上げる事も可能でしょう。ですが、こればかりは市場次第ですので、ひとまず1個20ゼニーで買い取らせてください。今いくつありますか?」
木箱いっぱいのほうれん草を指すと、若干だがポロドの顔色が曇った。
「……たったの2週間でこんな大量に作れたのですか?」
「ああ、そうだ。何か問題があるか?」
「いえ、別に……」
明らかに俺を怪しんでいる。まあ、魔人が作っているという事に目を瞑ってくれても、この量と品質はいくらなんでも不自然に思えたのだろう。そんな空気を察して、タリアがこう言った。
「ポロドさんにお譲り出来るのはこの箱の3分の1までです。他の行商人の方にお譲りする分と、我々で食べる分もありますので」
他の行商人? 村に滞在して2週間になるが、そんな話は聞いてない、と思ったがすぐにタリアの発言の意図に気付いた。なるほど、これは「釣り」という訳だ。
「……ふっふ。タリアさん、慣れない事はするものではありませんよ。この辺りに私以外の行商人が来るなんて話は聞いた事ありませんし、仮にいたとしてもその行商人は魔人が育てた野菜だと知ってて買うのですか?」
やはり商人相手に駆け引きを仕掛けるのは無謀だったらしい。タリアは一瞬むっとしたが、意外とあっさり嘘を認めた。
「ええ、もちろん他の行商人との約束なんてありません。ですが、これだけ品質が高い野菜であれば、すぐに噂を聞きつけた他の行商人がやってくるでしょう。今まで通りポロドさん専属で商売をする気は無いという事をお伝えしたかったまでです」
「なるほど……意外と言いますね。まあ、品質は確かですし、これは私にとっても儲けのチャンスです。その箱の半分、買い取らせて頂きます。その代わり、このほうれん草に関しては今後も私と優先して取引してもらえると助かります」
「分かりました。何か契約書でも残しますか?」
「いえいえ、そんな大げさな事はしないで結構。ただの口約束。お互いに恩があると思いあっていればそれで良いではないですか」
にっこりと笑うポロド。疑念がありつつも曖昧な約束を結ぶのは敵意が無い事を証明する一種のテクニックなのだろう。俺はいまいちまだこの行商人を信用していないが、現時点で野菜を金に変える手段がこいつしかいないのは事実だ。
こちらには今の所ポロド以外に野菜を売り込むツテが無いし、現金や新しいタネを入手するにも金がかかる。利用出来る限り利用した方が良いだろう。お互いに。
ポロドが箱の半分を引き取り、手元には2000ゼニーが残された。約束通り、半分は村の資産。半分は俺の懐に入る。他の野菜を売った金はほとんど調味料や他の食材、新しいタネに消えたので、この1000ゼニーが今の俺の全財産という事になる。
「あの、すいません。勝手な事をしました」
2人きりになると、タリアが俺に頭を下げて謝った。一瞬何の事か分からなかったが、ポロドとの交渉についての事だったようだ。
「ちゃんと買い取ってもらえるか怪しかったので、自分の判断で嘘をつきました。すぐに見破られてしまいましたが……」
心底申し訳なさそうにするタリア。
「気にしないでいい。あまり従順すぎると足元を見られるだろうしな」
……ん? 言いながら、「今俺は人を慰めているのか?」という違和感を覚えた。
「でも、どうしましょうか。ほうれん草がこんなに残ってしまいましたが……」
箱にはまだ半分ほどのほうれん草がある。
「……まあ、食べるしかないだろう」
正直言うと、俺はほうれん草がちょっと苦手だ。絶対食べれないという訳ではないが、葉っぱの青臭い感じが鼻につくと、食欲が無くなる。だからこのLv2ほうれん草が出来た時も、タリアや村人は試しに食べて絶賛していたが、俺は手をつけなかった。全部売りきるつもりだったので、大量に残ってしまったのはそこそこのダメージでもある。
「……って美味!! 何だこりゃ!?」
思わず声をあげてしまった。ポロドに出したのと同じく、バターで炒めただけだったが、肉厚な葉はあの嫌な感じが全然しないし、噛めば噛むほど味が染み出してきて、もうたまらない。
苦手意識が吹っ飛んだ俺は、ばくばくとほうれん草を平らげた。この村に来てから毎日カブしか食ってなかった事もあり、この新鮮な味の虜になってしまった。半分残ったのはダメージだと言ったが、むしろ残ってくれて助かったまである。
空になった皿を見た時、ふと身体の変化に気づいた。久々に良い物を口にした、という充足感だけではなく、妙に身体が元気になった気がする。というより、力が溢れてくる感覚がある。
俺は自分の手の平を何度か開いて閉じた。タリアは俺の様子を不思議そうに見ていた。誰より早く違いに気づいたのは意外にもチェルだった。
「魔力の最大値が上がったみたいだね。ほら」
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ロディ 魔人 土Lv2
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魔力 110/110
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ステータス画面が表示された。確かにチェルの言う通り、魔力の数値が10上がっている。
ほうれん草を食べてパワーアップ? そんな奇妙な男が俺以外この世にいるのか?
「ほうれん草のおかげというより、Lv2以上で新しい種類の野菜を食べると魔力が強化されるみたいだね。今まで食べた事ないくらい美味しい物を食べると感動するでしょ。だからだと思うよ」
「……って事はほうれん草以外にもレベル2以上の美味い野菜を食べれば魔力がどんどん上がっていくって事か?」
「うん。多分ね」
魔力の最大値が上がれば、当然1日の回復量も増える。そしてより大きな畑で『成長促進』農業が可能になる。
おお……! これなら、どんどん美味しい野菜を作って、売って、魔力を高めてという嬉しいループが発生するではないか。
人間界を支配するという大きな目的を忘れそうになっている俺がいる事に気付いたが、土のエレメントに対する評価は少しだけ上がった。