魔界四天王の実力
サルムの命令を受けたスケルトンが一斉に俺へと襲いかかる。『使役型』の魔物は1人が操っているので連携がしやすく、統率が取れているのがメリットだが、扱う人間の技量によってその性能が決まるのがデメリットでもある。
俺は斧を腰のあたりで低く構え、呼吸を整えた。思えば、こうして1人で複数を相手に戦うのは久々だ。魔王軍においては参謀としての仕事が忙しすぎて戦場にはほとんど出なかったし、魔王城を出てからは農業しかしていない。魔王様と勇者が戦った時はお伴したが、俺はあの時はサポートに徹していた。敵を褒めるようで癪だが、あの勇者を前にして立っていられるだけでも結構すごい事だ。
だが、本来俺が最も得意とするのは「1対多」。まさに今、この状況なのだ。
「どりゃあああああああ!!!」
斧を振り回しながら身体を360度回転させる。軸を安定させる為に下半身を上手く使うのがコツだ。勢い余って3周半した後、自分の肩越しにサルムを見据える。
バラバラになったスケルトンがはその機能を失い、ただの骨となってその辺に散らばった。どうせこの戦いが終わったらもっと粉々になるのだから、ここは遠慮なくぶっ壊させてもらおう。
「ば、馬鹿な! お前ら、いけ!」
サルムは続けてスケルトンを投入する。今の一撃で実力が分からないとは、よっぽどのボンクラらしい。まあ中位貴族の六男じゃ、大した指揮力は期待出来ないか。
俺は斧を両手で持ち、2、3匹のまとまりを狙って次々に振り下ろしていく。スケルトンは全身が骨で出来た魔物なので、腕や足や首を破壊してもこちらに向かってくる。なので、脊椎を叩き折り、体を支えられないようにするのがベストだ。それでもなお這いずる事くらいは出来るが、そうなれば最早敵ではない。
「わ、わ、うわああああ」
サルムが錯乱していた。スケルトン達が片っ端から壊され、指揮が全く間に合わず、頭がパンクしてしまったのだろう。やはり大した事のない奴だ。
「魔界四天王が相手なら次はこの100倍は用意した方がいいぞ」
魔王軍の先輩として俺が優しくアドバイスすると、サルムは怯えきった表情で馬を走らせた。俺は走ってそれに追いつく。
「おい待て。無礼の詫びにこの馬はもらっていくぞ」
地面を蹴って跳ね、サルムの首根っこを掴み宙に放る。落とされたサルムは転がるように逃げていった。その情けない背中に俺は声をかける。
「司令官を殺す方が楽だったが、同族のよしみで見逃してやったんだからな! もう2度この村に来るんじゃないぞ!」
サルムは返事もせず、まさに一目散といった感じだった。最近の魔王軍は教育がまるでなっていない。
サルムの馬を引き連れ、戻ってきた俺を待っていたのは村人達の感謝の嵐だった。
「本当に助かりました! ありがとうございます!」
「畑の事だけでも十分なのに、あんなに強大な敵を追い払ってくれるなんて……」
「あなたの事を信頼します。心から感謝しています」
口々にそういう村人達。まあ悪い気はしないが、やはり今までは全く信頼されていなかった事の裏返しでもある。
「あ、ロディ。レベルが上がったよ」
そういえば、土のエレメントは人々の畏敬によってレベルが上がるんだったな。そんな事を思い出しつつ、斧をタリアに預け、村人達に指示をする。
「手の空いている者はスケルトンの骨を拾ってきてくれ。粉々にして畑に撒くからな」
するといきなり感謝の言葉が止まった。
「あ、あれを撒くのですか?」と、村長。
「そうだ。何か問題があるか?」
「えーとその、魔物の骨を撒くのはちょっと……それにあれも元人間の骨な訳ですし、それで育てた野菜というのは……」
村人達が顔を見合わせてひそひそと話をしていた。
「あ、ロディ。ごめん。レベル下がった」
「へぁ!?」
人々の尊敬なんて、簡単に吹っ飛んでしまう物だ。
「ま、待て。だが肥料が無いと作物を育てられんのだぞ。俺の力にも限界はある」
「うーん……」と、村長が唸る。
「人間だって動物の一種だろう。なんで牛や豚は良くてスケルトンは駄目なんだ? 骨なんてみんな一緒だ! 違うか?」
必死に説得するが、村人達の反応は思わしくない。サルムよりこいつらの方がよっぽど厄介だ。
「こうしてはどうでしょう」
俺が困っていると、前に出てきたのはタリアだった。
「畑の1枚をポロドさんへの販売専門にして、そこでだけスケルトンの骨粉を使う。そしてそこで育てた野菜を販売したお金の半分を村に入れる代わりに、村人達もその畑に協力する」
自分達では食べずに他人に売るという事か。タリアの奴、可愛い顔してチェルにも負けず劣らずえげつない事を考える。
「それなら、まあ……」
と、村人達も納得してくれたようだ。金はいくらあっても足りないだろうし、飢えが無くなったとはいえ、生活必需品はまだ決して足りていない。
その後、スケルトンの残骸を村人達が運び、木槌を使って粉々にした。力の無い女と老人ばかりなので作業はあまり捗らなかったが、時間はあるし腹も満ちている。金のために働くという明確な目標もあるので、少しずつでいいから頑張ってもらおう。
「あ、またレベル上がったよロディ。良かったね」
上がったり下がったり忙しい事だが、これで『成長促進Lv2』とやらが解放となった訳だ。利用価値があるかどうかは知らんが、その内試してみるとしよう。
村長の家に戻った。魔力回復の為ベッドに横になると、斧を持ったタリアが入ってきた。
「タリア、話を纏めてもらったな。感謝する」
「え? ああ、はい。村の為ですから」
「……うむ。そうか」
「1つ、質問しても良いですか?」
棚へと丁重に俺の斧を置いたタリアが、許可を求める。
「あの魔人の方は、またこの村に来てしまわないでしょうか?」
タリアは恐れているようだった。おそらくスケルトンも武装した魔人も初めて見たのだろう。いや、後者は俺という存在を既に見ていたか。
「確実とは言い切れんが、あれだけ脅しておいたし大丈夫だろう。あ、それと奪った馬は食うんじゃないぞ。農作業で使えるかもしれんからな」
「……はい」
まだいまいち納得の行っていない様子だったので、俺は告げる。
「また来たら俺が追い払えば良いだけの話だ。そうだろ?」
「ロディ様……」
タリアの表情を見て、俺は自分の発言の意図に気づく。
一体俺はいつまでこの村にいるつもりなんだ?
……まあいい、とにかく準備は整った。スケルトンの骨粉を肥料として撒き、ポロドから買ったほうれん草のタネを蒔き、雨と太陽を待とう。『成長促進Lv2』なら、美味しい野菜が採れるとチェルは言っていたが、その実力がどの程度の物か、ぜひ見せてもらおうじゃないか。