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間章「出立」


―――ロシェンジョロシェ最後のホテル【マスト・ボーダー】ロイヤルスイートルーム。


「八木一佐。待っていた」

「は、只今出頭致しました」

「まずは掛けてくれ」


 ロス滞在2週間。


 艦隊の最高指揮権を有する男はその広い都市に一件しかないという殆ど廃墟に近いホテルの一室で過ごす事となっていた。


 従業員は基本的にバウンティーハンター及び市庁舎のお偉いさん御用達のホテルに配備された市庁舎の職員であり、それも人員不足から使っている部屋以外は1年に1回掃除するかしないかの世界。


 村升はそんな嘗てならば最高峰と言われていたホテルのスイートルームに数名の護衛を連れて滞在していた。


「何か一杯やるか?」

「現在、任務中ですので」


 村升の前のソファーには海上自衛隊の制服姿の男がいた。


 今現在、彼の指揮下にある艦隊において海上自衛隊の幕僚の一角として働く者が数名いるがその一人だ。


 50代の細身ながらもデスクワークをして尚ミシリと音を発てそうな大樹を思わせる腕と潮風と陽に焼けた精悍な顔立ち。


 元々はゾンビの海上からの侵入を防ぐべく。


 海上保安庁で海自に吸収されるまで現場の第一線でずっと働いていたという人物である。


 八木五朗(やぎ・ごろう)


 今は海自において対ゾンビの海上防衛を行う海自の保安庁組と呼ばれる派閥の重要人物だ。


 その瞳は己の上司を前にしても一切変わる事なく言葉を待っていた。


「まずはこの二週間、ご苦労だった。君のおかげで海上でZ化した海獣類に対して有効な打撃と効率的な駆除が行われた結果は君自身が最も知っているだろうが、改めて感謝させてくれ。誰一人欠ける事なく良くやってくれた」


「いえ、自らの職務を遂行したまでの事ですので。そのお気持ちだけ頂いておきます。村升事務次官」


 村升がミネラル・ウォーターを口にしてから男に向き合う。


「本題を話そう。君を呼んだのは君が他の幕僚達と違って、米国から遠い人材だからだ」


「米国と?」


「他の連中は皆マークされて動けん。下手な事をして両国の関係を損なうのも避けたい。幸いにして君は海上防衛のプロではあるが、保安庁組として米海軍からはノーマークだ」


「………何をせよと?」


 八木が切り出す。


「察してくれて嬉しい。君には特別な任務を遂行して欲しい」


「特別、と仰いますと?」

「“騎士”を倒す手立てが見付かった」

「ッ」


「我々はそれを全力で確保せねばならん。だが、此処は曲りなりにも元米国だ。我が国の領海内ならば、多少の無茶はやれるが、米軍の連中相手にデカい顔を出来んのは今も昔も変わらん。我々はあくまで協調関係だ」


「……つまり、米国より先にその手立てとやらを?」


「握っておきたいのは内閣の総意だ。この15年政権も安定しとる。最大の関心事は大陸を破滅に追いやった者達への対処方法の確立。それがZの発祥地である米国で見つかるというのも何かの因果関係があるのだろう」


「分かりました。陸自からの応援は?」


「あるとも。君の下にはレンジャー部隊総勢55名が付く。水陸兼用な部隊も付けてやりたいところだが、生憎と彼らが一番マークされていてな。現場の指揮は……」


 村升の背後で直立不動だった者の一人が進み出て来る。


「神谷1尉であります」


 40代くらいだろう男は歳こそ食っていたが、何処か優男染みて角刈りにも関わらず柔和な印象を受ける容姿。


 レンジャーというよりは空自でキザ野郎と呼ばれていそうな爽やかさであった。


「陸自の神谷浩志(かみや・こうし)1尉だ。彼がレンジャー部隊を率いる。彼らの表向きの任務はロスの周辺地域への長距離威力偵察だ」


「……何故、海保組でも自分に? 他にも数名おりますが……」


「君の観察眼を買っての事だ。初めて見るZ化した海獣類に対して見事な対処をしてみせた君の実績と報告書があればこそ、海で今も我々は活動し続けられている。お角違いの陸に上げられるのは辛かろうが、此処は殆ど未知の領域……Z化した新種がいるかもしれない。どうか、その瞳でそういった脅威に対し、彼らと共に立ち向かって欲しい」


「自分には勿体ない言葉です。事務次官」


「そう謙遜するな。出立は2日後を予定している。急で悪いが、これが我々に出来る現状での最善手だ。必要なものがあったら、言ってくれ。出来る限り用意させる」


「では……」


 2人の会話はそれから数分で終わった。


 部屋を出た八木だったが、エレベーター前で呼び止められる。


「八木1佐。少し良いですか?」


「神谷1尉……何だろうか? ブリーフィングなら明日のはずだが……」


「いえ、此処で1佐にお伝えせねばならない事があり……あそこには警護の者もいましたから……村升事務次官から関連資料をお渡しするようにと」


「あそこで渡せない資料か……」

「はい。これをどうぞ」


 小さなUSBメモリが一本。

 八木に手渡される。


「その中に今回の長距離威力偵察任務によって確保せねばならない対象の情報が入っています。見る時は海自艦艇内の執務用のPCをオフラインの上で閲覧下さい」


「分かった。明日までには目を通しておく。ありがとう」


 優男がいえと首を横に振る。


「今回、1佐が選ばれたのには理由があります。そして、《《オレ》》が選ばれたのも……」


 僅かに八木の瞳が鋭くなる。


「13年前の難民対策基本法制定後。海上保安庁組で【MU人材】に関わった人材があなただけだった事が最大の決め手になったと聞いています」


「………何の話だ?」


「上は知っていますよ。貴方が隠している事実もね。ですが、黙認して来たのです。それが国益に資すると考えて……事実、オレも彼らと関わった口です。オレの場合は貴方とは違って国内の方で親戚にいて、ソレを知っていたってだけなんですけどね」


「【MU人材】か。何ともそのままなネーミングだ」


 初めて八木が苦笑する。


「厚労省の役人が考えたらしいですよ」


「それで自分が選ばれたわけか……本来ならば、職務規定違反と法律違反で懲役だろうに……」


「オレは貴方のエピソードを聞いて、どんなに優しい人なのだろうと考えていましたが」


「海の女神様でも想像していたのか?」


「ええ、正しく難民達には女神様でしょうとも。難民受け入れを同盟国とそれに準じるG7及び友好国から7歳以下の子供と女性、学者、科学者、技能者、その1等身内のみに絞った厳格な適応の中、貴方が海上で収容を許可した1万人の内の9000人以上が【MU人材】だった」


「……彼らがどうなったのか。自分には知らされていない」


「彼らは表の世界には出て来なかったユーラシア各地の共同体の集合だったそうです。Zに追われながらも普通の人間に混ざって逃げるのは危険だと考え、最終的に極東へ流れ着いたと。言葉も祖国も人種も違う《《同族》》と親族の若い種のみを引き受けて旅を続け、あの船団で日本海を渡ろうとしていた」


「そうだったのか……」


「だから、人種も年齢も祖国もバラバラだった。もしも、貴方が収容を許可していなければ、今頃海の藻屑だったでしょう」


 そこまで聞いて八木が何かに気付く。


「―――まさか?」


「ええ、今回の最優先での確保対象【MU-01】は人間です」


「………」


「それも騎士達を殺せる程の能力と技能だそうですよ」


 八木が大きく溜息を吐く。


「事務次官も君も自分を買い被っている。自分はただの一介の公務員に過ぎない……全て単なる偶然だった……」


「だが、こうして貴方は仕事を引き受けた」

「最善を尽くす。それだけだ」


「ええ、オレもだ。明日からは上司としてよろしくお願いします。八木1佐殿」


「心得た。神谷1尉」


 男達が互いに違う道に背を向けたが神谷がすぐに振り返る。


「ああ、そう言えば、言い忘れてましたが、彼らの若いのの中でも優秀な一部は陸自に入って本土の基地で技能の体系化や技術化を共同体と共に請け負ってるそうですよ」


「―――まさか、今噂になっている?」


「ええ、何でも今後、自衛隊に空自、海自、陸自の他にオンミョウジとか言うのが出来るとか」


「陰陽師?」


「あ、たぶん、それの最後の文字だけ違いますね」


「……漫画か」


「いえいえ、アニメでしょう。では、本当にこれでお暇します」


 神谷が通路の先へと消えていく。


 もう来ていたエレベーターに乗って八木もまた1階へと向かう。


 その最中、少し埃っぽい壁に背中を預けて、彼は溜息を吐く。


「世の中、儘ならないもんだ……」


 一人ごちた男の声は何処にも響く事は無かった。

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