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第158話「戦略家の憂鬱」


 軍事的なドクトリンの多くにおいて戦力の過多や運用は兵站という鎖に繋がれており、多くは不可分として扱われる。


 これをロクに維持出来ない軍隊における行軍は侵略行為と呼ばれるに足る蛮行に満ちているのが常であり、略奪は正しく戦争を戦禍と呼ぶにふさわしいものへと仕立て上げるだろう。


 このゾンビに滅ぼされ掛けている世界において、あらゆる戦略戦術は敵の莫大な数に裏打ちされた消耗戦術によって崩壊し、人類が持つ兵站ではソレらを道連れに破滅する以外に無いと結論された。


 要は核戦争でみんな仲良くゾンビと心中するくらいしか相手を滅ぼす方法が無かった。


 それを何とか耐え凌ぎ狂気に侵されて尚選択しなかった国々は利口とは言えずとも、理性は残っていただろう。


 殆どの大国が小規模の戦術核の集中運用でお茶を濁した事は今後来るべき人類の復興期を思えばこそであった。


 まぁ、それでも随分と核に頼った大国は多かったが……その最たる米国が核では何も解決しないと教えてくれたので控えたという側面もある。


 このような前提の上で軍事的なドクトリンを構築する事は今までの人類には出来なかった。


 内政に起因する防衛力の強化という……相手への勝利を目指さない形での対ゾンビの都市型防疫戦略こそあったが、ソレは耐え忍ぶ為の代物だ。


 超重物量戦と呼ばれるようになった野戦での圧倒的な数に対抗する為のドクトリン開発は善導騎士団の出現と人類への介入によって、この数か月で急ピッチで各国の参謀本部が多数立案する事になっていた。


 ようやくという言葉が何処の軍の参謀職でも想起されただろう。


 その多くは現行戦力のバージョンアップ。


 そして、新たなる技術である魔術、魔導の技術戦術兵站への総合運用を前提としており、つまるところ世界は不可能の平原を前進する原動力を得た。


 現在、構築されたのは幾つかのドクトリンを掛け合わせた総合戦略。


 その柱は凡そ3つからなる。


 戦力の機械化を用いる兵站圧迫の回避戦略。


機械持続化戦略マシンナリー・サスティナブル・ドクトリン


 敵の数を小規模な継続出来る資源消費で減らす兵器技術の先鋭化戦略。


漸減省力化戦略レデュース・コスト・ドクトリン


 異世界の技術たる魔術・魔導・魔導機械術式を用いた新しい軍事技術革新戦略。


異邦技術化戦略バルバロス・テクノロジー・ドクトリン


 そして、この全てを支えるのが異世界からやって来た1人の少年が基礎を確立した未知の金属ディミスリルの加工技術であった。


 その加工と製品の使用に際して用いられる莫大な魔力が現行その技術の勃興者当人によって殆ど供給されているという事実を以て各国の軍内部では全てをひっくるめた戦略を【ベルの戦略《ベルズ・ドクトリン》】と呼び始めている。


『東京HQより各HQへ。日本領海・本土に異常無し』


『こちら北米HQ。敵進撃路である海岸線沿いにて戦略ドローンの稼働開始』


『こちらアイ――ンドHQ―――通信不明瞭―――情報共有シ―――』


『2分前の情報と確認。タイムスタンプの変調を確認』


『時空間が局所的に歪曲した弊害と推定。陰陽自研より北米HQに観測要請』


 日本国内の自衛隊は現在臨戦態勢に移行し、いつ市街地や沿岸線へのゾンビや海獣類の襲撃があっても良いように備えていた。


 海自も陸自も空自も全て同様だ。


 各地では予防避難が実施され、もしもの時の為に数日のシェルター暮らしへと向かって人々は速やかに後2時間もせず退避が完了する。


 さすがにイギリスやアイルランドの現状から否という人物はおらず。


 日本のみならず。

 全ての人類生存圏において多くの民間人が避難中。


 ネットに流されている情報が不鮮明になってきた事から、敵の攻撃の激しさが増している事を感じ取った者達が早めの避難を呼び掛け、イギリスとアイルランドの動向に何処も神経を尖らせていた。


『やはり、クェーサー・ボムの威力が大き過ぎるようですな』


『国土の7割が蒸し焼きになりました。命の代償だとしてもさすがに……』


『現行技術の限界です。魔導と科学の、と言うべきでしょうか』


『現地の生物資源や遺伝資源の再生は可能だとの話だったのでは?』


『その破片が少しでも残っていれば、でしょう?』


『敵の結界によってシエラⅡの戦域制圧機能が意味を為さないのも痛い』


『つまり、今後の戦いは如何に戦闘環境をこちらに都合の良いものに出来るかどうか。戦略規模での天候制御のみならず、空間を操作する結界などにも気を付けねばならない。ベルズ・ドクトリンを体現するにはまだまだ課題は多いと』


『左様と考えます。少なくともフェアな戦闘領域でなければ、一方的な虐殺になりかねない』


 陰陽自地下司令部。


 現在、東京の善導騎士団本部と共に緊密に日米の情報共有から現状把握に努めていた幕僚本部は今後の戦闘が異次元のものになる事を入って来る多数の情報からようやく現実感を以て理解出来るようになっていた。


 北米で環境再生と魔力誘導の為に発動されたHMPハイ・マシンナリー・プランツによる生きた森林防壁を用いる分断漸減作戦。


 各地を制圧する為のデポ配置による戦域制圧作戦。


 湧き潰し特化の大隊による敵戦力源の徹底的な先行殲滅作戦。


 これは全て先のベルズ・ドクトリン故に可能となったものだ。


 そして、今、正にその威力を前にして彼らは今までやってきた事が正しかったのだという実証と得られた。


 故にこの戦訓を糧に更なる動きを見せ始めるのだ。


『イギリス本土はもう半分が神の結界に呑まれました。現行、もう送れる戦力が無いと考えると……後は本当に彼らと無限者頼みになります』


『神の欠片の封印。もしくは殲滅。どちらも難しければ、持久戦をしながら北米の戦力が手隙になるまでの耐久レース……か』


『その北米ですが、沿岸部の戦域内の映像データ届きました。現在、西部沿岸地域に黙示録の四騎士程ではありませんが、ジャミングらしき情報阻害領域を確認しており、恐らくはあちらの手の者の仕業かと』


『意思あるゾンビが日本国内にあれだけいた事を考えれば、あちらにも大量にいると考えて良いでしょう』


『北米の戦略ドローンからの映像来ます』

『おお、これが……』


 幕僚本部がざわめく。


 沿岸地帯を右にして望遠レンズで取られたと思われる映像が僅かなノイズや歪みに晒されながらしっかりと映し出されていた。


 ソレは斑な群れ。


 同型ゾンビ達が蠢くMZGの移動中の北端を捉えていた。


 と、行っても数十km単位の密集状態の群れが移動しているのだ。


 その行軍は恐ろしく整然としており、常のゾンビ達が共食いすらしている様子とはまるで違う。


『やはり、MZGはあちらの制御下か』


『そうとしか考えられません。森林地帯が生み出された内陸部一帯を避けるように行軍しており、全体の99%以上が勢いではみ出している様子も無く沿岸地域に殺到しています』


『やはり、戦線都市陥落時から言われているようにメキシコ辺りに奴らの巣があるのかもしれんな』


『突撃破砕線まで残り10秒―――』


 斑の雪崩が世界を埋め尽くしていく。

 当時、その光景を見た者達は絶望を覚えた。


 しかし、今はそんなものに屈している暇も無いと目に焼き付ける余裕すらある。


 それがどれだけの進歩である事か。


 そして、それが自分達では不可能だったと知る故に彼らは拳を握る。


 これから目の前で起こるのは―――あの日、あの時、あの瞬間、彼らが本来達成していなければならない、軍人として見ていなければならなかった人類とゾンビの決戦における勝利。


 そのIFそのものなのだ。


―――コォン。


 そんな澄んだ金属を叩いたような音色が響く。


 と、同時に戦略ドローン本体から複数の戦域偵察用の子機、空中偵察用の飛行ドローンが分離。


 本体の威容を映像の中で露わにしていく。

 ソレは巨大なドラム缶であった。

 まったく笑ってしまう程にドラム缶であった。


 ただし、直径50m、幅30mの漆黒のドラム缶であった。


 通常のドローンを遥かに超える馬鹿デカさだ。


 だが、大きくなったせいで逆に機械というよりは移動する杭やビルのように見えるかもしれない。


 森林地帯から沿岸部までの幅は約30km。


 戦略ドローン5機が次々に6km地点で横並びとなって世界に新たな現実を告げる。


 敵MZGが予め戦域に引かれたラインに抵触した瞬間。


 入り込んだ斑の大地の動きが鈍る。

 それから10秒後、先端が完全に静止したかと思うと。

 ドッと先端部の個体が完全に乾いた様子で崩れ去った。


『………(T_T)』


『元々は干物を作る魔術だったと聞くが、規模が拡大すれば、この有様か……』


『戦域30km四方を完全に制御領域としました。結界魔術の専門家が途中で参入した事で可能になった技術だそうです』


『あのドローン一つ一つが結界の起点であり、戦域内に小型ドローンが地中埋設した中核となる魔術具を通して規模を拡大しています』


『敵が侵入してきても十秒で砂になる、と』

『砂のように崩れる原理は?』


『陰陽自研からの報告書によれば、一律に水分を奪っているのではなくて、極小の結界を大量に敷いて微小なムラのある水分の奪い方をしているのだとか。つまり、固くなった部分と柔らかい部分が同居して、体内で脆く崩れ易い状態にしているわけです。そして、動き続けるゾンビは―――』


『自らの力で崩壊する、と。あの島形に使われたBC兵器と同じような感じか』


『動力となる魔力は勿論騎士ベルディクトに依存しておりますが、結界が内部の存在から魔力や生命力、熱量や運動量を吸収する仕様でもありますので通常の生物は耐えられません』


『短時間ならば、自立稼働可能。効果範囲を縮小し、内部に入ったゾンビのエネルギーを吸収して更に稼働……悪魔も真っ青の兵器だな』


『莫大な魔力を防御膜として持ち合わせない存在、水分を生存に必要としている存在の大半は確実に屠れるわけか』


『確か完全密閉した何かに隠れても無駄との話だったような?』


『ええ、魔術的な方陣防御もしくは大魔力による凝集で外界と魔術的に遮断されない場合は物質的に密閉されていても意味がありません。アレは空気中から水分を抜き取る魔術ではなく。生物の細胞から水分を飛ばす魔術ですので……』


『既存のゾンビは抗う術も無く。同型ゾンビも巨大な魔力を用いて防御が可能でなければ、防ぎようが無いと』


『はい。上空100m以上の空を飛ぶ敵には無力ですが、逆に空を飛んでいるならば、撃ち落とす事は容易です。現行の火砲の照準能力や威力が通用しない相手でなければ……』


『それは考え難いわけだな?』


『そういう事です。超高速で瞬時に数十kmを突破するレベルの敵ならば、それこそドローンではなく痛滅者の出番となる為、今のところは通用するはずです』


『戦略ドローンD-33【|耕作者《|カルティヴェーター》】前進します!! 敵前衛10万体!! く、崩れていきます!!』


 彼らの前では砂漠化しつつある世界の中でゾンビのみならず。


 植物までも枯れて消えていく様子が確認出来た。


 大群が次々に領域内に呑み込まれ砂のように崩れては砂丘ように溜まっていく。


 その微粒子が風に舞う様子は黒い砂嵐が起きているかのようだ。


 ビルのようなドローンはゆっくりと前へと進みながら、後にZの砂漠と呼ばれる地帯を産み出していく。


『滅びを亡ぼすモノ……』


 誰かがポツリと呟く。


 それは正しく威容を異質においてぶん殴る所業。


 ゾンビの細胞片にて形成される暗褐色の大地はゆっくりと広がり始めたが、MZGの勢いは止まらなかった。


 次々に巨大なモノリスのような何かに群がろうと突撃していく。


 しかし、それはまるで無為であっただろう。


 幾ら山のように敵を埋め尽くしたところで戦略ドローンの能力は止まらないし、崩れた砂に何が出来る事も無い。


 激突する人類叡智のドローンとMZG。


 その勝敗すら今は彼らにとって目移りする戦況の一角でしかなかった。


『急報!! 今、山脈を越えた部隊から東の方で巨大な光を確認したと!!』


『何だ!? イギリスか? 詳細を解析させろ!!』

『これは―――ニューヨーク方面と思われます!!』


『未だ生きているという事しか分からん都市か。あそこは米国の管轄だが、一体、何が……衛星からの情報を最優先!! アメリカ側にも問い合わせを―――』


 アイルランド北部の結界中心部に辿り着き神の欠片を倒す者達がいなければ、世界は確かに滅びる。


 そうは知っていても彼らの対処するべき事は多かったのだった。


 *


―――同刻、白戸重工本社地下。


「これはCEO。データは随時送っていたのですが、直接視察ですかな?」


「ええ、詳しいところを聞きたいというのが実際のところで」


 変異覚醒者を善導騎士団とは別に保護し始めた複数の企業体。


 その中核となった集団を率いる若きトップ。

 男は白亜の円柱を見るガラス張りの制御室にいた。


 内部にはコンソールとPCが数台置かれているが、その全てがクリーンルーム内に置かれた量子コンピューターの《《観測》》に当てられている。


 白衣の男達の中でも白髪が目立つ70代の男が年下の男に頭を下げた。


「映像を」


 白髪の男の前にウィンドウが立ち上がる。


 虚空にホログラムで出現したのはイギリスやアイルランドの映像だ。


 その中では無限者達が次々に巨人や半魚人の群れを倒していた。


「この無限者(ト・アペイロン)でしたか。コレは噂によると痛滅者の別バージョンだとか」


「ええ、解析した結果だけを申し上げるなら、そうですね……完全に対侵食用、極限環境用の武装という事になるでしょうか」


「つまり、ロボットというよりはABC兵器への防護服というような意味合いで?」


「はい。我が社が手に入れた下請けの一部情報をどうぞ」


 次々に無限者のデータの一部がリアルタイムの映像に付属してゆっくりと流れていく。


「ベアリングやベリットも使っているようですが……部品そのものが曲がるのですか?」


「はい。一部の部品も手に入れたのですが、コレは……一種の合板素材。いえ、極薄のD金属フィルム層を多重に歪曲しながら張り付けた部材を現行のマシンでは出せない精度で削り出し、集合体として組み上げたものなのです」


「つまり、曲がる金属の集合を熟練の町工場の職人が削って切り出して折り曲げたものだと?」


「左様です。掘削、研磨、歪曲しての成形、全てが職人の手作業。ですが、誤差は機械よりも恐ろしく低い」


「単なる手仕事の域を超えている?」


「はい。職人そのものへのテコ入れが入ったらしく。職人達の仕事の精度とパフォーマンスを最高に保つ為に色々と当人や道具へ魔術支援を行った様子です。結果としてナノ単位からの部品の噛み合いがあらゆる動きを正しく神掛った正確性として出力する」


「ロボットというよりはやはり鎧と言うべきですか」


「はい。殆どの能力が機械的な機構ではなく術式に依存しており、内部の人間の保護と能力を拡大する事に費やされています」


「……時代のパラダイムですかね」


「本質的には鎧。ですが、使われている技術はもはや中世ではありません。噛み合ったD金属フィルム層は圧着という概念が要らないらしく。接着後に分子同士が結合する様子を削り粕を調べて分かりました」


「まさか、自己修復する金属とか言い出したり……」


「ええ、一種の自己修復する金属に近いかと。ガラスでも自動で修復する技術は既にありますが、金属分子のような重い物質を最初からそうであったかのように一切の乱れなく自動で結合させる方法はいまのところ、あちらの研究所にしかないものでしょう」


「基礎技術一つで随分と世界が変わりそうですね」


「駆動系こそ術式による金属の分子層の制御でそれそのものを曲げ、動かしているようですが、動力源が限りなくアウトです」


「動力源? ロボなのですから積むのは分かりますが、12mサイズの代物の中心に人間を入れるとなれば、腰辺りですか?」


「推定ですが、背中の一部分です」


「背後に動力炉を? それはまた……どういう代物かは?」


「色々と話は聞こえて来ています。超小型の核融合炉や超重力崩壊を用いたエネルギー反応炉。SFな代物ばかりだと思われるかもしれませんが、コレはそれよりも性質が悪い」


「性質が悪い?」


「ええ、CEOは既存の科学知識に付いてはどの程度の理解が?」


「まぁ、一般人並みですよ。物理学で相対性理論は何とか読み解けますが、特殊相対性理論辺りで躓く程度ですかね」


「十分です。では、量子力学という学問の事は知っておいでですか?」


「ええ、それなら分かります。あくまで概論くらいですが」


「結構。では、端的に……あれの動力源に使われているのは人類が初めて実用化した量子力学を用いる汎用動力炉です」


「どのような原理で動くのですか? とても興味を惹かれますが……」


「量子力学に重力を扱うものがあるのですが、これは言わば究極の理論と呼ぶ者もおります。重力の量子化は時空の量子化へと続く道。そして、その理論の確立は正しく神の所業。超重力理論。超弦理論。その先に待つ新たな可能性……対称性の破れを生み出す力、もしくはそれに近しい正しく人類叡智の最先端です」


「そのような理論がもうあの研究所にはあると?」


「はい。米軍と戦線都市も研究していたとされていますが、彼らはその叡智の一端を遂に実用化したという話を同期から少々……概論としましては現在この宇宙に内包され、我々の太陽系内に満ちている最も弱い力である重力を《《消費して》》、どうやら熱量や電気に置換しているようだと」


「重力を消費……」


「決して絵空事ではないのですよ。熱量の第二法則はまだ超越しておりません。同時にマックスウェルの悪魔などとも違ってコストは払われている。ただし、話を聞いたところによると……重力源を消費する原理は人類が考え出したものであるようですが、そのエンジニアリング。実現には魔術を用いているようだとの事です」


「成程? 先行した超理論を魔術で強引に再現するのですね」


「はい。折しも超重元素であるディミスリル関連の技術革新が大量に起こっているらしく。それを用いた重力源の作成やら、その重力の原理解明が出来たとか。ノーベル証ものですよ。そして可能になったのが、先の二つの動力炉よりかなり出力が低いものの、本当に重力があれば無限に運用出来る動力炉。超長期の安定運用には向いているとの話です」


「我々人類が今度は無限に等しい動力源として重力に手を出した、と」


「さすがに重力を消費して熱や電気に変換する原理や方程式に付いての話は出来ませんでしたが、重力子、もしくは重力の根幹そのものを捉え消費する為の術式の開発に成功したとの事で……噂の魔導機械術式は恐らく人類の叡智との相乗効果で能力が天元突破する勢いのようです」


「確かに性質が悪い」

「いえ、性質が悪いというのはそこから先の話でして」

「それはどういう事なのか訊ねても?」


「ええ……友人の話に拠れば、汎用動力炉として一般化するそうです」


「は?」


「……出力が低い。超長期運用データが欲しい。暴走の可能性が限りなく0であると同時に通常の重力源は地球上の重力を用いる為、重力圏内なら使う場所も選ばない。限りなく民間用にしてもしもの時の為に普及させたい、とか」


「……人類の叡智、なんですよね?」


「ええ、叡智の結晶です。しかし、あちらにしてみれば、実用品という事らしく……」


「既存の発動機事業が軒並み破綻しそうですね」


「あちらは一次二次三次四次産業を革新中。物流、製造、再生可能エネルギー関連事業も諸々大革新中です。何を今更と言ったところでしょう。車両用、航空機用、民間の農業機械やドローン、他にも魔力源を用いない動力として小型発電機の代替品になるのは確実です」


「日本の輸出品の重要な部分を占めてたのは車両用エンジンやその部品、高精度の機械関連だったんですけどねぇ……」


「パラダイムシフトですから……ちなみに100年単位で使える代物だとか。既存のオイルを用いるエンジンの殆どは大出力用以外はお払い箱でしょう」


「地球温暖化も気にせず。無限に使い潰せる重力を消費するだけ。更に部品は全て超高耐久性を有するディミスリル系鋼材。何百年でも持続して出力が可能と」


「……それを用いた小型ドローン輸送網やらも整備するとか聞きましたよ」


「M電池やMHペンダントだけでも随分と社会が激変したはずなんですが、これ以上まだ変化するとなると……もう想像も付きませんね」


「実質的には小型でハイコスト、ローリスク、ハイリターンの無限機関です。コストも実質的には超規模の量産体制さえあれば……」


「下がるでしょうね。車両もそう言えば、超長期運用前提のディミスリル・カスタムが出るそうです。合わせたら死ぬまで使える車両。他の製品に付いても同じような事が起きるとすれば、サスティナブルどころの話じゃない。企業は商売上がったり間違いなし、と」


「友人の話では今後増える人口全てに社会保障と最低限度の文化的生活保障を行う為のローコスト化なのだとか。彼、現実思考な共産主義者なんですが、マルクス先生の世界が到来すると喜んでましたよ……」


「全ての人類に平等に生活保障しようとか。狂気の沙汰ですが……この技術を用いれば、殆どの地域で先進国並みの生活が可能なんでしょうね」


「ええ、生憎と滅び掛けているせいで人類統一政体と人類軍の創設が秒読みです。もし生き残る事が出来たならば、社会保障は全て国家が行い、人類に科せられるのは消費と技術振興開発、子育てくらいになるかもしれません。それすら産むのに機械を使い出せば、完全にSFの世界でしょう」


「人類が働かない堕落した生命体に成り下がりそうな話だ」


「ああ、それは問題無いそうです。娯楽には高い税金と従業員やクリエイターには通常の数倍の最低賃金が保証されて政府から補助金も出るとか」


「………餌で釣られる馬車馬ですか? 人類は……」


「軒並み彼らは医者並みの高給取りになるそうですよ? ただし、無料コンテンツには税金も掛からないとか。でも、それも騎士ベルディクトが出すと言っていた各種のアニメやゲーム関連の業界最大手や中小零細が独壇場になる関係で他は自力が無ければ、淘汰されるでしょうね」


「既に種は撒かれていたわけだ……」


「ええ、ですが、あらゆる分野でテコ入れ。無料で基礎となる下地は望めば整えてくれるそうです」


「可能性はくれてやる。後は自分でどうにかしろって話ですか……」


「その上で高級志向なハイエンド版の作成を進めさせて、無料のものは低価格である故に機能に制限が掛かったり存在しなかったり……より便利なものが欲しいなら働けという事になるかと」


「人類の幸福の追求に限界は無ければ、働いてはくれそうですか……」


「主に医療以外の衣食住と娯楽はそうなるでしょうね」

「人類の欲望が無限である事を期待しましょう」

「ええ、どうやらあちらにも動きがあったようです」

「………イギリス南部に接近している……アレは剣?」

「航路から察するに……恐らく帝國でしょう」

「ゲルマニア。美大落ちのチョビ髭が夢見た儚い幻か」


「あちらの技術に関してですが、完全に我々の想像の範疇にありません。キロ単位の物体を浮かせる事は善導騎士団にも出来ます。ですが、あちらは観測結果から言って完全に金属。水とは比べ物にならない質量でした」


「データは?」


「随時取っていますが、どうやら隠蔽機能が優秀らしく」


「引き続き観測続行を」


「了解致しました。最後まで見ていかれますか?」


「いや、こちらはこちらで進めねばならない事が……彼らが敗北しようと勝利しようとやれることは限られ、その時間も無いのが実情。後で報告だけ」


「了解致しました」


 通路を戻っていく若きCEOは誰もいない場所で溜息を一つ。


「アレらもあちらの世界から?」


『あ、はい。そうですね。七教会の軍艦かぁ。あの戦に参加してた身からすると敵には回したくないなぁ』


「貴方が言うなら、それ程のものなのでしょう。タクヤさん」


 声がそう相手の名を呼ぶ。

 電子機器など一切使っていない。


『はは、今はゼームドゥスでいいよ』


「……戦った場合の勝算は?」


『あちらが完全に機能を使いこなしていれば、4割負けるかな?』


「不完全ならば?」


『負ける要素は無い。でも、決着が付くまでこの星が持たないね。恐らく』


「………(=_=)」


『どうかしたかい?』


「ちょっと、貴方達の規模の感覚に追い付けないだけです。でも、随分と慣れた気もしますよ。ええ、この世界を生き残らせる為の方策。彼らとは別の道を模索してみるのもやはり悪くはなかったようだ」


『お気に召して貰えるよう頑張るさ♪』


「期待しています。ところで今の彼らやゲルマニアに大西洋で眠る神を倒せる程の力があると思います?」


『五分五分かな。主神級以上の存在でも規定された宇宙内の現実には縛られる。アレは僕らの世界でも規格外と呼ばれるモノには違いない。けれど、手負いだ』


「手負い?」


『僕らが転移に巻き込まれる前。大陸西部で大規模な戦争があった』


「戦争、ですか……」


『その戦争……仮面絶神戦争と呼ばれた戦であちら側の存在が大量に流入し、酷界側からの侵攻も行われた。けれど、それと同時期に酷界に続く通路を造り続けていた僕らの数万倍は強い方があちらに帰っちゃって、気楽に来れなくなったし、帰れなくもなった』


「それがどう今回の事と関係しているのですか?」


『あちらの世界の大異変で引き寄せられた幾つかの巨大な気配は異相が安定している間に通り抜けようとした。けれど、通常空間へ出る寸前に七教会の艦隊や会敵した幾人かの頂点存在と殴り合いしたみたいなんだよね』


「つまり、そこで傷付いたと?」


『そう。それで動きが停滞。その後、大規模な異相空間の消滅後、通路が崩壊するのに合わせて共に何処かへ消え去った。別世界との時空間的な連続が殆ど保てなくなったせいだね。元の世界にもあちらにも行けなくなったんじゃないかな』


「……つまり、その時の個体が我々の世界に流れ着いた、と」


『ま、傷が癒えてようと僕らの世界とは違って、此処なら倒せるでしょう。恐らく』


「その理由は?」


『この世界に奇跡は亡い。僕らの世界と違ってとてもしっかりしてる。規定が違うって言えばいいのかな?』


「……怪異のようなものは力が弱い、と?」


『その為に彼らBFCは人類を削減してるんだろうけどね』


「色々と聞かないでおきましょう。我々はあくまでビジネスの関係です」


『そういうところが長生きの秘訣かな?』


「ええ、我が家の家訓の一つです。余計な事には首を突っ込むな」


『なら、それに元気は命も付け加えてくれると嬉しいね!!』


「考えておきましょう」


 エレベーターから降りた時にはもうCEO。


 そう呼ばれる男は何事も無かったかのように人類の行く末を見守る社員達を横目に自身の部屋へと向かっていく。


 ガラス張りの世界から見下ろす都市に人はいない。


 新たな風の中。


 歩き出す方向を定める男は魔族の暗躍に追い風となるかどうか。


 それを勘案しながら己の仕事をするべくデスクトップPCに向かうのだった。

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