第152話「道」
「っ」
満月の夜。
冷たさが戻って来たはずの大西洋を望むイギリス中部の被災地の一角。
崩れた家屋の一つで空を見上げる者があった。
「どうしたの?」
「……神が動くわ」
「本体か?」
「いえ、力が……これは投影? 影のように広がって……」
その横では体を休めて毛布に包まった者が1人。
窓の外を見やる相手の言葉に同じ方向を見ていた。
海水に侵食されつつある沿岸部から数十㎞の範囲は半ばナイフで抉った入江のような形になっており、次々に復興事業があちこちで行われる南部や北部とは対照的に人の気配も無い。
「どうするの?」
「やはり、組織力が無ければ、厳しい。だが、スペインまで向かえば、防衛網に捕まる」
「……いっそ、売り込んでみる?」
「どういう事だ?」
「善導騎士団で仲間達は順調に育ってる。少なくともBFCのような事にはなってない……ならば、まだ話し合う余地はあるはずよ」
「まだ、誰も気付いてないならば、情報元としてこちらの価値を引き上げればいい、と。そう上手く行くか?」
「血統だけならドイツ組がいるわ」
「……自分の心配もしろ」
「そう?」
「お腹の子に障る……」
「ふふ、優しいのね。でも、それを言うなら、あの都市にいる3分の1はあなたの子でしょう?」
「いいから……」
毛布が眠っていた者に二重に掛けられた。
「分かった。出掛けて来る。戻らなかったらイギリス南部の方に潜り込め。信徒達に用意させていた蓄えもある。番号は知っているな?」
「ええ、分かった……帰って来てね」
「……留意する」
影が崩れた家から飛び出すと。
数十m先の入り江の一つに音も無く着水し、まるで飛び込みのように僅かな波紋だけを残して夜の闇の中を消えていった。
残った家の中。
声の主は呟く。
「影、か。私達の影、人の影、化け物の影……どれが最後に残るのかしらね」
彼女の瞳には月が歪んで見えていた。
まるで食まれた跡を晒す丸いチーズのように……見捨てられた街の最中から覗く世界そのものの構図のように……。
*
アイルランド北部消滅から4週間が過ぎていた。
豪雨後の半魚人襲来を凌いだのは良いのだが、あの一件でまた仕事が増えた善導騎士団は復興事業を加速させながら、次々にイギリスで大系転換の終わった魔術師達に空間制御を覚えさせ、転移をフル活用しての要塞建造に乗り出している。
嘗て、少年が多くの工事関係者達に行って驚きと困惑を齎したのと同様。
今は部下達の大半がその少年ポジションで諸々の視線を受け止めている。
神の欠片は現在も防御幕に覆われながら、内部で変異し続けていたが、それも今は時間稼ぎには有り難く。
『分厚過ぎるなぁ。この壁何メートルありやがるんだ?』
『お~い。次はB-23ブロックだってよぉ!!』
『うぇ~~い!! 仕事終わらねぇなぁ』
『愚痴んなよぉ~~昼には和風ステーキ弁当がオレ達を待ってる!!』
『ふふ、残念だったな……アレは今日和風テリヤキ・ステーキ弁当になった!!』
『グレードがダウンするどころかアップするのかよww』
『おお、神よ。食欲に平伏す我々を許したまえ!!』
『そういやぁ、おまえんちカトリックだったっけ』
『もう世俗化して見る影もないアットホームな宗教ですが何か?』
『ウチは原理主義派だったけど、改宗して世俗系になったんだ。ま、神様も許してくれるだろ。天に行く前にちょっと人類の砦作って来たって言えば』
『お前くらい真面目なら、良くやったと言って下さるさ♪ 神は違えど、人類の為の善行に違いはないだろ?』
シェルター都市は最終防衛線の構築が終了した後。
規模を広げての巨大な造成計画が複数始動。
幾つかの地域から残っていた物資や紙媒体で残る情報を次々にドローンに搭載した転移用の導線で集め、更に被害にあった多くの建築物を公共のものは自治体に言って解体。
個人の家々に付いては復興するまではそのままの為、避難民達から自分達のスペースに持ち込める分だけの手荷物や雑貨小物の持ち込みを許可した。
無論、道具類などは其々の現場などの個人用のロッカーなどに収納する事を許可。
結果として人々は嘗ての職能に応じて相棒とも呼べる道具を取り戻す者もいたし、アルバムやデータの入ったメモリを受け取って、何とか失わずに済んだ想い出に涙した。
『お義父さん……っ』
『まだ、葬儀出来てないんだっけ?』
『うん。でも、その内に事態が落ち着いたら、一斉に宗教関係なく合同葬にするって話でウチはそれでいいって……』
『そっかーウチはさぁ。お母さんがお父さんの遺体が出て来るまでは葬儀なんてしないって言ってて……でも、遺体安置所の方には行ってないんだよねぇ』
『お母さんも辛いんだよ。今度、お菓子持ってくね。料理場でちょっと好きに材料使えるようになったから』
『え? いいの? 怒られない?』
『仕事さえしてれば、個人の料理の腕を上げる行動は教育の一貫とか何とか。前に言ってたよね? 私、パティシエ志望だったから……』
『……うん。楽しみにしてるね。御菓子』
『バターや香辛料が沢山あるんだ。もう動画サイトの中にしかない御菓子……沢山作ってみたいんだ。味見してよ? 親友』
『太っちゃう~~~この優しくて可愛い小悪魔め~~~!!』
『あはは、やめ、ちょ、やめてよぉ~~♪』
そんなこんなで諸々ようやく上手く回り噛み合い出した歯車に潤滑油を刺す仕事が基本的には善導騎士団の書類業務であった。
そちらは日本から更に副団長の秘書達の半数がやって来た為に負担は軽減され、少年を主軸とした主力メンバーは業務の引継ぎなどを現地人に任せながら、現地軍と現地警察部隊をアイルランド臨時政府(仮)の技能集団からの委任を受けて正式に再編。
前倒しされたレベル創薬の先行量産型アンプル10万本がさっそく届いたシェルター都市地下の巨大な方陣の上、少年は箱の山をドローンで運び出させ、次々に複数の医務室へと搬入。
自己責任、自己投与という原則を出して、素人でも皮膚浸透式の注射器があれば、簡単に投与出来るというのを確認し、兵士や警察官達の状況を観察していた。
セブンオーダーズの主要メンバーが医務室には詰めており、何か不足の事態が起こったら対処するのである。
薬の効果が定着するまで24時間。
円筒形のアンプルを差し込んで首元に当てて押し込むだけの簡単な作業を終えた誰もが最初こそゴクリと唾を呑み込んでいたのも束の間。
大丈夫そうだと倉庫に設けられた24時間お世話になる寝台へと向かっていく。
寝台にはネットに繋ぐ用のノートパソコンと24時間分の食事である各種の陰陽自衛隊で造っている新しいレーション、飲料水のボトルとカップとゴミ箱が設置されており、そこで1日ダラダラしててねというのが上層部からのお達しであった。
こんなんで本当に強くなれんの?という疑問符を浮かべる者もいたが、この数週間働き詰めだった彼らは思い思いに昼寝し始めるやら、集まって用意されていた全員参加用のゲーム各種。
最新式の格ゲーやらアナログなTRPGやらカード、卓上遊戯に興じ始めた。
彼らはこれが人類最初の偉業の一つに数えられるとは思っていないだろう。
(………(・ω・))
今後来る……人類規模で起こると陰陽自研内で想定される職業責任希釈仮説。
要は全ての人類が全ての職業に対する適正を持つならば、人類の職業選択という社会性を獲得してからの個別分業制は淘汰される、という類の社会実験の第一被験者となった。
誰もが兵士であり、市民であり、商人になれる故に社会的地位や社会的責任は敬遠されるようになり、職業の選択はもはや義務の道義的な履行への誘導、強要でしか無し得ない。
そういう未来がゆっくりと近付いてくる、
なんて、誰も理解もしていなかったに違いない。
だが、今は非常時。
全ての人が全ての職業になれてしまう薬の始まりに少年は責任を取ろうと彼らを見るのだ。
全員が恐らくは生き残れないだろう巨大な絶滅という事象への抵抗は此処から始まる。
(僕も頑張らないと……)
戦場へ。
前線へ。
投入され始めるあらゆる人的資源に力を与え、護り、育み、隊伍を組ませ、十分な装備と物資を与える。
これが少年が想定する未来への準備の半分。
やがて来る世界規模の決戦においては国連で人類軍、世界政府の創設も早期に妥結される見通し。
中核戦力は信頼を失ったアメリカではなく。
日本か英国であることは間違いなかった。
その試金石たる英国とアイルランド、連合国へのテコ入れとそれによる防衛戦は正しく敗退出来るものではなく。
神すら殺してみせねばならない無理難題。
「ハッ!? ベルさんがまた何か自分で背負い込むような顔してます!! 此処は私のベルさん篭絡術でどうにか!!?」
「ど、どうにもなりませんよ!? ふ、普通の顔しかしてません?!!」
「じ~~~本当ですか?(T_T)」
「ふ、普通の顔(;´Д`)」
「フッ、私がベルさんをどれくらい見て来たと思ってるんですか!! こういう時のベルさんは何となく自分がやれる事を限界無くやろうとか思ってる時です!!」
ヒューリの魔族化が解けてから、また仕事をし始めたのだが、今は少年の傍に付いている事が多くなっていた。
書類仕事なら歩いてても魔術師技能で出来るという事で重要度の低い仕事は民間に回しているおかげで余裕がある。
妹達の戦闘訓練に付き合いもすれば、リスティアと御昼寝がてら人類の終末で戦っても来る。
が、前よりも少年の傍で明るく笑うようになった姿は印象的だろう。
魔族となった事で何を思ったのか。
あるいは何を決意したのか。
少年には解らなかったが、少女が傍にいたいと言うならば、その姿を見守って共に歩くのも大事な事には違いなかった。
『(また、やってるよ……(TДT))』×一杯。
そうして乳繰り合う少年少女の図は現在の部下やら教練中の兵士や警察官達から生暖かく見守られており、半ば名物になっていた。
兵士達が次々に掃けていって最後のグループが終了した後。
丁度、12時くらいになり、ヒューリを連れて少年が塒にしている黒武へと戻る。
すると、中では何やら騒がしい。
というのも入り口が開いていたからだ。
いつもならば、閉められているはずの場所が何故?
戦闘時はフルオープンする事もある後方の隔壁の奥からは何やら様々な匂いが漂って来ていた。
「明日輝さんがお料理でもしてるんでしょうか?」
「そう言えば、近頃はお料理教室が大盛況らしいですけど、新しい料理を試してるとかかもしれません」
ヒューリが妹のお料理教室がシェルター都市の奥様方に好評になっているのを思い出しつつ、少年と共に内部へと上がる。
すると、CPブロック内部のテーブル。
何故か同じ料理が複数皿並べられていた。
錆び付いた扉にも似た薫りはどういう事か。
半魚人の頭部がギョロリとこちらを見つめていて。
「わぁ、《《美味しそうですね》》」
少年が苦笑した後、ふともう一度皿の上の半魚人の生首を生野菜で飾り立てたものを見やる。
「どうしたんですか? ベルさん。《《ごちそう》》じゃないですか。さ、みんなで食べましょう!!」
「そう……そうなんですけど」
「? 変なベルさんですね。ふふ」
中では料理を終えたらしき姉妹達とシュルティ。
そして、今日はハルティーナもエプロンをしていた。
「あ、ヒューリお姉ちゃん。今日はごちそうよ」
「はい。腕によりを掛けて作りました」
「つ、拙い腕ですが、わ、私も……」
シュルティが姉妹達の背後で恥ずかしそうに小さくなる。
「いえ、力仕事しか出来ないよりはマシかと」
シレっとハルティーナが見ているだけだった事をサラリと流す。
みんなでご飯。
そういう事になろうとし、少年はそれでも疑問を拭い切れず。
フォークやナイフが並べられ、食事が始まる寸前。
「―――!?」
自分の背後に立つ何者かの視線に全員に待ったを賭ける。
「影響下でも認識出来るとは……そうか。認識の変異に敏感なのか。周囲の死の濃度が低いせいもあるとしても、稀有な性質だ」
他の全員が一斉に少年の背後に向けて自らの武器を向けた。
装甲さえ着込んでいるならば、彼女達は常に臨戦態勢だ。
「待って下さい!!」
少年が全員を抑えてから振り返る。
其処にいたのは襤褸のフードを纏い。
背後の数本の触肢を持つ顔付の鋭いボディビルダーの如き体格の男だった。
いや、筋肉は肥大化こそしているが、限界以上に引き絞られているのが見て解るのだから、相当な肉体だろう。
立ち振る舞いは柔軟さも併せて動作の精密性が解るくらい洗練されていた。
20代のラテン系の美丈夫。
まるで中世の石像のようにも思える彫りの深い顔立ちに黒い髪。
相手は間違いなく普通では無かった。
「……イギリス政府の捜査線上に上がっていたカルトの主要メンバーですね。顔写真は見ました」
「あちらもさすがに腰を上げていたか。ところでその明らかな生ゴミは喰うのか?」
男が平然とした様子で半魚人の首が乗った皿にそう告げた瞬間。
「え? う、うぁあぁ?!! こ、こここ、これってあの半魚人の!?」
「ひ!? な、え?! ど、どうして!?」
「ふ、二人とも下がって!?」
思わず悠音が声を上げて、その場から後ろに下がった。
いや、それは明日輝もシュルティも同様だ。
ハルティーナもさすがに自分が突き刺していたフォークの先を見て、ジットリとした脂汗を浮かべる。
辛うじて内心はともかく男から目を離さなかったヒューリも顔は引き攣った。
「―――影響下。敵の攻撃みたいですね」
「オレの名はジャン。ジャン・ピエール・ノイマン」
「カルトのリストにありました」
「我が父、ザ・スマイルはあちらへと旅立った。オレの任務は生き残る事……貴様らが全滅しては人類も滅びる。一身上の都合から取引を持ち掛けに来た」
「取引? いえ、まぁ……もう随分と危ないところは助けて貰いましたから、吝かじゃないですけど」
少年がそういうと。
青年ジャンはCPブロックのソファーに腰を下ろした。
「まずは今、このシェルター都市とイギリス全土に起こっている状況を話そうか。何、時間はある。失敗すれば、世界の常識が塗り替わるだけだ。ゆっくりと話し合おう。悪いが紅茶より珈琲を入れてくれ。角砂糖6つとミルク半分で」
太々しい男がフォークで取り分けられていた半魚人の目玉を突き刺し、繁々と見やりながらニヤリとしてそう言った。
*
「ベル……これ、どうなっちゃってるの? 夜が緑色になってるわ」
「え、ええ、それに月も黄色くて嫌な感じです」
「一種の結界? いえ、それにしては範囲が広過ぎます」
「ベルさん。お話は聞いていても?」
「はい。構いません」
いつの間にか。
ホーンテッドマンションのようなおどろおどろしい雰囲気に変貌したシェルター都市の最中。
時間も関係なく夜に成っている事に気付いた誰もが自分達の認識が捻じ曲げられていた事に恐怖した様子で少年と相対するジャンと名乗った触手人間を遠巻きにしてCP設備を背後に警戒を解かずに周辺を警戒し続けていた。
「それで色々知っているようですが、これはどういう事なんでしょうか? お聞きしても?」
ジャンが少年に頷く。
「神の攻撃だ。それも恐らくは本体の力を借りている。あの破片が影響力を拡大するアンテナ役だろう。常識改変型の認識を弄る系統の超常の力……そちらではそう言うだろう能力の一端だとこっちは見ている」
「なる程……それで貴方達が影響を受けないのは……」
「父が我々はそういう生き物としてデザインしたからだ。彼の大海の邪神の遺伝データを取り込んだ我々だが、原初の大陸より伝わった技術によって、その影響に抗い得る存在となった。言わば、免疫や抗体がある状態だ」
「原初の大陸って!? もしかしてガリオスの遺跡の力ですか!?」
ヒューリが思わず訊ねると頷きが帰る。
「父は十数年前に米国主導で行われたユーラシアの旧ソ連領内中央アジア地域で遺跡の発掘を行っていた調査隊の一員だった。その時に色々とあったようだが、事件で米国から命を狙われるようになってからイギリスに隠遁していた」
「……そういう事ですか」
少年が今まで予想していた事が現実味を帯びて目の前に現れた事に前進している事を感じていた。
此処でガリオスの話が出て来る。
そして、自分達の前にやってくる様々な勢力。
その大半が遺跡の発掘調査に関わった人物達によって立ち上げられているのではないかというのは前々から予測していた事だった。
「そのザ・スマイルというのが教祖というのは聞いています。あちらに旅立ったと言ってましたが、死んだんですか?」
「ああ、BFCから我々を逃がした後、そのままな」
「BFCがこの国に……」
ヒューリが瞳を細める。
「それでどうして僕らの目の前に? 取引と言ってましたが、何を要求したいんですか?」
「我々の身の安全と生活保障。あるいは仕事の斡旋をして貰いたい」
「仕事の斡旋?」
「我々はこの一件において神が滅ぶまでは有用だ。だが、教団を失った今、お前達に狩り出される可能性もある。そもそも事件が解決されねば、人が亡びる可能性も高い。そうなれば、生きていくのに苦労する。生存率を少しでも上げるのならば、人類に滅びて貰っては困る、そういう事だ」
「……貴方達は人間ではない。けれども、人間とは融和的にお付き合いしていきたい、と?」
「そんな身勝手な!? 今もあのシェルターには貴方達の被害者がいるんですよ!?」
「それこそ身勝手な人間の集まりだがな。言っておくが、父は人を取り込む手練手管に長けていた。その父をして人間の屑、最低の毒親、人類にとって有害な人々と言わしめるような連中ばかりだ」
「そんなッ、本当ですか!? ベルさん」
少年が今まで言う必要も無いと黙っていた事を聞かれて頷く。
「犯罪者、重犯罪者、狂気に陥ったサイコパスやソシオパス、欲望の為に子供を売っていた両親や売春をさせていた者も大勢だ。連続強姦魔、連続殺人犯、詐欺師、人を陥れる事に喜びを感じる狂人、金の為に人を殺し、薬の為に親族を売る。そういう連中だったのをまとめ上げて贄にした」
「な!? ベルさん!?」
その具体的な内容にさすがにヒューリが少年を見やる。
少なくとも、この数週間。
ヒューリや明日輝はシェルターの人々と仲良くしてきたのだ。
それが実は明らかに人間の罪深き層ですと言われて、すぐに納得出来るようなものでないのが人間だろう。
「ええ、イギリス調べだと殆ど犯罪者か犯罪を犯したり、犯罪を犯さなくてもかなり倫理観的にアレな人達がイギリス全土から集められていたとの話です」
「そんな……じゃあ、今のあの人達は……魂を失った部分が多過ぎるから、逆にああいう人達になったって事ですか?」
「先天的にも後天的にもMHペンダントを使えば、脳内器質のバランスも戻りますから、その人の《《子供時代より善良》》なのは間違いないかと思います」
「そんな……」
ヒューリが複雑な顔で顔を俯かせた。
「……だとしても、酷い目に合わせたりするのは許せって言うんですか?」
ヒューリもだが、明日輝も、男に厳しい視線を向ける。
「我々は見逃せとも罪を償うとも言っていない。この危機に対して共同での対処を要望している」
「それは逮捕拘留を猶予しろって事ですよね?」
「罪を償えと言うのならば、死と永久に投獄のようなもの以外なら受け入れていい。だが、それはイギリスの管轄だろう? オレは善導騎士団に話を持って来た。この意味がそこの少年には解るだろう」
「ベルさん……どういう事ですか?」
少年がヒューリ達に視線を向けて、静かに言葉を掛け始める。
「ヒューリさん。僕らは警察や検事や検察や裁判官じゃありません。イギリス政府の管轄なのは間違いありませんし、今のイギリスに彼らを裁く力はありません。そして、有効に活用出来る状況であるとも思えません」
「そんな……」
「そもそも彼の言っている事は真実ですし、僕らへの実害は出ていません。また、この状況で彼らは人類の生存には積極的に協力すると言ってます。実際、彼が来なかったらアレ……食べてた可能性が高いです」
「―――でも、あのシェルターの人達は!?」
ヒューリが唇を噛んでカルトからの被害者としてやってきた人々の顔を思い出し、その様子にジャンが肩を竦める。
「オレ達は父には絶対服従だった。そう育てられたからな。だが、だからと言って父がやっていた事が非合法で犯罪なのは知っていた」
「止めなかったんですか!!?」
「止められるものか。オレ達を処分する方法を知っている父に逆らう馬鹿者は生憎といなかったし、そうしたところで命を縮めるだけだった。父の為に人も殺せば、教団の裏切り者を粛清しもした。だが、そうしてすらイギリスの法規はオレ達を裁けないだろう」
「どういう事ですか!?」
「オレ達の年齢は肉体よりも若い。精々6歳くらいだろう」
「な!?」
いきなり、筋骨隆々とした2m超の男が言っても俄かには信じられまい。
成人のような思考をしている事からもさすがに少年以外の全員が唖然とした。
「オレ達の前にも試験体や前任者と呼ばれる連中はいたが、諸々完璧な個体にするまで試行錯誤したのさ。処分するまでもなく短命だったしな。数年前にようやく神の遺伝子を手に入れた父はそれでオレ達を造った」
「つまり、貴方達は通常の国家の法規では裁けるようなものじゃないと?」
「従う気が無いの間違いだ。殺されそうになるなら、イギリスそのものを海に沈める方法くらいは教えられている。それこそ神を暴走させる方法、とかな」
「―――!?」
ヒューリがやはりコイツは敵というような顔でジャンを睨む。
「だが、オレ達は自分で言うのも何だが、メンタル面は健全な人間に近い。無論のように人類から迫害されれば、この力で逆襲する事も考えるだろう」
「罪を償うのは迫害に入ると?」
「人類の愚かしさの体現である種族である我々を前にして人類は健やかで善良だと信じさせてくれる神様とやらがいるのならば、連れて来て欲しいな」
「ッ」
「個人的な犯罪者として扱われるならば、まだしも……もし、我々の血統が化け物として追われる事になれば……結論は言うまでも無くなる」
少年はジャンの言動を見て、悪びれもせずに《《真実》》を語っているのだろうことが分かったからこそ、内心でまたとんでもない厄介事がやってきたものだと肩を竦めておく。
「どうしてそこまでして僕達に情報を?」
「相手の事くらいは調べる。騎士ベルディクト。我々にはこれ以上のカードとて有るにはある。それでもこうして人類に協力しようというのは贖罪ではないにしても、ある程度は負い目を感じているからだ」
「負い目、ですか……」
「事実、我々の干渉が引き金ではないにしても、あの神の事を我々は知っていたし、利用していたわけだからな。本来ならば、神の発現も10年後程度を父は見積もっていた」
「発現……それに十年後……」
「ああ、今回の一件で神は暴走したが、アレは単に時間が早まっただけに過ぎない。父は暴走の時間を極短い期間……人類が消滅する寸前ならばある程度コントロール出来ると言っていた。だが、父の力が干渉するまでもなく神は暴走……ああいう結果になった」
「それって!? あの肉塊の本体をそちらが嗾けたんじゃないんですか!?」
「いや、父が零していた話から言って、それの直接的な引き金を引いたのはお前達だ。善導騎士団」
「―――」
ヒューリが思わず黙り込んだ。
「そう詳しく話してくれたわけではないが、父が言うには頚城の中でも特別な7体と2対と1つが、この世界の命運を分けるのだとの事だ」
少年が気付く。
「緑燼の騎士……」
「そうだ。頚城たる黙示録の四騎士の1人をお前らは撃滅した。恐らく、それで太古の封印が弱まったのだろうと父は分析していた」
「太古の封印!?」
少年が一杯一杯のヒューリを姉妹達の方に預けて青年の前に立つ。
「……やはり、遺跡の文明がこの世界に干渉していた。そして、あの神も……」
「父の受け売りで良ければ伝えよう。アレはこの世界の神ではない。遺跡の文明がこの世界に飛んできた際に巻き込まれたものではないか、との話だ」
「……それをガリオスの人達が頚城を用いて封印していた? でも、僕らがその一つを破壊したから……という事ですか?」
「ああ、恐らくそういう話だろう。だが、太古に鎧などの形で残された頚城は破壊されない。正確には破壊されても復元されると言っていたな」
少年はまだ陰陽自研内でしか伝えていない頚城の仕様情報が出て来た事でジャンを造ったスマイルとやらが確実に遺跡の重要情報を握っていた事を確信した。
「問題は頚城を繋ぎ止めていた一部の生体ユニット。つまり、黙示録の四騎士そのものが欠損する事で機能が損なわれる事だとか」
「ありがとうございました。知りたい事が知れて色々と見えてきました」
「そうか。それで取引を始めるか。もしくは我々を滅ぼすか。結論は出たか? 魔術師」
青年が少年を平然とした瞳で見つめる。
その意思の光には少なくとも邪悪というには語弊があった。
手札を晒したのは誠意だと。
誠意を前に善導騎士団とやらは仇で返すのかと。
そう挑発的に見せているのだ。
「……騎士ベルディクトの名で《《お二人》》を受け入れましょう。民衆が民衆の愚行で死滅するのは大陸でもよくある事でした」
ヒューリはさすがに口を出さないが、言いたい事は山盛り。
少し顔は険しい。
「民意とやらで許せないから死刑にしようとかイギリスに言い出されても困ります。神を暴走させられたりしたら、目も当てられません」
「……信じるのか?」
ジャンは自分達の事を言い当てた少年を侮れないやつと思いながらも聞かずにはいられなかった。
「信用に値する情報であると僕は見なしているだけです。それに非合理が、最終的には国民を滅ぼす事もある。そう僕は知ってます……」
「そうか……」
「ですが、取引と言っても共同するなら最低限の規則や原則には従って頂きます」
「―――まったく、歳が関係無いのはお互い様か。魔術師」
「ええ、お互い様です」
「「………」」
青年と少年が正面から見つめ合う。
「……分かった。従おう。ただし、人体実験は御免だ」
「ええ、そんなつもりは毛頭ありません。精々が遺伝子を提供して頂く程度です。それとシェルター都市のカルトの被害者の方々ですが、そちらにも責任を取って貰いましょう」
「ああ、それで何をさせたい?」
「貴方が一番気になる事をやらせます。《《ご同類》》の存在が此処へ来る一端だったんですよね?」
「お見通しか。ならば、御察しの通りだ」
「ッ、ベルさん!? それって、この人とあのお腹の子達が同じって事ですか!?」
ヒューリが青年を見てから思っていた事を訊ね。
その背後では明日輝も青年を、ジャンを凝視していた。
「ええ、そういう事です。そして、恐らくですが、幾らかの割合であの子達の父親はこの目の前の人ですよ……僕の見たデータや勘が正しければ」
「「「「?!!」」」」
「……そこまで解るのか。ならば、そういう事だ。自分の娘や息子を見に来た。それだけの事だ」
女性陣が絶句していた。
そうとすれば。
目の前の男は正しく確実に女性陣から罵倒されて然るべき相手だ。
地獄の業火に焼かれろと言われても文句は言えまい。
「人でなし。強姦魔。化け物。全て事実だ。人ではないし、父からの任務で女相手に幾らでも相手をさせられた。化け物と背中も証明している。だが、許される気は無いし、許しているつもりもない」
「許すって何をですか?!! 開き直ったって!?」
「《《我々を生み出した人類》》を許すつもりはない。父は狂人だったが、我々のメンタルは極めて良心的に創ったのだそうだ」
青年は初めて溜息を吐く。
「単なる化け物として生み落としてくれれば、何も問題無かっただろうに……愛も憎しみも人間並み……どうしてくれるというのが我々の本音だ」
「ッ、そんな、身勝手な」
「その人の身勝手の結果が我々だ!!」
「?!!」
ヒューリが初めての大声に黙らされた。
「それでも父に絶対服従だった我々に罪を負わせたところで意味など周囲の溜飲が下がるだけだ」
「開き直るんですか?!」
「ああ、そうだ。我々が民衆や当局に贖罪したところで否定的な影響しかない。父は死んでいるし、我々は生存する為に抗う。しかも、愛憎込みだ……」
青年の顔にある表情は父への憎悪と愛で複雑に歪む。
確かに人間にしか出せない表情だった。
それを見れば、その場の誰もが理解する以外無いだろう。
目の前の自分と自分達の種族を化け物だと言うのは男にとって、ある種の運命への皮肉なのだと。
「こんな滅び掛けた世界に愛も無く産んでくれてありがとうと言えるか? 誰がこんな世界に化け物として作ってくれと頼んだ」
自称6歳の青年は目の前の人類を見ていて……しかし、別のものを見ていた。
「新しい種族、人類の存続、子供にそんなものは関係ない。例え、貧しくても愛する家族がいてくれれば、それで良いと思えるくらいに善良に生んでくれた事はまったく呪い以外の何だと言うんだ」
それは正論だった。
そして、そんな正論を吐いていいはずがない。
と普通の感性ならば、思う者は多いのだろう。
だが、生憎と此処は地獄の一丁目。
斜陽人類の黄昏時だ。
だから、化け物と自らを卑下する青年にも一種の切なさが付きまとう。
「お前達は好きでもない50代の女詐欺師相手に初めてを捧げさせられる化け物の気持ちが解るか?」
女性陣がさすがに口を噤む。
「好きな女とていた。父はいても母は無く。毎日毎日、イカレたカルトの連中にうんざりする程、崇められながら、人を殺せ、裏切り者を粛清しろ、と後ろ暗い仕事を任せられた事は?」
青年は目の前の幸せな世界で過ごしてきたのだろう少年少女達を見やる。
「被害者だと? 笑わせる……あの今、子供に戻った連中に対してオレに限って言えば、慰謝料を請求したいくらいなんだがな」
誰が被害者で誰が加害者か。
それは一歩間違わなくても、この滅び掛けた世界であるからこそ、紙一重だ。
倫理や道徳や人権というのはそれが許容される世界の中でしか時に正当性を主張出来るものではないし、それが時に悪と断じられる事すらあるかもしれない、その可能性を彼らは初めて目の前に突き付けられていた。
これを答えの無い回答だと考えるのを止めてしまえば、それは彼らの歩みが止まる事を意味する。
それを本能的に知っているからか。
あるいはただ単に許せない事は許せない。
けれど、相手にも言い分はあると理解したからか。
女性陣の瞳の中の光は怒りよりは真摯さの方が割合的に大きくなっていた。
「悪徳塗れの人生にうんざりして人を貶めて自分が幸福になりたかった連中だ。アレらの魂が人社会から排除されて当局に感謝されこそすれ、罪深いなんて口が裂けても言って欲しくはないな」
「でも、私達と同年齢の子だってい―――」
少年がヒューリを手で遮った。
「カウンセラーの方からの聞き取り調査ですが、子供達に限って言えば、母体となっても殆ど記憶は失われていないそうです」
「え、それって……」
「……《《使徒様》》達は優しかったと……全ての子が心配していたと言っていました。そして、使徒様の中でも特に仲の良い相手がいる方達には幸せになって欲しいと」
「………ずるい。ずるいです」
ヒューリが怒りたいのに怒れずに萎れた様子になる。
「オレ達は立場上は尊大に振舞う事が求められたが、カルト連中の娘や息子達は……少なくとも同じ境遇だと思っていた」
「彼らをストレスの捌け口にしなかったんですか?」
「オレらをそう作った父にでも感謝してみるか? それこそ皮肉だろう。自分と大して変わらない相手を酷く扱う理由もない」
「なる程……」
「そもそもオレ達とは別の形だとしても殆どが普通に虐待を受けていた……オレ達に近寄れば、親も暴力は振えないといつも傍に誰かしら逃げて来ていたな……」
青年の瞳が僅かに穏やかな様子になる。
それを見てから少年がヒートアップしたヒューリを落ち着かせるように肩に手を置いた。
「何にしろ。彼らを既存の現行法規で裁けません。今、裁いてもロクな事になりません。そして、今後裁こうとするなら、それは新しい法規での事になります」
「イギリスはそんな事をしている暇もない。そういう事ですか?」
「ええ。それに事後法は場合によりけりですが、悪法ですし、それでも裁こうとして、戦闘や戦争染みた事になれば、更に人命が消費されるのは必然です」
「でも、見なかった事には出来ません……」
ヒューリも分かっていて、それでも呟く。
「でも、この世界でも同じような事は幾らでもあります」
「幾らでも?」
「はい。悪どい戦争犯罪者に裁かない事を確約し、武器を置かせたり、政治に参加させたりという事もあったそうです。現実策として彼らを犯罪者として裁くのも罰するのも得策じゃありません」
「じゃあ、どうするんですか?」
「責任を取ってもらうだけです。自分達のやった事の後始末は自分達で……これなら、何処からも文句は出ません」
「つまり、神を止める手伝いをして、カルトの被害者の救済をするだけでいいと? 随分と寛大なんだな。戦力として使い倒す気か?」
「ええ、ついでに死なせません。皺くちゃなお爺ちゃんになって孫に沢山囲まれて幸せなまま死ねるようにして差し上げますよ。僕らが死んでなかったら、ですが」
少年がジャンに微笑む。
その言葉に初めてジャンは……目の前の魔術師。
いや、魔導師だ。
父から聞かされていた真なる理を知る魔導師の恐ろしさを垣間見た気がした。
嘗て、原初の大陸と呼ばれる場所からやってきた《《彼ら》》。
その中にいた多くが神となり、魔となり、神話に名前を刻んだ。
だが、その本当の恐ろしさは狂気のような合理性や理不尽の塊である力といったところではなく。
常に精神性にあると彼の父は説いた。
何が恐ろしいのか。
その問いに男は肩を竦めてこう答えた。
『心からの笑顔で悪意や愉悦もなく事務的に人間を消し炭にする人間と人を愛しているし、心の底から幸せにすると嘯く人間。それが同一の人物ならば、どちらが本当の顔だろうか? 答えは必然……どちらもだ』
それはきっと目の前の相手の事。
サイコパスやソシオパスなどの人類悪の一角。
胸の悪くなるような悪意や利己主義の塊たる病的な狂人達が、社会や司法を恐れずとも……ソレだけは畏れるだろうというのが《《彼ら》》だ。
真なる善意は真なる悪意と聊かも変わらない。
本当に善良であればこそ、《《彼ら》》は真逆たる《《彼ら》》に本当の意味で怯えるのだろう。
彼の父はそう言って、過去に発掘した資料を青年に読んでくれた。
あの大陸において魔術師を絶滅寸前に追い込んだ者達。
彼らは大陸中央におけるスタンダードの極北。
《《善良でなければ務まらない》》だろう職務従事者。
世界が悪意で戦争になるのならば、どれほどに良かったか。
残念ながら、この世の果てまで変わらない真理の一つは戦争への道は善意で舗装されているという一点に尽きる。
そして、大陸において《《人間が違う》》と称される中央諸国の人々の中において更に七人の聖女の1人が生み出した力。
魔導を扱う者は例外なく善良だとされた。
そして、聖女の下に仕えていた魔導師ならば、1人で魔術師数十名から数万名を殲滅出来る程の力を持っていたとも。
だが、彼らを魔術師が真に畏れたのは力よりも相手の言葉にあった。
彼らは人の悪徳の最たる術を身に着けた魔術師達を蹴散らして、本当に済まなそうに《《傷付けたくない》》と宣い。
本当に済まなそうに彼らが長年研鑽した魔術を《《陳腐である》》と告げ。
《《これからはもっと良い日が来ますよ》》と彼らの悪意や悪行、人生の塊たるあらゆる成果を総括して完全無欠に無価値と断じ、業火に投げ入れて燃やし尽くし、手を差し伸べたのだという。
その成果は彼らにとって本当にこれっぽっちも何ら価値が無く。
悪意や理不尽や矜持の塊である魔術師達は《《意図せずに》》自分の人生は1秒で燃える塵屑でしたと証明してしまって尚気付かず、魂を抉るような言葉を吐く彼らに鎮圧されるしかなかった。
曰く『大丈夫。まだ償えますよ(ニッコリ)』との事。
そう、最初から敵ではない。
そう、最初から相手ではない。
そう、最初から対等ではない。
殺す気で相対した相手は―――彼らを救う事ばかりを考えている単なる善人で……彼らを一度とて脅威とも思わず。
だが、決して油断もしなければ、彼らの内心の全てを見抜いて尚、更生させる事が出来ると信じている……いや、《《そうなる》》と理解していた。
本当に普通の善意で何の気無しに彼らの魔術師としての人生を単なる時代遅れの遺物にした。
彼らに無いものを全て持っている彼らは彼らが掛けて来た魔術への犠牲や使命感や義務や命を懸けた日々の成果を《《それは邪悪でいけない事だから》》とただ正させようとしただけなのだ。
居場所、誇り、家、宿業、命……魔術に掛けて来た情熱。
あるいは全てを滅ぼす欲望。
人を貶め操り己の思い通りにする嗜虐。
その全てを否定されて《《死ぬ事すら許してくれなかった者達》》に怨嗟を吐く事すら出来ず。
反逆も抵抗も従順なフリも自傷も一欠けらの悪意さえも全て事前に抑止されて、文字通りの《《空っぽ》》にされた魔術師はとても多かった。
恐ろしい事に彼らが《《真人間》》にされる率は8割を超えていたという。
「取り敢えず、シェルターでまだ覚えている子達を導いて上げて下さい」
ジャンが父の言葉に偽りは無いのかもしれないと心に刻みながら、少年の提案に瞳を細めた。
「此処まで話して何だが、実際それが許されると?」
「許すも許さないもありません。これから出産に育児に大変な事になりますが、取りまとめ役がシェルター側が配した大人達だけでは足りません。責任を取るのでしたら、そういう取り方をして下さい。一緒に住んで下さっていいですよ」
「あそこは被害者がいる場所と聞いたが、我々も被害者として扱うと?」
「ええ、ザ・スマイルさん当人が死んだとの話、BFCの事は詳しく聞く事になるでしょうが、それが僕らの貴方達に科す罰。いえ、贖罪で役割です」
「甘い、と言ったら、我々の方が甘い考えなのだろうな」
「分かってるじゃないですか。そうですよ。人間1人を養う事、人間1人を助ける事、それは生半可な事じゃありませんよ。僕らはインチキが出来るカードを使ってようやくです」
「我々もその類だとは思わないのか?」
「《《貴方達程度の種族》》が身一つで数百人もの人間を世話出来るだなんて己惚れているとしたら、忠告は必至ですね」
「分かった。謹んで償わせて貰おうか」
「後、戦力としても期待してます。まぁ、それもこれも全部今の状況を何とかしてからです」
「分かった……そちらは後で詰めさせて貰おう」
納得いかないという顔よりは複雑さの方が4割増しな少女達であったが、少年の言う事は一々最もではあった為、口を挟む事は無かった。
そもそもこれからまた別の案件で戦う相手が増えても困る。
それ以前にこの状況が拡大したら、何が起こるのかという話だけでも十分に脅威なのだ。
此処で更に事態を悪い方に向かわせないとの少年の判断は理性的なものだろう。
「それで僕らが倒すべき敵は何処にいるんでしょうか?」
「……合計で3体確認している。此処に来る途中で遠目から見て逃げて来た」
「3体? アンテナ役の肉塊の方じゃないんですか?」
「アレは抜け殻だ。体積以外はもう魔力も殆ど残っていない。そちらの戦闘は確認している。神の肉片は恐らく前回の攻撃で巨大な肉体を捨てる決断をし、自らを凝集して動けるようにした」
「……どうやら、畏れていた事態のようですね」
「貴様ら風に言うならば、黙示録の四騎士みたいなのが3体生まれている」
その言葉に誰もが四騎士戦の事を思い出さざるを得なくなっていた。
あんなのが一気に3体も来たら、確実に彼らの戦力では手に余る。
「魔力は恐らく無限。少なくとも本体からの供給が止まらない限り……戦うのなら相手を完全に消滅させる方法が必要だ」
「どうにかして見せます」
「何?」
ジャンが少年の言葉に思わず聞き返した。
「神を殺そうという僕らです。神の使い魔程度、やってやれない事はない。という事ですよ。ね? 皆さん(・ω・)」
その少年の自信は何処から来るのか。
今、きっと世界で一番ケロッとしていられる顔を見て、誰もが苦笑を浮かべた。
「……神すら殺すか。ならば、それが虚言でないと期待しよう。人類の刃……善導騎士団、陰陽自衛隊」
彼らは今、遺恨も禍根も無く。
恐怖と理不尽に命を平らげられようとしている者達の為、あるいは己と己の種族の保身の為、または最愛の姉の復讐とその求めたものを護る為、立ち向かう。
心魂砕ける不気味さが世界を蔽い尽そうというならば、縁ある者達もまた自らで敷いた道に備える無数の刃を持って抗うだろう。
だが、まずは―――。
「あ、その前にレーションで腹拵えしましょう。さすがにアレを食べるわけにも行きませんし」
全員が皿の上を見る。
半魚人の頭部は何処か恨めしそうにも見えて、彼らの勇姿か無謀を前に濁った瞳を虚空に向け続けているのだった。
「(これが魔導師。いや、騎士ベルディクト……【魔導騎士】か)」
青年は思う……それが精神的な自分の未来に成らぬよう最大限警戒するべき相手の事は注視していようと。
魔導師。
それはとある大陸において真なる狂人や世を滅ぼす悪人、あるいは人を陥れる邪悪なる畏れるべき者達から畏れられた聖女の意志の体現者たる称号。
《《全てを轢き潰す善意》》、または《《人を真に絶望させる良心》》とも陰で囁かれた社会秩序の守護者達であった。