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間章「死者に涙と微笑みを」

 人にとって土地とは生活の要だ。


 都市部に人口が集中する事によって多くの人々が故郷と呼べるものを失い。


 流離う旅人のように一か所に思い入れが無くても生きていけるようにはなった。


 だが、それにしても都市という新たな故郷に執着する者はいる。


 そう、それが今までの人社会の日常であった。


『我々、善導騎士団の地方定住プログラムは首都圏及び大都市圏より皆様をより安全に生活可能にする為のものです』


 今現在、大都市圏や首都圏において善導騎士団のプロバガンダがあらゆる媒体で発信されていた。


 公共放送にも民放にも3分もの長時間CMがバンバン流れている。


『先日の事件のように大都市圏は狙われる事も多いという事実を鑑み、大々的に人口減少地域及び過疎地帯への移住を前提にした大都市圏並みのインフラ拡充を行う事と致します。それに際しまして―――』


 彼らの言い分はこうだ。


 人口が密集し過ぎる地域は護り易いが同時に被害も出易い。


 ならば、人口密度を列島全域に均一にする事で何処か一か所だけへの集中的な被害を防ぐ。


 その為に必要なあらゆるインフラの急速な整備を我々が行う。


 家屋を失った人々に無償で住居と生活環境を整えた場所を提供する。


 土地は国有地及び山岳地帯や過疎地域を用いて行い。


 全国の亡命政権のように新型のライフラインを提供した地域を開発。


 それら全てに事件の反省を踏まえた大規模な要塞化やシェルターの大増設を行う。


 小規模な数件の集落にもシェルターを全家に無償提供。

 大量のゾンビから身を護れるように自動防衛機能を追加。

 その地域各地を繋ぐ幹線道路の整備も併せて行う。


 先住している住民側は過疎の解決の為、受け入れる場合は新規移住者側に対する配慮を行う仕事を義務付け、その仕事自体は有償で善導騎士団が斡旋。


 文化事業という体で定住化プログラムの業務は民間の地域事業者に委託。


 移住側は定住化プログラムで30年の定住契約を結び、善導騎士団はその定住者にあらゆる仕事を斡旋する義務を負う。


『この計画は来るべき地下都市開発に先だったものであり、現在シェルター暮らしをしている方々には更に地下都市への優先定住権を発行する予定です』


 当初、サラッと言われたCMの内容にざわついたのは最後のこの部分であった。


 地下都市。


 正しくSFな単語普通に予定として話されたのだ。

 シェルター暮らしな人々は当然のように思う。

 ああ、我々は破滅の時代に暮らしているんだなぁ、と。

 北海道に続き日本列島全域。

 更に東京の中心までもが破壊された。


 総計で日本人だけでも100万近い被害が出たという事実は重く。


 アメリカもまだ日本よりは平静な人間が多かったものの、北米での悪夢を思い出して心情を悪化させ、自殺する者が増えていた。


 そこに来て地下都市、なんて単語を聞けば……いよいよ人類の終末も近い。


 というダウナー系思考に囚われ、自暴自棄になる者も出るだろう。


 しかし、此処に来て善導騎士団はケロッとした様子で新たな施策を出した。


―――【列島合同葬開催!!! 笑顔で全ての人々を送ってあげましょう!!!】


 最初、ポカンとした人々はまず怒りをブチまけようとした。


 だが、それに続く言葉にまた口を噤まざるを得なかった。


 魂はあります。

 死者は確かに生者を見ている。

 そして、ゆっくりと消えていく。


 ならば、その時、貴方達が元気に笑顔で見送られて嬉しくないはずがない。


 それを事実として政府は認定し、放送を行った。


 それはもはや現政権にとっては責任を取っての辞任以外で出来る事の最大の出来事であっただろう。


 総理大臣の声明は列島及び全ての国家にリアルタイムで流される事となった。


 先日のテロリストに対してのメッセージに続き。


 再び多くが見つめる映像に彼は政治生命など当の昔に終わっていると知りながらもしっかりとした瞳で前を向いて国民へと演説したのだ。


『日本国民の皆さん。日本国内の亡命政権の皆さん。先日の事件においてまた我々日本に生きる者は多くの犠牲を出しました。そのご心痛を慮る事は政治家として、人間として当然の事と思います。ですが、敢て今、私は皆さんに厳しい事を言わねばなりません』


 前を向いた男は拳を握り、震えていた。

 大の大人が瞳を潤ませていた。


『死んだ人々を笑顔で見送りましょう。哀しい時は泣いてもいい。死者を悼んで思い切り泣く事は人間とって、きっととても重要な事でしょう。ですが、それでも我々はこの人類の黄昏にあって、未だ生きています』


 世界には沈黙が広がっただろう。


 この程度の放送ならば、それこそ滅んだ祖国で何度でも行われたと多くの亡命政権下の外国人達は見向きもしなかった。


『残念ながら、我々が砥いだ刃は背後の多くの人々を護れなかった。ここ数日、いつも……私は挫けそうになります。沢山の公務員の方々の死亡者名簿を見る度、共に理想の政治を目指した旧友達の名前をその中に見る度……』


 誰もがそうだ。


 ラジオで聞いている者はその言葉に思わずスイッチを切りそうにもなっただろう。


『だが、娘が教えてくれたのです。娘には3歳の孫がおりました。ですが、あの日……東京都心でボランティア活動をしていた娘は半壊したシェルターにいました』


 嫌な予感を感じた誰もが聞きたくないと思った。

 そんなのありふれた悲劇だと思おうとした。

 だが、男は決してカメラから視線を背けなかった。


『私は孫を亡くして、まだ泣けていません。私には……この日本を生き残らせる義務がある。私にはこの国を導く理想がある。私には……誰よりも後に涙を流さねばならない責任がある。何故なら、私の一挙手一投足が国民の命と財産を守るものであるのですから』


 何も護れてないという声が涙混じりに何処かで上がった。


『孫が亡くなったと娘に聞いた時、私は崩れ落ちそうになりました。膝を付いて絶叫しそうになりました。でも、娘はそんな私を殴りました。今、お父さんが泣いてたら、誰が日本を護る仕事をするの、と……』


 カタカタと男の肩は震えていた。


『孫にとってお父さんはヒーローだったと。みんなを護る仕事をしてるんだと教えたら、私みたいになるんだと……そう言っていたと……ッ』


 僅かにテレビの先にいる人々の空気が変わったのは男の瞳は何よりも真摯だったからか。


『正直に言いましょう。投げ出しくなりました。自分が情けなくなりました。でも、そんな時……彼らは言ってくれた……人は決して死んで終わりではないと。人には魂がある。それもまた消えていくとしても生きている者を見ながら消えていくと』


 男が拳を台に振り下ろす。


『私はッッ、私はッッッ、孫に決して情けない顔は見せられんのですッッ!!! あの子がもしも私を見ていたら、そう思うと泣けんのですッッ!!! 笑って見送ってやりたいのですッッッ!!!』


 男は今、人の親だった。


『あの子がきっと笑い合って星になって見守っていると言われたならば、私は全力を持って答えねばならんとッッ……そう、思えた!!!』


 世界には未だ風が吹いている。

 厳しい程に冷たい風が、剣のように人を苛んでいる。


『護るべきものを抱え切れず。護るべき人々を横に置いて泣く事など私には出来ないッッ!!! それは皆さんとて同様でしょう!!! 愛しい者が亡くなった方が幾らいるでしょう!!! 祖国に友人や家族を置いてきた方もあるでしょう!!!』


 その言葉に今、ゾンビテロをテロリストに依頼した者達が歯を軋ませ。


『日本を護る為に我々が犠牲にした人々を大切にしていた方もいる事でしょう!!! ですが、今ッ、嘆いて絶望し、体を投げ出したとて!!! 我々には未来が無いッ!!!』


 ならば、何故殺した。

 何故、見捨てた。

 そう声にした者がいた。

 その言葉に誰かが自分を見ているのも構わず。


『今だからこそ、笑って弔ってやりたい!! 泣いていい!! 声をあげて無様に嘆いてもいい!! だが、そんな顔だけ見せて逝かせてやりたくはないッッ!!!』


 世界に男の慟哭が響く。


『これは私の我儘かもしれないッッ。だが、ただの我儘だとは言わせないッッ!!! 今、消えていく人々に我々が生きている事を!! 大丈夫だよと笑い掛けてやる事を!!! 私は一人の人間として希望します!!! それが可能だと彼らが言ってくれるならば、私はそれが人々を慰め、生きている人々が明日に向かえる行事であると胸を張って言えます!!!』


 男はまっすぐにカメラを見て、断固として決意したまま。


『皆さんにご協力をお願いしたい!!! 全ての死者に今、明日を夢見てもらえる今をッ!!! 我々がこの先へ歩いていける今をッ、迎える為にッッッ!!!』


 男が台に頭をぶつけて、こすりつける勢いで一国の指導者である威厳も事実も省みず。


 それはとても人間臭い。

 だが、それを決して嘲る者は無いだろう。

 その気迫も、その瞳の輝きも、本物だったのだから。


『総理!!?』


 スタッフが駆け寄ろうとするのを男が顔を上げて制した。

 その額から血が流れていた。


『世界の人々に伝えたい。日本はまだ大丈夫だと。まだ、私が、私を支える仲間達が、部下達が、公務員が、多くの一般協力者が、民間人が……そして、《《彼ら》》がいるのだから』


 だが、それでも男はカメラを見つめる事を止めない。


『我々が翳した剣が次は全てを護れるよう。私は戦い続ける気です。この総理の椅子を誰かに譲り渡す時が来ても、決して絶望だけを受け渡しはしないと誓いましょう!!! 日本は決して絶望に屈してはいないと言える今を守り継ぎ、希望を掴んでみせましょうッ!!』


 男の声に宿るのは純粋な願いとどんな困難も克する眼差し。


『今、この列島に住まう全ての人々に希望はあると伝え続けましょうッ!! その為の第一歩として全国合同葬儀の開催を約束し、放送を終わりたいと思いますッ。このような見苦しい顔を見せてしまい。一国を代表する者として恥じ入るばかりです。ご清聴ありがとうございました』


 そうして流血しながら放送を終えたスタジオに詰めていたスタッフがすぐに首相の傍まで行くともしもの時の為に備えられていたMHペンダントを掛けて、更にタオルで血を拭っていく。


「総理!!」


 慌てて掛けて来た補佐官に男が微笑む。


「情けない総理と呼ばれて長い私も少しは男前な顔になったかな?」


「ッ……ご立派でした。その志は我らも共に致します」


 そう補佐官が瞳を伏せてハンカチで目元を拭う。


「そうか。立派、か……はは、私におべっかではなく。本当にそう言ってくれる君は本当に優しいヤツだよ……」


 スタッフに支えられ、タオルが変えられ、楽屋へと向かう男が見たのは官邸関係者が通路で涙を浮かべながらも声にならない様子で頷いてくれている姿であった。


「さぁ、忙しくなるぞ諸君。我々の仕事の時間は有限なのだから」


 こうして一国の首相が流血しながら死者を弔う為に演説したという報は全ての国家を駆け巡り、大きく報じられる事になる。


【総理は星となった。希望の星に】


 そんな見出しが付いたニュースでネットが賑わう最中。


 何時になるか分からないが、絶対に行われる葬儀の為、生活再建と同時に準備をする事になった人々を見て、善導騎士団の元々からの団員は須らく僅か異世界の指導者と国民の決意に敬礼した。


 そして、魂に付いての事実を教えたのだろう最も仕事が集中している忙しい少年の事を僅か思った。


 睡眠時間0の少年が戦い続ける事が前提の復興スケジュールは1ヵ月から3ヵ月。

 辛く苦しい道程になる事を誰もが予感していた。


 *


 それから時間の流れを早いと感じた者は日本列島全国の何処にもいた事だろう。


 宗教が言うような事実ではないとしても。

 人は魂に見られている。

 見送らんとするならば、その己は立派であるべきだと。

 泣くだけではなく。

 笑みもまた浮かべる人々が多くなった。


 SNSなどの雰囲気も僅かだが、明るく死者との思い出を語る者も出て来た。


 伴侶や家族、親友を失い絶望していた人々。

 彼らがそれだけではイケないと顔を上げたのだ。


『オレ、今日から仕事再開します。死んだ母さんが見てるらしいし』


『明日、事業所を再開。ご迷惑をお掛けしたお客様には今後も一層の―――』


『明日から学校行くわ。爺ちゃんにあの世まで怒鳴らせたくない』


『今日、ようやく生徒の顔をまともに見れるようになりました』


『死んだジジババが笑ってられるよう真面目に生きなきゃな……』


 その立ち上がった人々のやる気に火を付けた首相の号令の下。


 次々に日本政府は様々な政策を打ち出した。

 首都圏からの列島全域への分散定住。


 それに伴う莫大な物資の移動を少年が前倒しした全国の物流業者への転移ポータル敷設によって行う事になった。


 また、食料自給率の低い地域には此岸樹が無料で配布され、次々にノウハウが開示された事で地域の食糧不足という問題は解決された。


 まるでロックでも聞いているようなテンポで全てが前倒しで進んでいく。


 首都圏からの定住希望者は1930万人弱。


 2000万人近い人々が善導騎士団の定住化プログラムを選び、首都圏から脱出。

 いや、もう日本の何処に行っても安全ではないと悟っているからこそ、出来る限り、支援の厚い地域に行く事を望んだ。


 過疎地域や人口減少地域程にインフラを揃える事を約束した騎士団は個人にも家族にも定住化時には一戸建てを渡し、日本全国の不動産業者に対して一括しての有償での管理事業をぶち上げ、本業の儲けが無くても潰れないように配慮。


 更に日本全国の空き家や廃墟、産業廃棄物、ごみ埋め立て地を一括して買い上げて全てをリサイクルコスト0で少年の錬金技能で変換し、事件時のごみ問題を解決しつつリサイクル業者の業務負担を軽減。


 その変換後の各種純粋元素の資源を格安でその業者に売却し、一定期間は資源販売業者としてやっていけるように取り計らった。


 その莫大な資金の出所は日本全国の銀行だ。


 銀行もまた自らの担保としたディミスリルや他の資源を売却。


 売却された資源は被害を全て補填出来る程では無かったが、復興時に必要な各種製品を作る為に各地の事業者が買い入れた。


 少年の技能は日本全国で北海道と同じように各地の基礎工事や基礎建築を行うのに使われ、同時にシェルター設備に充填されて使用された。


 これを補完する形で建設業者にはMHペンダント、その亜種、他にも東京本部で考案された筋力アシストスーツが超激安で配布され、作業効率は前年比で数十倍を記録。


 大手建設業者から地方の土建屋まであらゆる人々がその恩恵に預かり、隔絶した安さで大量に供給される高純度のディミスリル化合金建材を使って政府から仕事を受注して《《莫大な薄利》》を上げた。


『親方ぁ!! ドローンから女の子が!!』

『ふぁ?! 女の子!?』


『こちら善導騎士団の抽選で当選された〇〇建設さんでしょうか?』


『あ、はい!! そういや、当選通知来てたっけ……』


『作業用アシストスーツの最新型の治験を行って頂けるとの事で参りました』


『え、ええ、確かにはい』


『取り敢えず、人数分置いていくのでよろしくお願いします。では』


『親方ぁ!? 女の子が空にま、舞い上がって!?』

『………天女だ』


 そして、その利益が今度は建材製造業者からディミスリルの供給を行う騎士団にパテントなどで還元。


 これを更に各地での騎士団の活動費に充てて、各地に増え続ける騎士団の一般隷下部隊を派遣しての支部作りが開始。


 東京本部での研修には騎士団や陰陽自のみならず。

 警察や陸自海自空自、だけでもなく。


 更に自治体内部に騎士団支部と連携する事を目的として対ゾンビの市町村単位の自警団組織が設立された。


 その殆どが今まで消防団やら町村議会などで活動していた老人や中高年だ。


 老人の事は老人が護る。

 それどころか若者まで護る。


 そんな勢いでMHペンダントを頼りに戦える町村議会が爆誕。


 常に数十万単位の人々が陰陽自と東京本部で研修を受け続けている。


 シェルター管理は不動産業者に投げられたが、シェルターの運営はそんな彼らが行う為、最終的には自給自足、自前で防衛戦力も賄う避難生活というものが此岸樹の浸透と共に現実味を帯びた。


『町会長!! 射撃訓練終了しました!!』

『よろしい!! 防衛部隊の招集は完了しているかね?』

『はい!! 此岸樹も施設内に搬入し終えました!!』


『では、全隊員で焼肉にするぞ!! 肉は善導騎士団の治験用で20kgもあるし、野菜はヒューリア印がもう届いている……ビールもキンキンで万端だ!!』


『これが市町村単位で行われる善導印の焼肉会……ゴクリ』


『新型培養肉の治験だ!! これは断じて焼肉が喰いたい後期高齢者の集まりではないぞ!! そこのところをだねぇ(モシャモシャ、グビリ)』


『はい!! 我々もう70代後半ですしねぇ(モシャモシャ、ゴクリ)』


『この歳でペンダントのおかげで入れ歯が取れて何でも食べられる喜び(モシャモシャ、ゴックン)が味わえるとは……善導騎士団に感謝せねば……』


『町会長が先に食べ始めてるぞぉお?!! 解任だッ!? 解任動議だぁああ!?』


『こ、これは先に毒味をしていてだなぁ!!?』


 こういった取り組みはSNSや善導チャンネルで大々的に報道され、更に騎士団からは今回の被害者遺族に対して葬儀費用が1人2百万近く補助金として拠出された。


 各地の葬儀場や葬儀業者にもテコ入れが入り、各地に一気に100人単位で火葬可能な火葬場が整備され、夜はゾンビの火葬と兼業で多くの業者がその管理事業を受注。


 埋葬地に関しても既存の寺や神社へ国有林などを払い渡した後。


 そこに善導騎士団が造る墓地を造成し、管理を委託して合同葬儀事業として各地に助成金を更に支出。


 また、そういった既存の宗教界へは善導騎士団の魂の概念や様々な実際の魂の在り様、理想的な葬儀の仕方などを理解した人物に与える資格制度を国に造って貰い。


 資格に山盛りの事業者としての特典を付けて、資格を得るには金が掛かるとした。


 ただ、これで資金を還流させずに貯め込むようなところが出ないよう中小零細以外には通常企業と同じく税金を掛け、生臭坊主の類が出ない仕組みを導入。


 宗教法人には善導騎士団の格付けが行われ、軒並み清廉とは程遠い宗教や新興宗教を物理的に《《嘘は嘘》》と教義を看破して大抵金の事しか頭にない信仰心0野郎や狂人の類を読心能力者達に信者の前で公共民間の生放送に引きずり込んで論破させ、宗教に群がる人々には新たな神であるMHペンダントを精神安定剤代わりに布教した。


 まぁ、物理的にちゃんとした脳内活動が可能なら救いなんて誰も求めず、宗教なんて必要なくなるという極めて単純な解決法に違いなかった。


 こういった政策によって関東圏には人が少なくなっていった。


 封鎖されていた関東圏だが、もはや日本中に先日の事件における黙示録の四騎士の一撃による残留魔力が大規模に拡散していた為、隔離する理由が消失。


 こうして地方では人の住めるところには日本人も外国人も多くが住まい。


 次々に現れる変異覚醒者は善導騎士団へと送られ。

 一気に規模は2倍近くまで拡大。

 何処の支部でも受け入れにてんてこ舞いとなった。


『富山、高知、茨城に20万人希望者が増えました!!』


『そちらは現地の市町村と建設業者に進捗を聞いてくれ!!』


『住宅地の造成が40%程まで進んでます。入居者を応募順でいいですか?』


『いや、そっちは先に高齢者や幼年者を持つ家庭が優先だ!!』


『北陸はともかく島嶼部の移住者が案外多いようですね』


『無人島は大人気らしいぞ。自給自足出来て、善導騎士団の支援もあるからな』


『生存率も高いっちゃー高いんでしたっけ?』


『その代わり、対処は個人の力量に掛かるし、船の操縦技能も必須だ』


『つーかぁ!? 新規の隷下部隊の部屋増設してって言っといたよねぇ?! 部屋数が明後日には足りなくならないコレ!?』


『あ、新人さんの教練は市町村議会の方々の演習と合同でお願いしまーす』


『はーい。了解しましたぁ~~お爺ちゃんお婆ちゃんこっちですよ~~』


『老人扱いするな~~~(ギャアギャア)』

『ごめんね~~(こりゃ後半世紀は生きるな)』


 また、田舎が田舎の概念を超えて新たな街や新たな街区が誕生し、需要に対して供給が発生する事で様々な商業活動が活性化。


 この時、地方において善導騎士団のテコ入れが発生しない分野などにも不平等感が出ないよう減税政策を政府に打診。


 すぐに日本政府との合同での経済政策として中小企業や個人に対して政策への協力の見返りとして最大9割の大規模減税政策が打ち出された。


 減税の仕組みも善導騎士団が開発した九十九などの技術が流用された新式の複雑な処理を一手に行う処理システムが全国で一斉導入される事でその端末までも無料となれば、費用は殆ど掛からなかった。


 その減益分の予算を埋めるのはサーヴィス以外の物理的な物品を使う公共事業などを全て善導騎士団が行うという荒業だ。


 そもそも莫大な社会保障費がMHペンダントで削れた後である。


 更に土木系のインフラまでも全て騎士団が担ったならば、物品が絡む公共系の事業は全て0円である。


 その分を日本政府が善導騎士団の出した計画に補助金として支出し、最終的には国民に還元していた為、資金が国民の間で還流せずに不景気という事は考えられなかった。


『おかしな数字並んでねぇ? この書類……』


『予算が1円も使われてない書類が何故か大量ですね。ハハハ~~~』


『数百兆円規模の工事してんのに政府は一切予算出してないんだよな?』


『ええ、ですが、今年度の予算の余った部分は全部定住化プログラムに突っ込まれましたよ。憲法停止してて良かったですね。法律解釈曲げまくりですよ』


『財務省勤務独身43歳。今日初めて予算が使われてない書類を書く、と』


『それ言ったら、厚労省なんて予算が下がったり上がったり消えたり、変更に次ぐ変更でゾンビがデスマーチを百回くらい繰り返してるような有様らしいですよ?』


『MHペンダントに人口の急激な減少、善導騎士団側からの治験要求による予算増大……やたらめったら予算の使い道が変更されまくりなんだっけか?』


『各省庁とも大混乱ですよ。でも、物損を全部善導騎士団が資源と資材の成形に関しては全部受け持ってくれてるから復興予算なんて2兆円切るらしいですし』


 騎士団が目指したのは自分達の技術や技能を日本全国に浸透させ、更に国家として日本を強靭にする事であった。


 理不尽を廃し、合理性を重んじさせ、同時にまた合理性では語れない感情を満足させ、人々が自らの手で自ら救う術を身に着ける。


 これは正しく北米で彼らがやろうとしていた事の大規模拡大版であった。


 あのおんぶにだっこと自嘲していたロスやシスコの彼らの支援者達ですら、今では国内で独自の産業や独自のサーヴィスを開始し、更に受け入れた人材を活用して、廃棄された周辺地域の復興を試みている。


 無論、騎士団も関わってはいるが、その殆どのマンパワーを日本に傾斜している今、そちらは殆ど独自のものと言う事が出来るだろう。


『これよりロス・シスコ合同による市街地拡充計画会議を始めたいと思います』


『騎士ベルディクトは現在、東京復興に関わっており、お休みです』


『では、ロス側から……現在、放棄されたリバーサイドやベンチュラなどの―――』


『ようやくですか……長かったですね。その名前を聞く事になるとは……それにしてもロス……ですか……時代を感じますね』


『日本からの物資は全て日本語。放送を受信する時もロスが愛称でした。LAの方が使われなくなって数年も経ちます。今の子供達にはこの国はロスなんですよ』


『市民に分かり易く……LAでは通じない、と』


『スカイラインもすっかりカラフルに様変わりしました。面影はありますが、別物です……我々も新しい国名を考えねばなりませんね』


『そうね。20万都市国家としての再出発……市街地への移民流入も順調。このまま勢いのある内に再開発してしまうのがいいでしょうね』


『バージニア女史。では?』


『ええ、法的な根拠としての国家独立宣言の草稿はもう出来ています。日本のあちら側が混乱している間に済し崩しで二国共同で行ってしまいましょう。それと同時に移民と共に再開発を推進。日本の東京復興に使われている技術も導入して……』


『は、市長にはそのように……』

『お願いね……』


 こうして世界情勢は大きく変わろうとしていた。


 そして、その中で日本列島は改造に等しい状況に晒されている。


 正しく光陰矢の如し。

 日進月歩どころか。

 今や時代の流れは秒進分歩であった。

 世界が変わった。

 心が変わった。

 動き出した流れは濁流となって全てを押し流したのだ。

 既存の社会体系を激変させていったのである。


 嘗て、欧州の日ノ本の土も踏まなかった男が極東に黄金郷があると言った。


 実りの季節。


 風に靡く無数の黄金は確かに日本人の原風景だろう。

 人が手を入れるからこそ成立する美しき里山。


 険しい山岳ばかりで自然災害の多い国が団結によって現代には巨大な経済の巨人となった。


 今、人類が風前の灯となろうとも、人々が敗北の上に戦い始めた事で……新たな黄金がその国には現れ始める。


 それは確かに世の終わりにも己の仕事を心得た者達が得る実りに違いなかった。

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