第135話「反撃への道程」
―――??日前、陰陽自研【-量産型痛滅者制作者対話会議-】
「騎士ベルディクト。以上の結論として量産型の仕様は以下の通りとなります」
陰陽自研の大会議室。
研究室のグループ代表者や個人研究者達が集う週1で集うドーナッツ状の円卓の中央には痛滅者の各パーツが一式分解されて寝かされていた。
それを近くから見る位置に陣取る会議室に入る事を許された者達は円卓の上座に座った少年にデータで仕様を送る。
「こちらからの要望を全て詰め込むとこうなるって事でいいですか?」
「はい」
座長となる白衣の50代の男が頷く。
「何事も総合力というのは分かります。陰陽自研の詰め込める要素を全て詰め込めば、こうなるのも分かりますが……この大きさは何ともなりませんか?」
「遺憾ながら、10m級が今の我々の限界です。先行開発中の要素を全て完成前提で統合した場合、5m級までは2年あれば何とか。ですが、そこから先は九十九での計算でも10年単位でしかサイズを縮小する事が出来ません」
「機体に統合して機能を4mくらいのサイズで縮小するのは不可能。では、プランBですね」
「一体、それは?」
「防御・身体制御・火器管制・侵食対策、継続戦闘能力、生体保護以外の項目を全て既存の兵器の方へ載せ替えましょう」
「ッ―――つまり、機体が軽く小さく出来ないのならば、武器を大きくすればいいと?」
「はい。そういう事です。本当は全てが統合されている事が望ましいのですが、不可能ならば、最も重要な操縦者の保護関係と基本的な機能以外は分離するという案でいいと思います」
「分かりました」
「それに際して僕の方からは火器類と刀剣類のアタッチメント方式を押します」
「前々から言われていたように武器庫の携行による即時切替。戦術的な優位の常時確保を主眼とするのですか?」
「ええ、通常ゾンビならばまだしも同型やBFC型が日本で確認された今。もう、猶予はありません。出来る限り、兵科の数は削減。更に統合して基礎運用から見直しが必要です。恐らく最終的には前衛、後衛だけになって基礎能力以外は装備のバリエーションになります」
「兵員の負担にはなりませんか?」
「そこは魔術で誤魔化しが効くので大丈夫です。ただ一戦一戦の負担が重くなる為、継続戦闘能力の持続的な向上は不可避でしょうけど」
「……レベル創薬の使用でどうにかする、と?」
「はい。並行してモンキーモデルの作成にも取り掛かって下さい。そちらは全て防御重視でお願いします。最終的に日本の護りの要は大多数の量産型になるでしょうから。ペイロードが問題なら火器管制能力や武器の威力は減らしても構いません。僕らとは違ってリソースは地域の防御や民間人保護に割り当てられるので。盾としての機能が優先です」
「了解致しました。ですが、武器に乗せ換えるとなるとどのような形態を選択するかが問題ですね」
会議室内の人員が次々に痛滅者用の武器と増加装甲型や接続型の攻撃ユニット。
要は乗り込み型のパワードスーツや一部接続して更に機体能力を向上させるパーツの原案を出していくが、それは少年が前々から示していたような機体との一体型が多かった。
「アタッチメントにしても大きさはネックになります。まず、防御型の場合は被弾面積の大きさは関係ないものとして扱って下さい。高次存在との戦いは被弾して受け切れなければ、大抵即死です。大きさよりも質が重視されます」
その話に次々に改良面の素案が出来上がっていく。
「攻撃型の場合は被弾面積は可能な限り小さくして下さい。攻撃機能が途中で破綻せぬよう根本的にはどんな状態でも……出来れば7、8割破壊されても100%近い機能が発揮されれば、継続した能力の発揮が出来なくても構いません」
「武器にこそ継続した能力の発揮が必要かと思うのですが?」
会議に出席している白衣の女がそう訊ねる。
「いえ、それは通常時の対応です。高次存在との対決は極短時間。限りなく長期戦は避けなければなりません。例え寿命が短くても寿命中は常に100%の力が発揮出来る兵器。これに限ります。その点でも使い捨てになるので量産を前提にしているならば、寿命が10秒だとしても構いませんよ。現実的に当てられる時間と技量があれば、当てる人は当てるので」
「10秒……」
その少年の言葉に考え込んだ白衣の者達は多かった。
兵器の安定性は大前提だとしても、完全な消耗品として超威力の攻撃兵器を造るというのは正しく物理事象を限界まで突き詰めて、何でも殺せるようにしろ……そう言われているに等しい。
「この点で言えば、より高次の敵との戦いはどちらが攻撃を当てるかという先行殲滅戦となります。これらの理由から近接戦闘がメインになる理由でもあります。必殺の手札がどちらにもあれば、どちらが先に当てるか。そして、当てても滅びずにいられるか。そういう黒か白かの二択なんです」
「両者の力が拮抗しており、互いに耐える場合は?」
「その場合は持続力と持久力。つまり、存在の維持を長引かせた方が勝ちます。それすらも力量的に同じならば、永遠に戦い続ける、という者も大陸では確認されていました」
ゴクリと誰もが唾を呑み込む。
永遠に戦い続ける。
その言葉に言い知れぬ奈落を覗き込んだような気がしたのだ。
「なので、皆さんにはこれらの兵器開発時には神を殺せる自負があるかを問わせて下さい」
「神が殺せる自負……」
「敵より早く敵を殺せる兵器。長距離戦が不可能だとしても、中距離、近接系ならば確実に敵を捕らえて破壊出来る兵器。相手の再生能力の中核を破壊したりする突破力や相手を塵一つ残さずに消滅させる破壊力も重視して下さい。現実に塵一つから再生する存在は大陸にいました」
「塵一つから……ならば、塵一つ残さずに消し去らねば、蘇ると?」
「ええ、ちなみに僕らの世界で最強の戦術は敵を光速まで加速させて現在の時間軸から宇宙の終わる未来や遠方まで飛ばしたり、空間制御で遥か彼方の異相。つまり別空間に封印したり、放逐する方法が取られました。敵が高位存在で尚且つその防御や再生、復元能力を突破出来ない場合のものだったそうです」
もはや彼らには言葉も無かった。
「無論、物理的に消し飛ばす為の大規模なものならば、無数の隕石を直列して敵に打ち込むとか。通常の火力を概念魔術で複製して大量に打ち込むとか。色々あったそうですけど、根本的には敵の防御と再生の質を超える攻撃が要求されると覚えておいて下さい」
その合間も素案を円卓のキーボードで打ち込み、線を描いていた者達はその言葉を聞きながら、音楽のセッションのように自分達が今紡ぎ上げられる限界の兵装を思い起こし、データに刻み付けて少年の前に提示していく。
「……槍……箱……翼……筆……円……本……杭」
少年が提示された七つの素案に目を通して目の前の研究者達を見る。
「確かに受け取りました。皆さんが出した結論です。これは部外秘として開発を進めましょう。どれもこれもきっと世界を亡ぼせてしまうものでしょうから。そして、僕もまた皆さんには秘密で色々と僕ら用の装備で頼むかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「騎士ベルディクト。我々は生き残る為にこそ共に進ませて頂きたい」
「はい。造りましょう。僕らの前にいる誰もが生き残れるように。僕らの後にいる誰もが安心して暮らせる未来が来るように」
会議が解散となった瞬間。
少年は初めて世界が動いた事を感じた。
何故か?
その発想、それを可能にする技術。
それこそは人が人を超えた者達を自力で打倒し得る力。
神をも殺すだろう兵器の創出された瞬間だったからだ。
人の進歩は確かにこのような滅び掛けた時代にあって、神殺しの階梯にある証左を持って、一段階引き上げられたのである。
*
陰陽自部隊による首都圏と大都市圏への展開が中国地方のほぼ完全な敵の消滅を皮切りにしてサーチ&デストロイからサーチ&ジェノサイド的なものに切り替わった事は誰もが気付いていただろう。
東京都心のドローン軍団が空間から湧き出る敵の出入り口を発見し、更にその周辺領域でも同じような場所を無数に発見。
空間から湧く瞬間を潰すという《《湧き潰し戦術》》が即座に実行され、次々に殲滅対象の制圧領域は飛躍的に広がっていく。
『こちら先行偵察強襲隊リード・フォレスト。対象を目視で43確認』
『全部隊周辺制圧開始』
『Dポイントの隔離にドローン・オペレートを本部に要請』
『引き続き郊外へと探索範囲を広げる』
『茨城、群馬、静岡の各小隊はドローン到着を待って、近畿、日本海側へ』
幾らポイントがあろうとも出て来る場所さえ分かっていれば、対処は可能。
東京各地に次々に封印用の結界弾が大量供給され、通常ゾンビ達が無限湧きしながら結界内部で無限自殺……要は結界で塞がれた細い円筒形領域内で後続のゾンビからの圧力で拉げ潰れて自然と絞ったオレンジみたいな様子でどす黒いミックスジュースとなっていった。
ソレは更に結界弾に供給されるいつもの乾燥術式で水分を飛ばされて赤黒い煙が首都圏から関東圏に掛けて蔓延。
赤黒い柱は天を衝くように無数。
都市も山岳も関係無く伸びて、人々に日常の終焉を告げる。
東京で関東で関西で北海道で、多くの誰かが見て来たように。
『押さないで下さい!! 押さないで下さい!!』
『列を護ってシェルター内へ!!』
『赤い霧……まだ昼だろ……』
『あの赤黒い煙突……日本はもうお終いなのか……』
『アレッ、アレはッッ!!』
『陰陽自と善導騎士団だ!!』
『助けてくれぇええええ!!!』
『私達は此処よぉおおお!!!』
現場を制圧し終えた部隊の多くは送られてくるM電池で魔力供給を行う補給役を陸自隊員や警察官に任せ。
東京から関東、更にその先へと次々に脚を伸ばした。
凡そ事態発生から50分。
死傷者が日本中で合計20万人規模にまで膨れ上がっていたが、現場の陰陽自と善導騎士団の広域展開が速やかに行われた事もあり、大都市圏の制圧は6割型完了し、今は何処も地方の制圧へと載り出していた。
人がいる場所が最優先であるが、人がいない山奥などに無限湧きポイントがある場合は纏まった数のゾンビが移動して十万単位でのMZGが発生。
山間部の農村地帯などを通っての侵攻ルートが無数に出来ており、東北と北海道を支えていた米軍も山から湧き出す無限のゾンビの濁流を前にして最初期対応の勢いも衰え、対応に苦慮していた。
『こちら守備隊!! 後退許可を!!』
『CPより守備隊へ!! 3km後方の市街地で制圧が完了した!! ただちに後退せよ!!』
『隊長!! ゾンビの群れが山間の国道から溢れて来てます!!』
『地雷を全て投棄!! 国道沿いの崖を爆破するぞ!! 後退!! 後退!!』
『国道×××号線の一部を事前防衛計画通りに爆破する!! 乗り込めぇ!!』
『此処を放棄するぞ!! 遅れるな!!』
補給路が確保し難い山間部での会敵。
日本の峻厳な山々は正しく天然の要害。
ゾンビも進軍中に厳しい自然の山道を歩き倒れてはいたが、それでも波状攻撃のように次々市街地へ押し寄せて来る数は100から1000単位と多く。
不規則な数が弾薬をどう配分するかという補給の問題を極めて慎重な判断が求められるものにしていた。
後退しながらの戦いは正しく北米での撤退戦の再現。
だが、それとも違う事が幾らかはある。
まず何よりもドローンが無数に空へ上げられていた。
ただし、十分な量のソレから送られてくる映像に何処の司令部も言葉を一瞬だけ失っただろう。
数年前ならば、よくユーラシアで見掛けられていた光景が日本国内に映し出されていたのだから。
神よ、と。
そう思わず祈る者もいる。
雲霞となったゾンビ。
ソレが山を食い潰すように動かない死体の尾を引きながら降りて来る。
その先端に喰らい付くのは映像を送って来ている戦闘ヘリのようなドローン兵器群『フライ・フィッシュ』であった。
各基地に1万機単位で配備され始めたソレは戦線都市の警備用飛行ドローンの劣化模造品だ。
その構造の殆どが弾倉と射撃時の機体安定用の機構で占められている胴体は巨大な青黒い太った魚のようにも見える。
ソレらがリンクした上空の偵察衛星や観測用のドローン、又は陸地からの統合観測情報を元に後方のシステムからAIによるクラウド制御を受けて敵を照準し、ゾンビを駆逐するのである。
通常の機械と違ってシステムの制御系が全て外部委託されている為、軽量且つ極めて安価で頑丈という特性を持っているが、外部との通信環境が悪ければ、ただの動かない銃弾の詰まった箱に過ぎない……つまり、出現時にあらゆる通信機器を妨害してくる黙示録の四騎士には無力。
これを三千機単位でローテーションしながら、後方に戻っての弾薬の補給を機械化されたラインで行う。
次々に整備と補給を終えて飛び立つソレは通信環境が《《脆弱でない限り》》は通常ゾンビに対し、真っ当に戦線維持が可能な火力を発揮出来るのである。
『A連隊からG連隊までのドローン各機交戦状況に入りました!!』
『漸減率40%を維持!!』
『1平方km内の敵個体数500体を下回っています!!』
『ライン整備班より一報!! 弾薬に付いては各基地に400万発からの匿名の寄付があった為、後40時間以上は今の量を消費していても問題ないとの事です!!』
『……匿名の寄付、ねぇ……』
『通常の9mm規格、ディミスリル製で貫通力は抜群だそうですよ?』
『陸自の全ての基地に100万発ずつコンテナで配られた話を聞けば、我が国の補給が惨めに思えるから不思議な話だ……』
『ですが、使わなければ、我が基地のドローンは後12時間で補給が破綻します』
『この国の諺でしたか。背に腹は代えられない……だったか……』
ゾンビを割り当てられた区画毎、領域毎に識別して弾丸の消費を最小にしながら低空からの攻撃で駆逐していくドローンの姿は正しく未来の戦術そのもの。
相手を漸減させ、重要地域に到達する数を極力減らす事で通常の軍隊が対処可能な数に相手を絞り込む事が出来ていた。
が、市街地内でもゾンビの発生は続いており、無事にシェルターへ入れた人間も今度はそのまま市街地で孤立化。
そんな民間人とゾンビが入り乱れる領域ではさすがのドローン兵器も人間とゾンビの識別にAIの判断時間が掛かる事から威力を発揮し難く。
民間人を保護してシェルターに導いていた後続の部隊がゾンビに群がられながら重軽傷者を出しつつも何とか集結という有様であった。
防衛線を築くのに成功してはいたが、負傷者の数も多かったのである。
『もうすぐ第二次防衛ラインだ!! 頑張れッ!!』
『隊長……北米からこっち、ご一緒出来て楽しかったです。自分はもう……』
『諦めるな!! こいつを使うッ!!』
『―――それ軍規違反、ですよ?』
『構わん!! 少し変わったペンダントを拾っただけだ!!』
『あはは……頭撃ってもらうよりは痛く無さそうだ……』
『そうだとも!! だから、まだ死ぬな!! 両足が無いだけだぞ!!』
それでも昔よりマシな方と言えただろう。
嘗ての対Z戦線では十分な弾薬と味方との連携が無ければ、どんな兵器を持とうが全滅必至だったのだ。
その医療現場では文字通りの《《弾薬》》も足りずに多くが物理的な打撃によって頭部を生きたまま潰される地獄があった。
当時の医療現場の俗称はハンマーヘル……銃弾以外で唯一即死させてやれるのが現地調達された金属鍛造用の機械式ハンマーであった事に由来する。
このような状況で最初から最後まで戦えた正規軍は僅か0.006%に過ぎない。
その戦訓を元に三軍の更なる縦割り廃止、統合運用、有機的な連携機動を磨いた世界最高練度の軍隊たる米軍が金も時間も掛け続けた成果。
それこそが兵員の生存という形で彼らの努力に報いていた。
だが、日本の一般人にそんな必然が突如として降って湧く事はない。
『こっちはダメだ!!? ゾンビがもういるぞ!?』
『クソォ!? どっちに逃げりゃいいんだ!? 防災無線は!?』
『もう群がられてる!! 何か囮になるもんを使わないと』
『今更、小型ラジオなんぞ使う事になるとは……残してて良かった……』
『い、行くぞ!! 車両を出す瞬間に屋根の上に投げろ!!』
『高校野球で馴らした腕見せてやるよ!!』
『お義父さん!! お義母さん達も乗り込みましたよ!!』
『みんな乗り込んだな!! よし、出すぞ!!』
『玄関が破られました!! は、早くッ!?』
『た、助かるさ!! 助かってみせるさッッ!!!』
何をしようが、そもそもの話として日本でのゾンビからの避難は避難ではあっても撤退や後退という戦術ではない。
実際に陸自の数が幾らいてもその手が届かない場所がある。
また、実際の問題として市街地を護ったり、シェルター周囲の避難路の防護だけで精一杯というのが実情でもあった。
だから、零れ落ちる命がある事は変えられないし、変わらない。
それが1時間で20万人という犠牲者の数に反映されている。
それでも良い方だと言えるのは近頃かなりゾンビの国内発生時のマニュアルが整備され、市町村単位で避難施設が増設されたおかげだ。
善導騎士団が直接関わった場所以外でも次々に防衛関連の資材が少年のおかげで超絶な格安と量だけは揃えられた為、日本各地で簡易シェルターの類が人口の少ない町村単位でも更に整備されたのだ。
そう言った過疎地域でもゾンビに数人喰われても多くが生き残っていた。
MHペンダントのおかげで避難不能な高齢者がほぼ消えていた事も大きかっただろう。
例外は山岳部に山菜を求めて入っていた老人や各地の人口の殆どいない、シェルターが立っていない、あるいは立っていても遠いというような辺鄙な場所に住んでいる者達だ。
こういった場所は避難先に向かうまでにゾンビに車両の外を囲まれたり、避難先傍の住宅や施設に入って凌ぐ者もいた。
破られそうな扉を必死に抑え付け、机でも椅子でも積み上げてバリケートにした人々の顔には絶望と覚悟。
SNSへの悲痛な助けを求める声も今はありふれている。
『助けてッ!? 今、〇〇市の〇〇町にある〇〇プラザってところで―――』
『じ、自宅でゾンビに囲まれてます!! 助けて下さい!!』
『お爺ちゃんが二階のお部屋に取り残されてるんです!! 誰かお願い助け―――』
『お願いです!! 助けて下さい!! 今、○○村の住宅に老人会の人達が立て籠っていて!!』
『今、〇〇って施設にいるんです!! ああ!? 扉がッ!? 扉がッッ!?』
『お父さん……お母さん……親不孝で御免なさい』
『お母さんと逸れました。お母さんはゾンビから私を護ってトイレの扉の外にあるシャッターを閉めるって……ちゃんと私達……天国に行けるかなぁ……お母さんも一緒だといいな……』
世界には救いを求める声が溢れていた。
しかし、神はいない。
神は救わない。
神は此処に存在しない。
ならば、誰が救うのか?
誰が、その声を拾うのか?
「全機離翔」
善導騎士団及び陰陽自の駆る全機甲部隊。
黒武の後方ハッチが中央から左右に開いた時、上空に向けて猛烈な速度で黒い巨大な弾丸がハッチ内の射出用ハンガーから出撃し、無数に空を奔った。
全国で遥か上へと飛んでいく何かは見えたに違いなく。
列島の宙というべきだろう場所まで昇ったソレは音速を遥かに超えて、弾道の先にある約80km地点で黒き星の如く瞬き始める。
それは魔力の転化光だ。
何らかの事象に変換された魔力が装甲表面で極僅かに光の波長へと自然に変化しているのだ。
色合いは本来人其々であるが、全ての魔力を装甲そのものに依存する痛滅者は陰陽自と善導騎士団合わせて250機、量産型の群れは全て一律に薄い紫色の極僅かな放電現象を纏いながら列島全域に展開していた。
装甲への魔力の急速流入。
【DCB】
まだ一度も実地でのデータ収集が行われていない全力形態は各種の能力を限界以上に引き上げるが、機体の寿命とリミッターを外す関係で長く持たない。
一度使えば、オーバーホールか1戦闘で完全に機体は廃棄が確定する。
だが、今の日本を救う為ならば、致し方ない。
そもそも、その為にこそ造られたのだから。
先行量産機としてロールアウトした基本武装以外は全て無しの完全には程遠いソレらが腰部や背部に展開されている複数の盾にして翼たるソレを両腕の手前に持って来ると。
格納されていた機体用のグリップとトリガーがガシュリと突き出し、鋼鉄の両手が握り込む。
「全機C4IXコンタクト。メインフレーム【九十九】及び【百式】に接続。日本国内の通信掌握……連続掃射まで22秒」
痛滅者内部に入り込んだ騎士と隊員達は完全に装甲へ身を包み込んでいる。
大陸で言うところの全身鎧。
対黙示録の四騎士用に造られた頭部まで覆うロボット染みた装甲の殆どに違いはないが、陰陽自側がモスグリーンであるのに対し、善導騎士団側はスカイブルーであった。
今、彼らが繋がる全ての痛滅者は地表にあるシエラ・ファウスト号及び各地のドックで作り掛けとなっているシエラⅡの頭脳たる中核演算装置群のネットワーク端末と化し、膨大な量のデータから割り出された助けを求める者達の周囲にいるゾンビに向けての一斉掃射直前。
腕に握られた2挺の盾と一体となったアサルトライフルは既存のものとはもう完全に別物となっており、事実上は新規に銃器メーカーの開発者達が陰陽自研で今も研究を続けている【万能小銃】と略称される火器の類だ。
「魔力排出弁閉鎖。転移導線解放。全領域接続」
銃身3つを更に3つ束ねた9連装ガトリングガンに近い内部構造。
円錐形に近い涙型で盾の真下に向けて束ねられた銃口が覗く。
分厚い盾内部のソレ事態が盾の受ける衝撃を受け流す衝撃緩和用の排出口でもあり、もしもの近接戦となれば、敵の物理量や魔力を銃身内部から吐き出して使用者の身を護るに違いない。
「本部。コードの承認を求む」
彼ら250人の前に映像が出た。
東京本部の地下HQ内には現在、複数のオペレーター達が詰めているが、その留守を預かるのは北米の副団長でもなければ、副団長代行でもない。
「お、オッケー!!」
紅い受話器が大量に並んだ座席に座らせられ、両耳に受話器を当てて、何やら各地と調整していた騎士ウェーイ……否、アフィス・カルトゥナーであった。
忙しい彼が受話器を持った手でポチッと座席横にある幾つかのボタンの一つを押し込む。
本部から送られてきた攻撃許可用コードが現場の機体内部で解凍。
制御術式への魔力流入を承認した。
機体の武装が次々に使用可能になっていく。
だが、今必要なのは一つだけだ。
「【総合混成魔導兵装】掃射開始」
銃身から盾全体に幾何学模様が奔った。
だが、その奔った模様が瞬時に割れて内部の銃口を分割しながらバラバラに地表へ照準する。
盾が瞬時に有機物染みたマシンアームを蠢かせる多頭生物のように首を擡げ、内臓されていたガトリングガンの予備銃身も合わせて計24本を同時展開。
1機で大量の銃口を列島に向け、その絶大な火力が投射された。
―――明滅。
全き天が赤黒い煙に沈みながらも燃え上がったように光る。
ソレはもはや黙示録の四騎士の襲来を覚悟しての魔力解放。
転化光を帯びた無数の銃弾が流星雨となって列島に止めどなく降り注いでいるのである。
黒紫色の雷光。
弾丸に込められた術式本体が急激に溢れさせる魔力で制御を失わないように外側へと魔力を排出した為に自然転化した余波は春雷よりも過激に空を掻き鳴らす。
無論、雷の威力を有し、普通の生物ならば、一瞬で焼き焦がすだろう威力。
が、本体の術式はそれ以上の能力を示す。
何が起るか?
それは80km上空から地表までたった5秒で弾丸が着弾する程の速さを帯びながらも、それでも敢て《《遅くされていた》》事に起因する。
第一次分離。
1発の弾丸が3つに別れる。
第二次分離。
更にその破片が3つに別れる。
第三次分離。
更にその破片が3に別れる。
つまり、1発の弾丸が27個に別れ……《《個別の目標を狙って追尾する》》。
24の銃口が1発放つだけで数百近い目標が消える。
だが、各銃身の秒間連射速度は凡そ30発。
秒間20000近い目標を狙い撃てる。
それが250機。
秒間約500万近いゾンビがあらゆる障害物、コンクリート製の建造物や看板や家屋、その他の多種多様な建材を貫いて単なる銃弾レベルまで威力が落ちた弾の破片に頭部を貫かれて瞬時に行動不能とされていく。
容赦なく呵責なく。
物損の被害もお構いなしだ。
今、ゾンビに齧り付かれそうな者すらもいきなりその頭部が弾け散れば、どういう事なのかと驚いた事だろう。
威力、速度のみならず。
対象貫通後の自壊に至るまで全てを制御する超絶の並行処理能力を要求される攻撃術式は無論のように普通の術師には死んでも不可能な《《基礎能力》》。
大魔術師とて出来る者は極めて限られ、魔導師ですら明らかに高位の術師が専門に何年も訓練してようやくどうにか形になるかどうか。
そのようなモノが機械の力と無限の魔力と地球の叡智が結集した末に生まれた。
『綺麗………』
何処かの窓を見上げた幼子は呟くだろう。
世界に雷の流星雨が降り注ぐ。
それは威力と暴威を目の前にしてすら、穏やかな感動を呼ぶ程に幻想的な光景。
世を照らす250の星々が降らせる一大スペクタクル。
人々は次々にゾンビ達が動かなくなっていく光景を目にするだろう。
建物に無数開く小さな穴から光が差し込むのを見るだろう。
そして、震えながら音のしなくなった外をオズオズと見て……シェルターへとゾンビの群れを踏み付けながら駆け出すだろう。
だが、彼らの頭上には今も加護がある。
例え、ゾンビが無限に湧いたとて、今日……日本列島に限っては秒間数百万以上の敵が排出されない限りは人を傷付ける事は出来ないに違いなかった。
この奇跡の代償となったのは通信の秘密。
あらゆる情報機器とカメラが内臓された電子機器から情報を収集するネットワークが無ければ、人々を此処まで護る事など出来るわけも無かった。
それですら九十九の予測演算能力と痛滅者本体の三次元式の魔力波動観測機器による超精密観測が無ければ、在り得るはずも無かった。
180秒間の掃射結果だけを示すのならば、死体の処理だけで9億人に届きそうであった、という話だけで十分だろう。
だが、それよりも先にゾンビを送り込む者。
巨獣を狩る者達の戦いもまた始まっていた。
*
『アレは―――アレはシエラ・ファウスト号!!? 今、東京上空に空飛ぶ鯨が現れました!!』
殆どゲリラ放送に近い。
テレビ局も含む大量の建造物がゾンビに襲われている今。
それでも基地局機能を持った報道車両を用いてゾンビの海の中、ドローンで報道を継続していたガッツのあるカメラマンとテレビクルーとアナウンサーの一団が東京都庁付近において空飛ぶ鯨を目撃していた。
多くの国民がシェルターのテレビやラジオ、ネットで見聞きするソレはもはや今日日本が滅びるのならばと視聴率99%に近い。
『八木さん!!』
『解析データのインプット完了!! 術式を船体に奔らせて重力軽減機能を強化し、更に重力場の局所的な崩壊機能を船体船首に発生……九十九は行けると判断している!!』
『神谷さん!!』
『分かってる!! 量産型が離翔する間に中国地方のデータを解析して全部探し出しといた!! 中国地方を除き、推定で全国に45体だ!!』
『クローディオさん!!』
『九州と四国は任せておけ。送って来たヤツは全部有り難く命中させて頂こうかね』
『フィー隊長!!』
『関西圏はこちらに任せろ。近畿と名古屋はクローディオの部下が受け持つ!!』
『ヒューリさん!! 悠音さん!! 明日輝さん!!』
『関東圏は任せて下さい!!』
『大丈夫よ!! だって、ベルが鍛えてくれたんだもん!!』
『必ず、大勢を生き残らせてみせます!!』
『ミシェルさん!! ラグさん!!』
『東北は任せて下さい。ラグ……久しぶりの屍狩りです。鈍っていませんね?』
『ま、本業だかんな。良い装備貰っちまったし、少ないなら行けんだろ』
『北海道支部の皆さん』
『こちら善導騎士団北海道支部。HMCCに積み込み完了しました』
『これより空間の先に隠れ、ゾンビを送り込んでいる元凶を叩きます!!』
少年の声に無数の声が答えた。
ただ一言。
『オウッ!!』と。