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間章「回天」


1D1000。

447。

1D1000。

922。

1D1000。

224。


次々にダイスが降られていく。

カランコロンカランコロン。

意味があるのか無いのか。


陰陽自研の企業めいたエントランスに誰かが研究しているらしき賽子を自動で振り続ける小さな透明なカプセルが浮遊している。


誰も気にしていない為、放置されている横を研究者達が素通りしていた。


『あ、田中さ~ん』

『おお、レイチェルさん。お元気でしたか?』

『ええ、田中さんもお元気そうで』


『互いに研究日誌に毎日コメントしているのに会ってないというのもちょっと不思議な気持ちになりますね』


『いや、本当にそうですねぇ』


本日は研究室の一角で新たな開発品のお披露目がある。


お披露目と言っても単純な発表ではなく。


ベルが組んだ開発プランの研究中に出た副次的な研究成果を用いた成果を他の研究室と共に共有し、既存の開発プランに組み込んだり、他の求められた成果へのブラッシュアップなどに使えないかという議論を行うものだ。


このような成果は今のところ積み上がっており、それを次々に消化しつつ、開発現場で一つずつ問題をクリアーしていく事で研究開発の速度は単純な競い合い以上の成果を出し続けている。


だが、彼らが最も重要視するのは研究の失敗と実験データの完全共有が齎す、次の失敗の確率の低減作用だ。


『あの研究、上手くいって良かったですね』


『ええ、騎士ベルディクトが採用して下さいました』


『そう言えば、基地が宇宙基地になるって聞いたんですけど』


『ああ、それは航空機部門のスタリオン博士が言い出したんですよ。日誌を3週間前くらいから読めば、大抵把握出来ます。マスドライバーなんてSFですよねぇ』


『まぁ、私達の研究はファンタジーですけどね!!』


『あはは、違いありません』


研究室単位での密な情報の交換、開示は失敗した研究の蓄積から次の失敗を生かした開発へと繋がっていくのだ。


研究時間をとにかく合理的に割り振り、成果を最短で開示し、失敗したデータから次の研究課題を見付けて、実験を繰り返す事が陰陽自研をほんの数か月の間に極めて科学とは違う何か。


魔導機械学の構築達成へと導いた。


やりたい実験、研究は無限のようにあり、その予算も資材も潤沢以上にブチ込めるし、実験器具は繊細なものでないのならば、大抵即日納入もしくは建造される。

これを楽園と呼ばぬ研究者はいない。


『冶金工学系と術式開発系の方々が【魔導機械術式(HMC2)】に革新的な作動原理を導入するそうですよ』


『ええ? まだ、実働データが騎士ハルティーナの分しかないのにですか?』


『ああ、いえ。明日から陰陽自衛隊と騎士団で大規模検証するそうです。今日の朝の研究日誌に書かれてました』


『……進み過ぎですよねぇ。陰陽自』


『ええ、ですが、さもありなんと納得も出来る。今日はいつもと違って大きな研究開発方針も示されるようですよ』


『研究成果の自動書記プログラムも組まれて一か月……殆ど問題は無さそうですし、また仕事が増えても研究速度は更に上がるかもしれませんね』


『簡易の妖精を用いた代物ですが、論文の執筆にも使えますし、研究成果を纏めるのにも使えますし、何よりタイプや直筆で腱鞘炎にならないのが良いって好評らしいです』


研究者達の一団が入った区画内。


今も実験に勤しむ彼らのパーテーションが大きく区切られた室内。


数十人の人間が椅子に座り、中央の大怪球。


重力軽減されて浮かぶ映像投影用の魔術具を前にして見守っていた。


『本日の発表は第七研究室が執り行います。また、外部から魔剣工房より剛山様がおいでとなる予定で、新型の武具鍛造に関しての意見募集も行うとの事です。では、まず案件であった魔導機械術式(HMC2)関連から』


『第八研究室の装甲部門所属、専門が量子物理学及び量子ゲートの新浪です。第八研究室で試作されたHMC2の仕様変更に伴う大規模な作動原理の新規導入をご報告します。こちらをご覧下さい』


全員の前に少年が戦っている様子が映し出された。


それは騎士クラスの敵性体に対して競り合う攻防中の様子を超スローでコマ送りしているものであったが、陰陽自研で実用化されている24Kの映像ですら、微妙に全てを捉え切れない代物。


もう映像自体は出回ってはいたのだが、それにしても凄まじい超高速連撃の攻防を前にして研究者達もまたしばし見入ってしまう。


『敵主力である騎士級交戦体チェルノボーグは騎士ベルディクトが明言していた運命や因果律を操る高次元操作系統の術式もしくは能力を使っていたのは先日公開した通りです。この戦闘データに関して各研究室にお送りした通り、騎士ベルディクトの術式はほぼ全て破綻』


全員の前に大陸の『秘儀文字(アルカナ)】を使った破損済みの文字列が次々に遺伝子情報のように羅列された。


『最終的に動いたのは完全無欠に破綻しようがない限りなく単純な術式のみという事でした。動魔術が最たるものですが、それ以上に長い術式はほぼ全滅。結果として我々が開発した多くの予備術式も殆ど役立たずだったのです。ですが、この一件で我々は恐ろしい程に有用なデータを得た』


司会者が言うと同時に次々に破綻していなかった術式の一部が取り出されて継ぎ足され、長い長い術式を欠けた虫食いのパズルように全員の前に置いた。


『そう……破綻するものはいつか破綻する。そして、限りなく破綻し難い術式がどういったものなのかも我々は理解出来た。通常の魔導を用いる術式の大半がウィークポイントとなる術式破綻の原因箇所以外、破壊されていなかった事も大きな収穫でした。これを踏まえて、抽出した最も破綻し難い術式構成において作動原理には全て量子力学上の不確定性原理の停止部位を確認』


研究者の一人が司会者の横にやってくる。


『つまるところ。物質世界における術式構成は原理的には不確定性原理の停止における物質の完全静止を以てしか破綻を回避する方法がないと確定しました。現行、これを術式単位での織り込みに多用する事で高次元の能力や敵の妨害でも停止しない代物は製作可能と判断』


更に別の白衣の老人が立ち上がり、周囲に再び新しい映像を見せる。


それはベルが術式を紡ぎ上げているところだった。


何をしているわけでもない。


四角い白壁の部屋で目を閉じているだけだ。


だがその頭上には術式構築を映像化した映像が投影されており、それは三次元式の螺旋を描くメビウスの輪のようにも見えた。


『これを騎士ベルディクトと共に汎用術式集積体の改造と同時に全術式データを【九十九】で電子データ上で再構築して演算、最適解を再び現実において再記述。結果―――HMC2は原理上、停止する事は魔力の途絶と術式の完全破壊以外ではほぼ有り得なくなった事が確定しました』


目を見張るような成果であった。

だが、それに誰も一喜一憂はしない。

それは成果を発表する者すらもだ。


『これと併せて実働データの大規模収拾を実施し、もう一つの懸案であった魔術師の魔導師への促成カリキュラムにHMC2の大系を正式採用する事が決まりました』


その言葉に惜しみなく研究者達の拍手が送られる。


『新しい魔術の誕生です。HMC2は術師への依存度はほぼ0の《《道具としての魔術》》の新規大系として活用されるでしょう』


次々に彼らの前に今まで開発してきた武器や乗り物、装甲などの最新データが映像付きで更新されていく。


『以前からの仕様通り、術式と合わせて用いる魔術具化された兵装を複合化して1セットで用いる関係上、個人の術師としての研鑽はほぼ必要ありません。運用面や取り回しのノウハウは基本的には必要でしょうが、カスタマイズと従来の重火器のように慣れる事で問題はクリアされる』


『兵器開発部門の真田です。つまり、そこは実働データ次第と言っていい、という事でしょうか?』


『はい。術師よりも研究開発者の実力がダイレクトに戦闘へ反映されるモノと言うという事です』


その言葉は研究者にとっては自分の研究そのものが戦場の結果に直結するという事実に他ならない。


『ここで騎士ベルディクトが先日に開発を終了させた【内骨格】の発展形のコア技術を提示してくれました。要は今まで肉体の外付けだった装甲を肉体そのものに埋設融合する形でのHMC2の更なる強化プランです』


少年が用いた埋設式の装甲と筋肉。


更に埋め込む際に用いられた手術の様子までもが映し出される。


『これを簡易小型化して、細胞との拒絶反応を制御可能にすれば、形態と埋設度合いにもよりますが、魔族などにも対抗可能な戦力を生産可能なはずです。生産性の部分はこの際、全て騎士ベルディクトに丸投げで構いません』


また、生産性は度外視かと研究者の多くが苦笑する。


『まずは高性能化と安定性を重視した完成品を、との注文です。これの実働データは全て騎士ベルディクトが取って下さるそうなので我々の仕事は小型化(ダウンサイジング)や埋設後の術師の不便やリスクを解消する方面になるでしょう』


次々に研究開発室の白衣達が登壇し始める。


『これに際して肉体から切り離された道具として用いる全ての軍用機器を一括して【内骨格】に接続する為の方式を全部門で考案する事が求められます』


『反射及び人体の反射以上の反応速度で身を守らなければならない以上。一部は精霊化した術式を用いる事が検討されており、これには緋祝家の御姉妹が協力するとの事です』


『Z型義肢の設計者にも加わって頂き、人体融合、人体置換どちらでも同じだけの機能をとの話で……今のところ埋設融合式と置換式をどちらも開発するべきと判断されており、“終わりの土”を用いて、置換式の場合は埋設融合式より安全なプランになるのではないかと考えております』


『本研究開発に際しては対魔騎師隊と善導騎士団の主要戦力が用いる専用カスタマイズ品を生産後、それを叩き台にして簡易版や廉価版、工業製品的に量産方法を順次開発する事になります』


『近接型は打撃格闘型と剣術型。ミドルレンジでの射撃型。遠距離用の狙撃型。情報処理の後方支援型。前線での回復役である継続支援型。陸海空宇、更に異相型。魔術師技能を生かす為の専用チューニングを施した特殊型。これらを複合した専用品を大型装甲である【痛滅者】シリーズのバリエーションと連動して運用する際のシステム開発。今日中に全研究室に情報が行き渡るかと思いますので既存の研究開発と並行でよろしくお願いします』


目の回るような忙しさ。


一日5時間睡眠が大抵である研究者達はまた仕事が増えるとの言葉に残業も視野に入れて、健康維持用のMHペンダントの亜種などを専門開発している研究室に大量注文する事を決定したのだった。



真面目に悪の秘密結社か。


それとも人間を改造する狂人マッドサイエンティスト集団か。


という話し合いが研究者達の間で行われている頃。


近頃は【魔導騎士ナイト・オブ・クラフト】で名前が売れ始めた少年は……お休みを満喫《《させられていた》》。


本日の行楽地は新名所となったスカイツリー跡地に立った善導騎士団の超技術で修復改修された新スカイツリー……ではなく。


映画館であった。


それも善導騎士団が買い上げた元映画館という物件だ。


ゾンビの発生前から大型の設備投資が必要な映像系の娯楽は廃れていっており、映画館で映画を見るという様式美は新式の技術的な進展で安くなったAV機器でも十分に再現可能という事実を以て衰退中との事。


閉めた映画館はこの数年で全国の半数にも及んだ。


その事実を後押しした理由の一つは大作映画の生産地であったハリウッドなどの壊滅であったとの事であり、その安物件は現在……少年がサックリとお休みの日に一日中改装作業をしていた結果……秘密基地も真っ青なレジャーランドに変態的な進化を遂げていた。


例えば、善導騎士団東京本部が傍にあるからと本部の人員は飲食、施設の利用も無料だとか。


単純労働は妖精オンリーで労働資源を賄っているところとか。


対爆性能が通常のシェルターの数百倍だとか。

耐震性能が通常のシェルターの数百倍だとか。


上下水道の設備が循環系になったり、電力の消費は使用する人員の魔力を微量ずつ吸い上げて転換して用いるとか。


一部の施設に残っていたゲーム筐体を全て最新式にしてゲーセン化してみるとか。

カラオケ設備と温泉を一緒くたに導入してみるとか。


大陸中央の人間には懐かしい七聖女ブロマイドを売ってみるとか。


ドローン遠隔操作試験用の陰陽自研製シミュレーターを導入してみるとか。


実技試験可能なゴーレム相手のゲーム感覚で出来る地下闘技場を運営してみるとか。


大量にロボのプラモを自腹で購入して試作し、使用者の隷下部隊や騎士団の隊員にどういうディティールの鎧が受けるのか投票してもらうとか。


ぶっちゃけ、東京本部の専用娯楽施設である。

尚、それと分からないように看板は掛けていない。


外側からは完全に廃墟だが、内部は現在賑やかな声で溢れている。


燥いでいる子供達がアイスや映画観賞用のスナック片手に歩いていたり、無料で進呈している最新型の携帯ゲーム筐体を手にテーブルへ集まって遊んでいたり、大人達は大人達でアルコール片手に浴衣姿だったり、パリッとしたスーツを着込んでホテル部分に入って行ったり。


まぁ、全部ぶち込んだ狭い中型の3階建て地下設備有りの施設は今や混沌としていた。


ちなみに子供達の親なども無料で使える為、中には家族連れも多い。


そんな中でも明らかに目立つ少年少女達は専用のテーブルで湯上りの身体を薄い藍色の浴衣で包んでホコホコさせながら、空調が効いている室内で喧噪をBGMにしつつ、トランプに興じていた。


いや、実際にはトランプではなく。


少年が再現した大陸式のトランプのようなカードゲームなのだが。


今、その場を支配するのはそれを造って持って来た少年でもなければ、ポーカーフェイスが強そうなフィクシーやクローディオでもなく。


初体験のカードゲームを愉しむ元お姫様と緋祝邸の三姉妹でもなく。


陰陽自衛隊だけどお休みが取れたカズマとルカだったりもせず。


少年の横で今もカードゲームが難しいからとアイスカフェラテをストローでチューチューしながら、陰陽自研の乗り物部門が出している研究成果たる乗り物のカタログを覗くハルティーナでもなく。


「ウッウェエエエエイ!!! 神様で8倍上がり!! これで親の総取りな!!」


何か今日も日本にいるウェエエイ。

アフィス・カルトゥナーであった。


1ゲーム前には猫ズがダブルでトップを取っていたのだが、今はあまりにも勝ち過ぎた為にしばらくカードゲームは出禁という事で追放された。


現在は隷下部隊の子供達に珍しい鳴き声の猫として追い掛けられている。


『隷下部隊幼年部第三班!! いきますわ!! あの珍しい猫を追い詰め、先にゲットしてお母さん達に見せてあげるのです!!(*・ω・*)』


『レーカブタイ、第二ハン!! 猫ちゃんにトツゲキー!! ネコキューイン用としてカクホー!!!(≧▽≦)』


『第一班。これより状況に入る。AからXまでの班員は全ポイントで遊撃態勢に入れ!! これは演習ではない!! 繰り返す!! これは演習ではない!! あの猫、何か能力持ってるっぽいぞ!! アレ捕まえて調べたら、強くなれそう……という予知能力系のお達しだ。捕まえて強くなるぞ~~お~~(^O^)/』


『マ、マゥヲ~~~!!?』

『クゥウ、ヲヲヲ!!?』


二匹はげっそりであった。


子供のバイタリティーで追い掛けられたりしたら、それこそ終日追いかけっこである。


だが、彼らが逃げたら逃げたで子供達がガッカリ(´Д`)になるものだから、お人好しな猫達は最終的には逃げつつも微妙に捕まえられそうな距離で子供達の有り余る体力消費に付き合っている。


「フッ、実はオレ凄くカードゲームだけは強いんです。ええ、強いんです」


調子に乗ったアフィスがキラッと歯を煌めかせて見せるのは女性陣全員だ。


意外な特技にフィクシーは今度、アフィスを東京のカジノに連れて行ってみようとゲームから抜けつつ、お茶を啜った。


クローディオは『……納得いかねぇ』という顔でそれなりに腕が立つはずの自分の実力を総動員してアフィスを相手にカードで心理戦などを仕掛けている。


少年はカードから抜けた後は伸びをしてから、少し和むようにすぐ傍のまだ誰も座っていないソファーに背を預けてウトウトし始めた。


三姉妹と陰陽自組は意外なところでアフィスに負けた事が余程に悔しいらしく。

ゲームに参加し続けている。


(どうやら居眠りくらいはしてくれそうだな)


フィクシーはこの数週間の事を想う。


北海道での一件は予想以上に少年に様々な負担を掛けていた。


肉体へ埋設した魔術具のデータ取りで体調が悪そうだったりする事に始まり、各種の莫大な資源の精錬と外部への出力を延々休まずに数週間。


毎秒、並みの術師なら魔力を絞り出すだけで塵も残らなそうな消費量を維持しつつ、巨大構造物の構成に必要な手順やら何やらを陰陽自研と共に独自開発。


要塞橋は正しく集大成であり、ほぼ1日であの規模の構造物を完全に出現させた。


多くの人間のサポートがあったとはいえ。

それでも十分に重労働だろう。


各被災地の復興でも善導騎士団単独の復興にならぬよう造るインフラや家々の金が掛かる部分だけを大量にこなしたりと神経も使った。


その上で大規模戦闘で収集されたデータの整理。


それを元にした開発の指針の提案や新技術の統合確立。


様々な各種の細々とした決済業務。


秘書役の明神が毎日目一杯の残業をMHペンダントの亜種を使いまくって誤魔化していた事からも過労死寸前の激務であった事は想像に難くない。


さすがにこの状況では休みは取れないからと休日返上だった少年がようやく落ち着いてきた、という事を注意深く観察していたフィクシーは本日ようやくまだ残ってる業務を行おうとしていた少年を引っ張っていつものメンツを揃えて此処へとやってきたのだ。


ベルに先日発注していた善導騎士団用の娯楽施設は当人用の娯楽施設だった、という事なのであった。


「………」


少年の横に浅葱色の花を鏤めた浴衣姿で寄り添うフィクシーがその頭を優しく撫でつつ、肩を貸すようにして腕を回せば、細い身体がよく分かった。


それを目聡く見付けたヒューリであったが、ちょっと膨れてから、すぐに仕方なさそうに笑ってよろしくお願いしますねと目で少女に伝えてから、再びカードに興じ始める。


それに頷いたフィクシーは少年をさっとお姫様抱っこで抱えて、三階部分のホテルのフロントを素通りし、ロイヤルスイートと化した最上階のペントハウス。


騎士団の部隊長級用に用意された部屋へと向かう。


もうそろそろ肌寒くなってきた季節。

三時を過ぎれば、黄昏も迫って来る。


東京の夕景を外側を映し出す壁に貼られた疑似的な窓越しに眺めつつ、少年を数人が入れる寝室の一つに連れて行った彼女は一番良い景色が視られる窓横の寝台に寝かせた。


自分もその横に座ろうとしたものの。

まだ温まっていない寝台の布団が寒かったのか。

ちょっと肌が震えた少年を見て。


「寒いのか? 少し、待っていろ」


弟を見守る姉のような優しげな笑みになった彼女が浴衣をシュルリと肌の上から落とした。


下には何も身に着けていない。

元々、彼女は寝る時、裸族の人だ。


ただ、ほぼ常在戦場の心構えと実質的に安全な場所を確保出来るまではといつも大抵はスーツ姿だったり、彼女がフォーマルな場と考える他の少女達とのお泊り会等では下着を付けていたに過ぎない。


ロスやシスコでも黙示録の四騎士の寝込みへの襲撃などを勘案して何も身に付けないという事は無かったのだが、日本に来て確立された様々な戦力の現状から今では私室などで一人寝る時には実家でそうしていたように全裸であった。


「……ん」


ゆっくりと少年の寝台に横から潜り込んだ彼女はいつもひんやりしている少年の肌の状態にこれが人体改造に等しい事をした代償なのだろうと少しだけ瞳を俯けた。

それを温めるように身体を寄り添わせ。


脚を絡めるようにして横から子供を寝かし付ける母親のような慈愛の笑みで少年を胸に抱く。


その片手を滑らせて浴衣を開けさせ、身体をゆっくりとなぞるようにして撫ぜる。


「ん……ぁ……」


少し悩まし気な少年の声。

それに少しだけ艶やかに甘く微笑んで。

少女はそっと瞳を閉じる。

共に目覚めるまでの小休止。


しかし、きっと、幸せな時間になると彼女はフィクシー・サンクレットはひっそりとぬいぐるみを抱き寄せる幼女のように愛しき相手を胸へ招き入れたまま。


夢の世界へと旅立つのだった。



―――MET99所属事務所。


「だからさぁ。灰田ちゃんもさぁ。こうバシッと決めて欲しいわけよ。そう、そうそう!! やっぱ、此処は噂の善導騎士団とさぁ。絡ませられたら最高じゃない?」


今現在、日本のTV業界は半分程は政府管理下に置かれている。


半分とは数の話ではなく報道の自由に付いての報道協定が改訂されたからだ。


政府に不利な話は流してもいい。

政府要人に批判的な話も流していい。


しかし、Z関連の機密及び指定された特定施設への間接直接を問わずの人員への接触はご法度で公的な罰は無いが公安のお世話になり、これらの情報が報道に乗った場合は捜査後拘留と裁判で禁固刑。


まぁ、批判するのは構わないが、国家の専権事項に関しては当事者ではない素人には意見も口出しもさせない、というものである。


「うん。うん。よろしく頼むよぉ~~。ほら、この間、映ってたウェーイのにーちゃん。あれとか良さそうじゃない? さすがに副団長代行とかは無理でもさぁ。いや、彼女の肩の事とか突っ込んじゃう金曜九時の番組とか作れたら、まぁ……視聴率だけで50%行くかもよ?」


際たるZ関連の集団という事で善導騎士団は今も大手報道機関では公的機関から報道許可された事以上の内実に突っ込んだ話は予想されても、関係者からの証言などは取れない事になっている。


「ウチのMETもさぁ。今年で4年目。そろそろ日の当たる場所に出したいわけよ。それなりじゃあダメなわけ。って事で局長にさぁ。政界側の伝手で何とかならんかってちょっとお願いして来てよ」


中身が分からなければ、報道されるのは単なる何の確かな事も無い噂話しの域を出ず。


つまりはワイドショーと同レベルの話が連日、15年前と然して変わらずに垂れ流されるだけに過ぎなかった。


「ほら、噂じゃあ。企業体の方もそれなりに関わってる様子だし、彼らをテコに出来ないかな? 経産省に今後のディミスリル製品の普及の為とか何とか言ってさぁ。え? 一局じゃさすがに?」


だが、別にこれで困るテレビ業界でもない。


ただ、関係者の話、首相周辺、政府関係者などの項目が削除され、この事に対して批判的な野党及び知識人とやらの出番が増える程度の事だ。


「分かった。こっちから他局のPにも声掛けてみるからさ。うん。うん。よろしくね~~。待ってるよ~~。じゃ、また」


ガチャリと今時珍しい黒電話が執務机の上に受話器を置かれた。


「取締役。どうでしたか?」


「うん。感触はいいかなぁ。ま、こんなご時世だ。ダメ元だよ。ダメ元」


大手芸能。


MEAメガ・イースト・アミューズメント・プロダクション。


俗称Eプロ。

その現在のトップである男。


倉和宗司(くらなぎ・そうじ)はプロの二代目として大手にまでEプロを伸上らせた敏腕だ。


でっぷりとした腹とコレステロールが高そうなガタイの持ち主であり、今年で66歳という高齢でもある。


しかし、未だ現役の彼のコネで造られた番組は幾多。


実際に当たっている事もあり、各局の局長級とはズブズブの仲である。


室内でも黒いグラサンを欠かさない彼が秘書と話していると扉がガチャリと開いて、秘書がノックも無しかと所属アイドルか事務員に注意しようとして。


「くらさん。ウチ、そーせんきょ1位取ってきたよ?」


倉和が秘書に出ていけのサインを出して、秘書役の30代の男はひっそりとそのアイドルに頭を下げてから外へと出ていく。


「お~(^--^) そうかそうか。そりゃ良かったなぁ。やっぱり、お前さんは凄いヤツだったな。オレも鼻が高いよ」


入って来たのは売り出し中の新人着ぐるみ系アイドルである。


着ぐるみのような衣服の上に羽織った法衣が奇妙なほどにマッチしている。


「みんな、おめでとー言うてくれて。楽しかった♪」

「そうか。そういや、勉強しに行く気になったか?」


「ん~~ウチ、むつかしい事は……でも、踊って歌うのは好きよ?」


「あはは。そうか。まぁ、そうだよな。実際、お前さんに勉強させるのは歌と踊りと礼儀作法くらいか。ま、こんなご時世だ。プロにMU人材が一人や二人いてもいいだろ。引き続き、役所の方は誤魔化しとくから、好きに遊んでくるといい。あ、ちゃんとカードと現金は持ってるな?」


「ん。これ?」

「おーそれそれ」


アイドルが自分のポケットから小さな財布を一枚取り出す。


「それは無くしちゃダメだぞ? 色々な人に迷惑が掛かるからな?」


「は~い」


「それにしてもあの子達と一緒にいる時以外、何処に住んでるんだお前?」


「ん~~? 色々なとこで寝とるよ?」

「ほう?」


「ニューヨークゥーとか。ベルリィーとか。あ、この間、サンプトペテルグルグ? にも行ったんよ。みんな、お腹空いたって言うてて。お米とかありがとーって」


「ほうほう?」


「今度、お菓子持ってく約束してて。お暇になったら行くからって」


「そうか。亡命政権の子達にお菓子をなぁ……うぅ、本当にお前良い子だな」


「?」


人情大好きオジサンが噂のMU人材。


身寄りの無さそうな変異覚醒者と知って、何とか社会に溶け込ませようと宿無しだった少女を拾ったエピソードを色々回想しながら頷く。


楽しい事を探している少女はあの日。

巨大な虹のような柱。


今では魔力の爆発と呼ばれている事象に遭遇した日。


彼の前に現れたのだ。

命を救われた。


いや、《《意志を繋いでくれた》》礼として、彼女を現代社会で過ごせる環境を提供した倉和だったが、それでも彼の認識はやはり人間のままだった。


今でも亡命政権の統治領域には首都や有名な各国の都市の名が冠されている。


だから、物理的に行けるはずもない場所よりは東北や北海道に点在するそちらに出掛けているに違いないという勘違いは大いに普通のものであった。


「あ、そろそろベルはんのところに行かんと」


「ベルはん?」


「楽しい事見付けたら、一緒にするって約束……喜んでくれはるかなぁ?」


「ああ、お前さんの誘いなら喜んでくれるさ」

「うん。くらさん。また今度なぁ」


「ああ、次のアルバムは2週間後だからな。6日したら事務所に顔出してくれよ」


「はーい♪」


少女が頷いてから軽やかな足取りで浮いているのかと疑うような様子で出ていく。

その扉が閉まれば、張ってあったポスターが見える。


超大型新人アイドル。


はんなり着ぐるみ系なるキャッチフレーズと共に笑みを浮かべる少女の名は―――。



ズズッとお茶を啜る男が一人。

侘び寂びなんて意に解する様子もなく。


茶室内部で酒やら食事やらを堪能した後に胡坐を掻いたまま。


目の前の相手に目を向けていた。

ガラート・モレンツ元特務技官。


今や人間以外の何かとなった彼がこうしてお行儀よく茶席に参加して何も言わずにいるというのも珍しい状況だろう。


もし相手が気に食わなければ、それこそあれやこれやと騒ぎつつ、適当にあしらうか逃げ出しているところだろうが、生憎と彼の前にいる食事や酒を振る舞い、最後に極上の抹茶を立てて見せたのは友人の一人であった。


「また、上手くなったかな? 親友」


「はは、初めて4年の道楽だ。全部、受け売りにケータリングだよ」


「それこそ今なら数十万のサーヴィスだ。ありがたく受け取るとも」


目元に暗い色のサングラスを掛けた老人。


元陸自の幕僚にして、今や陰陽自の最高責任者。


結城陰陽将と呼ばれる彼が溜まっていた有給休暇を少し使って都内の自宅に招いた者こそが今や若々しい肉体を取り戻した彼の友人ガラートであった。


「まったく、羨ましい限りだ。その歳でもう一度青春を味わえるとは」


「はは、ワシのような地獄の始まりを覗きに行きたい奴に付き合う程、君は奇特な人間だったかな? 結城」


「ふ……まぁ、確かに……その身体を羨ましいとは言えないな」


結城は作務衣姿だったが、茶を立てた後は道具などは横において、好物の苺大福を頬張っては自分で立てた茶で適当に流し込んでいる。


堅苦しさの欠片も無い茶会は二人切りの空間。


しかし、そこに漂うのは気安くも何処か戦場で昼食を取る友人達の間にあるような空気だった。


「さて、色々と北海道での報告書からして読ませて貰ったが、かなりの収穫だった」


「そうか。で、これから君はどうする? ガラート」


「言うまでも無く小旅行に行ってくるとも。準備に4か月程度。更に君のところの情報で色々とせねばならない事も出来た」


「そうか」


「各国の彼らも連れて行く。米国は恐らく予定を繰り上げる事を進言するだろうが、どんなに準備を加速させようが半年程度は動けんはずだ」


「先行する猶予は2か月か」


「ああ、小部隊を送ろうにもソレすら現実的には4か月以上確実に掛かる。幾ら善導騎士団の一般化した技術であちらの研究が進もうと陰陽自研程ではないだろう」


「確かにウチの研究所はもうブラック・ボックスだな」

「その方がいい。世界と日本の平和の為にな」


結城が茶で最後の苺大福を流し込んだ。


「で、それまでの準備で話があるという事だが?」


その友人の声にガラートが茶を最後まで飲み干してから真面目な顔で前を向く。


「……どうやら戦線都市は滅んでいなかったようだ」


「何?」

「北海道戦線内で確認した映像と情報だ」


そう言って、ガラートが指を弾くと虚空に映像が魔術で投影される。


彼らの中間に浮かんだ方陣の上に現れたのは何処かの山中の映像だ。


その中には先日、ツリージャック事件で現れた米軍の特殊部隊。


まったく同じ装備に身を包んだ者達の姿があった。


彼らがサーフボードで山間部を駆け抜け、山奥の道無き道の先に到達した時。


次々に背負われていたRPGだの重機関銃だのが乱射されて、目前に見えて来たそう大きくも無さそうな施設に撃ち込まれていく。


大量の火力を投射された建造物は初撃こそ耐え切ったものの。


次々に投入される火器や投げ込まれる遠隔起爆用の爆薬の束の前に屈し、完全に爆破炎上。


それが終わった後に彼らが引き上げると同時に遠方からのトマホークらしきミサイルの雨に破壊されて跡形も無く消し飛んだ。


しかし、それで映像は終わりではない。


完全に更地になったと思われた爆風で消し飛んだ山肌に緑黄色の輝きが奔ったかと思えば、真下から何かが浮き上がり、土砂が次々に周辺へと流れ落ちていく。


ソレが姿を露わにしたのは一瞬の出来事であった。


すぐに不可視化したと思われるソレは急激に風を巻き上げながら何処かへと飛び去っていく。


「ストライクZ? 既存の改造品に見えたが……」


結城が目を細める。


すると、虚空で映像が再び戻され、問題の場所で停止する。


「よく見てみるといい。この機体のキャノピーの横だ」


「―――BFCの文字と天秤、だな」


「ああ、戦線都市(バトル・フロンティア)の紋章だ。ロスアラモス中央行政塔の映像は有名だろう?」


「ビッグ・モールド・クレーターの爆心地だったか」


「そうだ。結局、米国が撃ち込んだ飽和核が大気層に塵を巻き上げ、世界が核の冬で死滅するシナリオは何らかの力で回避された。中東、ユーラシア、欧州での戦術核の大量使用でも未だ世界は滅んでいない。その理由……君もレポートは呼んだだろう?」


「内調の?」


「アレの大本はIAEAの今は亡き私の友人が書いたものでね」


「ネオナチ呼ばわりされた彼かね?」


「ああ、酷い言い掛かりだったよアレは……彼はブランデンブルグの生き残りを親に持ってはいたが、別に独裁者を崇めていたわけじゃなかった……いやはや、彼が生きてさえいれば、今の人類の核事情も少しは改善していただろうに……」


「あのレポートではフランス防衛線での核直撃時に緑黄色の輝きが―――そういう事か。各国の原子炉の不可思議な崩壊も……」


「ああ、そうだとも。奴らが背後にいたのは確定的だと思うのは間違った推測だろうか?」


「……まぁ、彼らがどういう関係にしても今は我々と敵対する事は無いだろう。彼らが国に対しての被害を及ぼさない限りは静観だな……」


「同時に取り込める可能性も模索はするだろう? 親友」


「無論。しかし、彼らが天秤を傾ける程かと言われれば、今のところは左程でもないと断言出来る」


「善導騎士団。お気に入りのようじゃないか」


「例え、優秀でも我々の意見にコミットしてくれる人材があちらにいなければ、駒としても共同作業の相手としても足りないという事だ」


「さすが皆殺しの結城。まったく、異世界人や狂信者、狂人共相手に君がいなければ、今の日本はどうなっていた事か」


「さて、どうだったかな。我が国の領土に流れ着いたゾンビ予備軍を撃ち殺しはしたが、祖国の人間を殺したわけではないからな」


老人が肩を竦める。


「恐らく本州にも施設はあるだろう。確認出来ずとも頭の片隅には置いて損の無い情報のはずだ。未来の君がどんな選択をするにしても覚えておいた方がいい。奴らは中々にして手強いぞ。戦線都市に行った事のある者からの忠告だ」


「有り難く受け取ろう。まぁ、そう悲観したものでも無い。自衛隊は確実に今、階段を昇っている最中だ。一週間後には既存兵器の改修も終わる。陸海空総出での演習が連日連夜の予定だ。訓練を積んだ自衛隊は手強いさ。どんな国の軍隊、どんな相手だろうとな」


「期待しておこう。では、ワシはこれで失礼する。北海道土産を待たせてあるんでな」


男が茶室の横に開いた小さな扉から屈んで退出していく。


老人は一人残り。


自分の横に置いてある苺大福が大量に入っていた箱を見ながら、北海道戦役の功労者達に届いているだろうかと静かにまた抹茶を立て始めた。


勿論、自分で飲む為に。


(善導騎士団との共同遠征……対魔騎師隊の本格編制で後三人。米国からの横槍で一人……とにかくまずはメンバーの確定が先決か。さて、総隊長に1人任せたものの……後の二人をどう選んだものか……)


皆殺しの結城。


そう呼ばれる彼が大の甘いモノ好きである事は彼と仕事をした事のある一部の人員しか知らない密かな趣味であった。



「ん~~甘い。ワシも行きたかったのじゃ。お休み」


結城陰陽将から善導騎士団緋祝邸に送られた苺大福120個セットは今現在、1箱以外が全て冷蔵庫にも入らないからと寒くなって来た日本家屋の廊下に室内を冷やす魔術具と共に放置。


持ち出された1箱は陰陽自衛隊富士樹海基地の機密区画。


半地下の演習場内部に持ち込まれていた。


施設内には莫大な量の薬莢が次々に降り注ぎ、巨大な破壊の嵐がたった虚空の一点に集中している。


だが、その弾丸が目標を傷付ける事は無かった。


広大な1km四方の空間。

地下40mまでも続く巨大な演習場の空。


と言っても、ビルを模した模擬遮蔽物の間を適当に飛んでいるのは【痛滅者(ペイン・バスター)】であった。


北海道で隠密戦闘や結界に引っ掛かる可能性から出番の無かったソレはデータから再現された北海道や本島の状況を演習としてクリアーしている最中であり、近頃またディティールや動きの精度の上がったゾンビ型ゴーレム達を数百軽~く接近戦やら遠距離武装の的にしながら破壊。


莫大な量の通常火器や魔術的な強化を施された火器でゲリラ戦を仕掛けられていたが、苦にもせず殲滅する事に成功。


今は最終目標である3体のボス相手の戦いとなっていた。


一体はミシェルを模して開発された結界防御型。


一体はルカが命辛々逃げる事に成功した魔力を使う高位存在型。


一体はチェルノボーグを模して造られた妨害干渉を行う超越者級型。


どれもこれも強さだけなら単なる術師に勝てるわけもない莫大な魔力を用いる強大な相手だ。


「ああ、イチゴダイフクって良いのう。名前もやっぱり素敵じゃ。ふふ」


そんな事を言いながら、金色の髪の幼女。


リスティアが痛滅者の片手に持った箱から動魔術でダイフクを口に運びつつ。

もう片方の手でトリガーを引き続ける。


地表のミシェル型は遠距離武装を的確に被弾させて削りつつ、ミシェルが自己申告していた結界を用いた遠距離攻撃や遠距離罠系の術式で痛滅者を殆ど本人並みの精度で捉えようとしていたが、まるでリスティアには掠っていなかった。


痛滅者が速過ぎるのだ。


巨大なビル群の合間をスイスイと縫うようにして飛んでいるというのに罠の一つも掛らない。


全方位に罠が在れば、遠距離武装で先立って攻撃して罠を発動させて、その場を突破していく。


その度に方陣が虚空に現れてはガラス細工のように脆く砕ける様子は雪を降らせる魔術かのようにも見える。


そして、その合間にも的確に片手にある射撃用のロングレンジ・アサルトライフルが連射された。


最大射程35km。

最大総弾数5000発。

各種刻印弾化可能。

という代物を当てていく。


「ま、後衛防御型の性じゃな。哀しいかな。連射性の高い攻撃相手では大抵物量で押し切られるのが普通じゃ。というか、ウチの倉にもあったが、銃ってやっぱり凄い連射性能と威力じゃのう」


結界は弾丸の嵐に打ち砕かれ、結界の展開速度よりも早くミシェル型を完全に破壊して消し飛ばした。


「いっちょ上がりっと。はむ」


ソレは従来の陰陽自に卸している重火器の中でも対物ライフルを無理やりに連射可能にした挙句、大きさはそのままに装弾数を巨大な弾倉で解決した代物だ。


弾倉そのものはまるでロケットのブースターの如く銃把の底から伸びて、痛滅者の二の腕辺りから圧着して後方下に傾斜する形を取っており、一見するだけではそうと分からない。


痛滅者が大きい為、対物ライフルは相対的にアサルトライフルくらいの大きさとして運用されているとも言える。


「弾倉はパージっと」


銃把から下が外れる。

それが急激に膨張したかと思うと。

巨大な魔力の塊となって虚空に浮かび。


本物よりは弱く作っておきました(ベル談)なゴーレムの出撃方向へと方陣を前面展開、巨大な魔力そのものを凝集射出する砲撃の光を耐え切りながら溶けて消し飛ぶ。


その合間にもリスティアが加速した。


「ん~昔の訓練を思い出すのう」


相手の形は人型。


騎士鎧にも似た甲冑姿だが、正しく魔術を使う超越者級の敵であった。


巨大な魔力を爆発的に開放して戦うという戦闘スタイルは大陸でも王道。


それ故に大抵、高位になればなるほどに術師は戦闘において前衛後衛という役柄が希薄になる。


超高速での移動とそれに耐える肉体。


更に拳や蹴りが素人だろうとも当たれば、一撃必殺の威力。


それが高速乱打されれば、大抵の相手は詰む。


「力任せな相手は隙にしこたま火力を一点集中で叩き込み、沈黙させるっと」


空中で乱射された砲撃の周囲を螺旋状に突き進みながら距離を詰め。


乱打された打撃を全てフルオート掃射のライフルを使い切って迎撃。


相手の拳が防御に向いた瞬間。

それを押し切るべく。


大福を喰い切った様子で箱を離した片手が沈黙していたライフルを全て掃射。


次々に刻印弾化された対物ライフル弾が相手の頭部に殺到する。


一発で家一軒どころか。


一区画を吹き飛ばしそうな魔力量が激発するものの。


相手は全てを拳で撃ち落とし―――だが、その処理に追われた隙に痛滅者のスカートが次々に寄り集まったランス。


回転し出したドリルっぽい一撃が、技名とか何もなく。


フィーリングで全てをこなす元お姫様の突き込んだ腕に連動して、莫大な魔力を一点収束、相手の腹に突き刺さる。


が、それで相手が吹き飛ぶかと思えば、そうでもなく。


一瞬耐久して交錯しながら身を捻り回避したゴーレムの蹴りが痛滅者の伸び切った腕の内部。


懐から頭部付近にクリーンヒット。


弾け飛ぶ痛滅者内部で痛ったー(>_<)という顔のリスティアは苺大福最後の一個をモフモフと口に咥えながら、ようやく手隙で両手を使って相手の打撃を受け止め……メギョッと音がする程にゴーレムの両拳を握り締める。


そのまま魔力を用いて肉体を強化しつつ。

相手の腕を引き千切るようにして広げた。

金属が無理やり引き千切られる音が響き。

ゴーレムの両腕の付け根。

肩の部分が半分程引き裂かれる。

だが、瞬時に回復した相手は両腕ではなく。


口元から0距離で魔力砲撃をリスティアの頭部に集中。


それを方陣防御で受け切った幼女は痛滅者に攻撃を受けさせつつ、固定化。


片腕を制御していた操作デバイスから手を引いて、痛滅者の盾の一つを脇の下から引き出し、その内側にあるグリップがガシュンとせり上がったのを瞬時に握り締め、トリガーを押し込んだ。


グリッと痛滅者の両腕が相手の肩を捻って、口元を上向けさせる。


その瞬間の出来事は単純であった。


相手の胸元に盾の内部に格納されていた対物ライフルと口径が変わらない8連装ガトリングが火すら吹かない0距離で押し込まれ、相手の魔力を速射された弾丸が吸収後、その魔力で敵装甲を掘削し、同時に内部で起爆して敵構造を粉々にする、という事をやらかした。


刻印弾の複数能力を同時に起動すれば、0距離で砕けぬ敵などほぼ存在しない。


正しい使い方をやってのけたリスティアが爆風の最中から痛滅者を駆って空に昇りつつ、今の状況を観戦している研究者達と陰陽自の非番の隊員達にVサインをかました。


―――『おおおぉお!!!』


地表ではどよめきが奔る。


が、彼女の意識はその10秒後には途絶する事になる。


最後に出撃した敵は一定領域内の魔術を単純なもの以外は全て破綻させるチェルノボーグ型。


能力を痛滅者側の術式の停止や機能のロックで再現する敵であった。


あくまで兵器試験である為、最後まで殆ど自分の持つ技能を使わなかった彼女は一般隊員なら限界近いだろう戦果を挙げた後。


敢え無く敵の一撃で痛滅者を両断判定され、墜落。

20mくらい上から落ちて気を失ったのだった。


―――15分後。


「う~~痛かったのじゃ~~でも、あのタイプでなければ、大抵の敵に勝てるというのなら、随分と良い仕上がりではないか。まぁ、正式採用するにはちと常人用の“かすたまいず”が必要であろうが」


研究者達が研究データを演習場にある二階建ての建物内で右往左往しながら纏め、諸々の仕事に忙しい最中。


リスティアは出迎えた陰陽自の部隊長達に拍手で出迎えられていた。


非番隊員達が貢いだお菓子と紅茶を頂きつつ、彼らの中で色々と戦闘に関するノウハウを聞かれ始めて数分。


今や彼女の周囲は和気藹々としてお茶会と化している。


『いや~リスティアちゃんのおかげで遊撃飛行部隊の創設が捗っちゃうな~』


『ホントホント。リスティアちゃん様々よ。あの姉妹ちゃん達は魔力とかは凄いけれど、基本的に戦闘は素人だったから、色々と教える事や素人の訓練マニュアル作るサンプルとしては凄くいいんだけど。こういう面だとさすがにねぇ』


『高位の超越者との空戦で気を付ける事はあるかな? いやぁ、空の事は此処ってほぼ陸自出身者だから分からないんだよねぇ。空自や海自からも来始めてるけど』


『演習の時もボーナスタイムとか、女神の降臨とか、リスティアさんは大人気だからな』


『善導騎士団とはいえ。幼い君にこういう事を大人の我々が聞くのも何ではあるのだが、御教授願えれば幸いだ』


リスティアが自分の能力で周囲からちやほやされるのをちょっと嬉しそうにしつつ、全員に高位の超越者……黙示録の四騎士のような相手と戦う為の必須テクやノウハウを惜しみなく伝授していく。


『ほうほう? ふむふむ? つまり、魔力が関係ない攻撃能力による不意打ちには脆弱、と』


『高位の空間への直接投射型能力で落ちる可能性が高い、と』


『やっぱり、効くなら戦域全体への散布型のBC兵器のような時間経過で侵食する兵器や能力や魔術は強い、と』


『技能で勝てない場合はスペックで短時間のごり押しが最適解なわけか』


『対応される前に殺せ。処理能力を飽和させろってのはこっちのミサイル攻撃とミサイル迎撃兵器の関係みたいなもんだな』


『復元や再生能力の有無が生死に直結するのね。出来なきゃ封印しかないと』


部隊長達が戦訓をメモ帳やらパソコンで書き書きしている合間にもリスティアはチラリと格納庫に戻されていく痛滅者の4号機を窓の外に見る。


(あの仕様……ユーネリア、アステリア、ヒューリアの為のもの……じゃが、ワシにも馴染む……術式単位からの調整に魔力の流動、転換の自然さ、己の肉体の如く使える程に神経と身体術式の制御系との接続も良好。空戦機能そのものはおまけという事かや)


幼女はお茶を啜りつつ、お気に入りの和菓子を口に放り込む。


(黒き水の継承者たる我ら四人。【空間制御】、【精霊憑依】、【無限出力】、【始祖顕現】……御爺様が欲しかった力ばかり……そして、あの猫共……さて、誰の掌で踊っているものやら……)


幼女は年上の大人達の熱意に応えながら、静かに夕暮れ時を待つ。


彼らが帰ってきたら、きっと今日も賑やかな夜になるだろう。


そう寂しさを吹き飛ばすような時間に心を躍らせたのだった。



少年少女も大人も子供もゾンビも騎士も二進(にっち)三進(さっち)も何もかもが混沌と遠征へと向かって進み始めた頃。


魔族達もまた動き出していた。


中央に巨大な魔力の結晶らしき円柱が置かれた講堂のような伽藍。


薄紫色と暗黒が斑に黒い輝きに染まる方陣によって埋め尽くされた壁の最中。


玉座と見える椅子に蒼い礼服を着込んだ青年が巨大な角を傾げながら、水晶を背にして周囲に積み上げた日本語の書物を読み漁っていた。


「来たか」


その声と同時に壁が急激に輝き、巨大な亀裂を入れて暗闇の奥から男達が二人歩いてくる。


「クアドリス様。御用でしょうか」

「や!! お元気ですか!! 我が主!!」


元気そうなテニスウェアを着込んだギラッギラに元気が有り余った男が横の中二病全開そうな男の肩をガシッと組みながら訪ねる。


「……相変わらずだな。で、嫁と婿の選出は?」


「はい!! かなり集まりました!! 取り敢えず300人程だけど、いいですか?」


「ご苦労。そちらは?」


元気なのは元気よく答え。

中二病の方は微妙に溜息を吐いた。


「敵地での選出でしたが、辛うじて2桁は確保しました。ただ、年齢が少し……」


「そうか。構わん。共にご苦労だった。ヴァセア」


「はーい。お呼びでございますか。クアドリス様~~」


ひょこりと伽藍洞の壁際にある柱の一つから女が一人ほぼ全裸にも見えるビキニ系な黒革製の衣装を身に纏って出て来る。


その背中にはボロボロの翅が見えた。

ゆっくりと再生されているのか。


ジクジクと骨格や膜が極僅かずつ蠢いて面積を増やしつつある。


「敵陣は力を増しているとの事だったが、動きはあるか?」


「いえ~~何でも遠征の為に準備中だとか。数か月後には出発だそうですよ?」


「……まだ捨て置いていいな。それよりも北の戦役での情報収集ご苦労だった」


「そんなぁ~~♪ 恐悦至極にございますぅ~~」


「だが、未だ本土のこの地域には連中の施設が幾つかあるようだ。消せるだけ消して来い。手段は問わん。内部の研究資料や情報に関しては確保出来ればでいい」


「了解しました。我が主様~~」


ヴァセアが常とはまるで違う猫被りようですぐさまに一礼して柱の後ろへと消えていく。


「で、僕らを招集したって事は―――」


「―――そろそろ動くと考えてもよろしいので?」


二人にクアドリスが頷く。


「奴らの出征に際して動く。それまでは静かにやれ。これより【大鎖界廊陣(マグナス・アンドロン)】を敷くまで凡そ5か月。その合間に本土に幾つか領土を盗れ。遊びで構わん」


「わっかりました!!! 全力で遊ばせて頂きます!!」


テニスウェアがムキッと筋肉で内部から隆起する。


「こちらの威を知らしめるという事で構わないので?」


「まずは統べる前の肩慣らしだ。しばし、小領主の真似事をしていろ。出来る限り、民は傷付けずにな。人間は脆く儚い。最初期に畏怖は与えておいた。これ以上の畏れは不要である。此処からは懐柔の時間だ。政治をやれ」


「りょーかいです!! では、西を」

「では、こちらは南を」


二人が頷いて互いに下がっていく。


「………」

(じい)

「はい。此処に……」


いつの間にか。


玉座の横には博士のような人型の老蛙が一匹佇んでいる。


「奴らが使う型の頚城モドキは創れそうか?」


「はい。もう既にいつでも戦える状態で設計を終えてございます」


「ならばいい。兵はしばらくソレで我慢しよう。奴らに付けられるだけ付けてやれ。先行して造らせた3体の様子は?」


「元気でやっております。今しばらくは戯れさせておいて良いでしょう。祖国を護らんとするのならば、我々の目的とも合致しますので」


「そうか。では、お前にはこれより北の極点での探索を命じる。見付けたら、連中へ取りに行かせろ」


「了解しました。では、さっそく」

「子細任せる」

「はっ……」


誰もが消えた場には玉座の座る者が一人切り。


知識の塔を積み上げて、再び余暇に更けるかと思われた青年貴族は……僅かに思惟を巡らして、礼服の胸元から懐中時計を引き上げる。


嘗て、時を刻む機械が魔族の世界に伝わった頃。


彼が造らせた特注品は今も正確に針を刻む。


秒針と1年単位でしか時を刻まぬ大針。


その横合いの抓みが押し込まれれば、内部が開き。


今も色褪せぬ過去の情景が2枚。


1枚は彼が酷界において未だ領主であった頃。


もう1枚は彼が大陸に数百年前に降臨して数十年の時を過ごした頃。


2枚に映る顔ぶれは殆どが違う。

だが、一つだけ同じものがあった。

彼の隣で笑顔を浮かべる少女が二人。


顔も体形も種族も魔力も何もかも違うというのに……二人の少女は確かに同じ笑みを浮かべていた……それを見つめる彼の視線は映った己と寸分違わず。


しかし、その至福の時間もまた時の刻みを前にして閉ざされていく


カチリと音を立てて時計が閉まり、懐へと入れられた。


青年は一人。


再び静かに時を重ねる為に異世界の本を読む。


夢の如く振って湧いた可能性。

祖国を再興する為に。

未だ終わらぬ己の時を捧げながら。


「ふむ。それにしても進んだ国なのだな。日本とは……だが、分かっている者もいるようではないか。“壁さーくる”とやらは保護せねばな」


彼のその手には文化の精粋たる夏と冬に出る大人気な薄い本があったのだった。



陰陽自衛隊結成より数か月。


色々あったが、色々あり過ぎて困った人々が大発生したのも今は昔。


もう陰陽自内で困る者など殆どいない。

それが日常となってしまったが故に。


そんな結果の一つとして陰陽自に入った外部からの第一陣。


15歳以上35歳までの数百人がさっそく夕方に基地の検問所すら存在しない敷地内へと入って来ていた。


バスから降車した者達は途中採用組みと呼ばれる一般からの入隊者だ。


男が7に女が3という比率。


だが、先日の10万人ずつの受け入れ時に選ばれた彼らはさっそく新規の隊員として基地の中核施設群の内部にある一角で個人用の装備一式をトランクケース2つに分けて貸与され、自身の個室のある今も広がり続けていると噂な基地の地下隊舎へと向かった。


だが、内部へと向かおうとする内の1人。


恐らく17か18くらいだろう青年が受付で呼び止められ、そのまま別の場所へ向かうよう指示を受けた上でケースを再び預けて、徒歩で広い基地の先へと向かう。


陰陽自研。


その付近には一般の研究職が使う施設が密集しているのだが、その一つに入った彼は待っていた隊員に導かれて地下へと向かい。


最終的には3㎞程歩かされてから、地下の何処かへと辿り着いた。


その部屋にはプレートも張られていない。

だが、隊員がノックするとすぐに入れという声。


彼が内部に通されると陰陽自の制服であるスーツに外套姿で執務室然とした部屋の中、今も電子端末の書類にサインをしていたらしき男。


安治がいつもの仮面もそのままに少し驚いた顔の青年を見た。


「ああ、気にするな。これは少し奇抜なファッションだ」


「そう、なんですか?」


既に顔を余裕のある表情に戻していた青年は何処か優美。


否、典雅という類の二枚目の優男であったが、その180cm後半という身長の威圧感を聊かも思わせない笑みは人が好さそうにも見える。


目元から唇から顔全体から柔和という印象が伺えるだろう。


柔らかそうな赤み掛った茶髪はそれが本来の地毛である事を教えている。


器量が良いだけなら、それこそアイドルグループのリーダーでも張っていそうなとも言えたが、生憎と彼は何処かの学校の制服姿で立ち姿は雄々しい獣のようでもあった。


「君が今季採用中同年代トップだ」

「御用の向きは何ですか? 叔父さん」

「……ふ、変わらんな。一目では分からないかと思ったが」


「そんな!! 叔父さんだってすぐに解りましたよ。これでも叔父さんには可愛がって頂きました」


「今の階級は2佐だ。人前では安治総隊長。もしくは安治2佐と呼んでくれ。芳樹(よしき)


「分かりました。叔父さんの頼みとあらば、加賀谷芳樹(かがや・よしき)伍長。これより叔父さん呼びを封印しましょう」


二コリとおどけてみせた優男に安治の唇の端が緩む。


「まったく。そんな調子で大丈夫か心配になるな。いや、そうであればこそ、か。美由紀と藍は元気にしているか?」


「はい。叔母さんも藍ちゃんも群馬で元気にやってますよ。藍ちゃんは海が見えなくて不満らしいですが、来年には東京で受験。いえ、故郷での受験を目指すとか」


「そうか。あの子もそんな歳か……」

「時折、会っているのでは?」


「そうなんだがな。つい甘やかしてばかりでロクに進路の話も聞けん……父親失格だな」


「そんな事はありませんよ。叔父さんが命掛けの仕事をしている事は誰もが分かってます。先日も富士演習場の事故の時、泣きそうな藍ちゃんを宥めるのに苦労しました。お父様のところに行くと聞きませんでしたから」


「そうか。次に会う時の会話のネタになりそうだ。さて……それでは仕事の話をしよう。加賀谷伍長」


「はい。それで何の用でこちらに? 僕はこう言っては何ですが、術師としては凡庸。色々と雑務ならばこなせますが、直接に2佐の下働きだと縁故採用と取られかねないのでは?」


「お前、料理学校での成績は一番だったな?」


「ええ」

「飛び級だったか?」


「ええ、大学受験を蹴って、こちらに鞍替えしましたから。元々はもう少し学校にいるつもりでしたが、こちらの採用が始まったので。いやぁ、料理学校からは講師職としてバイトの声が掛かってたんですが、悪い事しちゃいましたね」


「15年前には無かった飛び級制度も今は普通か……なら、任せてみてもいいな」


「?」


「今、ウチでは人類規模での食料難の克服や食材の改良、更には軍用食の研究を行っている。特に既存のレーション改良。更に特殊環境下での食料栽培、食糧自給方法の確立。他にも魔力を用いたあらゆる食糧となる触媒関係の材料を遺伝子レベルから改良、系統として確立、栽培して、更にその組み合わせによる薬効や医薬品の開発……諸々やっている」


「本当に噂通りに超技術集団なのですね。陰陽自衛隊の背後にいる善導騎士団とやらは」


「この世界の技術と彼らの技術を合わせて進んでいるというだけだ。噂通り、彼らは異世界の人間だしな」


「え? 本当に?」

「ああ」


「人型なのはテレビでも見て知ってますが、そうですか……異世界人……」


「お前が優秀なのはお前の御両親からの話で耳に胼胝だ。何でも卒なくこなす優しい二枚目のイケメンで奥様方にも大人気の料理教室の先生、だとかな」


「ははは、いやぁ、ウチの両親が親馬鹿なんじゃないかな」


「オレもお前の人柄は知っているつもりだ。天才肌だが、それを鼻に掛ける事もない。人と和を重んじられ、他者を導き、適切な距離の取り方も心得てる。少し性的趣向がねじ曲がってる以外は何ら問題ない」


「そう言われると凹んじゃいますよ。さすがにね」


苦笑が青年から零される。


「お前に任せたい仕事がある」

「はい。今の話が察するに料理ですか?」


「ああ、食料系の大半に関わるものだ。歳若く、対魔騎師隊の連中とも上手くやれそうな人格者。その上で隊に足りない部分を補える上で飲食関係のスペシャリスト。成績は文句無し」


「対魔騎士隊?」


首を傾げる青年に安治が肩を竦める。


「思い浮かべた漢字が恐らく違うだろうが、それが人類を守護する我ら日本の最後の切り札だ。お前には来るべきユーラシア遠征前の遺跡調査に同行する料理番として働いて貰いたい」


「何やら色々と壮大な計画が動いてそうですね。前に聞いた頃は陸自で子供達を死なないように鍛えているとの事でしたが」


「一気に事が動いたせいだ。近頃の異変は全て一つの線で繋がっている。お前がもし命掛けでこの仕事を受けてくれるなら、お前の叔父さんとしては嬉しく思うが、お前の御両親には一生頭を下げねばならんだろう」


「………考えさせてくれませんか?」

「勿論だ」

「いえ、そちらの意味じゃなく」

「?」


「僕が今言ったような役割をする為には勉強がまたかなり必要です。なので自分なりの案を出させて下さい。資料を貰えれば、1週間以内に僕なりの答えを提示させて頂きます。2佐」


思ってもいなかった言葉に安治が目の前の青年を繁々と見やり、頷く。


「いいだろう。お前との初仕事となる。資料はすぐに用意させる。全てに目を通す時間を短縮する裏技も教えてやる。計画書が出来たら持って来い。もし良さそうならば、お前を人類が持つ剣の切っ先たる者達に会わせよう」


「了解しました。安治総隊長殿」


青年と安治が共にガッシリと握手を交わす。


こうしてまた1人。


対魔騎師隊の隊員が増える事になったのだった。



人々の運命の歯車が回り出した頃。

東京の何処かにある雑居ビルの一角。


ゆっくりと明滅する一台のデスクトップPCが黒いディスプレイに緑色の文字を吐き出していく。


それは最初マシン言語のようなものに見えた。


が、次々に吐き出されていく情報がやがて太古の3D技術かというワイヤーフレームの線を画面内で引き始め、それがゆっくりと形になっていく。


線が描き出したのは黙示録の四騎士達が使うゾンビが数種類。


だが、それに更なる種類が加わるのか。


それを最下層として上位に当たるのだろう部分にまた個体が描き出され、最後に頂点に人型らしき姿が映し出される。


人型と呼ぶには聊か不細工かもしれない。


何故なら、半身が巨大な鋼細工で出来ており、まるで重機のような折縮する関節は完全に機械化されていたからだ。


だが、その表層に描き込まれていく紋章は煌々と幾何学模様の方陣と化していく。

その片腕の中央に据えられた天秤の意匠は象徴的であった。


そうして描き出された全ての形の色が緑から緑黄、更に黒き緑へと変じていく。


【RE:START】


画面の文字が焼き付いた瞬間。


デスクトップPCそのものがまるで最初から存在していたのが嘘だったかのように消えたかと思うと、室内に付いた電灯が明滅し始めるのと同時に黒と白、切り替わる景色の合間に大量の形が蠢き、湧き出す。


それはコマ送りされたホラー映画を思わせた。


「―――jャパN威ずをインストール。呪海航路正常。これより第4タームを宣言。フェイズ9……人類削減目標数を再設定」


だが、確かにソレがゆっくりと現実に湧き上がり、電灯が最後に途切れる寸前の1秒間……ゾンビと呼ばれていた個体に良く似ているが、誰も知らない何か達を顕現させた。


「厚生労働省管轄の全シアターをオンライン。日本国内のサーバーをリブート……ローカル・スタッフを招集。招集拒否に対してエリミネート開始。情報保全コマンドを実行」


闇の中で一際大きな片腕を持つ、複数の個体達の背後に隠れた誰かの声が響いて。


「コマンドー型AよりDを投下。黙示録の四騎士は国内に確認出来ず。他世界高次存在を3体確認。高位独立種族を多数確認。エリミネート・リストに追加。第200BFC独立強襲部隊【接触拡張子(CEX)】全ユニットのオール・アウトプット正常。偽装解除―――“イカロスの翅”離翔開始」


世界には再び嵐が吹き荒れ始めるのだった。

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