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第119話「過去と未来から追われる者達」


―――?日前陰陽自衛隊陰陽師研地下医療区画。


「それを使う気か……事前に報告した通り、現時点では時期尚早だ」


「分かってます。でも、ツリー内部で自分の非力さが身に沁みました」


「あの子が温かい光だったと言っていた。あれだけの現象を起こせるのにまだ足りないと? 随分と用心深い事だ」


 手術室横のモニタールーム。


 手術中の状況を視られる一階分程の高低差のある全面耐爆耐圧耐熱耐電etcなディミスリル金属類を混入したガラス張りの場所でエヴァン先生ことエヴァ・ヒュークは少年に呼び出されてペットボトルからミネラル・ウォーターを呷っていた。


 手術がようやく終わったと思ったら、陰陽自に招集されたのである。


 横には少年が座っており、そのテーブルの前には分厚いケースが置かれていて内部には骨格と装甲が奇妙に入り組んだような鈍色のメタリックなパーツが部位毎に並んでいた。


「世の中、何があるか分かりません。そして、何かあってからじゃ遅いんです」


「……まず何よりも免疫とディミスリル系合金類の拒絶反応が問題だ。一応、硬度が高ければ高い程に細胞に微量でも金属が浸透しないせいで拒絶反応は薄くなるようだが、完全に克服されたわけじゃない」


「僕には反応自体ありませんし」


「第二に……骨格補強器具である【内骨格インサイド・ボーン】の埋設は……純粋にこちらの技術である骨格の補強器具の延長線上にある。勿論、肉体全身ではまだ一度とて試してない。理由は単純だ……一部位だけでもかなりの大手術になる。殆ど筋肉と血管と神経の解体、再構成に近い。それを全身部位へ同時に施して無事な患者はこの世に存在しない」


「僕はすぐに治りますから」


「第三に……オレが設計したものやこの研究所の設計したものも見たが、コレは何だ? これは……オレも見た事が無い仕様だ……」


 エヴァがパーツを一つ取り上げて目を細める。


「この研究所で造ったものを叩き台にして僕が再設計しました。ディミスリル化被膜合金で従来の骨格補強のみならず、内臓器官や筋肉保護の為に真皮層下に埋設するDCディミスリル・クリスタルの装甲とディミスリル合金の繊維を掛け合わせた筋肉を蔽う形の筋肉……【内被筋インサイド・マッスル】です」


「そういう事を言ってるんじゃない……」


「科学ではまだ不可能ですが、大陸標準の筋肉の増強には人工物を埋め込む方式が割とポピュラーだったりするんですよ。まぁ、寿命とか元々の筋肉との接続や兼ね合いとか、常に激痛が奔るとか、再生用の術式で馴染ませ続けないと腐るとか。諸々の諸問題から外道の技ですけど」


「そういう事を言ってるんじゃない……二回も言わせるな」


「ちなみに大陸中央だと一部の強大な種族の力を抑え込む為の矯正器具として使われていた記録があります。コレは骨格へ更に筋肉を一部肉付けした代物ですが、筋肉との連動そのものは重視されてません。純粋に物理強度上昇用の代物です」


「………」


「要は体内に盾を埋めるという事になるかと思います。容量分の筋肉を《《僕の本来の部分から抜けば》》、身体にはちゃんと納まる造りです。従来の生活ではこちらの筋肉を術式と魔力で神経と連動させて補助します。本来の骨格自体はDCから発生させられる方陣防御を高密度超多重連鎖機動して後付けの骨格並みに補強しますから、元々のモノが使い物にならなくなる心配もありません」


「………」


「えっと……僕、恐らくこれ以上は成長しませんし、関節も補強しますし、血管やリンパ管も従来の部位から動かさなくて良い仕様ですし、元々の肉体との物理的な連動を行う機構自体はこの世界の学問と技術を模倣して、ほぼ改善しましたし、肉体内部と器具の接続部分も今研究してるディミスリル合金と有機物の混合―――」


 エヴァが少年の首筋を持ち上げて自分の目の前に引き寄せる。


「三度は言わんぞ。小僧」


 エヴァの顔は苦渋と過去の己の所業を省みるからこそ、歪んでいた。


「神経系と器具の連動は術式で可能、肉体とほぼ変わらずに使えます。重量は重力軽減合金を練り込んで用いているので自重で肉体が圧壊する事もありません」


「分かった。やってやる……悪魔には悪魔の過去が追って来る。そういう事なんだろう……だが、一つだけ約束しろ」


「何ですか?」


 少年の首元を離して、少年に背を向けた男は呟く。


「例え、死なないとしても、あらゆる不具合を対処したとしても、人間の身体ってのは繊細なんだ……抜いた中身は保存しておけ。そして、血液の絶対量が足りない以上……お前以外の誰にもこの術式は施せやしない」


「分かりました。お約束します」


「……オレのした事を知る者はオレを悪魔と言うだろう。だが、お前がしたからと言って、それが何であれ、戦いの為だからと……許されると思うな」


「分かってます。でも、必要なんです。絶対に……後悔して死ぬくらいなら、後悔せずに死にたいです。いえ、出来るなら……皆を見送ってから死にたいです」


「……全員救って、全員助けて、全員が皺くちゃなジジイとババアになって看取ってから死にたい。なんて、馬鹿な事を言う上司を持つ人間は不幸だと思わないか?」


「あはは……そうですね。でも、僕の心からの願いです。そして、それを言わなくても分かってくれている貴方にだからお願い出来ます。エヴァ・ヒュークさん」


 顔も今は違う男が片手でケースを閉めて持ち上げる。


「これからは体重詐称だな。ベルディクト・バーン」

「僕、女の人じゃないので気にしません」


「ああ、そうだろうとも。ついでに顔も変えておけばいいか?」


「遠慮しておきます。大事な部分に関しては出来れば、丁寧にお願いしたいですけど……」


「フン、考慮しておこう。大きさは1.5倍。太さは2.2倍、長さは1.3倍、ついでにモンスターの目玉は5倍にしといてやる」


「出来るものなら、やってみろ。って言っておきますね」


 その軽口に苦笑した少年がケースを持った男の背後に付いていく。


 例え、世界が許さずとも。

 きっと少女達だけは許すだろう。


 己の身を削ろうとも己の戦いの為に進み続ける少年は確実に狂気よりも更に震える程の正気であるからこそ、畏れられるに違いなかった。


 その手術に立ち会った医療従事者達の大半がエヴァの悪魔的な……否、神掛った手術の速度と腕を前にして心魂を震わせ。


 その手術を自ら望んだ少年がちゃんと全て分かった上で手術台の上に乗っている事に敬意と畏怖を以て人間として震えた。


 それを誰も狂気とは呼ぶまい。


 己の全てを解体されて尚、少年は安らかな笑みで眠っていたのだから。


 無垢なる様が哀しく。

 愛しい程に惧れるべき。


 陸自の怪物よりも騎士団の英雄よりも尚敬すべきは全てを生み出せし少年。


 確かにベルディクト・バーンの本質を理解した者達は一生忘れないだろう。


 その光景を彼らに見せたのが何故なのか理解する故に。


 例え、少年が滅んでも、例え、騎士団が消え去っても、彼らは着実にその後に残っているはずだ。


 そう、また一つ人類は生存に必要な技術をその目で見て大いなる遺産として知ったのである。


 何が正しいか分からずとも。

 その成否も理非も無き献身が誰もに教えたのだ。


 騎士が前で身体を張る限り、彼らもまた己の全てを捧げて戦う覚悟がいるのだと。


 その日、深夜に起き上がった少年が手術室からエヴァと共に出て来た時。


 通路には誰に言われたわけでもなく。


 全てを見ていた医療従事者達が己の仕事を終えた者のみではあったが、確かに左右へ縦列して頭を下げて待っていた。


 ありがとうございます。

 そんな少年の言葉と共に夜は過ぎて―――。


 今、少年の傷を治癒し、見ている誰もがまた無茶な事をしていた少年を前にして苦笑するやら泣きそうになるやら優しく微笑み掛けるやら。


 CP車両を不可視化してMBTに連結し直し、南部の沿岸部まで後退した彼らは今や結界の破砕で普通の港に戻っている地域の端でゾンビ達も殆ど外にいないのを良い事に治癒と体力の回復に専念していた。


 片腕が吹き飛んだクローディオは元々が隻腕の方であった為、軽傷でMHペンダントを掛けて数十分で魔力やディミスリルの破片で負った傷をほぼ治癒。


 しかし、少年は夕景が沈んで夜になっても未だ目覚めず。


 ヒューリとフィクシーが寄り添って抱きしめるようにして治癒術式と共に体内の解析をしつつ、的確にボロボロな肉体を修復させていた。


「……ヒューリお姉ちゃん。ベル……大丈夫?」


 泣かないと決めて、それでもやはり心配そうに悠音が訊ねる。


「はい。ゆっくり治療中ですから、問題ありませんよ。悠音も明日輝も魔力を魔力電池から補給したとはいえ、まだ戦闘になるかもしれないんですから、しばらく仮眠してて下さい。全員が万全になるまで戦う主戦力はカズマさんと片世さん、ハルティーナさんとはいえ、二人とも立派な後方支援役なんですから」


「分かりました。ほら、悠音」

「う、うん」


 明日輝が妹を連れて壁際に背中を預けて二人で寄りそうようにして備え付けのブランケットを被って目を閉じる。


「ルカさん。周辺の様子はどうですか?」


『問題ない。ただ、艦隊が……』


 外に出ているルカがクローディオの代わりとして警戒に当たっているが、不可視化結界の外は以外な程に静かで今は艦隊も港からは離れて霧の海にいるようだとの報告が返った。


「ヒューリ。休んだ方がいいのではないか?」


「それはフィーの方こそですよ。莫大な魔力を生身で扱って無事なわけないじゃないですか」


「そう言ってくれるな。ちょっと義肢の方に魔力を溜め過ぎて爆発しそうになっただけだ」


「それ無事なつもりです?」


「ああ、無事なつもりだとも……まだ反動で身体と背中の腕が痺れている以外は無事だ。ショック症状が治まれば、もう問題もない。それより問題なのはこの大馬鹿者だ」


「ええ、そうですね……」


 二人の少女が未だ片腕が再生中の少年を左右から見て、そっとその胸に手を当てる。


「結果論として、怒れないが……この強化は明らかに遣り過ぎだ。それこそコイツが人間ではないからこそ成り立つような代物……恐らく普通の隊員には志願制で更に身体の強化したい一部のみ用いるつもりなのだろうが……その全てを全身でやったと思ったら、自分が情けなくなるな」


「そう、ですね。私達にもっと力があれば、ベルさんをこんな風にしなくて良かったはずです」


「だが、この力でコイツは黙示録の四騎士クラス相手に勝ち星を挙げた。そうでなければ、死んでいただろう。あのタイミングまで持たなかったのは確実だ」


「持っていた魔導の中核のリングも体中の術式も殆ど焼き切れてました。魔術具も全滅です。あの敵……私達ならきっと……」


「ああ、倒せなかっただろうな。恐らく、因果律系……運命とやらを操るものに近いものだろう。あの空間内部に入った時、あらゆる複雑な術式が殆ど原因のある理由で破綻した。不運でも引き寄せる高度な能力を使っていたのだろうな」


「それを相手にして互角以上に戦う。やっぱりベルさんは本当に誇れるくらい……大きい人です」


「……そうだな。だが、まったく、こんな強化をいつしていたのか……我々がベルの身体を使う前にあの男に身体をくれてやったようなものだ。女として猛省せねば」


「後でエヴァン先生には何か贈り物をしましょう。物凄く困りそうな感じのを」


「そうしよう。ウチのベルが世話になったからな」


「「フフフ」」


(ああ、あの男、死んだな……)


 クローディオが目を閉じたままブランケットに包まって、乙女達の不穏な笑みに内心で肩を竦めた。


 そうして夕暮れ時は過ぎていく。

 だが、無論のように戦いは続いていた。


 人の為に立ち上がるのが人間で、幸せの為に戦うのが人間で、人間でなくとも……人間らしい感情があればこそ、やはり人のように戦うモノもいる。


 激戦となった市街地の庁舎付近は爆発やら衝撃やらで殆ど廃墟と化していたが、無事な者達が集い現状の把握と立て直しに急いでいた。


001(ダブルオー・ワン)!!! お前がいながらどういう事だ!? お母様を―――」


 日本人らしき黒髪の青年。


 何処か視線の強さを感じさせる二枚目の顔立ちの長身の男に食って掛かり、胸元を掴んだのはショートカットの茶髪の少女だった。


 顔立ちこそ凡庸だが、その鋭い目付きと眉間に皺を寄せて怒れる獣のような姿は何処か猛犬という風情にも見える。


「済まない」


 フードを被った者が合計で4人その場にはいる。


 だが、1人は息も絶え絶えの様子で寝かせられており、その全身には魔術のバックファイア……猛烈な結界からの負荷によって神経や肉体の細胞、精神への致命的なダメージが見て取れた。


 血が滲み、青白く変色した身体のあちこちでは肉体の壊死が始まっており、それを地面に敷いた陣で治癒している最中。


 その顔立ちも美しい20代のスラブ系と思われる褐色の肌の女性。


 009(ダブルオー・ナイン)は今、死の淵をうろうろしていた。


002(ダブルオー・ツー)……止めなよ。僕らは万能じゃない。知ってるだろ?」


「何ッ!!」


 猛犬に忠告したのは四人の一人。

 耳にヘッドフォンを掛けた少年だった。


 どうやら黒人らしいのだが、顔立ちはどちらかと言えば、アラブ系で背丈は001の3分の2程度しかない。


 その場で最年少だと分かるだろう。


 猛犬少女が14程に見えるとすれば、少年は10前後と言ったところか。


005(ダブルオー・ファイブ)!? お前、分かってるのか!? お母様が死んだんだぞ!?」


「死んでないじゃん」

「死んだも同然だ!!? 見ろッ!!」


 002が己の灰色の外套を開く。


 その内側にはまるで時が止まったかのように一人の女の首がクリスタル状の結晶体に入れられて内部で僅かながらも傷が再生させられていた。


 だが、胴体は存在せず。


 更には何か黒い変色のようなものが再生した部位を蝕むように黴の如く繁茂している。


「お母様ッ……クソッ!! 008は死んだッ、003も捕まったッ!!? もう私達はお終いだ!!? 【誘いの孤児院】からの最後の同志はもうこれだけッ、FCフィックス・チルドレンはもう……ッ」


 猛犬少女が絶望し切った様子で膝から崩れ落ちてポロポロ涙を流した。


「僕は008がいなくなって清々したけどね」

「お前ッ?!」


 005の言葉に002が牙を剥きそうな顔となる。


「止めないか。二人とも……005……君が彼を嫌いな理由も理解出来るし、僕も好きじゃないが、最後の同志には変わりない……002……悪いがボク達はこれからの事を決めねばならない」


「ぅ……」


 002が001の正論に怯む。


「彼女を母親と慕う者の気持ちは汲んでやりたいが、そんな時間も余裕も無いんだ。精神操作に長けた12(トゥエルブ)を治療しなければ、隠遁や逃走も容易じゃない。が、此処にはそんな設備も無い。全て破壊されたからな」


「ッ―――私達の家……ノアを、あいつらッ、陰陽自衛隊、善導騎士団……くぅ」


 002が無力感に涙を零して俯く。


「我々には100(ハンドレット)の同志達を護るという任務もある。ボクらよりも彼らが半端とはいえ、ある程度適合はしている。敵が揚陸してくる前に迎撃態勢を整えて、逃走の算段をしなければ、全滅だ」


 001の言葉に005が頷いた。


「米軍にはまだ切り札が2つもある。核の直撃なら、まだ残ってるあの二体で何とかなる。だけど……」


 001がその言葉に拳を握った。


「オリジナルの頚城が確実に2体以上。連中がまだ何処かに隠し持ってる以上、出てくれば、詰みだ。本来、チェルノボーグを主軸にして戦い、そいつらを鹵獲する事が今回の目的の一つだった。だが、それすら不可能になった。逃げるしかない」


「で、具体的にはどうすんのさ。001?」


「艦隊を使ってASEANまで逃亡しようと思う。艦隊の殆どの船はリチウムイオンバッテリーと燃料のハイブリットだ。燃料は持つ。海獣類も近頃は太平洋から駆逐されつつあるとの話を彼女もしていた。ならば、南方の海域までは治療と回復に専念出来るはずだ」


 001と005。

 二人が今後の方針を決めた時だった。


「ハロー?」


 フラリと彼らの傍にいつの間にか巨漢の防寒着姿の男が近付いていた。


「貴方ですか。ネストル・ラブレンチ―」


「どうやら逃げる算段は決まったようだけど、此処で愉しいお知らせを一つ」


「何です?」


 001が意志あるZの親玉に警戒心こそ露わにしなかったが、乾いた瞳を向けた。


「北海道戦線の趨勢は決したけど、残っていた使い魔ちゃん達が全滅よん」


 男が昼間とは打って変わって愉しげに笑う。


「ああ、昼は男。夜は女、でしたか」


「ええ、そうよ。ウフフ……それでこれは提案なんだけど、私達と手を組まない? 可哀そうなFCの代表さん」


「……彼女が意志決定出来る状況では無い以上、ボクが彼らのリーダーではありますが、貴方達を信用する理由が無い」


「理由ならあるわよ~? 艦隊の燃料、抜いて北海道の海岸線の街を時間稼ぎに燃やして来ちゃった♪」


「な?!!」


 思わず005の顔が引き攣り、001が瞳を細める。


「でも、動かす事なら出来るわ。北海道とこの本島周辺での戦域で莫大な死傷者が出たから、ちょっと勿体ないけど、全部魔力化する事にしたの」


「―――それで死の総量を減らすと?」


「そうよ~~。頚城を造れる程じゃないしね。これで奴らはこの地に入って来れない。我々は莫大な魔力を用いて、艦隊を自由に動かせるようになる」


「それ程の魔力を貯め込めるとは思えませんが……」


「ええ、個人には不可能でしょう。でも、実はその為の算段もあったのよ♪ ンフ」


 ネストルが手に小さなペンダントをぶら下げる。


「それは……善導騎士団の……」


「ええ、北海道の地銀の倉庫にあったペレットを貴方達のゾンビに紛れ込ませてた私達ので運び出してたの。艦隊の一部の管理権限は彼女から貰っていたしね。空母に全て満載。あれだけあれば、艦隊を100年は余裕で動かし続けられるわよん。魔力が貯め込めるなんて便利な金属よねぇ」


「……断れば?」


「此処で全滅したいの? 米軍は貴方達をモルモットとして確実に切り刻むわよ?」


「分かりました。その誘いに乗りましょう。ただし、我々の同志を食い殺す事があれば……」


「ああ、そこは気にしないで。しばらくは衝動も無いくらいには食い溜めしたから。刑務所があそこにあって助かったわ」


「網走ですか……」


「ASEANに付いたら、現地に溶け込むついでに入れ替えて1から出直しよ。ウチの子達とも仲良くして頂戴な♪」


「彼らですか……」


「ええ、全員集めておいたから。ああ、それと《《塔》》を持って行かせて貰うわ。空母内の粒子と一緒に全部突っ込んでおくけど、いいわよね?」


「あの悪趣味なものを何に使うのか知りませんが、アレが補充する《《赤子》》をどうするつもりです?」


「国を創るの♪」

「―――悪い冗談だ」


 001が心底にイヤそうな顔で溜息を吐いた。


「何か冗談の要素があるかしら? 別に食い殺すのは人間なら誰もでいいんだもの。刑務所を乗っ取れば、大抵は足りるでしょう。我々はもう増えない。そして、奴らを倒すには生まれて来る者達が必要不可欠。私が死を魔力化する限り、連中の活動領域は急速に悪化する。ゾンビに呑まれた島の1つや2つもあれば、まずは戦力も整えられる」


「……我々に子守をしろと?」


「仲間を増やせばいいじゃない。100なんて言わず1000も10000も可能。ああ、心配しないで? 最低限の手の掛からない年齢までは一気に成長させるから。その為の研究だったんですもの。この15年で基礎も出来た。奴らの活動領域の環境を悪化させて、戦う手足にする以外には使い道も無いし、貴方達の仲間として養育すれば、FCの学び舎、往年の【誘いの孤児院】が復活よ♪」


 その何もかもが決められていました、というような内容に彼001は目の前のZが全て裏で糸を引いているのではないかという程に不信感で一杯となったが、だからと言って同志達に此処で死ねと言えるはずもなく。


「分かりました。その謀略に乗りましょう。あの塔から補充された子供は好きにしていいんですね?」


「ええ、死なせなければ、何をしてもいいわよ? 愛人にしても奴隷にしても売り捌いても、ね?」


「……腐ったゾンビが今日ほど強大で邪悪で最悪に見えた日はありませんよ」


「ありがとう。最高の誉め言葉よん。じゃあ、さっそくやりましょうか。ああ、それと悪いけれど、誰か此処に残って囮になって頂戴な」


「誰か見捨てろと?」


「善導騎士団と陰陽自衛隊の揚陸部隊が北海道北部で結集してるわ。ある程度は市街地の地下シェルター内にいる民間人を人質にすれば稼げるでしょうけど、その時間を稼いでくれる人間が其処にいないとバレたら、追撃されて艦隊が沈みかねないのよ」


「………」


「艦隊の隠蔽に諸々の物資を載せるのも時間がいるわ。北方四島の方で用意させているけれど、積み込みまで6時間から18時間。お願いね♪」


 ネストルが何かを書き込んだ地図を001に押し付けて闇夜に消えていく。


 005が001が持っていた地図を覗き込み。


 それが自分達を輸送する船との合流地点だと理解して大きく。


 本当に大きく溜息を吐いた。


「僕が残ってもいいけど?」


「ダメだ。君もボクも彼らをまとめ上げるには必要な人材に変わりない。囮にするなら、本来は12が最適だが……彼は今、術式を完全に封じられている。時間を掛けて解除している暇が無い」


 その001と005の言葉に薄っすらと瞳を開いた女が、009が二人を見やる。


「私がやりましょう」

「ダメ!? そんな怪我で何が出来るの!?」


 002が今の今まで難しい話など分からないと看病して悲嘆に暮れていたのが嘘のように反論する。


「……やれるか? 009」


「ええ、最後に同志達の為にこの身が役立てるのならば、本望です」


 001に彼女が頷く。


「ダメッ!!?」


 縋るようにして涙を零す002に009が頭を優しく撫でた。


「同志達をお願いしますね。イリーナ」

「ミシェルッ!?」


 002が名前を呼ばれて泣きじゃくり出した。


「キオ……001として、全てを貴方に預けます。もし、次に私が生きていたとしても決して味方だとは思わぬように……その時、私がどんな形であれ、どんな姿であれ、本当に私そのものだとしても……容赦なく戦いなさい」


「姉さん。分かってるよ……」

「009……」


 005が小さく何処か遣り切れないような声で呟く。


「アンリ。貴方の能力さえあれば、これからもFCは安泰でしょう。精進しなさい……」


「分かってるさ。ミシェ姉……」


「……此処にラグも揃っていれば、良かったのに……」


「あいつは捕獲されたって。北海道にいたヴァネットは恐らく殺された」


「……結局、私達の中で日本に平穏無事で到達したのはルルカだけになったわね」


 009が懐かしそうに瞳を細める。


「別にいいさ。あいつは優秀だった。それに一番可能性が高いのもあいつだったしさ。今も何処かで勉強してるんじゃない? 記憶も何もかも失って……それで良かったんだよ」


 005アンリと呼ばれた少年がそんな風に笑う。


「そうね。こんな世界にいなくてもいいのなら、それは素晴らしい事よ。我々の居場所はこの世界の何処にもない。けれど、自分達の為に戦って、沢山の犠牲を強いてでも生き残ろうと決意した。あの子はそんな私達とは違う……唯一、あの子だけが本当の優しさを持っていた……人を慈しみ、愛する事が出来た……だから、祈ってあげて、あの子が、私達の姉妹がずっと生きていけるように……」


「ああ」


 005が約束するように頷き。


「……さぁ、いきなさい」


 その声で001キオと呼ばれた青年が002イリーナと呼ばれた少女を立たせた。


「ミシェルッ」


 何も言わず。


 後はただ笑みを浮かべるだけの009ミシェルにそれ以上何も言えない事を悟って、彼女は顔を俯けてから上げ、一度大きく頷いて背中を向けて歩き出す。


 そうして3人が見えなくなった後。


 彼女はゆっくりと身を横たえて、更なる結界を張るべく。


「護るべきもの。死ぬべき場所。案外、長い人生だったけれど、悪くは無い。悪くは無かった……」


 身体に魔力を巡らせ始めたのだった。

 深夜2時32分。


 陰陽自衛隊と善導騎士団隷下部隊の合同揚陸部隊による本島攻略戦が勃発。


 フィクシー・サンクレット率いる先行部隊から情報を事前に得ていた彼らは次々に島内を南部から制圧して行き。


 最後に残った市街地の中規模の結界を無理やりに火力で破壊し、突入。


 その際、少人数の敵部隊と交戦するもこれを撃破。


 その遺体は検死の為、善導騎士団が回収した―――と公式記録には記載された。


 こうして【対Z北海道北方諸島攻略戦】。


 後にそう呼ばれる事となった対Zテロ戦争は終結した。


 ただし、反旗を翻した米国第4艦隊の行方は霧と突如発生した嵐が晴れた後、要として知れず。


 海底や海域が入念に捜索されたが発見出来ず。

 米国は核ミサイルという切り札を使う暇も無く。


 艦隊と国民を損耗、北海道北部のコロニーが破壊され、国力を落とす事になった。


 これに善導騎士団はゾンビを倒す為とはいえ、その破壊の一端を担った事を誠に遺憾としながらも、米国に《《善意のコロニー再建》》とその為の拠点整備を打診。


 この一幕は政治的にも日本が喜ばしい出来事だと声明を発表するに至り。


 米国にも善導騎士団の支部が置かれる事が決定したのだった。


 最終的な損失は北部コロニー321の住宅7割が全損判定。


 更に米国と北方諸島、本島のゾンビ化した民間人の総数が計73万人。


 それ以外の戦闘での死傷者が600弱。


 戦闘での死亡者数は米国人が8割9割を占めたが、陸自にも死者が出た。


 北方諸島を支配下に置いていたロシア諸島政府のお偉方は確認出来ず死亡と判定され、残された国民はロシア亡命政権下に例外的に10万人規模での集団移民という案が出されたものの。


 多くの国民はそれに反発。


 最終的には復興後、再度新しい政治家の選出が行われる事になった。


 役人の多くが犠牲になった為、行政はアメリカが次の政治家と役人の選出までは代行する事が決まったが、反発は大きくなかった。


 誰もが疲れていたのだ。


 今はただ寝台で眠って飯を食べてゆっくりと落ち着きたい。


 そういった目前の事情の方が感情に勝ったのである。


 このような状況に善導騎士団は米国と同時に北方諸島全域の日本との共同復興、共同再開発を宣言。


 その内実は正しく騎士団の独壇場となるわけだが、それはまだ少しだけ先の話。


「ヒューリ」

「はい」

「………?」


「声は聞こえているようだな。最後まで仲間を逃がす為に残った殿に乱暴狼藉を働く気は無い。確かに貴様らは多くの人々の人生を奪った。だが、敵ながら最後まで民間人の区画まで護っていた事は評価に値する」


「………」


「信賞必罰。それが我らが騎士団の信条だ。まずは名前を聞こう。今は敵の女」


「………ミシェル」


「米軍に悟られるな。ルカ!! シエラに積み込むぞ!! そちらは!!」


『はい!! 大丈夫です』


(………?)


『今、加速させます!!』


(あぁ―――神様)


「ボクは貴方達を赦さない。けど、貴方の命は救う。それがボクら、陰陽自衛隊だからだ」


(私達の祈りは……無駄では……無かった……)


「な!? ヒューリさん!? 患者が涙をッ!? 容体の確認をお願いします!!」


「この魔力嵐(まりょくらん)まだ収まらないのかよ。シエラも消耗してる。一端、道県まで退避させるぞ。いいな?」


「ディオ。お前が指示を出せ。艦隊の捕捉を試みる!! それにしてもこれだけの魔力を……やはり、死の魔力を扱う者が……ベルは未だ昏睡状態……これは逃がすかもしれんな」


「陸自と米軍は沿岸地域の火災消化の為、揚陸を諦めるそうです!! フィー!! 制圧部隊から市街地の完全掌握の報が届きました!! シェルターを全て確保!!」


「了解した。後はゾンビの掃討だけだ。夜明けまでに北部を済ませろと隷下部隊に伝えろ。陰陽自にはシェルターの護りを引き続き―――」


 世界が残酷だとしても、然して実は問題などない。


 いつでもその残酷さは変わり得る。

 それを変えようとした者達がいる。

 少なからず。


 それに抗い続けようという者こそが其処にいる者達に違いなかった。


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