第93話「奇妙で愉快な陰陽自part2」
―――陰陽自式給自足術は無敵【陰陽自衛隊創設秘話収録-隊員語録-】
東京を中心とした関東圏全域の自衛隊基地、警察署の部隊の大半が大きな打撃を受けた日から時間が経ち、生死を分けた人々は葬儀や国葬すら儘ならない状況ながらも、何とか怪奇現象や変異した人々を日常へと戻し始めていた。
ディミスリルの魔力吸収式粉末剤や封印術式のおかげで日常に戻りたい変異者、覚醒者と呼ばれる人々の大半はひっそりこっそり己の日常へと戻っていったし、変異者としての人生を歩もうと決めた大半の人間は善導騎士団東京本部で地獄の訓練を1週間受けて即席の部隊として編制され、クローディオ及びヒューリ率いる直轄の隷下部隊として低脅威度の怪異や変異者の捕獲を警察や自衛隊の部隊と共に行い、次々に成果を上げていた。
『A班は説得に当たれぇ!! B班は能力使用許可が下りたぞ!!』
『はーい。そちらは問題ありませんか~』
『警察の護送車両到着しました~』
『一時保護43人、東京本部に連行中です~~』
『戦闘は陸自の方が行って、我々は後片付けの方を』
『了解です。クローディオ大隊長にご報告して来ますね~』
彼らがまず驚いたのは善導騎士団の気前の良さだろうか
住居が無くなったり、住めなくなったりした者達に本部の巨大な穴の地下外周にある無数の部屋を無料で開放、更に食料も全て食堂で食べる分にはタダ。
更に部隊員の扶助という名目で一人頭、1日7千円の日当が出るようになった。
原資は日本国政府が大々的に国内企業製のM電池とMHペンダントの供給を開始したおかげで入って来る原材料となるディミスリル及び魔術の術式に関してのコア・パーツの代金だ。
これらは全て善導騎士団が卸売りする事になっていた。
【創り方の知財は渡すよ? でも、創れないところはこちらが供給します(ニッコリ)】という少年の笑みが見えそうだと政府側の役人は思った事だろう。
他にもそれらの事業関連で政府からの税金の全額免除と同時に各地の銀行からの融資に関する折衝も始まっているとされる。
日に日に増えていく隷下部隊の数は今や4万人程にまで膨れ上がっており、自衛隊も驚く程の人数を彼らは養う事になっていた。
だが、魔術による管理と徹底的な選別、選抜、大陸の軍隊式で相性の良い能力者や魔力保有者を組み分けしている上、読心系の超常の力を持つ部隊員によるケアのおかげで問題は然程起こっていなかった。
『あら、また来たのボウヤ?』
『は、はははい!! お、お姉さんに心を読まれに来ました!!』
『あらあら、卑しい子ね……そんな妄想で心を一杯にして』
『ふ、ふぉおおぉぉ?!!』
『そこに転がってる豚野郎達と一緒に心を回復させてあげましょうね?』
『『『『『『『『『『ブヒィ( ^ω^ )』』』』』』』』』』
『よ、よろしくお願いします!! んぁあああああああああああああ!!!?』
『(ぅ~ん。女の子に虐められたい、貶されたい、詰られたい、豚野郎が多過ぎるわね。それにしても騎士ベルディクトの幻影魔導術式、良く効くわねぇ……どんな夢を見てビクンビクンしてるんだか。やっぱ、緊急時以外は心も読まないに限るわ)』
腹が満ちて、寝る場所があって、金も出て、自分に出来ない仕事は回って来ない。
ついでに怪我や病気も治るし、虫歯も治る。
ただし、犯罪に能力を使ったり、犯罪を犯したりすると即刻厳罰の対象。
これで馬鹿な事をしでかしそうなのは最初の選別、選抜で能力や魔力を封印され放逐されている為、残った彼らにとって善導騎士団は正しくホワイト企業も真っ青な白亜の巨塔であった。
『ブラック企業はコロセ!!!』
『『『『『コロセ!!!』』』』』
『社畜産業もコロセ!!!』
『『『『『コロセ!!!』』』』』
『オレ達は何だ!!!』
『『『『『善導騎士団隷下部隊!! ホワイト・フォックス!!!』』』』』
『あ、でも、コロセは比喩表現だからなぁ~~海兵隊式の罵詈雑言を真に受けちゃダメだぞ~♪』
『はーい(>_<)』×多数。
『さて、団結も深まったし、変異者狩り。おっと、《《仲間狩り》》に行くぞお前ら~~』
『(ぅ~ん。そっちの方が絶対ブラックなんだよなぁ。駆り出した奴を仲間にするとか。ゲームかよ……つーか、入る部隊間違えたか? あぁ、あっちの騎士ヒューリアの隷下部隊の方が可愛い子一杯……うぅ……神様の馬鹿!! どうして、オレがこんなむさ苦しい連中と一緒なんすかぁ(涙)……)』
善導騎士団の活動資金は今現在、チャリンチャリンと毎日数億円ずつ全国の日本の大企業や中小企業から集まって来ている。
コア・パーツの独占販売と腐る程あるディミスリルの販売だけで儲けは出ているし、善導騎士団の人員は別にこの世界に来てからは生存と騎士としての使命の為に戦っている為、食料と真っ当な衣食住さえあれば、文句など出るはずもなく。
少年に作れない欲しい物資は日本政府に纏めて注文すれば、大抵経費で落ちるというので何ら金には困っていなかった。
結果、日本政府の役人と大企業と政治家を外回りして面倒事を一手に被っているフィクシーも安心して出掛けられる状況であり、順調にパイプを作りつつ、顔が広くなっている。
『フィクシー副団長代行出掛けられました~』
『帰宅予定は20:00になってますよ~』
『はーい。9時以降の面会希望の方は一律になります~』
『治安維持業務関連の話は善導騎士団の総務まで~』
『お話の翻訳はこちらで承っておりますです~』
音を立てて回り出した東京本部の周囲に増設された大規模な駐車場は今や連日満車満員御礼の状態であり、そのすぐ傍の本部庁舎から地下に降りる人々も日に日に増えていた。
このような状況である為、騎士団の現在の中核であるベルがいないという事もまるで多くの人々は知らず。
彼が何をしているのかも少数の人員を覗いては知る者も無かった。
―――陰陽自衛隊富士樹海基地。
「は~ふ~は~ふ~」
「ぅ~ぅ~ぅ~ぅ~」
緋祝姉妹にベルからの日常的な課題が出て1週間。
基地内にはいつの間にか美人姉妹が毎日朝から晩まで出没するようになった。
善導騎士団の御屋敷から出て来るのが17歳前後の美少女になった事を知った若手隊員達は毎朝毎朝一緒に走り込みをしながら、鼻の下を伸ばす者が複数。
特に姉の方へ向けられる視線は完全に目が充血しそうな様子であった。
巨大に過ぎる胸を善導騎士団のデフォルト・スーツに包んで恥ずかしそうに両手で押さえるようにしながらもバユンバユンさせて走る様子は女性自衛官からは『あの胸、魔法?』と訝しがられている。
事実、何かの遺伝性の病気ではないかと噂されるくらいの大きさな上に形も綺麗で崩れている様子もない為、本物を見て『善導騎士団女子畏るべし?!』という顔になる性別♀は多かった。
「ルカさ~ん。ま、待ってぇ~~」
そんな姉の横で17歳前後の少女がハフハフしながら走っている。
大人モードの明日輝に顔こそ似ているが、どちらかと言えば、美人というよりはモデルと言った方が良いような少女だ。
吊り目切れ長の瞳は今や八の字になっているが、日本人離れした美貌よりも愛嬌のある表情の方がより周囲の人間に身近さや魅力的に映るのが人の性である。
その点で少女はパーフェクトだろう。
彫像のような美貌よりも彫像が人情味に溢れる天真爛漫な表情をしていた方が受けるのは道理だ。
それが芸術ではなく生きた人間ならば尚更だろう。
「悠音さん。もう少しだから頑張って」
「悠音。お姉ちゃんの代わりにきっとゴール、して下さいね?」
「お、お姉様は単純に胸を揺らさず走って体力消耗してるだけじゃない?」
「あぅ、私もうダメ……」
明日輝が垂れ目がちで優し気超乳姉属性ならば、悠音は活発を絵に描いたようなアイドルも裸足で逃げ出すアニメ的超絶美少女であった。
正しく何処の絵の世界から飛び出して来たのか、という程に二人は対照的だ。
その決定的な差は二つ。
妹の方は額の端、左から後頭部に沿ってニョッキリと2つの角が絡まりねじくれるように生えていた。
全長30cmで太さは4cm程。
色合いは暗い金色で古の金貨のような重厚さを兼ね備えている。
ついでに尾てい骨の当たりからはスーツから飛び出たツルリとした黒く細く長い尻尾が生えてもいた。
どう見ても小悪魔と言った風情である。
それが頭部右の額横に狐面を付けてたり、チリンと鳴りそうな紅の紐と硝子玉を胸元に下げていたり、色々とオプションもあって、やっぱりアニメ染みていると評判だったのだ。
「はぁ~~~ぅぅ、終わったぁ~」
「はい。ふ~ふ~お、終わりましたぁ」
そうしてノルマを達成した少女達は共に走っていたルカと共にグラウンドの端で一息吐く。
体中の汗はスーツが靴底から排出している為、純粋に彼女達を濡らすのは顔と頭部からのものだけだ。
屋根の付いた水飲み場の一角。
ベンチに座った美少女三人は微妙に艶かしいが、その様子を見られた陰陽自衛隊の若手隊員達は一握りであった。
「おはようございます。皆さん」
「あ、ベル。おはよう!!」
「おはようございます。ベルディクトさん」
「おはよう。ベル君」
やってきた少年に三人が挨拶する。
「よう」
「あ、カズマだ」
「カズマさん、でしょう。悠音」
「気にしない気にしない」
ベルの後ろにいたカズマが悠音を窘める明日輝に笑ってイイッてと笑う。
「ルカさん。どうですか? お二人の体力の付き具合は」
「うん。見違えるくらい走れるようになってきたし、スーツのおかげもあるだろうけど、それでもフルマラソンくらいなら走れそうだよ」
「マラ、ソン? ええと、長距離走、でしょうか?」
少年が固有名詞に首を傾げ、ルカが大体合ってると頷く。
「ベル。カズマと朝から何してきたの?」
「カズマさんは基本的に体力なんかは申し分ないですから、一足先に戦闘訓練を」
「昨日までは戦術を習ってたって言ってましたよね?」
悠音と明日輝がカズマを見て、自分達よりも先に進んでるなんて凄いなぁという顔で見た。
「い、いや、オレ今はおんぶにだっこ状態だし」
美人姉妹。
それも最初こそ驚いたものの。
悠音と明日輝の大人モードを前に思わず照れた様子で笑うカズマは普通に見える。
「………」
しかし、実際にはその内心がどのようなものであるか。
ルカもまた何となく分かっていた。
善導騎士団から齎された情報。
魔族の領主クアドリス。
黙示録の四騎士とその背後組織である最後の大隊。
彼らの言う復讐。
米国の大陸人を使った人体実験。
対魔騎師隊の人員には全てが教えられている。
「カズマ。あんまり気負わない方がいい」
「あはは、何か心配させちまってるな。大丈夫……少しは冷静なつもりだからよ……」
「そう。なら、いいけど」
ルカにそう笑ったカズマがベルの視線に気づいて頷く。
「今日はカズマさんがこの一週間で鍛えた成果を皆さんに見て貰おうと思ってるんです」
「成果?」
悠音にベルが頷く。
「では、カズマさん」
「ああ」
少年が魔導を足元に展開すると、瞬時にグラウンド全体が外部からは何もない普通の状況に見えるよう隠蔽された。
光学偽装用の不可視化結界よりもより安易なものだったが、状況が整ったのを見たカズマがグラウンドの中心まで走っていき、全員に手を振ってから上空に手を掲げた。
その時、その数m上空に巨大な輝く玉が出現する。
「だ、大丈夫なの?」
カズマの装甲が熱いのは当人が膨大な熱量で自分を焼かない為なのだ。
それを知っている全員が驚き、悠音が思わず心配そうな顔になる。
「はい。カズマさんの頑張りには目を見張るモノがあります。此処一週間で熱量操作の精度が凄く上がったので3000℃くらいまでなら安定して装甲無しで使えるようになりました」
「す、凄い……」
「ただ、直接的に発生させた熱量のみの話であって、ソレを何かにぶつけた時の衝撃や余波は防げないんですけど、其処は工夫次第という事で……カズマさぁん!!」
ベルが叫ぶとカズマの掲げた光球から一直線にレーザー染みてグラウンド内に細い幾本もの筋が次々に降り注ぎ、ウニの棘のように蠢きながら何かグラウンドを焦し始めた。
そして、最後にチュンチュンチュンと単発の弾丸染みて熱量が発射された後、光球がフッと消失して周囲にフワッと朝の涼しさとは裏腹の40度前後の熱波が吹き抜ける。
「凄い……見えているゾンビなら、大抵コレでどうにかなるんじゃないんですか? ベルディクトさん」
明日輝の言葉にベルが頷く。
「はい。カズマさんは魔力こそ殆どありませんけど、超越者としては半人前になったと思います」
「超越者……それって片世准尉の?」
ルカの呟きにベルが頷く。
「僕らの世界では《《超常の力》》と呼ばれる能力を極めた人は魔術師よりも希少です。理由は純粋に実用に足る資質を持つ人が少なく。その上でそれを極められる人間は多くないからです」
「その少ない人間にカズマさんが成った、という事ですか?」
ゆっくりと戻ってくるカズマを見ながら明日輝が訊ねる。
「はい。片世准尉に頼みました」
その言葉に誰もが『確かにあの人ならば……』という感想を抱いた。
「あちらは鍛えるというよりは自身の能力の使い方を工夫する方面や戦術で悩んで頂いているので、それ以外の時間はカズマさんに能力の使い方や戦い方を教えて貰ったんです」
「そう言えば、あの人見なかったけど、カズマと一緒にいたんだ」
悠音が納得したようにこの数日、まるで影も形も無かった片世の笑顔を思い浮かべた。
「僕達の大陸とこの世界の神話の神の名から取って、カズマさんの能力は【炎棄神】……炎を棄てる神と名付けました」
「炎を棄てる神……」
ルカがカズマの一足飛びの進歩に拳を握る。
「カズマさんは大陸でなら1000万人に1人くらいの割合でしか存在しない代物です。無限機関の類は大陸にありますが、それを一人で体現出来る能力は極めて希少と言えるでしょう」
ルカがその言葉を呟いて僅かカズマを見つめる瞳に憧憬とも悔しさとも付かない表情を浮かべる。
「大抵の国家ならば、必ず公職の術師や軍隊に預けて養育されるのは当たり前。将来的には国家の中でも重要な案件に用いられる専属の術師、研究者、軍人になれるくらいの資質と考えて下さい」
「「「………」」」
三人がさすがにゴクリと唾を呑み込んだ。
自分達の下に歩いてくるのはいつもと変わらぬカズマの姿。
しかし、その姿は一回り大きく見えていた。
「……今、善導騎士団東京本部の通常戦力でも解決が不可能とされた怪異や変異者のリストアップが進んでます」
「そうなんですか?」
いきなりの話。
しかし、明日輝もまたもうそれだけの時間が経ったのだと理解する。
陰陽自衛隊でもテレビを見ていれば、関東全域で治安維持活動が活発化しているのは手に取るように分かるのだ。
地元の警察署の再始動から始まり、陸自による犯罪を犯した変異者への投降の呼び掛けと狩り出しは順調に推移している。
死傷者の数は最初期の混乱から比べればもう殆ど出ていない。
危険地域、封鎖区域からの避難。
徹底した善導騎士団による封印や変異した一般人の治療。
特定医療機関に専用の薬剤が無償で卸されている事もあってクアドリスがばら撒いた魔力の影響の駆逐は進んでいる。
有用な能力を持つ者には日本政府からの協力要請と同時に支援策なども出されているらしく。
政府広報は関東圏の能力者には能力の登録義務付けを国内法の一部を用いて行い、数十万人規模でのリスト作成が進行中だったりする。
「陸自、警察の部隊も手を出しあぐねている案件の殲滅及び確保可能な相手もリストに入っていて……1週間後、怪異や変異者へのカントウ圏での一斉摘発に合わせて僕らも出動する事が決まりました」
「お、もう話したのか? ベル」
カズマが戻って来て少年に瞳を向ける。
「はい。今現在、変異を起こして摘発されてない変異犯罪者は全部で42000人程と見積もられてます」
「そんなに……」
明日輝が驚いた顔になる。
「陸自と警察が合同で噂を流して一定区画に彼らを受け入れる犯罪者集団があると吹聴。治安が回復した場所から追い立てられた彼らは最後の望みとしてその地域に集合するでしょう。組織化したところを完全に封鎖して、投降を呼び掛けて降伏を促します」
少年が虚空に関東の地区に4区画設けられた追い込み場所を表示する。
「出来る限りは生きたまま鎮圧しますが、人間の意識が無くなり掛けているモノや人間を自ら止めて他者を食い物にする化物となったモノ……そういった相手には刃を持って相対する。それが善導騎士団の方針です」
ルカだけではなく悠音も明日輝も自然と手を握っていた。
「例え喋れても、話し合う事が出来ても、話が通じるのと解り合えるかは別です。人を喰らう異形化した相手や人間をオブジェにして愉しむ悪魔。人間を殺し合わせる事に喜悦を感じる能力者など……封印が不可能と思われる能力を持つ彼らの扱いは憲法停止下で全て善導騎士団に一任されました」
「それがボクらの戦場……」
「ええ、陰陽自衛隊は共に出動する事になります。現状、明確に騎士団の基準で悪と断じられる相手に対する回答は死以外にはありません。彼らを司法の場に掛けたり、拘留したりする余力は今、この国にはありません。ルカさん」
「は、はい!!」
「カズマさん」
「おう……」
「お二人は陰陽自衛隊としてそういった怪異を相手に……元人間を相手に戦っていく事も想定されています。彼らが人間であれ、化け物であれ、命には変わりありません。それでも殺して進む事が出来ますか?」
「……ボクは命を掛けた場で相手を心配してあげられる程、お人好しじゃないよ。それが人間でも化け物でもね」
ルカがベルに向けて真剣な瞳を向ける。
「オレは死ねない……本当に悪だと断じられるなら殺すさ……アイツらとの戦いはきっとそういうもんなんだろう……」
そのアイツらというのが誰の事なのか。
誰もが理解していた。
「敢て言います。悩んでも苦しんでも他者をこれからも食い物にする人間は生かしておかない。冷徹の仮面を被って下さい。致命的な悪徳を犯し、改心出来ない人間がこれからも人を食い物にするなら、この国が崩壊する日はそう遠くありません。此処はもう安全国ではないし、後方でも無いんです」
「ベル君……」
「ベル……」
「僕もまた共に戦います。クローディオさんとも決めてたんです。ヒューリさんやフィー隊長にそういう事はさせられないと。勿論、悠音さん、明日輝さん……お二人も同様です」
「ベル。あたし達は―――」
「ベルディクトさ――」
ピタリと少年が悠音と明日輝の唇に人差し指を付けた。
「こういうのは男の仕事だと大陸ではよく言われます。今回は少なくともお二人が決意する場でもなければ、悩むべき事でもありません」
「「……」」
「お二人には善導騎士団としてヒューリさんやフィー隊長、ハルティーナさんと同じように前を向いて戦って欲しいです。今、決断しなきゃならないのは僕らですから……」
「「………」」
二人が何とも言えず、唇から指が離された後も少年を見つめる。
「僕達は人にも向けられる矛です。そして、お二人やヒューリさんには人を癒す家であり、盾であり、化け物に向ける真っ新な剣であって欲しい。人間相手の戦いは僕や僕らに任せて下さい」
カズマが肩を竦めた。
「ったく、カッコ付け過ぎだぜ? ベル……ちょっとはその恰好良さをオレにも分けてくれよ」
「ボクは自衛隊員として国民を守る義務がある。化け物となった人間はゾンビと一緒だ」
ルカがベルに頷く。
「カズマさん。ルカさん……」
その三人の様子に姉妹は何処か羨ましいものを感じていた。
まるで同性に対する気安さのようなもの。
あるいは連帯し隊伍を組む者の間にある戦友に対する友情のようなものを。
『ベル様』
遠間から少年に声が掛かる。
「あ、ハルティーナさん。どうかしましたか~?」
『それが気になる事があって……』
少年が走っていく。
その背中を見つめる四人の瞳は確かに信頼と大きな相手への憧憬に満ちていた。
こうして陰陽自衛隊の次なる戦いの場が決まった日。
彼らの胸にはその歳でするには大き過ぎる覚悟が宿る事となったのだった。
*
陰陽自衛隊稼動から1週間も過ぎた昨今。
さっそく富士樹海基地には名物なるものが生まれていた。
それは極めてオカシな温水プールから泥沼地獄まで網羅した訓練場だったり、地下大要塞的な施設だったり、ほぼ人件費が給料以外掛からない超コストパフォーマンスの良い自己完結性の高い運営(騎士ベルディクトの無償奉仕)だったりする。
陰陽自畑と言われて定着した東京ドーム1個分よりは少ないだろう基地内部の畑には今や大勢の隊員が詰め掛けている。
3000人分の食料を毎日、肉と主食である米以外は全て賄っている上に基地内部で北米から輸入した機械で缶詰まで作って貯め込んでいるのだ。
膨大な食料が産出される様子はシスコやロスで知られているのと同様に自衛隊各方面からの視察に来ていた者達の目を丸くし続けている。
『君ぃ~~此処は君が管理しているのかねぇ~~』
『補給小隊の有馬1曹であります!!』
『おお、ご苦労。あの畑のあちこちにいるマスコットキャラみたいなのは何かね?』
『アレは騎士ベルディクトが自動化して置いているゴーレムであります』
『ゴーレム? 作業用のドローンのようなものかね?』
『はい。そうであります!!』
『此処では一日どれくらいの食料が採れるのか聞いて構わないかな』
『はい!! 一日、300t程を収穫し、基地自衛官の食料と缶詰にしての備蓄、また関東圏の避難所への配給物資としていると聞いております!!』
『素晴らしい。陸将からも聞いていたが、これならば大陸への補給の負担も減らせそうだな』
『は?』
『いや、何でもない。管理業務を続けてくれ』
『ハッ!!』
―――【潜入し、早数日。己らの糧食がこうしてくすねられているとも知らず、哀れにも我が腹を満たす為にこの美味い野菜を作り続けているとは、哀れで健気なものだ。人間というのは……くくく……(バリボリゴリムシャァアアアアアアアアアアアアア)】
『ふぅ……行ったか……何か前より収量落ちてんだよなぁ? 魔術の副作用かな? 騎士ベルディクトに報告しとかないと』
そろそろ昼も近いという事もあって、基地食堂の関係者達が次々に車両で乗り付けて、ゴーレムが収穫した材料を食堂裏手に運び込んでいく。
彼らが見たのは陸自はともかく。
他にも海自と空自のお偉いさんが多数。
共に内陸の基地に何を見に来るのかというのを訝しむ者はこの基地にいない。
それもそのはずであり、空自と海自の人々は今現在、日本に1隻しかない空飛ぶ潜水艦を見る為に来ていた。
シエラ・ファウスト号は現在、緊急搬送が必要な災害時の最初期の負傷者輸送業務を終了させ、善導騎士団本部と富士樹海基地を行ったり来たりしながら、物資や人を運びつつ、騎士団本部の隷下部隊などにも陰陽自の訓練施設を使わせている。
最大時速2000kmを誇る見えざる鯨が日本上空をまだ飛んでいる事など政府や現場の人間しか知らず。
その運行は今のところ海自出身の八木と連絡将校達がベルと共同で行っていた。
『八木さん。定時報告を』
『了解だ。騎士ベルディクトに定時報告。0.1G下での連続生活に支障無し、こちらはJAXAの協力もあって、問題なく運行されている。飛行時のトイレも吸引式を使い出してから問題は無くなっている……』
『分かりました。身体の方は?』
『基本的に筋力の低下が問題だな。管理業務は机仕事だ。重力軽減されない場所を設ける案を押したい。宇宙での長期滞在時のデータが活用出来そうとの事だ』
『分かりました。数日以内にその為の方式を考えて実行してみましょう。引き続き定期航路上の観測をよろしくお願いします』
『了解だ。これより残り15便の運航に入る』
―――【また、定期便の船か。アレに乗って、あちらの設備も視察してくるのも一興だな。さて、どうしたものか。取り敢えず、今日は連中の中から良さそうな相手を見繕っておく事にしよう。むぅ……それにしてもクアドリス様好みの相手は中々見付からんな。此処の女共は子供を作ってから軍役に付いた行き遅ればかりなのか? 人間にしては適齢期を過ぎている。良さそうなのは女共の1割程度か】
乗った人々は東京から富士近隣まで物凄い早さで付いた事に目を丸くし、見えざる船が不可視化の結界を解いて陰陽自衛隊基地に併設された巨大な飛行場の地下ドックに着底する様子を見ている視察の自衛官達も驚くばかりだ。
『は~い。皆さんこちらにどうぞ~~』
陰陽自の基地は広い。
移動は基本的に車両である。
その視察者達の一団がやってきたのは巨大なドックが複数ある区画。
少年が諸々作り掛けの代物を置いておく場所である。
『コレが……今政府が善導騎士団との間で導入予定としている……』
半地下まで降りられるようになっている巨大な施設の中。
シエラ・ファウスト号ソックリの艦がそのままの形で置かれていた。
外観が空色のデジタル迷彩である以外はほぼ一緒という代物だ。
案内の女性隊員がベルから渡されている諸々のデータを読み上げていく。
「え~この艦の名前は便宜上はシエラⅡと呼ばれております。善導騎士団から提供される事が決まっている重力軽減合金製で魔力充填下では限界飛行高度無し、機密性は1気圧を保ち、空気の循環設備さえ整えば、宇宙船としても機能すると言われています」
『宇宙船にもなるのか君ぃ!!』
「はい。今現在運行されているシエラ・ファウスト号の二号機として開発されておりますが、善導騎士団は電子機器及び電装系の技術、様々な現代兵装に関連した部分は日本政府側に協力を要請しており、現在国内供給者である産業体、企業群の方から沢山の技術者の方が来ています。突貫工事ながら、内装を急ピッチで仕上げている途中で……」
『おぉ……アニメや漫画の世界だが、これがあれば大陸の奪還も……』
海自も空自もその船というものに見る未来は恐らく同じだった。
「技術研究本部、装備施設本部が同時に協力態勢にあり、現在この艦を下敷きにしてシエラⅢの本格的な設計が始まっているそうです。元々が旧ソ連製のタイフーン級を用いて作成されていますが、JAXAと各造船企業も合同で日本政府及び善導騎士団が求める水準での再設計に携わっており、ロシア亡命政権から協力も得られているそうです。全領域対応航行艦。海空宙汎用の船として期待されていると」
『君ぃ。艦のスペックはどのようなものなのかね?』
「はい。騎士ベルディクト曰く。魔力が完全に充填されている限りは最大加速時には空でも海でも時速3000kmは保証するとの事です」
『じ、時速3000km……1800ノット……途方もないな……』
ざわつく自衛官達はそのスペックだけで嘘か真かという顔となる。
「海の場合は環境に配慮せねばならない為、さすがにそこまでは無理だろうとの事です。宇宙でもデブリの問題がある為、防除手段を講じない限りは高速で動かすのは危険だと」
『それで兵装に関しては?』
「魔力を用いない現代兵器ならば、魚雷発射管などを改造してトマホークなどの誘導兵器を50発前後装填可能だとシエラⅡの開発チームは言っています。また、騎士団側は魔力を用いた兵器ならば、防御用から攻撃用まで空中海中問わず、船体外部に直接魔術を用いて作用を及ぼせると」
『また魔力か……それで魔力の安定供給は出来るのかね?』
「それは日本政府と善導騎士団の間で協定が取り交わされており、軍事に必要とする魔力は善導騎士団からの有償での一括供給にすると」
その言葉に多くの佐官級や尉官級の自衛官達は中東からのエネルギー供給の途絶……オイル・ショックを連想した。
善導騎士団による魔力の供給が途絶えれば、今後確実に運用されるだろう魔力を用いたあらゆる機器の使用が不可能になる可能性がある。
それは正しくエネルギーと国防を握られている等しい。
だが、残念ながら善導騎士団と日本国政府の話に彼らが介入出来る余地など現地で協力している陰陽自衛隊からの働きかけくらいしかない。
「ただ、ご安心下さい。今のところ関東圏全域に散布された莫大なディミスリルに埋蔵された魔力に関しては全て違法な研究以外には使って良いとの協定が結ばれております」
『いつの間に……』
知らぬ間に日本政府と善導騎士団の間で次々に交わされている協定がどのようなものなのか。
憲法停止下でブラック・ボックス化した会談や協議の中身を自衛官達が知る術は無かった。
「使用方法や抽出方法は秘匿されますが、政府と善導騎士団の合同管理施設で利用する事が出来るそうです。施設の方は小規模ながらも既にこの基地や善導騎士団東京本部で稼働しており、管理貯蔵が進行しております」
『ま、待ってくれ!! もう始まっているのか!?』
「はい。善導騎士団側がいつまでも魔力吸収用のディミスリルをそのままにしておけないという事でインフラが回復した地域や人間が居住していない場所などでは既にディミスリル粉末の回収が始まっております」
『ソレは日本政府が自由に使えるのか?』
「はい。協定に反しない限りは自由に使って良いと。今後、壁内部の関東圏内で魔力供給が滞った場合は此処や東京本部から搬出されたM電池が今度は魔力供給用として用いられる事になるそうです」
―――【クアドリス様の旗艦に良さそうだな。艤装が終わったら頂いていく事としよう。それまでにこの国の言語を覚え、操舵用の人員も育成せねば……まぁ、5年か6年もあれば、可能だろう。くくく……我らが軍門に下った暁には氷菓を死ぬ程、食わせてやらねばな。愉しみにしているがいい人間共!!!】
「そろそろ時間ですね。皆様、陰陽自の食堂へご案内します。今現在、善導騎士団からの厚意によって、異世界産の食物を用いたランチがあったりするんですよ」
ゾロゾロと視察中の集団が食堂へと引き上げていく。
それを待っていたかのように周囲の詰め所や作業現場で働いていた各造船企業、電子兵装の供給企業、技術研究本部、装備施設本部などからの派遣組が早めの昼食……滋養強壮と魔力増強にも一役買うらしいマンドラゴラ・ランチを摂っていた。
彼らは極めて普通の味がするサラダとスープとサンドイッチのセットをモシャモシャしながら、その後ろ姿を見送る。
『お偉いさん。もう行きましたね』
『ああ、ようやく作業出来る』
『そういや、昨日騎士ベルディクトへの上申書に何書いてたんですか?』
『ああ、ミサイルハッチそのものを下にも付けて、円筒形に貫通させたらどうかってな』
『か、貫通ですか……そりゃ大胆な話ですね』
『やっぱ、爆撃機みたいに運用する事も考えなきゃだろ』
『そりゃそうですけど。副殻式の潜水艦が大本ですよ? かなり魔改造になるんじゃ』
『いや、通った(●´ω`●)』
『通ったの?!!Σ(・□・;)』
―――【こいつらは船大工か? 河を渡る帆船を造っていた連中はもっと筋骨隆々としていたが、こんな身体で釘を打てるのだろうか? いや、機械に全て任せるのかもしれぬ……現代は《《はいてく》》だからな!!! 魔族とてそれくらいの事には詳しいのだ!! さて、この設計図は頂いていく事にしよう……くくくっ、敵の新兵器を期せずして手に入れてしまったな……】
『此処に《《オレの考えた最強の潜水艦》》設計図が……アレ? 何処いった?
ま、いいか。どうせ、やっつけのなんちゃってプレゼン用だし』
工員や内装や電装系の関係者が互いにグループを作って、何やら大型の電子端末を覗き込みながら、喧々諤々と設計に関して議論し始めた。
『よく通りましたね。そんな設計図の案で』
『まぁ、外殻と内殻の間にある空間から外側に少し穴開けて兵装の出し入れする案になった、が正確かな。被弾して誘爆しそうな時はパージする事にもなった』
『な、何か、サラッと今シエラⅢ設計チームが悲鳴を上げそうな事を言われたような?』
『潜水艦を完全二層構造にするらしいぞ。内殻自体も単体の潜水艦として機能するよう強固な一繋がりの船体にして。外殻は兵器や防御兵装、魔力充填用のディミスリル用タンク、メインバラストタンクにするんだと』
『外側は後付けのパワーアップパーツみたいですね』
『まぁ、そうだな。恐らくそうなる。そもそも上部甲板のミサイルハッチも人員の迅速な出し入れに必要な排出口になるらしいし、それを下方にも付けるようだし、色々愉しみだな(@_@)』
設計段階から未知の船に自分の意見が採用されるかもしれない。
という、極めて普通なら有り得ない事が陰陽自衛隊のドックでは日常だ。
それも全ては少年が現地の他者の意見をとにかく集約する為だと聞けば、今回の計画に携わる全ての人員……少なくとも末端の人間ですら一度は意見を出してみようという気になる。
そして、それが事実上人類史に名が残るだろう救国の船になる、かもしれないとなれば、人類絶滅の危機を前にして、人類が積み上げて来たあらゆる工学と科学がゾンビの数の前で無為に帰した時代の人々には……その船を造る事そのものが希望のように眩く映っていた。
『船体強度と複雑な構造を両立出来るんですか? それ以前の問題としてどれだけの金額になるか……米国の3隻しか作れなかった次世代艦みたいにならなきゃいいですけど』
『ははは、お前知らないのか?』
『何をですか?』
『船体はシエラⅢ1号機のテストが終了した時点で善導騎士団が日本政府に1000隻まで無償供与するらしいぞ。日本中の乾ドックに40隻程渡すってよ』
『は?(T_T)』
『だから、オレ達からの意見集約やってんだよ。内装や電装系、現代兵器類、その他の船体以外の部分は自国でやってくれって事だ。いやぁ、1時間で1隻造るの余裕らしいが、本当どうなってんだろうなぁ』
『ソシャゲガチャの詫び石か何かですか?』
通常動力潜水艦のお値段は基本的に300~500億円というのが相場である。
『さて、どうだかな? あっちはそう思ってるのかもしれんが、人類には有難い話だ。シエラⅡで全ての案を集約して基礎作って運用。それを叩き台にしてシエラⅢを最終設計……次世代改修が可能な限り出来るようなペイロードを大幅に取るそうだし、外殻パーツの予備も大量に造ってくれるんだとよ』
『ちなみにシエラⅡって概算で結局幾ら掛かるんです?』
『今、創ってる専用の内装と電子兵装と今構想してる諸々のシステムを乗せるなら一隻152億円( 一一)あ、兵器は既存のヤツを転用するし、魔力系は騎士団に投げっぱだから値段には入ってないぞ』
『へ、へぇ……』
『ちなみに艦内に使うゴムの方が電子兵装張りに高いのは内緒だが、それも騎士ベルディクトの錬金術で資材原料丸々創るから問題ない。つーか、資源量を考えずにとにかく機能優先で創ってるようだ。既存の艦とは違ってあらゆる部分に金塊をぶち込むような気軽さで資源を投入して設計するから忙しいらしい』
『豪勢ですね……』
『ちなみに電子部品以外の弾薬、兵器、ミサイルの外殻や内部構造や燃焼剤は全て騎士ベルディクトに頼めば、錬金術で作ってくれるとよ。運用費は魔力関係を抜きにした場合は1日の消耗品の金額より乗組員への給与の方が圧倒的に高い』
『魔力ってエコなんですね(何かに敗北したような顔)(´Д`)』
『HAHAHAHA~~それどころか善導騎士団お得意の未知の合金を大量に使って破損しない限りは船体の経年劣化は気にしなくていいってさ。海に百年浮かべようが空に千年浮かべようが大丈夫らしいよ。やったね( ^ω^ )これなら往年の大日本帝国海軍も夢じゃないよ』
『国家予算の3の1くらい食い潰してたんだよなぁ(ToT)』
『お前ら~~昼休みそろそろ終わりだぞ~さっさと食えよ~。《《研究所》》の方からもまた新装備が卸されてくるらしいからな~』
『『了解で~す』』
そのようなドックの一幕など知る由もなく。
視察中の集団が食堂へと入っていく。
内部では食事をした陰陽自衛官達が何か物凄く愉快な事になっている。
『み、な、ぎ、って、き、KITぁaあAああAぁaあaぁaあぁwwwwww!!!!』
『フォオオオオオオオオオオオオ!!! チョウッッ、エキサイティン!!!』
『魔力増強魔力増強!!! これで連続0.0001%の増加だぁああああぁあ!!?』
何やら食事を摂っていた一部の自衛官が叫び出したかと思うと。
フシュウゥゥ、と。
頭から湯気を上げて我に返って思わず大人しく縮こまるという事が繰り返されていた。
―――【小腹が空いたな……此処で頂いていくとしよう。ん? AランチとCランチは昨日まで《《からあげ》》が付いていただろう!! 何故、今日は付いていないのだ!? これではあの鶏肉の芳醇な肉汁を味わえないではないか。く……仕方ない……では、この《《はんばーぐすてーき》》とやらを食ってやるか。それにしても騎士ベルディクトの実験食材ランチ? まさか、魔導による効能を付与した能力の強化糧食か!? くくく、敵に己の秘伝の技による強化を施してしまうとは何と哀れな魔導師よ!! 大陸標準言語でメニューに翻訳を書いたのが運の尽きだと思うがいい!!】
『アレ? オレの此処に置いといたハンバーグステーキは?』
『え? 食ったんじゃないの?』
『もぉおぉおおぉ!? 昨日に続き二日目!!! 誰だよ!? 勝手に食うとか!? イジメか?! オレ、実はイジメられてるのか!?』
『まぁまぁ、どうせ此処のランチは無料食い放題だ。気にするな。というか、騎士ベルディクトに感謝だな』
『それもそうだな。気にしたら負けか。此処、陰陽自だもんな』
もう慣れた様子で食堂の騒動にわざわざ反応する初々しい人々はいない。
『さ、叫び出したぞ!? あ、あれはどうなっているんだね?!! 何か怪しいものでも入って―――』
思わずドン引きな高官達を前に女性自衛官が現場の様子に苦笑しつつもニコニコと解説し始める。
「あ、お気になさらないで下さい。善導騎士団から提供されている魔力増強用食材のお食事なのですが、物理的に怪しい物質は一切入っておりません。遺伝子は地球上にないもののようですが、今のところ病気になる様子もありませんし、医師会の方に分析を任せましたが、問題ないと」
『問題有りまくりじゃないか!? さっきのは何なんだ!? 自衛官がいきなり叫び出したんだぞ?!!』
「ええと、騎士ベルディクトによると魂魄の僅かな変質による魔力発生量の増加は精神的な高揚を齎す作用があるとの事で一時的に少し興奮するようですが、すぐに治まるそうです。それと刺激物を取り続けると反応が薄くなる要領で後3か月も食べ続けたら奇行も無くなるだろうと」
『―――本当に大丈夫なのだろうね?』
「はい。作戦前の食事は普通のものを摂取予定です。ちなみに本日皆さんに食べてもらうお食事は彼らが食べている魔力増強用の食事ですが、魔力の資質や超常の力とあちら側で呼んでいる変異者の使用する能力などの資質が無い限りはまったく問題ないそうです」
『つまり、何か? 我々の中に魔力やその超能力の才能がある者が要れば……』
「大丈夫かと思われます。現在、陸自で開発中のMU人材に反応するマーカーを配布中なのですが、皆さんの結果は陰性だったかと。そうでなければ、今回の視察への同行を許可されていません。今頃、資質のある方は善導騎士団の方に資質の検査を行いに行ってるはずですし」
取り敢えず、いきなり叫び出す事にビクビクしながら良い歳をした大人達はランチを恐々と食べ始め、味はまったく悪くないと思いつつ、完食。
次の場所の視察へと向かうのだった。
*
午後、バス型車両で訓練場に向かった者達が見たのは野外でレーションを食べ終えたばかりらしい訓練中の部隊が次々岸壁から命綱無しに落ちていくシーンだった。
思わず手を出して止めようとした彼らが知るのはボチャーンという水音。
下はプールらしく。
訓練中の陰陽自衛官達はいつも善導騎士団が纏うスーツもしくはそれ+装甲+外套+重火器の何れかで岸壁を芋虫の如く攀じ登っている。
その顔色は紅い。
めっちゃ紅い。
だが、どんな憤死しそうな顔でも登れない奴は登れないとばかりに途中で岸壁下のプールに落下していく。
『アレは一体、何の訓練なんだ? ロック・クライミングのようだが……』
「はい。アレは物理的に昇る事が不可能な岸壁を魔力を用いて昇り切る為の訓練設備です」
岸壁の上には休憩所が併設されているらしく。
ベンチに座った男達が精魂尽き果てた様子でゼエゼエしている。
『つまり、魔力を鍛えているのか? それにしても物理的に昇る事が不可能とはどういう事かね?』
「あの岸壁には表面の摩擦を0にする塗料が塗られておりますが、岸壁そのものには魔力を引き付ける合金が使われているそうです」
『つまり?』
「つまり、魔力を出した個人が触れると魔力によって岸壁に引き寄せられる仕掛けです。その状態を用いて、的確にクライミングしなければ、登れない崖になっており、毎日形が変わります」
『し、施設の形が毎日変わるのかね?』
「はい。魔力は一朝一夕には高くならないそうなのですが、限界まで魔力を枯渇させていくと出力や肉体に溜めて置ける容量が大きくなるそうです」
『ほ、ほぉ?』
「体力と気力と魔力を同時に削るので肉体の訓練としてもグッドだそうです。後はゾンビがうろつく内陸で完全武装の状態のまま廃墟などに昇る時、専用の術式を用いる時も役立つはずだと。あ、ちなみに登頂者の魔力は漏れなく魔力電池になって再利用可能だそうです。初級者はスーツのみですが、少しずつ装備が追加されて最大80kgの装備を持ったまま昇らなければなりません」
『……今までに最大重量の装備での通過者は?』
「片世依子准尉が施設稼働日に通過しました。他の方はまだだったはずです。何でも『こんな簡単なのでいいの?』と仰っていたとか」
『………』
―――【ふぅ……少し食い過ぎたか。今後は《《はんばーぐ》》を1番の候補としよう。しばし、遊んでいくか。この岸壁……故郷を思い出す……あの頃は他領から侵入してきた狼藉者をまだ若きクアドリス様と共に撃退していたが、まだ腕も瞳も……フッ、今更だな……此処は異世界だというのに……もはや亡き故郷など……くくく、人間には不可能な早登りを見せてやろうではないか。知らぬ間に記録を抜かれていた事を後になって知るがいい!! 昨日は1分!! 今日は58秒を目指すか!!】
「あ、ちなみにタイムは最速で何回昇っても13秒前後だったそうです」
中国橋頭堡撤退戦の英雄。
今は対魔騎師隊所属の女の顔を誰もが思い浮かべた。
物凄く適当に笑う超人の事は1尉以上の高位の士官ならば、大抵知っている。
「では、次に参りま~す」
添乗員みたいな様子でドナドナ連れられて行く自衛官達は次々に陰陽自衛隊の奇妙な実態に触れていく事になる。
「あ、アレは蟻地獄デスゾーンですね。北米で確認された黙示録の四騎士達の手駒には巨大昆虫がいるそうで、確認された蟻型が地中から攻撃してきたとかで、魔力で感知して逃げないと脚を切り取られた判定になって引き込まれ……」
将校達が見る前で『うぁあああぁあああ』と絶望したような表情になる若い十代後半らしい自衛官が蟻地獄に引き込まれ、数秒後……地面下から蟻さんの大きな頭にスーツの後ろの角を引っ掛けられて砂場の一番端付近にペッと放り投げられた。
砂場なので怪我をする事は無いのだが、何分……巨大蟻である。
それに咥えられるという恐怖にノイローゼ気味。
それでも幽鬼の如く立ち上がり、涙目で再び砂場を渡り切る為に駆けていく。
それに続く者が多数。
というか、数で押せば誰かが通り切れるかと思われたのだが、大の男も少年も女性も関係なく。
次々に足や身体のあちこちを蟻の鋏でペイントされて、引きずり込まれ、同じようにペイッと砂場の端に投げ捨てられていく。
何処で待ち構えているのかはランダム。
何とか渡り切ったのは30人中3人であった。
『危機回避能力を高めている、という事でいいかな? というか、あの蟻は……』
「あ、はい。騎士ベルディクト特性のゴーレムです。ちなみにあの紅いペイントは本物だったならば、そこが真っ二つにされているという証で引きずり込まれる前の時点で致命傷を受けた場合はゴーレムの判定次第で身体を麻痺させる魔術が発動し、動けなくなります。ハイテクですよねぇ……」
『………( ・ω・) ゜Д゜)・∀・)´_ゝ`) ^ω^ )´・ω・)』
「次に参りま~す」
こうして、その日だけで何かもう完全に別世界を見てしまった面々は疲れた様子で基地の来賓用宿舎に寝泊まりし、言っても殆どの同僚が信じないだろう話は喉の奥に仕舞って、感想を聞く相手には一度行ってみろと言うに留める事を決めた。
実態は触れなければ分からない。
未知という言葉を前にしては軍隊もとい自衛隊という最も現実的な人々の意見など、露程も参考にはならない。
それを彼らは身を以て知ったのである。