プロローグ[残された心の傷]
月が神秘的な光で地上を照らす夜。その光に包まれるのは、崩れ落ち煙を吹き上げる建物。ひび割れ、裂け、人が歩くこともできなくなった道。そして瓦礫の傍らには人の山。ピクリとも誰も動かずに静寂な時が過ぎていく。
「パパーー! ママーー!!」
命が死に絶えた都市。そこで動く唯一の生者。それは五歳になったばかりのレイキール、ただ1人。
都市を襲った無数の魔物。その牙から逃げる最中に見失った両親の名前をレイキールは必死に叫ぶ。
「……あれ?」
ふと気がつくと、遠くから獣の咆哮が聞こえてくる。咆哮は徐々にレイキールの背後から迫ってきた。
「…………?」
足下に転がっていた長めの木の棒を拾い上げ、意を決してレイキールは振り向く。
そこにいたのは爬虫類特有の細長い体と煌めく新緑の鱗。鎌のような鉤爪に、食らいついた獲物を切り裂く白銀の牙。そして青空のような薄い羽。それはこの世界の食物連鎖の頂点に輝いている者――竜族の亜種ワイバーン。
「グルルルル……」
ワイバーンは喉を鳴らし、その透き通るような琥珀の瞳でレイキールの小さな目を覗き込む。深い深い琥珀の瞳。覚えのない恐怖が背筋を這う。一刻も早くこの場を去ろうと、ゆっくりと足を摺りながら後ろへ下がる。
一歩。また一歩。慎重かつ迅速に。レイキールに合わせるようにワイバーンの体が動く。
ワイバーンに追いつかれたら死んでしまう。幼いながらもそれは理解している。永遠に続くかと思った鬼ごっこ。
トン。
何か柔らかい者にぶつかった。何だろう? 顔を上げると険しい顔をした男性が立っていた。
「あ……」
自分以外で生きている人がいた。その事実に緊張の糸が切れレイキールはへたり、と座り込んだ。男性はそんなレイキールに目もくれずワイバーンをの方を険しい目つきで見ている。
「天命を定めし蒼天の羅針盤よ。死の運命に逆らう愚者に死へと導く聖炎の鎖を!」
男性が槍を取り出して声高々に叫ぶ。言葉の意味はわからないが、恐怖から解放され瞼が自然と下がっていく。
「ヘブンフレイム!!」
地を照らす白炎。炎は鎖のようにワイバーンの体に巻き付き締め上げる。悲鳴を上げ倒れるワイバーンの姿を最後にレイキールの意識は、プツリと途切れた。




