油断のならない彼女 1
「つまり、貴方のお父さんから、救援を求めるマナメールが届いたと?」
「うん。仲間が足をやられて帰れない、って」
受付嬢が、助けを求めてきた幼女から事情を聞いている。
「……なぁ、フィーネ、マナメールって、お前が開発したとか言ってなかったか?」
「言ったよ」
「なんか常用されてるみたいだけど?」
「リズちゃんに教えたからじゃないかな?」
なるほど。たしかに便利そうな魔法だしな。俺も使えるようになろうかな? とか言っているうちに話がまとまったようで、リズちゃんがやってきた。
「……皆さんにお願いがあります。さっき無茶はさせないと約束したばかりで申し訳ないんですけど、でも、出来れば……」
「――良いよ」
俺はリズちゃんの頭にポンと手を置いた。
「アレンお兄さん?」
「その子のお父さん達を救出して欲しいんだろ? その依頼、引き受けるよ」
「……良いんですか? 長旅で疲れてるはずですし、初めてのダンジョンですよね。下見もしていないのに、いきなり深く潜ることになりますよ?」
リズちゃんは俺だけでなく、ジーク達にも視線を巡らせる。
だけど、俺達の意思は待っているうちに統一済みだ。
「緊急時だから気にする必要はない。こういうときは助け合うものだからな」
同じ町の冒険者には親切にする。じゃなきゃ、自分達が困ったことになっても誰も助けに来てくれない。つまり、これは自分達の将来への保険だ。
「ありがとうございます、アレンお兄さん、みなさん」
「感謝は助けてからで良い。それで確認だけど、冒険者達を安全な場所に隔離することは出来ないんだよな?」
ジーク達のときのように隔離できれば、安全性はグッと増す。そう思ったんだけど、リズちゃんは首を横に振った。
「あのときは、私がコッソリ同行していたんです」
「そっか……」
どうやって隔離したのか疑問だったけど、フィーネの奴そこまで根回ししてたのか。
そっちは腑に落ちたけど、問題は今回の一件だ。
「なら、ダンジョンの情報や遭難場所、分かる限りの情報を頼む」
「では、まずは魔物の構成から」
「待った、それはフェリスに頼む。俺達はダンジョンに潜るのに必要な準備をする。フェリス、魔物の構成や遭難場所へのルート。分かる範囲で聞いておいてくれ」
「分かった。それじゃリズちゃん、こっちで話を聞かせて」
フェリスがリズちゃんを伴って隅っこに移動する。
それを見届け、俺は他のメンバーへと視線を向けた。
「メンバーはいつもの四人だ。急いだ方が良さそうだから荷物は最小限で、治療薬と食料だけは少し多めにしよう」
「足りない物資はギルドから提供させていただきます」
「助かる」
受付嬢の申し出に感謝の言葉を述べて、急いで荷物を仕分けていく。
「お兄ちゃん、フィーネはどうしたら良い?」
「俺達が置いて行く荷物の管理、それと子供の面倒を見ててやってくれ」
「うん、分かった、そうする」
状況が状況だからか、フィーネは珍しく素直に頷いた。いつもこうなら良いのに――と、そんなことを考えながら準備を終える。
「……おにぃちゃん、お父さん達を助けてくれるの?」
小さな女の子。たぶんフィーネよりも年下で、十歳前後くらいだろう。不安げに俺を見上げるその子の頭を軽く撫でつけた。
「俺達がきっと助け出す。だから、フィーネと一緒に安心して待ってろ」
この町での最初の依頼を果たすため、俺達はダンジョンに突入した。
ダンジョンの中層。俺達は新たな魔物の一団と遭遇していた。
「ジーク、切り込むぞっ!」
「おう、敵の注意を引くのは任せろっ!」
ジークが魔物の群れに飛び込む。
腰から剣を引き抜きざまに振るい、リーダーらしき敵に一撃を加える。そうやって群れの意識を自分に引きつけて、攻撃を回避、あるいは盾で防いで防御に専念する。
俺はその隙に一体、また一体と魔物を葬っていく。
「――ラナ!」
ジークの背後に魔物が回り込んでいる。それを確認した俺が叫ぶ。その直後、背後から矢が飛んできて、その魔物を貫いた。
俺はすぐさま距離を詰め、痛みに呻く魔物にとどめを刺す。更にはジークに群がる敵を一体に帯と続け様に斬り伏せ、最後にリーダーらしき魔物を背後から斬り倒した。
最後のリーダーが粒子となって消え失せ、ダンジョンに束の間の静寂が訪れる。
ふぅ……久しぶりのパーティーでの戦闘はやっぱり充実感がある。フィーネやリズちゃんと一緒に戦ったときも楽しかったけど、ずっと一緒の仲間達との戦いは格別だ。
「みんな、お疲れ様。怪我はないかな?」
戦闘が終わるのを確認して、ラナに守られていたフェリスが駆け寄ってくる。
「俺は大丈夫だが、ジークがちょっと怪我をしてる。冒険者が遭難した場所までまだあるから、ここでちょっと休憩しよう。無茶は禁物、だからな」
「分かった、すぐに治しちゃうね」
フェリスが回復魔法を使い始める。
「やっぱり、アレンはすげぇよ」
出し抜けにそんなことを言われて、いきなりどうしたと視線を向ける。ジークはなにやら目を輝かせて俺を見ていた。……なにか変なものでも食べたんだろうか。
「いきなりなんだよ?」
「だから、お前が凄いって話だよ。ギルドではみんなの意思を纏めて、即座に必要な準備を始めてたし、戦闘では全体を見て適切なサポートを入れてくれる。お前は最高だ」
「……マジで変なものでも食べたのか?」
「食べてねぇよ。ただ別の奴と組んでたときに実感したんだ。あいつも決して弱くはなかったというか一流だったけど、お前と比べると全然違った」
「……さっきから、なんなんだ? そんなに褒めてもなにも出ないぞ?」
褒められて悪い気はしないが、それ以上に戸惑う。いままで当たり前のようにこなしていたことを持ち上げられても、どんな風に反応して良いか分からない。
「フィーネちゃんに指摘されたって言っただろ。それで、あらためて一緒に戦ってみると、お前はやっぱり優秀だなぁって再確認したのさ」
「分かる! ボクもアレンに合図されたら、自分がなにをすれば良いか分かるもん。さっきも名前呼ばれた瞬間、あ、あいつに弓を撃てってことだって分かったし」
「そりゃ、ジークの背後に敵が回り込んでたんだから、それしかないだろ?」
「だから、そのタイミングで声を掛けるのが凄いんだって!」
ラナがちょっと興奮気味に話しているがやっぱりよく分からん。
「アレンくんは無意識かもしれないけど、他の人よりずっと周りを意識してるよ。私は離れたところから見てるからよく分かるの」
「ふぅむ……」
フェリスまでもがそう言うのなら、そうなのかもしれない。
「だから、やっぱり俺達がお前に甘えすぎてたんだよ。お前はまだ気にしてるみたいだけど、フィーネちゃんの行動は間違ってねぇよ」
「そこに行き着くのかよ。おまえら、あんな酷いことをされたのに、お人好しすぎないか?」
「たしかに、アレは堪えたよ。だけど同時に自業自得だってのも理解したんだ。それに、フィーネちゃん、ちゃんと謝ってくれたんだぜ?」
「……そう、だったのか?」
フィーネのことだから、いきなり説教を始めたんだと思っていた。一応とはいえ謝ってたって、ちょっと意外だ。
「お前の前ではふざけてるけど、あれはたぶん照れ隠しだ。根は良い子だと思うぞ」
「……絶対騙されてるぞ、それ」
「お前こそ、フィーネちゃんを疑いすぎじゃないか?」
「いいや、そんなことはない。フィーネが白いハンカチを見て『これは白いハンカチだよ?』とか言ったら、なぜ白いハンカチだと言ったのか疑わないとダメなレベルだ」
「どんだけだよ」
「本気で大げさだと思うか?」
「……いや、ちょっとは分かる」
「ほら見ろ」
事実かどうか以前に、フィーネの言葉という時点で怪しすぎなのだ。
フィーネ相手に油断したら、その時点で敗北だ。なにに対して敗北なのかは分からないけど、なにかに負けることは確実だ。
「アレンくんとフィーネちゃんって、昔から仲がいいよね」
フェリスがそんなことを言うので俺は絶望した。
「まさか、フェリスにそんな酷いことを言われるなんて……ちょっと泣きそうだ」
「えぇ? でも、実際に仲いいじゃない」
「そうかねぇ……?」
俺はここ最近のフィーネとのやりとりを思い出す。
アイアンクローをしたり、こめかみをグリグリしたり、口に指を突っ込んで裂こうとしたり、拘束して道ばたに転がしたり、耳を引っ張ったり……うん、絶対に仲よくはないな。
調教がコミュニケーションというのなら話は別だが……さすがにない。
ただ……ジーク達が俺をあらためて必要だって認識してくれたのがフィーネのおかげだって言うのなら、少しだけ、ほんの少しだけ感謝しても良いかもしれない。
今回は珍しく町で大人しくお留守番をしているはずだし、戻ったら少しだけ褒めてやろう。
アレンは、フィーネから目を離した。