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慈悲深いアレン 1

 冒険者ギルドの酒場では、俺を追放した緋色の雨パーティーの失敗を笑う声が響いている。

 だが、俺を追放したのは彼らの意思ではない。正確には、俺の妹によってマイナスの感情を100倍に増幅された結果である。

「……というか、100倍に増幅って、どれくらいなんだ?」

「肩がぶつかったら、一族郎党皆殺しにしたくなるレベルかな?」

「どう考えてもやりすぎだっ!」

 むしろ、そのレベルにまで増幅されてなお、普通に追放ですませてくれた彼らに深い友情を感じるレベルだよ。なんてコトしやがるんだ、このバカ妹は。


「お前もちょっとは、人の立場に立って物事を考えろ」

「……人の立場って?」

「フィーネだって、マイナスの感情を100倍にされたら、俺に辛く当たったりするだろ?」

「やだなぁ、フィーネはそんなことしないよ」

「……その心は?」

「お兄ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんに近付く奴らを一族郎党皆殺しにするから?」

「そんなことだと思ったよ!」

 絶対の絶対、この妹を野放しにしてはいけない。


 だが、いまはそれより、連中のことだ。

 撤退したのなら大事に至ってないはずだが、この噂の流れは不味い。いますぐ、妹のしでかしたことに対する尻拭いをしなければ、彼らの評価が取り返しのつかないことになる。


「みんな、聞いてくれ!」

 俺は立ち上がって声を張り上げた。

 緋色の雨パーティーの失敗を笑っていた者達が一斉に俺を見る。

「あいつらはなにも悪くない。悪いのは(妹を野放しにした)俺だ! それに、俺にとってあいつらはいまでも大切な仲間なんだ。だから、悪く言うのは止めてくれ!」

「おぉ……自分を追放した相手になんて寛大なんだ! さすがアレンだぜ。それに引き換え、こんな良い奴を追放したあいつらはまったくもって度しがたい!」

「まったくだ!」

「アレンが慈悲深い分だけ、あいつらの最低さが際立つな」

「いや、だから違うんだって!」

 慌てて否定するが、なぜか俺の株が爆上げされていく。誰も俺の話を聞いてくれない。妹の陰謀で、むしろあいつらは被害者なのに、評価が取り返しのつかないことに!

 罪悪感、罪悪感っ! 罪悪感がぁっ!

 俺はバンバンバンとテーブルに頭を打ち付けた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。もう良いじゃない」

「良いわけあるか! というか、お前のせいだからな!?」

「でもでも、フィーネのマナ友がいま、緋色の雨パーティーを捕まえたって言ってるよ?」

「……はい? マナ友って……なんだ?」

「大気中にある魔力の根源。魔力素子(マナ)を媒介に、メッセージを遠くの人に伝達するマナフォンって魔法を開発したの。この端末で音声や文字のやり取りを出来るんだよぅ」

「さっぱり訳が分からんが……誰かと連絡をしたってことか?」

「そうだよ。で、その魔法でメッセージをやり取りしてる友達が、緋色の雨パーティーを捕まえたから、フィーネに連絡してきたの」

「……色々とよく分からんが、捕まえたってなんだ?」

「文字通り、捕まえたってことだよ」

「なんで? お前の友達がなんで、冒険者を捕まえてるんだ?」

「だって、その子、魔王の娘だし」

「魔王の娘? なるほど、魔王の娘か。たしかに魔王の娘なら、冒険者の一人や二人は捕まえても不思議はない――って、はあああああああああああっ!?」

 まったくもって意味が分からない。

 というか、魔王の娘と友達とか知られたら不味いと思って周囲を見回すが、誰もこちらを注目していない。どうやら、緋色の雨パーティーの話で持ちきりのようだ。

 俺はひとまず安心……はまったく出来なかったが、考えを巡らす。

 妹が俺以上に規格外なことは知っていたが、まさか魔王の娘と……マナ友? よく分からんが、友達だなんて想像すらしていなかった。


「ええっと、意味不明過ぎて混乱してるから、一つずつ説明してくれるか?」

「良いけど、返事を書いちゃうからちょっと待ってね」

「あ、ああ。それは良いけど……なんて返事を書くつもりなんだ?」

「そこにお兄ちゃんはいないよって」

「……なんでそんな返事をするんだ?」

「お兄ちゃん、さっきから質問ばっかりだね」

 お前が意味不明すぎるんだ! って言葉をギリギリで呑み込んだ俺は頑張ったと思う。


「リズちゃんが――あ、リズちゃんって言うのは魔王の娘のことなんだけど、緋色の雨パーティーを捕まえたから、フィーネのお兄さんは居ないかって確認してきたからだよ」

「……なぜに?」

「うん、分かるよ。お兄ちゃんが居たら、万が一にも捕まったりしないもんね」

「いや、そうじゃなくてだな?」

「億が一に捕まったとき、お兄ちゃんが殺されないように、だよ。だから、お兄ちゃんはそこに居ないって返事を書いてるの。……うん、これで良し。それじゃ送信――」

「あぁ、なるほど――って、ちょっと待てや!」

 俺はとっさにフィーネの行動を遮った。


「えぇ? もう送信するだけなのに」

「いやいや、だから、それをちょっと待ちなさいよフィーネさん」

「待てと言われたら待つけど……急に変な口調になってどうしたの?」

「お前が変なことばっかりいうから、頭がパンクしそうなんだよ!」

 思わず突っ込んでから、そんなことはこの際どうでも良いと思い直す。


「そのリズちゃん? は、俺を殺さないように、捕まえたメンバーの中に俺がいるかどうかを確認してるんだよな?」

「さっきからそう言ってるよ?」

「いや、たしかに聞いてるんだが……そのメンバーに俺がいないって伝えたら、捕まってる奴らはどうなるんだ……?」

「そんなの、皆殺しに決まってるじゃない?」

「やっぱりそうだよな――って、ふざけんな!」

 フィーネの頭をがしっと鷲づかみにした。


「いますぐ、内容を書き換えて、全員解放するように頼め」

「えぇ~、お兄ちゃんを馬鹿にした連中だよ? ざまぁ展開で良いじゃない」

「全部、お前の、せい、だろう、がっ!」

 ぎりぎりぎりと、右手でフィーネの頭を締め上げる。

「痛い痛い、愛が痛いよお兄ちゃん!」

「愛なんて、あるか~~~っ」

「素直じゃないなぁあいたたたっ」

 俺の全力アイアンクローにフィーネが悲鳴を上げる。


「むぅ……そんなに、フェリスねぇが大事なの?」

「分かってるだろ。フェリスは俺の幼馴染みだし、ジークやラナは大切な仲間達だ。というか、フェリスはお前にとっても幼馴染みだろうが!」

「……むぅ。たしかにフェリスねぇは優しくて大好きだけど、同時にフィーネからお兄ちゃんを奪った、にっくき泥棒猫で油断ならない……あ、そうだ。お兄ちゃんが、フィーネと子作りしてくれるなら、助けてあげていたたたたあっ!?」

「良いか、よく聞け。みんなを助けるなら許してやる。だがもしフェリス達が死んだりしたら、俺はお前を絶対に許さない」

 思いっきり睨みつけると、フィーネは視線を泳がせた。そうして明後日の方向を見回した末に、おずおずと俺に視線を戻した。


「あの……お兄ちゃん、一つ聞いても、良いかな?」

「……なんだ?」

「もしかして、わりと本気で怒ってる?」

「あはは! そんな、まさかぁ」

「だ、だよね」

「……本気で怒ってないと思うのか?」

「ひぅ! ……わ、分かった。リズちゃんに、みんなを助けるように連絡するよぅ。だからそのご褒美に、フィーネと子作りを……なんでもないです」

 俺のアイアンクローが強まるのを感じたのか、フィーネはようやく大人しくなった。


「……分かったら、さっさとリズちゃんにマナメールとやらを送れ」

「はいはい、分かりましたよーっと、送信完了!」

 フィーネは手を振るって、なにやら魔法を起動した……が、

「おいおいおいおい、いまのって、さっき送りかけてた内容じゃないか!?」

「そうだけど?」

「そうだけど? じゃねぇよ。みんなを助けるように頼めって言っただろうが!? 俺の話を聞いてなかったのか、このバカ妹!」

 もう一度アイアンクローをしようとしたら、フィーネはチチチと指を横に振った。


「お兄ちゃん。フィーネが本気で、お兄ちゃんに嫌われるようなことをすると思う?」

「思うもなにも、いま実際にしてるだろうが――って、待てよ。もしかしてマナメールの内容は最初から?」

「うん。みんなを保護して欲しいってお願いする内容だよ」

「お前って奴は……」

 フェリス達を死なせるつもりは最初からなかった。俺と交渉するために利用しただけ。


「そういうことなら許す――はずないだろ、このバカ妹~~~っ!」

「やぁん、お兄ちゃんの指が、フィーネの頭をグリグリとぉ……あいたたたっ! 痛い。ホントに痛い。お兄ちゃんの愛が痛いっ! いたたっ。ねぇ、ホントに、痛い。頭が痛いって、あ、あ、あ――いったあああああああっ」

 フィーネが泣いて謝るまでおしおきを続けた。

 

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