油断のならない彼女 3
「いやぁ、助かったよ、にーちゃん。この恩は必ず返すからよ」
「いえいえ、こういうのはお互い様だから、気にしないでください」
「たしかにな。なら、にーちゃん達が遭難したときは、俺達が必ず助けに行くからよ」
「そのときは、頼りにさせてもらいます」
ダンジョンで遭難した冒険者を救出したあと、俺達は街へと帰還。心配して待っているという家族のもとへと送り届けるために、冒険者ギルドへと向かっていた。
「そういえば、俺の娘はお前の妹が相手をしてくれているんだって?」
「たぶんそのはずです」
「そうか、不安がるヒナをずいぶんと励ましてくれたらしい。ヒナからのマナメールに、お前の妹といるから大丈夫だって書かれてるよ」
「そう、ですか。妹がちゃんとやってくれてるようで安心しました」
大人しく留守番をしてるようだし、帰ったらちゃんと褒めてやらないとな。
――と、そんな風に考えながら、俺達はギルドに帰還した。
ドロップ品の売却や、帰還報告なんかがあるので、ジーク達には受付に行ってもらい、俺が代表して冒険者達を、家族が待つ部屋へと連れて行く。
「無事に帰ったぞ!」
「貴方、お帰りなさい!」
「お父さーんっ!」
ギルドの一室で帰還した冒険者と家族が無事を確かめ合っている。それを横目に俺達緋色の雨パーティーはハイタッチをかわした。
ミッションコンプリートという奴である。
「フィーネも、よくやった」
「……え、お兄ちゃん?」
ぱちくりとまばたく。そんなフィーネの頭を優しく撫でつけた。
「お前のおかげで、不安な家族達がずいぶん安心したんだってな。偉いぞ」
「え、あれ? お兄ちゃんがフィーネを褒めてる? え、あれ? もしかしてこれは夢!?」
なにやら、自分のホッペを抓り始める。
そこまで褒めたことなかっただろうか……って思ったけど、よく考えるとフィーネが褒めるような行動を取った記憶自体がなかったな。
「現実だ。俺だって、お前がちゃんとやってたら怒ったりしないぞ。お前は普段めちゃくちゃだけど、本当は優しい子だって、知ってるんだからな」
「あわわっ、お兄ちゃんがフィーネを褒めてる、褒め殺してる! ヤバイよぅ、これヤバイよぅ。フィーネ、凄く幸せだよぅ」
「イタズラしなくてよかったな。本音をいうと、絶対なにかやらかすだろって心配してたんだけど、今回はちゃんと留守番してて偉かったな」
「――はぅわっ!?」
フィーネの身体がビクンと跳ねた。
「……どうしたんだ?」
「え、いや、その、しゃっくり、いまのはしゃっくりだよ!?」
「そんな変なしゃっくりがあってたまるか」
「い、いや、ホントにしゃっくりだよ。――はぅわっ! はうわわぁっ! ほら、しゃっくりでしょ? はぅわぁっ!」
「……いやまあ、お前がそれをしゃっくりだと言いはるならなにも言わんが……」
取り敢えず、関わりたくなかったのでそっと視線を外した。
「にーちゃん、おかげでこうして娘やおふくろに再会できた。本当に助かったよ」
「いえ、さっきも言いましたけどお互い様ですから」
「それでも、助かったことには変わりねぇ。それに、この町に来たばっかりだったっていうのに、無理をして助けに来てくれたんだろ、本当に感謝してるよ」
「そう言うことなら、どういたしまして」
拳を突き出されたので、コツンと拳を打ち合わせる。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はルーニッツだ。にーちゃんは?」
「俺はアレンです、ルーニッツさん」
「アレンだな。あらためて言うが本当に助かった。実は俺のおくさんはパイを焼くのが得意なんだ。だから、今度よかったら俺の家に――ん?」
ルーニッツさんは奥さんに袖を引っ張られてセリフを呑み込んだ。でもって、そのままなにやら奥さんに耳打ちをされている。
……なんだろう? なんか、凄く嫌な予感がする。ルーニッツさんが目を見開き、俺とフィーネを交互に見ているのは……なんでだろうなぁ。
「あー、アレン、すまねぇ。お前には、ホントのホントに感謝している。だから、こういうことを言うのは本当に心苦しいんだが……俺の家に招待はなしだ」
「えっと……ええ、全然かまいませんよ」
「そうか、そう言ってくれると助かる。本当にすまないな。だが、うちにはまだ幼い娘がいるから、えっと……とにかくすまん! ひとまず今日は帰るよ、礼は今度、あらためて!」
「いえ、本当に気にしないでください」
なんだかよく分からない――というか、嫌な予感しかしないが、ルーニッツさん達はそそくさと帰っていく。そしてそれを切っ掛けに、他の冒険者とその家族も帰っていった。
「……おい、どこへ行く?」
逃げだそうとしたフィーネの頭をがしっと掴むと、その身体がびくりと跳ねた。
「えっと……その、フィーネは、そう。お手洗い。お手洗いに行きたいなぁって」
「……後にしろ。あの冒険者、ルーニッツさんの態度が変わった理由を聞くのが先だ」
「うぐっ。それはその……えっと、そう。漏れちゃう、漏れちゃうから! フィーネ、先にお手洗いに行ってきて良いでしょ?」
「ダメだ」
「えぇ!? で、でも、ほら、漏れちゃうよ? フィーネ、ここで漏らしちゃうよ?」
「なら、待っててやるからここで漏らせ」
「えぇぇぇえっ!?」
フィーネの顔が絶望に染まった。でもって、顔からだらだらと脂汗を流し始めるが、下半身からは別になにも漏れていない。
「どうした、漏らすんじゃなかったのか? ほら、早くしろよ」
「えっと……その、う、嘘ですごめんなさい」
「素直でよろしい」と、俺はフィーネの頭に優しく手を乗せて「――で、留守番してるあいだになにをしたんだ?」と問いかける。
「べ、別に変なことは言ってないよ? ただ、お兄ちゃん達が強い冒険者だから、心配しなくても大丈夫だよって話してただけで……」
「ほほう? なら、なんであんな反応になったんだ?」
少しだけ手のひらに力を入れる。
「それはその……あ、あれじゃないかな。フィーネがよく、お兄ちゃんにお仕置きされてるって話したから、お兄ちゃんが乱暴だって思われたんじゃないかな?」
「……お仕置きの話?」
「そうそう。その話をしたから、心配されたんだと思う。フィーネも大丈夫なのかって確認されたし。あ、もちろん、フィーネは大丈夫だって答えたんだけどね!」
「まぁたしかに、俺のフィーネに対するお仕置きは過激なことが多いな」
俺的にはフィーネの自業自得だし、最低限のラインは守っているつもりだが、事情を知らない他人が見たらドン引いてもしかたがない。
――だが、フィーネが白いハンカチを見て白いハンカチだと言ったら、なぜ白いハンカチだと言ったかを疑わなくてはいけない。
「本当はなにを言ったんだ?」
「――ひぅっ」
頭を掴む手を軽く揺すると、フィーネの身体が再びビクンとなった。
「フィ、フィーネ、他にはなんにも言ってないよ? ホントだよ?」
「……ここまで来て、そんな嘘が通じると思うのか? これ以上嘘を吐くようなら……」
「つ、吐くようなら?」
「とくに理由のないお仕置きがフィーネに襲いかかる」
「はうぅ。……じゃ、じゃあ、正直に話したら?」
「ちゃんと理由のあるお仕置きがフィーネに襲いかかる」
「どっちにしてもお仕置きを免れない!?」
なんか、絶望した! と言いたげだが、この状況で他にどんな選択肢があるというのか。
「さぁ、理由のないお仕置きか、理由のあるお仕置きか好きな方を選べ。ちなみに、理由のないお仕置きの場合は、理由が分かったときにあらためてお仕置きをする」
「……うぅ。わ、分かったよぅ。じ、実はお兄ちゃんがフィーナの口の中に指を入れて引っ張るから、フィーネのお口がが裂けちゃうかと思ったって……」
「あん? それって、お仕置きのことだよな……って、待て、そう言ったのか?」
「えっと、その……うん。お口とか、指って言葉は省略したかも?」
「……………………」
さきほどのセリフから、口とか指を省いて考える。ついでに、ルーニッツさん達の反応を思い返し、俺はおおよそのことを察した。
「お ま え は、なにをやらかしてるんだっ!」
「てへっ」
「てへっ、じゃ、ねぇ~~~っ!」
望み通り裂いてやると、フィーネの口に両手の親指を突っ込む。
「やぁん、お兄ちゃんのが、フィーネの中にぃ……。あががっ! そ、そんなにしたら、ホントに裂けひゃう! フィーナのが、裂けひゃう~~~っ!」
フィーネにたっぷりお仕置きをする。
なお、この声が部屋の外にだだ漏れだったらしく、俺の悪い噂が物凄い勢いで広がった。