油断のならない彼女 2
冒険者ギルドにある一室には子供達や奥さん方が集まっている。遭難した冒険者達の身内で、皆一様に不安そうな顔をしている。
そんな家族達の宥め役を買って出たフィーネは、最初に駆け込んできた幼女をお膝に乗せて、安心させるようにその頭を撫でつけていた。
「そういえば、お名前を聞いてなかったね。私はフィーネ。貴方のお名前は?」
「えっと……私はヒナだよ」
「そっか、ヒナちゃんだね。それじゃ、ヒナちゃんのお父さんのお名前は?」
「お父さんはルーニッツ、だよ」
「そっか。じゃあ、ヒナちゃん。ルーニッツさんは、フィーネのお兄ちゃん達が絶対の絶対に助けてくれるから、そんな風に不安がらなくても大丈夫だよ」
腕の中で怯えている。そんなヒナの身体を優しく抱きしめる。
「……ホントのホント? あのおにぃちゃん、お父さんを助けてくれる?」
「ホントのホントだよ。フィーネのお兄ちゃんはすっごくすっごく強いんだから。絶対のぜーったいに大丈夫。きっともうすぐ、お父さん達のところに到着するよ」
もちろん、絶対なんて冒険の世界ではありえない。アレンが到着する前に、遭難した冒険者が敵に襲われる可能性だってある。
だけど、フィーネはそんな内心を決して表には出さず、大丈夫だとヒナを安心させた。
「嬢ちゃん、あんたのお兄さんはそんなに強いのかい?」
向かいに座っていたおばさんが声を掛けてくる。同時に、周囲の視線が集まっていることを意識する。ヒナ同様に、みんな心配を隠しきれないようだ。
「お兄ちゃんは、凄く強いよ。剣も魔法も得意だし、強力なバフも使うことが出来る。お兄ちゃんが居れば、パーティー全体の底上げが可能なの」
フィーネの言葉を皆が聞き入っている。
自分達の家族が助かると思える情報が少しでも欲しいのだろう。そう判断したフィーネは、更にみんなの話を続けていく。
「それに、お兄ちゃんの仲間達も強いよ。ジークさんは敵の攻撃を一身に引きつける優秀な聖騎士だし、ラナさんは遠近どっちでも対応可能なアタッカー。そしてフェリスねぇは回復魔法が得意な聖女なの。だから、怪我をしている人が居ても大丈夫だよ!」
フィーネが自信を持ってみんなに訴える。
もしこれで遭難した冒険者になにかあったら、家族の怒りはフィーネに向くだろう。だけど、それを理解した上で、フィーネは自信満々に答える。
……フィーネならいくら責められたってかまわない。アレンお兄ちゃんがみんなに責められるのに比べたら、フィーネが罵られるのは平気だもん。
フィーネは心の中で呟いて、兄のために自信満々な笑みを浮かべ続ける。
その甲斐があったのかどうか、ほどなくフィーネの腕の中からマナメールの着信音が鳴り響いた。皆の視線が一斉にヒナの手元に集まった。
「お父さん、無事に合流できたって! みんな無事だって書いてあるよ!」
ヒナが明るい声で言い放つ。その瞬間、部屋は歓声に包まれた。
怪我をした冒険者も、フェリスによって治療は完了。あとはみんなが無事に帰ってくるのを待つだけとなり、部屋の中は一気に弛緩した空気となった。
「おねぇちゃんのおにぃちゃん、本当に強いんだね!」
「ふふ、そうだよ。フィーネのお兄ちゃんは世界一強いんだから」
内心では安堵のため息を吐きながら、決してそれを表には出さない。
「おねぇちゃんは、おにぃちゃんのことが好きなの?」
「うん。フィーネはアレンお兄ちゃんが大好きだよ」
「じゃあじゃあ、置いて行かれるのって寂しくない?」
「それは……」
フィーネはすぐに答えることが出来なかった。
「……おねぇちゃん?」
「あ、うん。えっと……ヒナちゃんは、お父さんに置いて行かれるのが寂しいの?」
「うん。私も冒険者になって、いつかお父さんと一緒にダンジョンに潜りたいの! でも、ヒナはまだ小さいからダメだって言われて……いつもお留守番なんだぁ」
「そっか、フィーネと同じだね」
「おねぇちゃんもお留守番なの?」
「うん。お兄ちゃんには、強くて頼もしい仲間が居るからね」
いまより小さい頃のフィーネは、幼さを理由にダンジョンに連れて行ってもらうことが出来なかった。だから、フィーネは魔法を必死に練習して強くなった。
だけど、その頃には緋色の雨パーティーが確立していて、フィーネの入る余地はなかった。
それを寂しく思わなかったといえば嘘になる。
最初は、フェリス達に嫉妬だってした。だけど、兄が凄く楽しそうにみんなと話しているのを見て、兄には必要な仲間達なんだって受け入れるようになった。
だから、フェリス達に精神干渉の魔法を掛けたのは、フィーネなりのお節介だ。
努力を忘れて兄に頼るようになった仲間達を見て、このままじゃいつか分裂してしまうと思った。実際、周囲からはそんな彼らに対する陰口が聞こえるようになっていた。
だから、フィーネが意図的に問題を発生させて、その解決までをコントロールした。
それを兄に一切言わないことや、やり方がどう考えてもおかしいことは、フィーネのフィーネたるゆえんだろう。基本的には不器用な女の子なのだ。
「ヒナちゃんは、大きくなってお父さんと一緒に冒険が出来たら良いね」
フィーネは自分の内心は隠してヒナの頭を撫でつける。
「ありがとう! おねぇちゃんも早く、あのおにぃちゃんと一緒に冒険出来るようになったら良いね!」
「そう、だね」
悪意のないヒナの言葉に、フィーネは少しだけ困ったように微笑む。
「嬢ちゃんは、そのお兄さんとは仲が良いのかい?」
見かねたのか、向かいのおばさんが話しかけてくる。
「うん。フィーネはアレンお兄ちゃんと凄くすっごく仲が良いよ。以前は別々だったけど、いまはフィーナのところに帰ってきてくれるから大丈夫!」
「そうかいそうかい。兄妹でずいぶんと仲が良いんだねぇ」
微笑ましい目で見られる。
フィーネは既成事実を作るチャンスだよ! と思った。
「フィーネはお兄ちゃんにとっての鞘なの。冒険から帰ってくると、熱くなった想いをフィーネにぶつけてくるから、フィーネはそれを身体で受け止めるんだよぅ」
「……え? あんたの身体で、かい?」
「うん。このあいだも(怒りで)滾ったお兄ちゃんが、その感情のままにフィーネの(口の)中に(指を)入れてきたから、フィーネは(口が)壊れちゃうかと思ったよぅ~」
ざわわっ! と親御さん達がざわめき始める。フィーネはその誤解が致命的に加速するように精神干渉の魔法を使った。
フィーネは、お兄ちゃんやその仲間以外になら精神干渉の魔法を使っても、だいじょーぶ。
「えっと……あんた達、兄妹、なんだよね?」
「うぅん。フィーネはもらわれっ子なの」
フィーネの爆弾発言に、再びざわめく親御さん達。
「もらわれっ子……それを良いことに、欲望のままにいたしたのかしら?」
「じゃあ、もっと幼い頃から……?」
「壊れちゃうくらい激しく?」
「こんなに幼い子に滾った思いをぶつけるなんて……」
致命的なレベルでアウトな内容を囁く声が聞こえてくる。
「あ、あんた、その……色々と大丈夫なのかい?」
「うん。最初は凄く痛かったけど、何度もされるうちに、あれはお兄ちゃんなりの愛情だって分かったの。だから、フィーネはだいじょーぶ!」
「そ、そうかい。本人が幸せなら、他人がとやかく言うことじゃないのかもしれないね。だけど、その……ちゃんと責任は取ってもらうんだよ?」
「うん。フィーネ、お兄ちゃんに責任取ってもらうよ!」
無邪気に言い放つ、フィーネは完全に確信犯である。
フィーネは色々考えてはいる。
考えてはいるが……結局のところは鬼畜属性なのだ。だから、少し、ほんの少しまともそうに見えることがあっても、決して、決して油断してはならない。
これは、そんな教訓のお話。
『不遇の聖者はサードライフを謳歌する』
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――さあ、報われない日々に終止符を打ち、充実したサードライフを謳歌しよう。
セツナと弟子達の波乱に満ちた日々の物語。
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