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鈴木くん暴走中  作者: 時田葉太
1/1

転校生

秋山(あきやま) 小春(こはる)、高校二年生は小心者である


根暗でのろまで弱虫な彼女はいじめが原因で五月の下旬という微妙な時期に転校し、今日がその転校初日



先生に呼ばれるのを待つ彼女は緊張で足を震わせる


しかし脳裏に浮かぶ親の顔が震えを止めてくれた



勇気を振り絞り全てを打ち明けた時の

両親の悲し気な表情


そして痛くて辛くて苦しい思い出



あんなものは二度と御免だ、と

今日から自分は変わるんだ、と

決意を固める彼女の耳に自分を呼ぶ声が飛び込んだ


まずは…そう

元気に明るく

第一声は大きくハキハキと


戸を開けて集中する慣れない視線に耐えながら、彼女は教卓の前に辿り着く



小春「はじめまして!秋山小春です!今日からよろしくお願いします!」


特におかしな所は無い

声も裏返らなかった


まずまずの滑り出しにホッと胸を撫で下ろす


先生「みんな仲良くするように、席は……?」


小春「?……!?」


先生が不自然に口を止め、向けた視線を追う小春


そこには廊下からのらいくらりと此方へ向かってくる男子生徒の姿が在った


教室では男女問わず何人かが溜め息を吐く



異様な雰囲気を放つ彼に小春は一瞬で嫌悪感を感じていた


長年培ってきた常人には備わってない感覚、所謂シックスセンスを彼女は有する


自慢出来たものではないが、彼女は見ただけでその人がいじめっ子かどうか分かるのだ



そして今回、彼を見た瞬間に込み上げてきた感覚は彼女の人生で最大級のものだった


関わりたくない

どうかお願いだから通り過ぎて


彼女の願いも虚しく

彼は教室の戸を開ける


「うぷっ…はぁ、気持ち悪ぃ…ん?」


だらしなく伸びた彼の前髪越しに小春と視線が合った


小春「………」


髪の奥から覗く獣の様な視線に、彼女は逃げることも出来ずに固まる


彼女の中で数分とも数時間とも取れる嫌な時間は彼が無造作に動き出す事で終わりを告げたが、安心するには程遠い


小春「…?」


自分に近付きしゃがみこんだ彼に小春は警戒を解かないが、彼の行動はあまりに不規則で予想など出来なかった


「えりゃ」


小春「っ!?」


全クラスメイトの前で彼は堂々と彼女のスカートを捲った


不幸中の幸いは教卓の前に立っていた事によって見えたのが彼と先生だけだったということ


「カーーッ!色気の無ぇことで」


彼女はすぐにスカートを抑えるが、羞恥心と聞きたくもない感想を受けて既に顔を赤くして泣きそうになっていた


最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ



消えて無くなってしまいたい


負の感情がピークに達して瞳から溢れて落ちる一歩手前



先生「貴様!女の子になにしてくれてんだボケー!!」


「オプッ…!」


女教師のロウキックが彼の顔面に炸裂した


「いいじゃねーか、減るもんでもなし」


後方に転がった彼はすぐに体制を直し屁理屈を言う


キックに対するダメージも殆ど見られず、先生はため息混じりで「席につけ」と促すと彼は不気味に笑いながらも素直に自分の席に着いた


先生「災難だったな…」


小春「………」


泣きそびれた彼女は軽く放心状態

返事も出来ず、かろうじて頷くのが精一杯


先生「席は…鈴木の隣しか空いてないな…いいか?」


唯一の空席を確認するとそれは一番後ろの窓側から二列目の席


隣の席では先程の男子生徒が卓上に足を乗せ既に鼾をかいて寝ていた


小春「だ…大丈夫です」


正直死ぬほど嫌だったがここでまた一悶着起こしても後々の学校生活に支障が出る

そう考えた彼女は次の席替えまで耐える道を選んだ



彼女が席に着くまでの短い時間

集まる視線に一番最初の好奇心は一切無く

全てが哀れみに変わっていた


席に着くと前の席の女子生徒が速筆で何か書き上げ、書いたメモを小春の机に置く



『前にそこにすわってた人不登校になってそのまま退学したの…あとウチの学校せきがえないから』


小春「………」


小春にとってそれは死刑宣告以外の何物でもなかった


転校初日

彼女の未来は暗い絶望に覆われ


前が見えなくなった






…………





昼休み、今のところ何の音沙汰も無く彼女は昼食を迎えていた


隣の鈴木くんは朝のホームルームから四時限の終わりまでずっと寝っぱなし

朝の様な嫌がらせはおろか、会話すら一言もしていない


少し気を張りすぎていたのかもしれない、と

彼女は少し安心しながら鞄から弁当箱を取りだそうとした


小春「あ、あれ?」


鞄の中に弁当箱が無い


朝に弱い彼女は寝惚けて弁当を入れ忘れていた


しかし一食抜いたところで大した問題でもないと思った彼女は今日のところは我慢する


根っからの帰宅部である彼女にとって昼食を抜くのは死活問題でもなんでもない



「弁当無ぇのか?」


小春「!?」


いつの間にか起きていた鈴木くんに声をかけられ、油断していた小春は身を跳ねさせ驚いた


いずれは起きるとは思っていたが出来ればもう話し掛けてほしくなかった


「これやるから食えよ、食わなきゃ殺す」


物騒なことを言いつつ鈴木くんが取り出したのは彼に似つかわしくない比較的小さな可愛いお弁当箱


まるでOLがダイエット中に食べるそれだった


小春「………」


「今日のテーマは『OL弁当』だ!昨日は『世界の珍味弁当』だったからお前ラッキーだな」


訳の分からない解説は聞き流したが、ラフな脅迫を受けた手前、彼女は食べない訳にはいかない


蓋を開け、中身を確認しても変わった具は入っていない


例えここに食べ物が入ってなかったとしても過去に消しゴムやスティック糊を食べさせられた経験を持つ彼女としては何とかやり過ごせる自信はあったが



なるべく毒の入ってなさそうな物を選び、最終的にきんぴらごぼうに箸をつけた彼女は恐る恐る口に運び、そしてゆっくりと咀嚼した


小春「ん…美味しい」


味にも特に問題は無い

ただ、隣で恍惚の表情を浮かべる鈴木くんが気になってしょうがなかった


小春「なん…ですか?」


「俺、女が飯食ってるの見てると興奮すんだよ」


ただただ気持ち悪い性癖で小春も普通に引く

そしてその性癖の対象が自分である事実に鳥肌が立つ


小春「変態…ですね」


朝、スカートを捲られた細やかな仕返しとして彼女は生まれて初めて誰かを罵倒した


「いいから黙って食え」


囚人に対する監守の様な素っ気ない返事

この対応には慣れてる


これは彼女の処世術の一つだが

こんな風に言われたら素直に命令に従うのが一番被害が少ない



彼女はお弁当を黙々と食べ

結果、米粒一つ残さなかった


食べていて気付いたことはおかずの一つ一つに手が込んでいて、どれも一般家庭のお母さんレベルであること


こんなおぞましい人間でも親は普通なんだと思うと、彼女は安堵を禁じ得ない



小春「…ごちそうさまでした」


鈴木くんの施しを受けるのは癪だったが、お弁当に罪は無い

少なくとも両手を合わせる程度には敬意を表せる味だった


「んじゃ俺はまた寝るから放課後になったら起こせよ、シマシマ」


小春「え…あ、うん」


呼び名が下着の柄になってしまっている事も訂正出来ず、彼女は眠りゆく鈴木くんをただ見守る


彼女に彼の考えは解らず

底無しに困惑しながら昼休みを過ごした




鈴木くんは宣言通り放課後までぐっすり夢の中


帰りのホームルームが終わっても起きようとはしない


「起こせ」とは言われたものの彼女は迷っていた


起こしたところでどうせろくなことにもならない

かといってそのまま帰れば後日、何かしらの報復があるかもしれない


小春「………」


迷った末、彼女は荷物を纏めて帰り支度を始めた


迷ったらとりあえず逃げる

前進か後退かなら後退を選ぶ


彼女はそんな人だった


逃げて逃げて逃げて逃げて逃げる


そんな人生だった


今までも、そしてたぶんこれからも




でも今回は逃げられなかった



「何勝手に帰ろうとしてんだ、シマシマ?」


あと一歩で教室を出るところ

捕食者の視線が彼女の背中に突き刺さった


椅子をずらし、背後から一歩一歩自分に近付く音


「起こせって言っただろうが…」


息が髪にかかる

そんな距離で彼は言った


「逃がさねーぞ」



小春「……っ!?」


首に回された手

慣れたはずの感覚に違和感を感じる


気付けば冷たくてゴワゴワした物が自分の首に巻かれていた


それは明らかにチョーカー(首輪)である



「お前は今日から俺の犬なんだから、勝手に帰んじゃねーよ」


首に回されていた手は口許に移動して両端から人指し指を突っ込まれる


「ほら、『わん(はい)』って言えよ」


小春「ふぁ…ふぁん」


彼女にとって無抵抗は当たり前

何の躊躇いも無く言われた通りに返事をした


「ケッケッケッ!んじゃこれから散歩いくぞ、シマシマ!」


小春「??…っ!?」


鈴木くんは満足そうに笑うと彼女の首輪を掴み、引き摺りながら移動し始めた



校門の前で立ち止まると何処かに電話をかけ、数分後にはタクシーが来て二人で乗り込む


「マイアミモールまで」


行先は隣町にある大きなショッピングモール


しかし行先を聞いた瞬間、小春の顔は青冷めた


小春「あ、あの…そこは止めませんか…?」


「犬がご主人様に意見してんじゃねーよカス」


小春「…ごめんなさい」


最終的に言いくるめられたが彼女が嫌がるのには理由がある


隣町には彼女が以前通っていた学校が在り、そこの生徒とエンカウントしてしまうのが嫌なのだ


しかし最凶の監視と車と言う密室の中、彼女は逃げることも出来ず、遂には来たくもない場所に戻ってきてしまった



強引に手を引かれ、鈴木くんが真っ先に向かったのは女性物の下着売場


いよいよ変態に拍車がかかってきたところで鈴木くんはなに食わぬ顔で上下合わせて5.6セットの下着を選ぶと小春に持たせて次に洋服を吟味し始めた


持たされた下着はどれもこれも彼女にとってはワンランク大人な物ばかり


小春『こ、これなんてほぼ紐だよ…』


あまりの刺激に今の状況を見失いながら呆けていると近くに居た若い男女数人と目が合った



小春「……!?」


最悪のタイミングで最悪の人物と再会する


その男女は前の学校で小春を虐めていたグループだった



その内の一人が嫌な笑みを浮かべながら小春に手招きする


きっとまた何かされる

そう思いながらも彼女は逆らえない



小春「す、すいません、ちょっとお手洗い行ってきます」


「おー、早く戻ってこいよー、逃げたら殺すからなー」


鈴木くんは服選びに集中してる様で、服から目を離さず空の返事を返した


そして彼女は持っていた下着をカゴに移し変えると早足でいじめっ子の元へ向かう



小春「な…なんですか…?」


「久しぶり、ってほどでもないけど積もる話もあるからさー、ちょっと移動しようよー」


小春「……はい」


小春は金髪のギャルに乱暴に引っ張られ、普段誰も訪れないショッピングモールの屋上に連れて行かれた



「なんか男と一緒に居たっぽいけど、何?彼氏?」


「こいつに限ってそんなわけねーべ」


「きっとまた俺らみたいなのにいじめられてんだろ」


本人を前に好き放題言ってるが全て事実

小春に言い返す気は元々無いが、反論も出来ない


「まぁんなことどうでもいいんだけどさー、今ウチらちよーっとピンチでさー、また前みたいにお小遣いちょうだい」


小春「………」


以前から度々金銭を巻き上げられてきた小春

いつもならさっさと差し出してしまう所だが、今日は違う


転校にあたって小さなアパートで一人暮らしを始めた彼女

決して裕福とは言えない家庭で我儘を言い、親から生活費まで出してもらってる身としてここは断固として拒否しなければならない



小春は震えながら俯き、首を横に振った




「あ?何調子こいてんだテメー」


小春「…っ!!」


彼女の初めての抵抗にギャルは目の色を変え、強烈なビンタを放った


倒れこんだ小春を何度も足蹴にし、怒りを露にする


そしてその背後で、何が面白いのか男達が笑う


「オメー何様だよ!学校変えたからってオメーは何も変わってねーんだよボケッ!!」



確かに

何一つ変わってない


それが悲しくて悔しくて情けなくて

小春は泣いた


何も言い返せない自分に

泣いた



気が付けば財布に伸びる手

必死で中身を掴み取り、グシャグシャになったお札をギャルに差し出した


「そうだよ、最初から素直に出せよ、つーかけっこう持ってんな」


ギャルは満足そうに笑うと小春の手から乱暴に金を奪い取った


「でも今日は反抗的だったから許してあげない、ちょっとあれ貸して」


「えげつねーな、まぁあんまやり過ぎんなよ」


男の一人がニヤニヤしながら言うと、鞄から警棒を取り出してギャルに手渡す


小春「そ、そんなもので殴られたら…死んじゃう…!」


「大丈夫だよ、加減するから」


「そんな器用なこと出来んのかよ(笑)」


「とりあえず俺は動画撮っとくわ(笑)」



何処に行っても変われない、逃げられない

これが自分の運命ならば

もう醜く生にしがみつくのは止めるから

いっそこの場で殺してください


幸せも忘れてしまった少女は

心の底からそう願った



「もう一度最初から、その体に再教育してあげる!」


振り下ろされた警棒を見て

小春は安らかに目を閉じる



しかし来るはずの衝撃は

耐えられないほどの痛みは


いくら待っても訪れなかった





「遅えから探してみりゃ、何やってんだお前ら?」



十数分しか経っていないのに懐かしさすら憶える声が小春の耳に届いた


目を開けるとそこには鈴木くんが鎖骨で警棒を受け止めながら立っている



「つーか再教育って…こっちの台詞なんだけど、なぁ、佐々木の絵梨ちゃん」


「あ…あ…鈴木…くん」


鈴木くんが現れた瞬間、明らかにギャルの様子がおかしくなった

そしてどうやら二人は知り合いらしい


絵梨(えり)と呼ばれた彼女は顔に恐怖を張り付け、膝を笑わし尻餅をつく


そんな抵抗力0の彼女から鈴木くんは軽く警棒を取り上げ、男達に指をさす



「おいお前ら、こいつとヤったか?」


「まだヤってねーよ」


「俺も…つーか誰だよお前?」


訊くだけ訊いて相手の質問を無視する鈴木くん


ポケットから出したヘアゴムで邪魔な前髪をのんびりまとめだした



「ガッ!?」


「ベオッ!?」


そして髪をまとめ上げると同時に手に持った警棒を二人の首筋に叩き付ける


「訊いたこと以外喋んなカス」


運が悪ければ最悪死に至るような一撃を彼は顔色一つ変えずに行った


その結果、二人はそのまま気絶し

地に伏せる



「俺以外に股開かないって言い付けはちゃんと守ってるみたいだな、佐々木」


絵梨「………」


「だけど…」


鈴木くんはまだへたりこんでいる彼女の前にしゃがみこむと、髪の毛を鷲掴み顔を引き寄せた


「玩具の分際で俺の玩具壊そうとしてんじゃねーよ」


髪を掴んだまま無理矢理彼女を立たせると二人は獣の様に強引なキスをした


小春「!!?」


長めの口付けが終ると鈴木くんは小春の方に振り向き、屋上の扉前に置いてある大量の荷物を指差す


「お前はあれ持って正面入り口ん所で待ってろ、俺はちょっとこいつに再教育する」


絵梨「ここで!?」


「文句あんのか…?」


全力で首を横に振る彼女を横目に小春は言われた通り荷物を持って正面入り口に向かった


とにかく自分が居るべき空間でなくなる事は間違いないので自然と駆け足になる




ぼんやりと待つこと一時間半、ようやく二人が姿を現したが小春の予想通りただならぬ様子

醸し出していた


特に絵梨の方は息を乱し、脚を震わせ、顔をほんのりと赤く染め、立っているのがやっと

しかしその表情はどこか艶やかで憂いに満ちていた


鈴木くんは鈴木くんで全身がミント味にでもなったかのような爽やかな顔をしていて、それはそれで気味が悪い



そんな異常な二人の間に何があったのか、小春は興味も無いし聞きたくもなかった


ただただ絵梨の変貌ぶりに驚くだけである



その後、三人で薬局と食品売場に寄り、鈴木くんの個人的な買い物の荷物を荷物持ち2号の絵梨が持たされた


そして全ての買い物が終わる頃には日も完全に沈み、辺りは暗くなっていた


そろそろ帰れるのかと思いきや、鈴木くんはまたしてもタクシーを呼び二人を強引に乗せると自宅であると思われる住所を言って発車した


それにしても高校生がタクシー移動とか…どれだけ贅沢なんだ

一般市民の小春としては考えられない常識を少し妬みつつ隣に座る絵梨の顔を覗いた



絵梨「なによ…?」


小春「それ…」


明らかに不愉快そうな顔をする彼女の首を指差す小春

そこには自分と同じチョーカーが


絵梨「これ?何か知らないけど、また変な趣味でも増やしたんじゃないの?」


小春「同じ…だね」


何を思ったのか、小春の口許は嬉しそうに少し緩んでいた


小学生以来、友達と呼べるような人が居なかった小春としては例えどんな理由であれ他人が自分と同じ物を身に付けてるのは少し嬉しかったりする


しかしこんなものは学生服をペアルックと言っている様なもので、つまりは小春もまたどこか常識の抜けた娘だった



絵梨「は!?違うし!私のはなんつーかちょっと特別なんだし!」


「うるせー、一緒だバカ」


絵梨「―――っ!?」


醜く喚く彼女の頭に鈴木くんは拳骨を落とす


何も言えなくなった彼女は涙目で小春を睨んだ


小春「え、あ、ごめん…なさい」


小春が反射的に謝ると同時にタクシーが止まり、目的地に到着した


基本的に俯いていた小春に景色を見る余裕は無く、タクシーから降りた彼女は驚愕する


小春「!?」


タクシーは小春が今住んでいるアパートの前に停まっていた



今までとはまた別種の恐怖を感じながら固まっていると鈴木くんが彼女の頭に手を置く


「どうした?早く行くぞ」


その手は正に「お前の全てを掌握してる」と言わんばかり


身も心も強迫されながら自宅に向けて歩き出すと頭に置かれた手に力が入り、彼女は後ろに仰け反って首を痛めた


「そっちはお前ん家だろ、俺ん家はこっちだボケ」


小春「え…?」


鈴木くんはアパートの向かいに建つ大きなマンションを指差した


「お前まだカーテンもつけてないのに窓際で堂々と着替えるもんじゃねーぞ(笑)」


小春「えーー!?」



真実とは時に残酷で目を覆いたくなる

彼女の場合、その頻度が多すぎていっそ目を潰したくなるが…既に何度か失敗している


彼女は自信を持って言える

「神様なんて居ない」と


仮に居たとしてもその神様はとっくの昔に彼女を見放している


そうでなければこの天井知らずの不幸に説明がつかない



小春『こんな悪魔みたいな人が四六時中近くに居るなんて…』


とりあえず彼女の最優先次項が『カーテンをつける』になった。



「ぼさっとしてないでさっさと来い」


心の整理もする暇が無く小春は首輪を掴まれ引きずられる


小春「うぐっ…それ止めてください」


絵梨「ちょっと荷物は!?」


「全部持って来い!」


絵梨「一人で!?」


立派なオートロックの扉を抜け、センサー付きのエレベーターに乗り、カード付きの玄関を開ける


防犯対策もバッチリで見るからに値段も張りそうなマンション


もちろん中身も外観に劣らず立派で広くて部屋数も多い


絵梨「ハァハァ…重っ…どこ置いとけばいい?」


「とりあえずテーブルの上でいい」


綺麗なリビング

絨毯やカーテン、そしてソファ等の家具類も一目で良い物だとわかる


鈴木くんは買ってきた物を大きな冷蔵庫にしまうとそのままキッチンで料理の支度を始めた


まさかこの男、料理出来るのか?

小春のそんな不安と疑いの目を他所に鈴木くんは慣れた手付きで食材を調理する


長い髪を後ろで束ね、エプロンまで着ける徹底ぶり


これで出来上がった料理が不味いなんて事があったらもはや手品の域である



絵梨「ねぇねぇねぇ、何買ったのー?」


既にソファで寝っ転がっている絵梨が服の入った紙袋を見詰め興味津々に訊いた


「欲しいなら欲しいって言えよ、まわりくどいハゲだな」


絵梨「ハゲてねーし、言ったらくれんの?」


「沢山買ったから一着だけならいいぞ、あとは全部シマシマのだ」


絵梨「よっしゃー!(シマシマ?)」


GOサインが出てすかさず紙袋を漁る絵梨

その横では未だ立ち尽くしてる小春が驚愕の顔をしていた


小春「こ、これ私のなんですか!?」


「シマシマなんて奇妙な名前のやつが他に居んのかよ?」


小春「シマシマじゃないです!秋山、秋山小春です!」


半日以上一緒に居てようやく自己紹介


「ああそうだ、全部小春のだぞ」


絵梨「…?」


小春「目的がわからないです…!」


タダより高い物は無し

上手い話には絶対に裏がある


少なくとも彼女にはそんな都合の良い話は信じられなかった


「俺的には犬に服着せるマダムと同じ心理だ、そう深く考えるな面倒臭い」


絵梨「要らないならあたしが貰っても…」


「そんな欲張りな君の頬にこの熱々のフライパンをプレゼント」


絵梨「恐い…恐いしその喋り方キモい」


小春「………」


軽蔑、暴力、罵声、苦しみ、劣等感、挫折、傲慢


それ以外の物を他人から貰うのは初めてで

もどかしいのに嬉しくて


なんだかとても

悔しかった



《途中》

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