第51話
アッシュの折れている右手が、その威力を半減させた。
ぶつけた盾は、オーガの腰へ浅く刺さったにすぎなかった。
じろりとアッシュを睨みオーガの腕が振り払われる。胸に直撃を受けたアッシュはまた吹き飛ばされる。
息ができず、意識が遠退く。
「や、めろ」
オーガに向かって手を伸ばすが届かない。アッシュの手は空を掴み、急速に意識が落ちていく。
完全に気を失う直前、アッシュが見たのはファングに噛みつこうとしているオーガの姿だった。
「やめなさい」
気を失い、倒れているアッシュの背後、森の木々の間からゆっくりと進み出る人影があった。
それは黒く長い髪の、少女。
その少女はアッシュを愛おしそうに見つめるとオーガへ向かって歩き出した。
興奮状態のオーガは少女に向かって牙を向く。
噛みつこうとしていたファングを投げ捨て、少女へと襲いかかった。
「やめなさい」
しかし、再び発せられたその言葉で、オーガはピタリと動きを止めた。
少女の優しく、柔らかな一言で。
「この子達にここで死なれては困るの。分かってくれるわよね?」
あどけない少女の笑顔とは裏腹に、有無を言わせぬ何かがある。
オーガは腰を落とし少女の前に座り込む。
「ありがとう、あなたはとても優しい子。仲間を殺されたあなたの気持ちは分かるわ。だからちゃんと、別のおもちゃを用意してあげる」
少女に頭を撫でられると、オーガは静かに立ち上がり森の中へと消えていった。
少女は投げ捨てられたファングに近づく。
オーガに強く握られたが、ファングは生きていた。
しかし、呼吸が荒い。
「無事でよかったわ、ファング。でも少し辛そうね」
体に手を添える少女をファングが見つめる。
「そう、まだ生きたいのね。ならもう少し、あなたに力をあげるわ」
少女はファングの牙で自らの指を傷つけるとその血をファングの口へ注いだ。
「これからも彼を守ってあげてね」
優しくファングの体を撫でた少女は立ち上がり、アッシュの元へ向かう。
気を失い、倒れているアッシュを見つめる少女の目はどこまでも優しかった。
少女はアッシュの頭を撫で、頬を撫でる。愛しい我が子のように。
少女は笑顔のまま立ち上がり、軽い足取りで森の中へと消えていった。
「またね、━━━━」
アッシュは遠くに少女の無邪気な笑い声と、捨てた自分の名を呼ぶ声を聞いた気がした。




