第9話
初めて見るオークという魔物。
人間の大人と変わらないほどの身長だが、体を覆う筋肉の量が一回りも二回りも大きく見せている。
鼻は豚のようで、下顎からは二本の牙が生えていた。
オークは多少の知能を有し簡単な武器や道具なら作ることができる為、より知能の低い魔物を従えることができる。
更に、なかには多少人間の言葉を理解することができる個体も存在するという。
戦うことに慣れていない人間は、彼らに為す術なく殺されることになるだろう。
戦ってはいけない、逃げなければいけないという考えが二人の頭を過る。
しかし、このまま後ろを振り返り走り出しては、巨大な棍棒の餌食になるだけだろう。
逃げるという行為は二人が思っていた以上にずっと、難しいものなのだ。
次の行動が決められないうちに、オークは既に広場の中央まで出てきていた。
「ディーン、先に逃げろ」
アッシュは円盾を構えながら言った。
「無茶だよアッシュ。オーク相手に1人で戦おうって言うのかい」
「お前のその装備だと、どこを殴られても致命傷だ」「でも」
「聞いてくれ」
オークを見据えたままアッシュはディーンの言葉を遮った。
醜悪な顔をしたオークは口の端をひきつらせながら奇妙な声を出しており、すぐにこちらに襲いかかってくる気配はない。
「これを、持っていってくれ」
そう言うとアッシュは腰から手斧を外しディーンに渡した。
「俺はこんなところで死ぬつもりはないよ。やらなきゃいけないことがあるだろ?だから、生きて帰る為にこれをお前に渡すんだ」
必ず行くから待っててくれ、そう言ってアッシュはディーンの後ろへ視線を送った。
「分かった。必ず、来るんだよ」
ディーンは後ろを振り向くと、入り口へ向かう通路へと飛び込み駆けていった。
ディーンが去った後をオークは追わなかった。辺りを見回し今も何かを喋っている。
それに対しアッシュも動くことができなかった。対峙した威圧感が、今までに経験したことのないものだったからだ。
盾を構え直し剣を握り直す。ファングはその後ろで牙を剥き出している。
そして、パタリとオークの声が止まる。首を巡らしアッシュを睨み付ける。
次の瞬間、耳をつんざく叫び声を、体の芯を凍らせる叫び声をあげオークが突進してきた。




