第8話
仰向けに寝転がり、アッシュは亀裂の間から見える空に手を伸ばした。
「生き残れたんだな」
手を下ろし短刀が掠めた脇腹を擦る。傷は付いているものの、鎖帷子はしっかりとアッシュの体を守っていた。
武器も防具も、商隊を離れる時に父が餞別としてくれたものだった。
「父さんと先生に感謝しないとね」
一通り広場を確認してきたディーンがアッシュの横に座る。
それを聞いたファングが不機嫌そうに尻尾を振っている。
「ああ、もちろんお前にも感謝してるよ、ファング」
アッシュは苦笑しながらファングの頭を撫でた。
もとはゴブリンだった粘液に囲まれ、決して気持ちのいい場所ではなかったが、アッシュもディーンも今はまだもう少しここで休んでいたかった。
ピクリと、ファングの耳が動き広場の奥の通路へと向く。それは先程ゴブリン達が逃げようとしていた通路だった。
その通路を見据えたまま、ファングは低い唸り声をあげている。
不意に、何かの音が聞こえてきた。通路の奥から何かを引き摺る音が聞こえ、その音はゆっくりとこちらに近づいてきているようだった。
アッシュとディーン、彼らにとってこれが初めての実戦でなければ小さな違和感に気付けたのかもしれない。
知識だけではなく、もっとゴブリンという生き物を知っていれば今はまだ気を抜くべきではないと気付けたのかもしれない。
見張りを忘れ食事に夢中になる生き物が、数で勝りながら本能に任せ個々で襲ってくる生き物が、なぜ罠を破壊し集団で家畜を拐うことができたのかということに。
どうして洞窟の入り口を改良し篝火を設置できるような真似ができたのかということに。
なぜなら彼らにはそれを指揮し、指示する者がいたからだ。
ファングの警戒にアッシュとディーンの二人は既に構えている。
暗い通路の向こうから何者かが来ている、何かを引き摺りながら近づいてきている。
光の当たる場所まで出てきたそれは、オークだった。
片方の手に巨大な棍棒を握り、それを引き摺っていたのだ。




