第25話
広間が再び静まり返る。
話している内容の異常さとヴィクターの態度に違和感を覚え、誰もが口を挟めなかった。
「それからかな、母さんが少しずつおかしくなっていったのは」
ヴィクターは机の上に投げ出した塊を弄りながら誰に話すともなく話続けた。
「食欲が、すごくてね。最初は飼っている家畜を食べ始めた。生きたままだ、それはそれは凄惨な光景だったよ。そして家畜がいなくなると今度は森へ出て、館の周辺の生き物を食べ始め、それもいなくなると、母さんは館の中で働く人達を食べ始めた」
なおもヴィクターは淡々と話す。
「ニール君のことは、事故だったんだ」
突然出てきたニールの名前にヴェラが反応する。
「さっきといい、君はニール君と知り合いなのかい?」
「あんたに説明する必要はないよ。さっさと話を続けな」
ヴェラはにべもなく言い放つ。
「本当にすまないことをしたと思ってる。母さんの食べるものが何もなくなってしまって、だから、町から食糧品なんかを取り寄せたんだよ。ニール君は中まで運ぶって言ってくれてね、僕は断ったんだよ?だけどこれからも取引をお願いしたいからって頭を下げられて、強く言われると断れないんだよ、僕は。だから荷物を運んでもらって、そう、ちょうどその辺りかな」
ヴィクターが指差すのは部屋の角、ヴェラのいる後ろだ。
「そこに荷物を置いてもらって振り返ったら、母さんが扉のところに立ってたんだ。彼は笑顔で挨拶しようと近づいてね、止める間もなかった、あっという間だったんだ」
そう言ってヴィクターは頭を抱えて机に突っ伏した。
「一緒に少年がいたはずだ」
アッシュの脳裏に酒場の入口でお辞儀をする見習いの少年の姿がよぎる。
「ああ、そうだね、いたよ。母さんはニール君を襲った後、裏で待つ少年のところへ向かった。血だらけの母さんを見て、少年は走って逃げたんだけど、森の中で追い付かれてしまったね。僕はもうどうしたらいいのかわからなかったよ」
机に突っ伏したまま、全てから目を逸らしたままヴィクターは答えた。
アッシュとディーンは予想もしていなかった話に頭が追い付かない。唯一ヴェラだけが、ヴィクターの話に必死に食らいついていた。
「なら、今日の昼にここに来た二人はどうなったんだい」
「彼らも君の仲間だったのか。本当にすまない、彼らは僕が殺した」
人を殺したと自白するときも、ヴィクターの表情は何一つ変わらなかった。
「嘘をつくんじゃないよ!あんたみたいなのにあいつらが殺されるわけないじゃないか!」
「だから、静かに。最近夜眠れなくてね。ほら、こんな生活だから」
とヴィクターは口の端を歪める。
「だから睡眠効果のあるお茶なんかを飲んでるんだ。それを多目に使って、二人には眠ってもらった。あとはほら、母さんがね」
全く悪びれる様子もなくヴィクターは話す。
「さて、それで僕からの頼みなんだけど、そう、頼むから、母さんを殺してくれないだろうか」




