第22話
「さて、それでは行ってくるよ」
カーマインは荷馬車の全てを村の外れに残し、ガレアだけを引き連れ村の中へ入ろうとしている。
「僕達も行くよ」
刀を手に荷台を降りようとするディーンをカーマインは止めた。
「その必要はない。私は何もこの村を相手に戦おうというのではない。少し話をしてくるだけだ、お前達もここで待っていなさい」
そう言って村へと入っていくカーマインの後ろを歩くガレアが立ち止まり、振り返った。
「あの人に魔物と戦う力はないが、人間が相手なら強い。それに俺がついている限り、万が一はない」
だから待っていろ、とガレアも村の中へと入っていった。
「やぁ、どうも。いつもお世話になっております」
商人の笑顔を顔に張り付け、カーマインが宿屋の扉を開ける。
「おや、こんな時間から何か相談事ですかな?」
宿屋に入ると簡素な食堂に人が集まり、何やら話をしている最中だった。
「ああ、いえいえ、定例の村の集会です、お泊まりですか?」
痩せ細った宿屋の主人は愛想笑いを浮かべながらカーマインに近づいてきた。
「そうですな、宿泊と…これを受け取ったものですから、一つ商売をさせていただこうかと」
そう言って懐から取り出したのはディーンの書いた手紙。それに見覚えのある宿屋の主人は、ようやく目の前にいる人物の顔と名前が一致した。
「これはこれは、お待ちしてましたよ。ここのところめっきりとこの村を訪れる者が減りましてな、いろいろと不足し始めていたところなのです」
分かりやすいほどに機嫌を取ろうとする宿屋の主人に、 カーマインは満面の笑みを返し「商売をさせてもらえるようだよ」と宿屋の外へ声を掛けた。
そして入ってきたのはガレア。その姿を見て宿屋の中にいた村人達はざわめきだつ。
「おや、私のところの傭兵が何か?」
「な、何かって」
言い淀んだあと、村人の一人がガレアに怒鳴った。
「あんたはフレンダを殺すために追いかけていったんじゃなかったのか!」
村人の怒声を聞いてもガレアは表情を変えなず黙っている。
「フレンダ? それはあの痩せた女の子のことですかな?」
カーマインの言葉に村人は頷く。
「その子でしたら偶然出会いましてな、何やら困っているとのことなので、私が引き取り娘として面倒を見ることにしましたよ」
何も知らず、ただ可哀想な女の子を引き取ったのだと言うように、カーマインはニコニコと笑って見せる。
「しかしなにやら物騒な言葉が聞こえましたな。殺す、というのはどういうことだい?」
カーマインはガレアに問う。
「はい、フレンダは『人ではない人間』である為に殺してほしいと、彼らから依頼をされました」
ガレアは淡々と答える。
「なんと、それは本当ですか?私が見たところ、普通の女の子でしたが」
「あなたに手紙を送った、あの若い冒険者がフレンダと話してるのを聞いたんです。その場にはそこの、ガレアさんもおりました」
宿屋の主人は恐る恐ると言った様子でガレアの名前を口にする。
「ガレアさん、あの子が人ではない人間だと言える何かを、見ましたか?」
「いいえ、見ていません」
嘘ではない。ガレアが見たのは黒く汚れた布だけ。そうと知らない者からすれば、それは何の証拠にもならないと内心思い、ガレアは白を切った。
「なるほど、ということは、あなた方は見てもおらぬのに、聞いた話だけで女の子を殺そうとしていたと、そういうことですかな」
それは確かにその通りだった。話を聞いたという宿屋の主人に集められ、フレンダが人ではないと聞いた為、殺した方がいいと判断した。そもそも誰も、フレンダを見てすらいない。
「参りましたな、この村に住む方々がこんなに恐ろしい考えをお持ちとは」
カーマインは何やら真剣に考えている様子を見せる。それが演技だと分かっているガレアは、そうとは知らず狼狽える村人達が可笑しかった。
「今回は早々に立ち去ることにしましょう」
不意にカーマインが言う。
「それに商人仲間にもこのことは伝えなければなりませんな。大切な仲間があらぬ疑いをかけられ殺されては大変だ」
では、と宿屋を出ようとするカーマインを、村の代表を務める老人が慌てて止める。
「ちょっと待ってくだされ、そんなことをされてはこの村に誰も寄り付かなくなってしまう。それは困るのだ」
安定して行商人が来るようになり、村の有り様は変わった。田畑を耕したり、狩りをするものは減り、働ける者は村の外へと出ていった。
その者達が届けてくれる金で、行商人から物を買う。それがこの村の今であり、昔のやり方に戻るには皆年を取りすぎている。
「困る、と言われましても私共は損得で動く商人ですからな、得のないところには誰も来たがりますまい」
そこをなんとか、と老人は頭を下げる。
再びカーマインはたっぷりと考える仕草をし、口を開いた。
「罪のない女の子を殺すなどという、そんな事実はなかったというのであれば、私も他の商人に伝える話などなくなるのですがね」
カーマインの言わんとすることを理解した老人はこくこくと頷き、他の村人にも同意を求める。
「ふむ、そうですか。そんな事実がないのならば急いで出発する必要もありませんな。やはり商売をさせて頂くことにしましょう」
カーマインはガレアに荷馬車を案内するように指示し、その言葉に安堵する村人達に笑顔で言った。
「良い取引ができました。今後とも当商会をご贔屓に」と。




