第21話
「先生は一人なのか?」
「ああ、そのようだよ」
馬の歩調を落とし近づいてきたヴェラは、ガレアが向かってきていることをアッシュとディーンに告げた。
「行こう」
そう言ってアッシュは荷台からディーンの操る馬に飛び移った。
「先生が来てるみたいだから先に行って様子を見てくるよ」
アッシュを後ろに乗せたディーンはカーマインに声を掛け馬を走らせ、その後ろをヴェラもついていく。
「何かあったの?」
眠っていたフレンダが目を擦りながら、眠たそうにカーマインに問い掛けてくる。
「いいや、大丈夫だよ。もう少し寝ていなさい」
カーマインに微笑まれ、フレンダはまた、ファングの体に顔を埋めて眠り始めた。
ガレアは村人の側についたとアッシュ達は言っていたが、何の考えもなしに取った行動ではないだろう。それにディーンが戦った時の話を聞く限り心配することもなさそうだと、カーマインはのんびりと街道を進んだ。
「見えたよ」
ディーンの指し示す方向をアッシュが見ると、そこには一人御者台に座り、ゆっくりと馬を進めるガレアの姿があった。
近づくアッシュ達を見ても、ガレアは表情を変えない。
「その様子だと、無事カーマインさんと合流できたようだな」
ガレアはそれだけ言うと、あとは任せたと荷台へと移動した為、慌ててアッシュは馬から降りると、ガレアの変わりに御者台に座り、手綱を握った。
「先生の本心を教えてもらえませんか?」
カーマインのところまで戻る道すがら、ガレアは目を閉じ黙っているため、痺れを切らしたディーンが聞いた。
ディーンの言葉にガレアは目を開けると、空を見上げ「子供の頃のことを、思い出していた」と呟いた。
「まとまりのつかない負の感情は、伝染し、拡大していく。俺の父親が殺されたとき、周りにいた大人達が皆化物に見えたよ」
だから俺は村人からの依頼を受けた、とガレアは続ける。
「統制の取れない彼らの感情をそのままにしておけば、何をしでかすか分からないからな」
自分が依頼を受けることで村人の行動を操り、制限していたのだとガレアは言った。
「それならそうとあたし達には言ってくれてもよかったじゃないか」
本当に敵になっちまったのかと思ったよ、というヴェラの言葉に、ガレアは首を横に振った。
「俺はあの時、お前達にとって本当の敵でなければならなかった。そうしなければ彼らを信じさせることができないからな」
「実際は先生は敵ではなく、最初から僕を行かせるつもりで戦ったということですか?」
ディーンの言葉にガレアは頷く。
「本気でお前を止めるつもりなら最初の一撃で終わらせている」
やはり、とディーンは思った。
二度も自分を倒す機会がありながらそうしなかったのは、わざとなのだと。最後のガレアの二段突きに対応できたことに、内心少し喜んでいたが何の事はない。ガレアは始めから本気ではなかったのだと。
「だがな、唯一あの突きだけは本気だった」
自分の気持ちは思い上がりなのだと苦笑しているディーンに、ガレアは言う。
「砂漠で一度見せた技だったからな、お前なら対応できるだろうと本気で突いたが、見事だったよ。あの時のお前の剣速は俺よりも、俺の知る誰よりも速かった」
ガレアの突きは本気だったという言葉に、ディーンは胸の奥が熱くなるように感じた。
「とはいえそれ以外はまだまだだがな」
しかし、誉められた直後に戒められ、やはりディーンは苦笑するしかないのだった。
やれることはやった、とガレアは目を閉じる。今回の件、自分一人で出会したのなら間違いなくフレンダを斬っただろう。しかし、アッシュや、ディーン、ヴェラがいたことで殺す以外の方法を取ることができた。
それが正解だったのかは分からない。やはりあの時斬っておけばと思う日がくるかもしれない。
村を出る際に呆れた目で見てくる村人達には、まだ事を大きくしないよう言い含めてきた。
それは所詮一時的な口止めでしかないが、戦うことしか能のない自分にはどうすることもできない。
あとのことはカーマインに任せ、ガレアは少し眠ることにした。




