第20話
さてどうしたものか、とカーマインは馬に揺られながら独りごちた。
アッシュとディーンとは実の親子ではない。だからだろう、昔からあの二人は積極的にカーマインを頼るということをしてこなかった。
その息子達が今、自分に助けを求めている。ならばそれに応えてやるのが親の務めと思い、カーマインは任せろと笑って見せた。
村での騒ぎを沈静化させるやり方は、多少強引だが思い付いてある。だがしかし、とカーマインは隣を進む荷馬車の荷台に目をやる。そこには慣れない馬での長距離の移動に疲れたのであろうフレンダが、ファングを抱えて眠っている。
『人ではない人間』。いっそ角なり牙なりが生えていれば分かりやすいというものだが、そこで眠る少女はどう見ても普通の人間だ。
カーマインは軽く溜め息をつき後ろを見る。
フレンダの眠る荷馬車を先頭に、その後ろには二十数台の荷馬車。それを操る部下達に、フレンダの正体は明かしていない。
約10年前、アッシュとディーンを商隊に加えた際、その事に反対した者達にはいくらかの金を持たせ商隊を離れてもらった。今この場に残っているのは自分のやり方についてきてくれた信用のおける者達。
「だが今回ばかりは皆去ってしまうかもしれんなぁ」
年を取らず黒い液体が体を流れる、そんな得たいの知れない少女の為に行路を一つ潰す。我ながら酔狂な話だと呆れてしまう。
「やっぱり、迷惑だったよね」
そんな時声を掛けてきたのはヴェラだった。
「この子を助けてあげたいって思ったときにさ、他に方法が思い付かなくてカーマインさんを頼ることを簡単に決めちまったけど」
と、ヴェラは眠るフレンダを見て、後ろに続く荷馬車を見る。
「カーマインさんはあたし達よりもずっとたくさんのものを背負ってるんだものね」
やっぱりこの子の事はあたし達で何とかするよ、と言うヴェラの言葉に、カーマインは首を横に振った。
「いや、それには及ばないよ。一度決めたことを覆すのは商人としての沽券にかかわるからね」
と笑い、目を細め、あれを見なさいとヴェラを促した。
言われた先には、荷馬車を操る男と親しそうに話すアッシュとディーン。
「あの二人を見つけた時、それはもう死人のような顔をしていたよ。それが今はあんなにも楽しそうに話をしている」
その姿は、自分の「任せろ」という言葉を完全に信用してくれている証に思えた。
「あの二人を商隊に加えた時失ったものもあったがね、あの二人を見ていると、それでも良かったと思えるよ」
私はこの子にもああなってほしい、とカーマインはフレンダを見ながら微笑んだ。
フレンダの話を皆にして、去ってしまったらとカーマインは想像する。
もしもそうなったらフレンダと二人で行商の旅をするのもいいかもしれない。もしくは数年ずつ場所を変えて小さな店を開くのもいいかもしれない。すでに余生を如何様にも過ごせるだけの金はあるのだ。
若い頃から行商人として生き、結婚には縁がなかった。今さら誰かと恋をし、結婚しようとも思わない。
ならば、まだそんな年だとは思わないが、孫ができたと思えば、それはそれで楽しい人生ではないか。
アッシュとディーンの時と同様に、知らなくていいことは隠しておけばいい。フレンダの事で部下が去っても、そんなことは黙っておけばいい。
まずはフレンダが皆に馴染むまで待ち、そしてその時には全てを部下に打ち明け、どんな判断でも受け入れよう。そう、カーマインは決めたのだった。
何かを決心したカーマインの横顔を見て、ヴェラは安堵する。自分達で何とかすると言いながら、実際は何の考えも思い付いていない。信頼できる人間に引き受けてもらえるのであれば、それに越したことはないのだ。
そう思い、ふと前を向いた時、まだ見えない距離にガレアが視えた。
自分達が置き去りにしてきた荷馬車を操り、こちらに向かってきている。
ヴェラは馬の速度を落とし、後ろのアッシュとディーンがいる場所へと下がっていった。




