第18話
一方、ディーンと別れたアッシュ達は村の入り口を大きく迂回し、街道から離れた場所を暗闇に紛れて歩いていた。
外套はその色でアッシュ達の姿を隠し、暗い夜道はヴェラの目によって危なげなく進むことができた。
振り返っても村が見えなくなる辺りまで進んだ頃、僅かな月明かりに照らされて光る目が、こちらを見つめているのに気付いた。
驚くフレンダの肩に手を置いてアッシュが前に出る。
「ファング」
そう呼び掛けると光る目はふさふさの尻尾を揺らしながらこちらに近づき、フレンダを安堵させた。
「見つけたか?」
アッシュの言葉に尻尾を振って応えると、ファングは体を反転させ歩きだした。
フレンダの家を出る前に、ファングには移動の為の馬を見つけてもらうように頼んでいた。
ヴェラの目でも当たりをつけることはできるが、やはり狼のそれには敵わない。時間もあまりないことからファングには先行して馬のいる場所を探ってもらっていたのだが、どうやらうまく見つけたらしかった。
ファングの向かった先は数件の民家が集まった小さな集落。その並びにある粗末な馬小屋には、決して上等とは言えない馬が二頭繋がれていた。
「さて、素直に起きてきてくれればいいんだけどね」
全ての民家から明かりは見えない。田舎になればなるほど、夜にすることもなく、明かりを節約する為に早くから眠りにつくことは多い。
そんな時間に訪ねてくる者に関わりたくないと思う人間もまた、多いはずだ。
「夜遅くにすみません」
男よりも女の方が警戒されないかもしれない、その判断から集落にはヴェラが入っていった。
アッシュとフレンダ、そしてファングは少し離れた場所で外套にくるまり身を隠し、待っている。
「話を、聞いてくれませんか」
もう一度扉を叩いて声を掛ける。
家の中で身動ぎする人の気配を感じ、それは老人特有の匂いを伴って頭の中に映像を映す。
だがその人物はヴェラの呼び掛けに応える気は無さそうだ。
小さな舌打ちと共にもう一度扉を叩こうとしたその時、隣の家の扉が開き、壮年の男が顔を出した。
「その家の爺さんなら足が弱くて出てこれねぇよ」
そう言ってヴェラを上から下までうさんくさそうに眺める。
「爺さんに用があるようにも見えねぇが、何の用だい?」
此れ幸いとヴェラは男に近づき馬が必要である旨を伝える。
「と言われてもあれは皆で使ってる馬だから、俺の一存では決められねぇな」
男の言葉を聞き、ヴェラは革袋に入った金をそのまま差し出す。
「ならこの金と引き換えにって、ちょっと話し合ってきてくれないかね?」
ヴェラが出した金は馬を二頭買ってもまだ余裕があるほどの金額。ライアンへの報酬として分けた金額からすれば全く対したことのない額だが、それでも男を魅了するには十分だった。
「あんな年寄りの馬に出す金額じゃねぇな」
ちょっと待ってろ、そう言って男は集落の一つの家へ向かい、扉を叩くと、出てきた老人と何やら話をし始めた。
ちらちらとこちらを見てくる年寄りに、見えているか分からないが愛想笑いを返し、返事を待つ。視たところ特に問題はなさそうだ。
男は戻ってくると、ついてこい、とヴェラを馬小屋まで案内した。
「何か、危ないことの途中じゃ、ねぇだろうな」
馬を小屋から出しながら男は言う。
「誰に何を聞かれても、何も知らねぇで押し通すが、面倒はごめんだぜ」
男の言葉にヴェラは頷き、小さく口笛を吹いた。
直後、暗闇から突然現れたのはアッシュとフレンダ。
「あたし達は女の子を町に送り届けたいだけさ。その金は依頼主から渡された準備金だよ」
今この時、ヴェラの話が真実かどうかは必要ではなかった。男はヴェラの言うことをそのまま信じておけば、何かあっても被害者になれるからだ。
フレンダを持ち上げ馬に乗せ、その後ろにアッシュが座る。
「助かったよ」
そう言ってヴェラも馬に跨がり、二頭の馬は集落を出ると街道へと向かった。




