第12話
男がそこにいたのは、ほんの些細な好奇心からだった。
年に見合わぬ大金を持ち、大きな商隊の主と知り合いの若い冒険者達。更にガレアと呼ばれた中年の男性は、以前話で聞いたあの有名なガレアなのではないか。
そんな一行が、宿に飛び込んできたフレンダの何かを見て慌てて出ていった。
普段から村の生活に退屈していた宿屋の主人が行動を起こすのに、それは十分な理由だった。
男は仕事を妻に任せ、呆れる妻の言葉に耳を貸すことなく宿を出た。
彼らの行き先はフレンダの家で間違いないだろうと、男はアッシュ達やガレアとは違う道を行き先回りし、ガレアが家の中に入るのを確認するとこっそりと近づいた。
フレンダの家は有り体に言えば、ボロい。壁に近づき耳を当てると、家の中での話し声は容易に聞こえてきた。
だが、話を聞き始めてすぐに、その内容が自分の期待したものとは違うことに気が付いた。
一介の宿屋の主人である自分では到底経験することのできないような刺激的な冒険の話、期待していたのはそれだったが、実際に聞こえてきたのは公になるとこの村を混乱させるだけの、所謂面倒な話だった。
家の中から聞こえた『人ではない人間』、その話は聞いたことがあった。今ではもう年寄りくらいしか知らないが、村に伝わる大昔の魔女の話も、その正体は『人ではない人間』だったと言われている。
では、その魔女はどうなったのかというと、勇者によって殺されている。
『人ではない人間』が勇者によって倒される悪だったのであれば、このままにしておけない。
迷信深い田舎の住人が辿り着いた結論は、それだった。
直後、それはフレンダの家を離れようと立ち上がった瞬間の出来事だった。
突然、勢いよく家の扉が開かれ近づいてきた黒い影は、あっという間に宿屋の主人を転倒させ、喉元に何かを押し当てる。
押し当てられたのは刺突専用の竜の爪の短剣。押し当てられたところで切れることなどないのだが、そうとは知らない男は驚きのあまり、今までに出したことのない叫び声をあげたのだった。
「聞いてたのかい?」
うつ伏せに倒した男の腕を背中で組ませ、その上に座るような形で動きを封じる。
必死に首を横に振り、何も知らないと言う男の言葉を遮り、ヴェラは続ける。
「こんなところまで来て盗み聞きとは、随分といい趣味をしてるじゃないか」
首筋に当てた短剣を強く押し当てると、男はヒッと情けない声を出した。
「そこまでにしておけ」
家から出てきたガレアがヴェラに近づき見下ろす。
「でもこいつ、あたし達の話を聞いたんだよ」
「なら、その短剣で刺し殺すのか?」
このまま男を解放したくはないが、とはいえ人殺しなど論外である。ヴェラは渋々男の上から降り、腕を取って男を立たせた。
立ち上がった男の目には怯えと、少しの苛立ち。
「フレンダのことは俺達が何とかする。だからここで聞いた話は誰にも言わないことだ」
その手に細剣を持つガレアの言葉に男は何度も頷くと、ふらつきながらも足早に去っていった。
「口止め、できるのかね?」
「無理だろうな」
ヴェラの疑問にガレアは即答し、宿に戻ることを告げた。
「お前達はフレンダの傍にいてやるといい。俺はあの男が変な気を起こさないか見張っておく」
そう言ってガレアは宿屋の主人の後を追いかけたのだった。




