第10話
「傷口、見せてもらうね」
ベッドに腰かけたフレンダの手を取り、蝋燭の明かりを近づける。
まだ完全には乾いておらず、明かりに照らされてらてらと光るそれは、今までに幾度となく見てきた魔物の死骸の成れの果て、それと同じ黒く粘度のある液体だった。
3人は顔を見合わせ、頷く。実際に見るのはこれが始めてであったが、これが、人ではない人間なのだと。
「私、また病気になっちゃう?」
あんなに辛いのはもう嫌だな、とフレンダは床につかない足をぶらつかせながら呟く。
「おかしなことを聞いてくると思うかもしれないけどね」
そう言うヴェラを見上げるフレンダは、どう見ても人にしか見えない。
「フレンダちゃんと同じくらいの年の女の子に、最近会ったりしてないかな?」
フレンダがこうなったのはいつからなのか。自分達が村を訪れてからはずっと一緒だった。もちろん夜や朝にまで一緒だった訳ではないが、その間にカティナが現れたのであればフレンダはその話をしてきたはずだ。しかしそんな話、フレンダは一度もしてきたことがない。
「女の子?」
そう言ってフレンダは下を向いて考え込み、あっ、そういえば、と顔を上げた。
「お姉ちゃん達が来る前に会ったよ。でもあれ、夢だと思う」
でもね、とフレンダは続ける。
「夢の中でその女の子と会ったあと、目が覚めたら病気が治ってたんだよ!」
フレンダはニコニコしながら、でもどうしてお姉ちゃんが女の子のことを知ってるんだろう、と無邪気に笑っている。
「その女の子に、何かされたか?」
しかしフレンダはアッシュのこの質問には「覚えてないの」と首を横に振って答えた。
「カティナで間違いない。俺達が来る前に、カティナはフレンダに何かをして、人ではない人間にしたんだ」
フレンダをベッドに寝かしつけた後、3人は机を囲んで話をしていた。
「それで、どうするつもりなんだい?」
ヴェラが腰に手を当て溜め息をつく。
「どうするって…血が黒いってだけで殺すことはできない」
アッシュはベッドで眠るフレンダを見る。その寝顔からは泣いていた顔や笑っていた顔が思い出された。
「あたしだってそんなことをするつもりはないよ。ただね、人じゃない人間って年を取らないんだろ?カーマインさんに預けるにしても、隠してはおけないよ」
ヴェラの言葉にアッシュとディーンはうつむく。今すぐには、どうすれば一番いいのかが思い付かないのだ。
「それにね、万が一村の人にバレちまったら何をされるか分からない。その前に」
と言い掛けて、ヴェラは視線を家の外に向けた。
まだ距離はあるが、ヴェラにはわずかに足音が聞こえる。そして同時に、金属音も。
その音が頭の中に映すのは、腰に細剣を携えたガレアが近づいてくる映像だった。
「しまったね。村人の前に気を付けなきゃいけない人がいたよ」
今視えたことをアッシュとディーンに伝える。それが視える理由を聞いてくる時間を与えず、ヴェラは「絶対にガレアさんをフレンダちゃんに近づけるんじゃないよ」と捲し立てた。
少しして、扉が叩かれる音。
アッシュとディーンは眠るフレンダの横に立ち、ヴェラが扉に近づいた。
扉を少し開け、確認するとガレアが立っている。
「遅くなった」
そう言ってガレアが扉を開けようとするのを、ヴェラは無意識に拒んでしまった。
「どうした」
「あ、ああ、いや、なんでもないよ」
そうか、とガレアは特に気にする様子もなく再度扉に手を掛け開くと、ヴェラの横を抜けて家の中に入ってきた。




