第9話
それから数日間、アッシュ達は毎日フレンダのもとを訪れた。
フレンダの家で過ごすこともあれば、フレンダの回復に驚く宿屋の主人に簡単な弁当を作ってもらい、皆で森へと出掛けることもあった。
森に入ると、いつの間にか荷台を抜け出したファングが待っており、フレンダは一緒になって泥だらけになるまで走り回った。
そして、それが起こったのはそんな、いつもと変わらない一日が終わった時だった。
その日も皆で森へ入り、アッシュとディーンがいとも簡単に魚や鳥を仕留めるのを見て感動し、皆が帰ったあとに貰ったその獲物をフレンダが捌こうとした時。
兄は死んでしまったが、病気も治り、これからは一人で生きていかなくてはならない。
まずは自分の食べる分は自分で用意できるようにならなければと、フレンダは料理をする事を思い立った。
鍋や包丁はずっと買い換えられずにいたが、幸いにもアッシュ達が持ってきた荷物の中に新しいものが入っていた。
それを使い、料理をする。
明日も来てくれると言っていたから、明日のお弁当は自分が用意をしよう、そう思い、いざ料理を始めたが慣れないのもあって包丁の扱いはとても難しい。
まず魚の腹を裂こうと押さえ、包丁を刺す。しかし押さえた場所が悪かったらしく、フレンダは滑らせた包丁で少し手を切ってしまった。
始め、それは気のせいだと思った。
小さな傷口から滲み出る液体を拭い、布を見る。
明かりのせいだと思い、フレンダは蝋燭へと近づき、切れたところを見ると、やはりそれは黒かった。
傷口から滲み出るのは黒い、液体。
何度も布で拭い、傷口の周りを押さえ液体を絞り出す。
何度やっても、滲み出てくるのは血ではなく得体の知れない黒い液体。
フレンダは布で傷口を押さえると、家を飛び出した。
「ねぇ、ガレアさん。カーマインさんはどれくらいで来るんだろうね?」
ヴェラが宿で出された酒を飲みながら机に突っ伏している。
「なんだかこうも平和だと、また旅に出るのが億劫になっちまうよ」
ヴェラのガレアに対する緊張はすっかり解けていた。
「あの人の事だ、村が大丈夫だと分かればすぐに行動に移すだろう」
あと二、三日で来るはずだとガレアは言い、ところでお前達、と続けた。
「確認はしたのか?」
「確認ですか?」
アッシュの言葉にガレアは頷く。
「フレンダの病気が治ったのはいいことだ。だが、本当に治ったのか?」
「それは、つまり…」
「フレンダは、人のままなのか、ということだ」
今日まで、確認などしていない。そもそもフレンダの病気が治った理由を、『人ではない人間』に繋げることすら思い付かなかった。
「確認はしていません。けど、フレンダちゃんはどう見ても人でしたよ」
おかしなところは何もなかった、そのディーンの言葉に、ガレアは内心溜め息をつく。しかしそれは呆れている溜め息ではない。
「そうか、それならばいい」
自分が過敏になりすぎていることに、そしてもしもフレンダが『人ではない人間』だと分かった時自分はどうするだろうという、その結論を出さなくて済んだことからついた、安堵の溜め息だった。
その時、宿屋の扉が勢いよく開かれた。
飛び込んできたフレンダは辺りを見回し、アッシュ達を見つけると駆け寄ってくる。
「あ、あの、これ」
心配そうな顔をするアッシュ達にフレンダが差し出したのは黒く汚れた布と、切り傷のある手。その傷の周りには黒い液体が付着している。
「それは…」
言葉を詰まらせるアッシュ達を余所にフレンダは続ける。
「あの、お弁当を作ろうと思ったら、切っちゃって、そしたら血じゃなくて…私、まだ病気が治ってないのかなって」
フレンダは『人ではない人間』の事など知らない。ただ純粋に、今の状態が病気なのだと思っている。
「あのねフレンダちゃん、この事は他の誰かに言ったかな?」
ディーンの言葉にフレンダは首を横に振る。
「じゃあとりあえず、フレンダちゃんの家に行こう」
誰かに見られては、知られてはまずいと思い、一先ずフレンダと共に宿を出る。
後から行くというガレアを残し、3人はフレンダを囲むようにして家へと向かったのだった。




