第5話
ファングの前でカティナの話をしてから2日間、特に変わったことは起こらず、ディーンは自分の前にまたカティナが現れるのではないかと思っていたが、それも杞憂だった。
そしてカーディフを出て4日目、一行はようやくライアンの妹の住む村へ到着した。
村は以前立ち寄ったカフ村と比べるとずっと小さく、どこにでもある普通の村だった。
村に入り宿を探しながら、村人たちの様子を見る。そこには活気に溢れるわけでもなく、悲しみに打ちひしがれているわけでもない、極々普通の生活をする村人達がいた。
「見た感じ、流行り病とやらはもう大丈夫そうだね」
荷台に座るヴェラが言う。
「宿屋に着いたら早速父さんに手紙を書くよ」
ヴェラの言葉にディーンが返し、荷馬車を村の中心にある宿屋へと向かわせた。
宿の主人に理由を説明し、紙と筆を頼むと主人は大喜びですぐに用意をした。
流行り病の噂はカーマイン以外の行商人や旅人達をも遠ざけ、病が沈静化した今も村に立ち寄る者は少ないのだという。
手紙を書き終え渡すと、村の者で手の空いている者を捕まえすぐに届けさせますよ、と主人は笑顔で言った。
しかし、その笑顔はフレンダの名前を出すとあっという間に引っ込んでしまった。
「フレンダとはどういったご関係で?」
背が低く痩せ細った宿屋の主人が不安そうに聞いてくる。
ライアンと共に受けた依頼の報酬と、彼の冒険者登録証を届けに来たことを、ディーンが伝える。
「ということは、ライアンは…」
最後の言葉を濁す主人にディーンは頷く。
「そうでしたか。彼らは早いうちに両親を亡くしましてな。兄と妹で支え合いながら暮らしておりましたが、そうですか…」
しかし悪いことは言いません、と主人は続ける。
「フレンダのところに行くのはやめておいた方がいいでしょう」
「この村での流行り病も、今はすっかりなくなりましたが、あの子だけは今も治っておりません」
フレンダの家の近くに住む老夫婦が、ライアンのいない間フレンダを看ているのだと主人は言う。
そしてその老夫婦から、彼女は今も良くなる気配を見せず、熱と嘔吐に苦しめられている、と数日前に聞いたのだと話した。
「そう言われて行くのを止めるつもりはないんだろ?」
村の宿は安く、蜥蜴の王討伐の報酬で金に余裕があった為4人は別々の部屋を借り、今はアッシュの部屋にディーンとヴェラが来ている。
「そうだね。僕はこれをフレンダさんに渡してあげたいから」
そう言ってディーンはライアンの冒険者登録証を差し出す。
「それなら早く行こう」
アッシュは言うなり立ち上がり部屋を出る。
ガレアに声を掛けると宿に残ると言うので、念の為部屋に置いてあった武具や金を預かってもらうことにした。
「ねぇ、アッシュ」
渋る宿の主人からフレンダの家の場所を聞き出し、カーマインから預かった薬といくつかの生活用品をファングが眠る荷台から下ろす。
そうしてフレンダの家に向かって歩いている途中、不意にヴェラがアッシュを呼び止めた。
「焦る気持ちは分かるけどね、そういう態度、ライアンの妹の前では出すんじゃないよ」
そういう態度、それが何のことか分からなかったが、アッシュはいつの間にかディーンとヴェラから随分先を歩いていることに気が付いた。
「いや、これは」
そんなつもりはなかった、と言い淀むアッシュにヴェラは笑う。
「分かってるよ。それにあんたが早く赤い竜のところに向かいたいと焦っているのも分かってる。でもね、病人は心も弱るもんさ、だからあんたの態度で不安にさせては可哀想だろ?」
赤い竜はあたしが必ず見つけるからさ、とヴェラはアッシュに追い付くと肩に手を乗せる。
「少し力を抜きなよ」
そう言って微笑むと、持っていた荷物を全てアッシュの持つ荷物の上に乗せ、困惑するアッシュと苦笑するディーンを余所にカラカラと笑いながら歩き出した。




