第4話
「それじゃあアッシュはカティナが人間じゃないと知ってたということですか?」
遠くで話し声が聞こえる。
「そうだ。アッシュに言われ草原に行くと、黒い液体が森に向かって伸びていた」
聞き覚えのある声。
「あいつがあそこで何を見たかは知らんが、恐らく子供の心では耐えられないものだったのだろう」
少し目を開けると、焚き火の光がひどく眩しい。
「あいつは無意識に忘れることを選んだ。そしてカティナや村の仇を討つことだけを生きる理由とし、ここまで来た」
「どうにもやりきれない話だね」
徐々に意識がはっきりとし、話しているのがガレア達だと分かった。
「手を、握ったんです」
痛む頭を押さえ、夜空を見上げたまま呟く。
気を失い、倒れていたアッシュの声を聞き、ディーンが慌てて駆け寄ってきた。
「俺、竜の口から落ちたカティナに駆け寄って、そしたら目を開けて笑ったから、手を握って、助けを呼んでくるからって」
ディーンに手伝ってもらい、体を起こす。
「でも俺、走ってるうちに怖くなって、あんな状態で生きてるわけないのにって」
だから俺、とアッシュはうつむく。
「いつの間にか、カティナの最期の姿を忘れていたんだ」
ディーンの肩に手を乗せアッシュは立ち上がり、ガレアとヴェラのいるところへと歩いた。
「村が竜に襲われた原因は、カティナだったんじゃないかって、少し前にも言われてて」
王都でマーヴィンが言い出した、原因はカティナなのではないかという話を、アッシュは理解はしても受け入れることができていなかった。
「今まで俺は、違っててほしいって思ってたけど、でもたぶん、いや、間違いないんだと思います」
カティナはあの村で何かをして、それがきっかけで竜は村ごと滅ぼした。
「でも、なんでだ」
アッシュが独り言のように呟く。
「なんであの村だったんだ。なんであんなことになったんだ」と。
「どうするんだい?」
ヴェラとディーンはアッシュ達から少し離れた場所で話をしている。
アッシュはカティナの事を思い出し、今も何かを考え続けている。
ガレアはカティナの事を赤い竜に聞くという。
「あたしはカティナが現れたことを2人に言った方がいいんじゃないかと思うんだけどね」
ヴェラと同じ事をディーンも考えていた。
今日までカティナの事をアッシュに伝えなかったのは、アッシュのカティナに対する想いからだった。
しかし全てを思い出した今、もう隠しておく必要はないのではないかと、ディーンは思った。
「そうだね、アッシュにも先生にもカティナが生きていて、僕達にしようとしていることを伝えておいた方がいいかもしれないね」
自分達の知らないところで、何も知らない2人に接触されては、その方が面倒なことになるだろうとディーンとヴェラは判断し、アッシュ達のもとへ戻った。
「そうか、やはりカティナは生きていたか」
ディーンから話を聞いたガレアは特に表情を変えることはない。それとは対照的に、アッシュの顔色は真っ青だった。
「大丈夫かい?」
ヴェラがアッシュを気遣う。
「黙ってて悪かったよ。あたしもディーンから話を聞いた時はそりゃあ驚いたものさ」
おどけてみせるヴェラに、アッシュは何も反応できなかった。
カティナが生きていたことには驚いたが、人間でないのであれば、考えられなくはないことだった。
しかし、カティナの言う自分の願いや望み、それが何なのか全く分からなかったのだ。
それとね、とディーンは続ける。
「たぶんカティナはファングを通して僕達を視てる」
ディーンの言葉で皆がファングを見る。
そのファングは今、焚き火のそばで丸まって眠っている。
「方法は分からないけど、カティナは僕達をいつも見守っていると言ってた」
そしてロゼッタの日記に書いてあった自分達の子供時代の様子を話す。
「ロゼッタも書いてあったでしょ、途中から見上げるようになったって。ファングなら僕達をいつも見上げているからね」
「それならファングを通してカティナを呼ぶこともできるんじゃないのか?」
ガレアがファングを見つめたまま言う。
「難しいと思います。僕に会いに来たとき、本当はこういうことをしたくないと言っていましたから」
「時間がないからという話か」
ガレアは腕を組み夜空を見上げた。
「はい、それが何を指しているのかは分からないけど」
で?とヴェラがアッシュに問う。
「願いと望み、あんたでも分からないのかい?」
ヴェラの問いにアッシュは首を横に振る。
村が滅ぼされるようなことを願ってなどいない。英雄になりたいという望みもない。
「すまない、俺があの時カティナと何を話したのか、よく覚えていないんだ」
10年以上前の、出来ることなら消し去りたい記憶。覚えてないのも無理はないことだと皆は思った。
「まぁそれは追々思い出していけばいいさ。とりあえず次の目的は決まったんだ」
ライアンの村に寄り、フレンダに冒険者登録証を渡す。そして南に向かい、赤い竜を見つけカティナのことを聞く。
「そうなるとだ、あんたの赤い竜への復讐はどうするんだい」
ヴェラの言葉にアッシュは唇を噛む。
「まずは話を聞きたい。村を滅ぼしたのは竜だが、その理由がカティナなら、竜を倒す必要はないから」
ヴェラは頷く。
「ただその赤い竜を救えっていうのがよく分からないね」
砂漠で会った黄色い竜は理由を言わず飛び立った。
「何にせよ、急がなければいけない」
そう言ってアッシュは拳を強く握った。




