第2話
「割り切ることはできたか?」
ライアンの冒険者登録証を見つめるディーンに、荷台からガレアが声を掛けてきた。振り返るとアッシュとヴェラは、昨日までの疲れからか静かに眠っている。
「バルドが心配していた。お前が気に病んでいるのではないかと」
「バルドさんが?」
カーディフに戻る時にも、ライアンの埋葬の時にも、バルドはそんな態度を少しも見せなかった。
「あいつはそういう奴だ。ライアンが参加できるように、お前が案を出したそうだな」
ガレアは特に責めているわけではない。しかしその事実がディーンの心に影を落とした。
「はい。よかれと思ってやったことだったけど、そのせいでライアンさんを死なせてしまいました」
そう言って強く登録証に握る。
「よかれと思って、それだけか?」
それだけ、それが何を指しているのか分からずディーンは黙ってしまう。
「なに、お前にしては珍しい判断をしたものだと思ってな」
ディーンが答えに詰まっていることを察したガレアは話を続けた。
「自分の考えではなく、周りを見て判断する、それがお前の性格だと思っていたんだが、今回は少し無理をしたように感じた」
「それは」
ガレアの言葉に、ディーンが声を震わせ問う。
「それは、いつもの僕なら他の人の考えに従っていたはずなのに、ということですか?」
これも、今までディーンを見てきたガレアにとっては珍しく感じる発言だった。
「誰かに何かを言われたのか?」
だからこそ、ガレアはすぐに気が付いた。何かがきっかけで、ディーンは自らの性格に向き合うことになり、そして悩んでいるのだと。
「いえ、そういうわけではないんです」
その言葉が偽りだと、ガレアは気付いている。
しかし言えないのであれば、とガレアはそれ以上聞くことをやめた。
「周りを見て、物事を判断する」
変わりにガレアは自分の考えを話始める。
「それは他人の顔色を伺い、他人の考えに合わせる人間である、とも言えるな」
ディーンはその言葉に胸を締め付けられる思いがした。
しかしガレアは、だがな、と話を続ける。
「それの何が悪いというのだ」
ディーンがずっと悩んでいたことを、ガレアはあっさりと打ち砕いた。
「カーマインさんがお前達を商隊で世話をすると決めた時、周りからは反対する声も上がっていた」
住人全てが「人ではない人間」に変わってしまった村の生き残り。それを不気味に思う者達も多かった。
「だがカーマインさんは譲らなかった。そんな中、ろくに話をしないアッシュの変わりに、お前は必死に明るく振る舞っていた。恐らく自分達を見る大人達の目に、何かを感じていたのだろう」
その健気な姿があったからこそ、アッシュとディーンはカーマインの商隊に居続けることができたのだと、ガレアは言う。
「いろいろな考えを持つ人がいて当然だ。お前達は3人で旅をしているが、3人が皆同じ考え方では困るだろ?」
ディーンを気遣ってか、ガレアが珍しく冗談を言う。
「だから慌てる必要はない。人は嫌でも少しずつ変わっていくものだからな」
ガレアの最後の言葉は自分に向かって言っているようにも聞こえた。
「ただし信念はしっかりと持て。それさえあれば収まるところに収まるものだ」
ディーンにとって赤い竜への復讐という感情は確かに薄らいでいた。薄らいでしまうだけの時間が流れ、環境が変わったのだ。その為に、今の自分にはアッシュほど明確な目的がない。
しかし、とディーンは思う。あの時共に生き残ったアッシュの助けになりたい、その気持ちは本物なのだと。例えそれが傍目にはアッシュに合わせ、ついていっているだけに見えようとも。
信念、その言葉にディーンは強く頷き、しっかりと前を見定め、荷馬車を進ませた。
ディーンの後ろ姿を見てガレアが小さく微笑む。息子が生きていたら、今のディーンのように悩み、そしてそれを相談してきてくれただろうかと。
しかし、とガレアは手のひらを見つめる。その息子を斬ったのは他でもない自分。
あの時の自分の判断が間違っていたとは思っていない。だが年を取り、日に日に後悔の念は強くなる。他に方法があったのではないか、もう少し様子を見るべきだったのではないかと。
「人は嫌でも変わっていく」
あれはまさしく自分に向けて言った言葉だった。
「俺とて出来た人間ではないのにな」
そう言ってガレアの微笑みは少しずつ、自嘲へと変わっていった。




