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イシュト大陸物語  作者: 明星
傀儡の王
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第42話

ディーンは今、ある宿屋の前に立っている。


カーディフの町に戻るとバルドは目を診せる為に診療所へと向かい、カーマイン、ガレアと別れたアッシュ達は冒険者組合へと向かった。

カーマインから借りた荷台からライアンの遺体を下ろし、中へ運ぶ。

事情を察した他の冒険者達が組合の内部を片付け、遺体を寝かせる場所を作ってくれた。

蜥蜴の王討伐、その経緯の報告をアッシュとヴェラに任せ、ディーンは受け付けからライアンの仲間が泊まっている宿屋の場所を聞き出し、彼らを組合に呼ぶ為に一人町に出た。


ディーンが自分でライアンの仲間を呼びにいくと決めた理由、それはライアンが一緒に行くことになった原因が自分の提案にあったからだった。

だが結果的にディーンの提案した作戦は使われることはなく、ライアンが死んだのは様々な要因が重なった防ぎようのない事故だった。

しかし、それは違うとディーンは首を横に振る。


冒険者として生きていくからには、そして危険だと分かっている場所へ赴くからには、いつ死んでもおかしくはない。本来ならその当たり前の判断で、ライアンの参加を最後まで認めないこともできたはずだ。いや、そうするべきだった。

しかしそれができなかったのは、カティナに言われた言葉が邪魔をしたからだ。

ディーンはあの時の自分を恨んだ。

「あなたは自分で決められない」というカティナの言葉に抵抗するため、無理矢理いつもと違う考えを捻り出した。

なんとかライアンを参加させてあげたい、そんな親切な顔をして、実際は見透かされた自分の醜さから目を背けただけだった。

そしてその結果、ライアンは死んだ。自分が死地へと向かわせてしまった。

そんなディーンの自らへの怒りは八つ当たりのように周りへと向かう。

たった数日とはいえ一緒に旅をした人が殺されたのに、他の皆はあっさりしすぎているのではないか。自分達のせいで死んだのに、バルドはどうして最後までついてこなかったのか、あの時自分の提案をもっと強く否定してくれればこんなことにならなかったんじゃないのかと。


そこまで考えてディーンは足を止めた。人気のない路地の真ん中で、ディーンは立ち止まり足元を見つめている。少しして顔を上げ、大きく息を吸い込むと、空に向かって吐き出した。

自分の考えが間違っていることは分かっている。

誰が悪いわけでもなく、誰を責められるわけでもない。冒険者として生きていくならば、いつ死んでもおかしくはないのだ。

しかし、とディーンは思う。このままでは自分が自分を許せないと。

だからライアンの仲間に、彼の死の原因は自分にあると話すことを決めた。


「そうか、うちのが迷惑を掛けちまったな」

覚悟を決め宿屋に入り、ライアンの仲間を呼び出してもらうと、ディーンは部屋へと案内された。

そこで全てを話した結果、思い詰めたディーンの気持ちとは裏腹に、ライアンの仲間達の反応は意外なほど落ち着いたものだった。

「あの、僕のせいで、本当にすみませんでした」

ディーンは上げた頭をもう一度下げるが、その間にもライアンの仲間達は出掛ける用意をしている。

「よし、じゃあ行こうか」

「あ、あの」

部屋を出ようとする男達をディーンが呼び止める。しかし呼び止めてどうしたいのか、自分でも分からずその後に言葉が続かない。

その様子を見て一人の男が何かを察し、他の2人に先に行くよう伝えると椅子に腰掛け、ディーンにも座るよう促した。

部屋に残ったのは、組合と酒場で一番絡んできたあの男だった。

「どうした?何か言いたいことがあるのか?」

男の言葉にディーンはどう答えればいいのか分からない。そして黙ってしまったディーンを見て、男は言った。

「まさかお前、自分は責められるべきだとでも思ってんのか?」と。


確かにディーンはそう思っていた。自分の提案から生まれた結果を責められるのは当然のことだと。

そして心の片隅には、責められることで、場合によっては殴られることで、自分自身の過ちを許すことができるのではないかという思いもあった。

「身近な人間が死ぬのは、これが初めてか?」

ディーンが頷く。

「そうか。こうして見るとまだ若いんだな。その若さで特異個体の討伐を成し遂げるとは大したもんだ」

こないだはすまなかったな、と男は頭を掻きながら続けた。

「ライアンのことはな、残念だ。だが俺達はそういう世界に生きてる」

「それは、理解しているつもりです」

「なら何が納得いかねぇ?」

聞かれても、明確な答えはディーンの中にもなかった。

ふう、と男は溜め息をつく。

「あいつに妹がいることは聞いてるか?」

村で流行り病に倒れ、その薬代を稼ぐ為にライアンは蜥蜴の王討伐に加わった。そう聞いたと答えるディーンに男は頷いた。

「薬を使っても治らねぇんなら、たぶんもう助からねぇ。だから俺達はあいつを村に帰そうと思ってた。あいつは俺達が話してるのを見て何かされると勘違いしてやがったけどな」

男は苦笑いをしながら懐かしいものを見るように目を細めた。

「そんな時にだ、あいつ突然蜥蜴の王を倒しにいくなんて言い出しやがった。そりゃあ皆で止めたよ。お前なんかが行っても死ぬだけだとな」

俺なんて思い余って殴っちまった、そう言って男は続ける。

「でもな、あいつは頑として聞かなかったよ。薬代を稼ぐんだって、俺たちに借りた金を返すんだってな。金なんて別に、慌てて返す必要もねぇのにな」

少し、男の声が振るえている気がした。

「あいつはな、宿を出るときいい顔をしてたよ。だからな、こんなことになっちまってもあいつは誰のことも恨んだりしてねぇ。お前は自分の提案がきっかけになったと言うが、俺はそうは思わねぇ。あいつは、あいつの意思で、覚悟で行くことを決めたんだ」

そう言って男は立ち上がる。

「なのに俺達が勝手に怒ってちゃ、あいつの覚悟に唾を吐くことになっちまう」

男に続いて立ち上がるディーンに向かって男は言う。

「あいつの為に泣いてくれてありがとうな」

男に言われ、初めて気がついた。

ディーンの目からは止めどなく涙が溢れ出ていたのだ。

それを拭い、もう一度頭を下げるディーンに向かって男は言った。

「その代わりといっては何だがな、一つ頼まれちゃくれねぇか」と。

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