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イシュト大陸物語  作者: 明星
傀儡の王
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第39話

頭が朦朧とし考える事ができなくなった。

いっそ潰してやろうと飛び込んだが、その結果は酷いものだった。

口を塞がれ尾をなくし、決して長いとは言えない手足だけが自分に残された武器だった。

自分のもとに集まった者達は皆殺された。自分もここで殺される。

ならばと、蜥蜴の王は暴れた。

自分の半分の大きさもない生き物など、振り回した手足が、巨大なこの体が当たればすぐに殺すことができるのだからと。


しかし、蜥蜴の王のその判断はむしろ寿命を縮めるだけとなってしまう。


砂埃を上げ手足を振り回し、王が暴れている。以前沼地で見た巨大な猪よりも大きな体で、同じように暴れるその姿は確かに迫力があるものだった。

しかし、それだけだった。

戦い始めこそ王の巨体に威圧されたが、それよりも大きな竜の死骸を目にしたことも影響し、今はもう何も感じない。

ヴェラが王の動きを冷静に視て、今だという時をディーンに伝える。

ディーンは暴れる王の手足をかわし、四肢を覆う鉛の隙間、関節の内側を狙って黒刀を振るった。


片足の腱を切られ体勢が崩れる。残る3本の手足を使い追いかけるが、そうすると今度は別の場所から腹に向けて武器が振り下ろされる。

振り返り腕を振るうが、捕らえることができない。

そしてまた、後ろから足の腱を切られ蜥蜴の王は砂の上に這いつくばった。

残された腕2本では、この砂の上を進むことができない。

蜥蜴の王は、自分に近づくものに対してもう何も抵抗することができなかった。


「慎重に近づくんだよ」

蜥蜴の王は砂の上に倒れ、目を瞑っている。

踏ん張ることのできない砂の上では、これ以上動き回ることができないはずだ。しかし油断せずヴェラは王の一挙一動を見逃すまいと凝視している。

倒れた王の頭の近くまでアッシュとディーンが近づく。首を伸ばして倒れた王の頭の場所まで手は届かない。初めは上体を持ち上げようとしていたが、それも砂に邪魔をされて今では死んだようにじっとしている。

アッシュとディーンは互いを見合い頷くと、武器を振り上げ、王の頭部目掛けて同時に振り下ろした。

振り下ろされた武器が当たる直前、蜥蜴の王の口から熱い息が漏れた。それはまるで溜め息のように静かな吐息だった。


黒刀を引き抜き辺りを見回す。

砂の上にはリザードマンだった黒い染みが広がるだけで、動くものは何もなかった。

「父さんのところに戻ろう」

蜥蜴の王の口から盾を回収したアッシュとヴェラに声を掛け、離れた場所にいるライアンに手を振ると、低く屈んでいたライアンは立ち上がり、ディーンに向かって手を振り返してきた。

安堵の笑顔を浮かべ、砂に足をとられながら近づこうとするライアンの後ろで、風もないのに砂が流れる。

いくつもの場所でサラサラと不規則に砂が流れ、ピタリとそれが止まった直後、砂の中からは亀の甲羅を背負った多数のゴブリンが這い出してきた。

「ライアンさん、後ろ!」

ディーンが叫び、3人はライアンのもとへと走った。

その声でライアンは振り返り、叫び声を上げ武器を構える。

迫り来るゴブリンの集団にがむしゃらに槍を突き出し一匹、二匹と倒すが間に合わなかった。

三匹目のゴブリンに飛び掛かられ、後ろに倒れたライアンに殺到した複数のゴブリンは、水掻きのような皮の膜が破れることも気にせずに、その爪でライアンを何度も何度も刺した。

アッシュ達は走る。ライアンが刺されているのを見ながら、そこに少しでも早く辿り着くために全力で走った。


アッシュが盾を構え、ライアンを刺し続けるゴブリンの集団に突っ込み数匹を吹き飛ばした。吹き飛ばされたゴブリンにヴェラが短剣を突き刺し、ディーンが残りのゴブリンを斬る。

「ライアンさんは?」

アッシュの言葉にライアンを抱き抱えたディーンが首を横に振る。

全身を刺された中で、目と、喉を刺されたことが致命傷となり、ライアンは既に息絶えていた。

そうしている間にも、3人の周りをゴブリンたちが何重にも取り囲む。

ゴブリン達はこの時をじっと待っていた。戦いが終わり、勝ったものが 疲弊しているこの時を、砂の中でじっと待っていたのだ。

ライアンを砂の上に横たえ、アッシュ達は集まり背を合わせる。

砂の中からは今もまだゴブリンが出てきており、その数がどれだけいるのかも分からない。

「どうするんだい?」

後頭部の違和感はますます強くなり、その事が不快で顔をしかめたヴェラが背中越しに叫ぶ。

「突破する」

何が正解なのか誰にも分からなかった。しかしアッシュはこのままじっとしていても囲むゴブリンの数を増やすだけだと判断し、囲みの薄い場所が視えないかとヴェラに叫び返した。

「ライアンさんはどうするの」

死体を置いていけばどんな目に合わされるか分からない。ディーンはその事が気掛かりだった。

「背負って突破できるわけがないじゃないか。アッシュ、あそこだよ」

ヴェラは叱りつけるように言うと、囲いの一角を指し示す。

そこに向かってアッシュが盾を構えて走りだし、ヴェラすぐ後ろに続く。ディーンは少し迷ったが、無理やりライアンから視線を剥がし仲間を追いかけた。


四方八方から爪によって攻撃されている。

外套を被っているお陰で体に傷がつくことはなかったが、ゴブリンの量は多く、なかなか前に進めない。

がむしゃらに武器を振り、手当たり次第に倒していく。体に取り付いたゴブリンを無理矢理剥がし、剥がされ、足を進める。

倒しても倒しても襲いかかってくるゴブリンに対して、アッシュ達はくじけそうになっていた。

慣れない砂漠を旅し、蜥蜴の王やリザードマンと戦い、肉体的にも疲れきっていた。

徐々に自分が何をしているのか分からなくなる。足が止まり、武器を振るう腕が上がらなくなり、ゴブリンにぶつかられ、よろける。

そんな中でもヴェラの後頭部の違和感は増し、それは徐々に全身へと広がってくる。肌が粟立ち目が眩む。戦いの最中、片膝をつき空を見上げた時、違和感の原因が分かった。


青い空の彼方から何かが来る。

ものすごい速さで飛来するそれは、砂漠の奥深くに棲むといわれる黄色い竜だった。

黄色と聞いていたその色は太陽の光を受けて黄金に光って見える。

「火がくるよ!」

短くそれだけを言い、外套を被り直し屈むヴェラを見て、アッシュとディーンもそれに倣った。

直後、3人を囲むゴブリン達の一角が炎に覆われ風が全てを薙ぎ倒す。

混乱するゴブリン達に空から幾度となく炎が撒かれだすと、あれほどいたゴブリン達は盛大に喚きながら散り散りになり逃げ出した。

竜は逃げるゴブリンにも容赦なく炎を吐きかけ、爪を立て、牙を刺した。


僅かに逃げたゴブリンを残し、砂漠のいたるところが燃える中、アッシュ達の眼前に砂埃を巻き上げながら、黄金に輝く竜が舞い降りた。

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