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イシュト大陸物語  作者: 明星
傀儡の王
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第35話

あの後も蜥蜴の王を中心としたリザードマンの集団は動かず、太陽が真上に来る頃になってもまだ塩湖の端でじっとしていた。

その手前、砂丘に身を屈めたアッシュ、ディーン、ヴェラ、バルドの4人は暑さから全身に汗をかいて隠れている。

「合図はまだか」

バルドが少し苛ついて言う。

「ええ、まだです。距離もありますから、もう少し掛かると思います」

ディーンの返事に「待つのは嫌いなんだ」とバルドは舌打ちをして水筒から水を飲んだ。

それから少しして、リザードマンの集団の向こうでチカチカと何かが光るのが見えた。

「位置についたようです。バルドさん、お願いできますか」

アッシュの言葉でのっそりと起き上がったバルドが大剣に光を反射させ、先程チカチカと光ったのと同じ合図を返した。

「よし、それじゃあ派手にいくか」

そう言って笑顔で砂丘の頂上に立つバルドが思い切り深く息を吸いこんだ直後、その口からは人とは思えないほど大きな叫び声が発せられ、砂漠に響き渡った。

「走るのは面倒だからな。あいつらに来てもらおうぜ」

耳を塞ぎ屈むアッシュ達に振り返り、バルドはニヤリと笑うとゆっくりと砂丘を滑り降りていった。


十数匹のリザードマンがアッシュ達を目掛けて走ってくる。その後ろを蜥蜴の王が歩いてきており、半分ほどのリザードマンはその場に残っていた。

「雑魚はお前達に任せる。アッシュ、抜けるぞ」

バルドの言葉にディーンと眼帯を外したヴェラが前に駆け出し、リザードマンの集団に飛び込み刃を振るう。

ディーンとヴェラによって開いた場所をバルドとアッシュが走り抜け、蜥蜴の王の眼前へと迫った。

「こいつはすげぇな」

蜥蜴の王を見上げ、バルドが唸る。


近くで見る蜥蜴の王の迫力は、それほどに凄かった。

バルドの身長の3倍はあろうかというその全身を分厚い金属の鎧で覆い、頭と尻尾、あとは関節の部分だけが辛うじて見えている。

そしてその手には巨大な金属の棒を握っている。棒、とはいえその長さは王自身と同じほどあり、太さは木の幹ほどもある。

王が2人を見下ろす。ゴツゴツとした顔は斑に色がついており、一見して何色の生き物なのか判断がつかない。

王はぐぐっと鉄の棒を両手で持ち上げ、肩に担ぐとそのままの姿勢で近づいてきた。

その速度は遅い。しかし体の大きさを考えれば、バルドとアッシュは既に王の間合いの中にいる。

その事に気が付いたバルドの声でアッシュが横に飛んだ直後、大きな砂埃を上げて、鉄の棒が降り下ろされていた。

「構えてからは速いぞ」

構えてからはな、そう言ってバルドが王の懐に飛び込み大剣を薙ぎ払いすぐに距離をとった。

「確かにこいつは硬いな」

大剣を握る手の痺れを感じ、バルドはため息をついた。

鈍い音をたて、大剣のぶつかった場所には大きな斬り傷がついているものの、その攻撃は完全に防がれていた。

「とはいえこれしかできねぇしな」

そう言って再度突っ込むバルドに続き、アッシュも王の懐へ飛び込んでいった。


「始まりましたね」

両手で槍を持ち、ライアンは震えている。

「ここに残るか?」

その様子を見たガレアの言葉に、ライアンは首を横に振った。

「いえ、俺も、戦います」

「よし、行くぞ」

蜥蜴の王にバルドが一撃を入れた時、塩湖に残っていたリザードマン達がぞろぞろと動き出した。

ライアンとガレアの役割は、そのリザードマン達を王のもとに辿り着かせないことだ。

20匹近くのリザードマンはまだガレア達に気が付いておらず、王の戦場に向かって歩いている。

ガレアは砂で足音を殺し素早く走り、あっという間にリザードマンの集団に追い付くと、それを追い越し王との間に立ち塞がった。

「無理はするなよ」

そう叫んでリザードマンの集団に飛び込み、ガレアの細剣が振るわれるごとに一匹、また一匹と倒れていく。突然現れた人間にリザードマン達が気を取られている中、後ろから近づいたライアンがリザードマンの急所を目掛けて槍を突き、葬る。

前後を挟まれたことにリザードマンが気づく頃には、既に半数以上が倒されたあとだった。

「やれるか?」

ガレアは戦いながらも常にライアンを見ている。今、そのライアンはというとリザードマン2匹と向かい合って戦っている。

「はい、やれます」

リザードマンの攻撃を凌ぎながらライアンが叫ぶ。

ならばとガレアは残った5匹のリザードマンへと向き直り、それ以上ライアンを気にすることを止め、リザードマンの殲滅だけに集中した。


「あたし達はどうするんだい」

ディーンとヴェラは既にリザードマンを倒し終わり、今はアッシュとバルドの戦いを見ている。

「今はまだ動かない方がいいんじゃないかな」

手助けしようにも、バルドの力で振るわれる大剣をもってしても壊せない鎧に対して出来ることが思い付かなかった。

「他にもリザードマンがまだいるかもしれないしね」

そう言ってディーンは黒刀を納める。

ヴェラは何だか難しい顔をして頭を掻いていた。


「ほら、次が来るぞ」

バルドが叫んだ直後、鉄の棒が振り下ろされる。

攻撃までの動作の遅さ、そして鎧による可動域の狭さ、そういったことから蜥蜴の王の攻撃を避けることは容易いことであったが、こちらの攻撃も通らないため戦いは何時まで経っても終わりそうになかった。

「諦めた奴等の気持ちが分かるぜ」

鎧に大剣を振り下ろし、距離をとったバルドがぼやく。

その間もアッシュは何度も斧槍を鎧にぶつけている。

「歳をとっちまったな」

その姿を見てバルドは自分を嗤い、もう一度王の鎧に斬り込んでいった。


「よくやったな」

座り込み、肩で息をするライアンにガレアが声を掛ける。

塩湖に残っていたリザードマンも、ガレアとライアンによって全て倒された。

「あとはあいつらに任せよう」

あまり自分がでしゃばるべきではないとガレアは思った。既に自分は冒険者を引退している身であり、アッシュ達にはこれから先まだまだ多くの戦いが待っているはずだからと。

ガレアはライアンを立たせると、蜥蜴の王から少し離れた場所まで移動した。

ガレア達の後で風が吹き、砂漠の砂は不規則に流れていった。


何度も斬り込んでいる間に、バルドはあることに気が付いた。

自分の方が力があるはずなのに、そして武器もより重量のあるものを使っているにも関わらず、自分の作った斬り傷よりもアッシュの作った斬り傷の方が深いのだ。

そしてもう一つ。蜥蜴の王の鎧は確かに硬く、分厚い為に表面に傷をつけることしかできない。しかしその表面の傷の付き方は鉄のそれではないように思えた。

「お前の武器、それは何だ?」

バルドは大声でアッシュを呼び、傍までアッシュが来ると聞いた。

何の金属かは分からないが、丈夫で軽く、鋭いものだというアッシュの説明にバルドは少し考え、一つの提案をした。

「お前、それであいつの鎧を全力で叩いてくれねえか」と。

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