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イシュト大陸物語  作者: 明星
傀儡の王
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第32話

「なんだ、もう終わりか?」

一番最後に荷馬車まで戻ってきたバルドは、その手にゴブリンの足を掴み、うるさく喚くのを意に介さず引きずってきた。

ブンと放り投げられたゴブリンは皆の中央に落ち、周りを威嚇しながら喚き続けている。

「見ろよ、砂漠のゴブリンは面白いことを考えやがるぜ」

戦いの最中は意識する余裕がなかったが、目の前のゴブリンの背中には亀の甲羅が背負われており、アッシュが最初に見間違えたのも、それが原因だった。更にその手には、間に皮を貼った爪をつけており、さながら水掻きのようである。

「これを使って砂に潜ってついてきてたんだろうな」

バルドは無造作にゴブリンに近づくとその頭に大剣を振り下ろし、しかしだ、と続けた。

「こんな格好で俺達を襲ってくるあたり、やっぱりゴブリンだよなぁ」

勝てるわけがねぇのに、そう言ってバルドは笑った。

ゴブリンの死骸は既に黒い液体へと変わってきており、砂漠のあちこちに黒く汚れた亀の甲羅が落ちている。

数が数だけに、流石にすべてを回収することはできなかったが、それでもカーマインは出来るだけ多くの甲羅を荷台に載せた。

「そんなものをどうするんだい?」

そのことにヴェラが興味をもつ。

「これを砕いて薬とする者がいてね」

その薬は何の薬で、効果はあるのか?そんなヴェラからの質問にカーマインは笑って答えた。

「私は商人であって医者ではないのだよ」と。

カーマインにとっては売るまでが仕事で、それがどう使われるのかということには全く興味がないのだ。


「おそらく、これまで広く散らばっていたゴブリンの集団が、リザードマンの移動により一ヶ所に集まってきたものと思われます」

と組合員は言った。

獲物を求め移動し、出会った同族の集団と協力し、更に移動する。獲物を見つけると策を講じ、必要な装備を身に付け襲撃する。ゴブリンが社会を形成し始めているという話は、今まさに砂漠で行われていたことだった。

「ということは、さっきのゴブリンの帰りを待っている仲間がいるってことなのかな」

狩りに出るものがいるのだから、家を守るものもいるはずだ。

「そうですね。町に戻ったあと砂漠を広く調査する依頼を出すことにします」

ディーンの言葉に組合員はそう答えた。


3日目の夕暮れ。一夜を過ごす水場に到着し少し休んだあと、ディーンはガレアに呼ばれ2人は皆から少し離れた場所へ移動した。

「先程のお前の戦い、無様な戦い方だった」

やっぱり見られていた、とディーンは顔を強ばらせる。

「一度引いてからは多少まともになったが、それでもまだ荒い」

俺の言葉を覚えているか、というガレアにディーンは答える。

「武器に操られてはいけない、と」

ガレアは頷く。

「人が武器を操らなければ、その者は強くなれない。先日のバルドへの一撃で少しは出来るようになったかと思ったが、やり直しだ」

そう言ってガレアは武器を抜いた。旅に出た当初、ディーンが使っていたものと同じような形の細剣。

ガレアは細剣での戦いを得意とし、それを2人に教えたのだ。アッシュは早い段階で盾を使うことにした為、その教えを最後まで受けたのはディーンだけだった。

ガレアが構えたことでディーンも黒刀を抜くしかなかった。正眼に構え、刀を返す。

それを見たガレアは刀を戻すよう言った。

「でもこれは」

鉄を斬る、それを言おうとしたディーンをガレアが遮る。

「それが慢心だ」と。


「お前の刀が、俺の剣を捉えることができる。そう思っていることが慢心だ」

そう言った直後、ガレアは真っ直ぐにディーンへ走り、喉元に向かって細剣を突きだしてきた。

ディーンはそれを下から払おうと黒刀を振り上げる。

黒刀が剣に当たる直前、ガレアはわずかに細剣を引き、それをかわすと再度突きだし、切っ先はディーンの喉に当たる直前で止まった。

二段突き、とも言えるガレアの動きはとても速く、ディーンには黒刀が剣をすり抜けたように見えた。

「何物をも斬れる刃も当たらなければ意味がない。また、錆びて斬れなくなった刃でも急所を狙えば殺すことができる」

それからしばらく2人は基本に立ち返り武器を振った。

細剣を納め、皆のもとに戻るガレアの背中に頭を下げ、ディーンは明日の戦いに向け気持ちを引き締めた。

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