第31話
カーディフを出て3日目。その日は朝からファングの様子がおかしかった。
ピクピクと耳を四方に向けながら、何かの気配を感じているがその正体を掴めていない、そんな状態が続いている。
事実、見渡す限りに広がる一面の砂上には何者の姿もない。
「警戒を怠るな」
冒険者達は交替しながら荷馬車の護衛に当たっている。
今はガレアを先頭にアッシュとディーン、ライアンが荷台を降り、荷馬車を囲むようにして歩いていた。
「あの砂丘を越えたら護衛を交代する。バルドとヴェラは準備しておけ」
ガレアはファングの異変を察知してからずっと護衛に当たっている。そうなると自然にアッシュとディーンも休むわけにはいかない。
唯一ライアンだけが、ガレアの言葉にほっと息を吐いた。
いつ襲われるかも分からない状況の中での護衛は、酷く体力を消耗させる。
明日にはリザードマンと戦わなければならない。槍の扱いには慣れてきたとはいえ、未だに戦いを経験せず、何者も殺したことのない自分が、こんな気持ちできちんと役割を果たすことができるのだろうか。
そんなことを考えながら、ふと遠くを見たとき、砂がおかしな動きをしている気がした。
砂漠の上を吹く風に、サラサラと砂が流される。その直後、ほんのわずかに砂が動く。砂を、被り直しているかのように。
「皆さん、止まってください」
部隊の右側を護衛していたライアンが叫ぶ。
「あれを見てください」
ライアンの指し示す方角にはなだらかな砂丘。その斜面を皆が見つめるが特に変化は感じられなかった。
「ヴェラ、何か視えるか?」
アッシュの言葉でヴェラが眼帯を外す。
「何も、視えないね」
しかし結果は変わらない。
「ファング、行けるか?」
アッシュに言われファングはライアンの指し示した方向へ走り出す。
着いた場所でスンスンと鼻をならし、突然砂に顔を突っ込むと噛み砕く音が聞こえ、ぐったりとする何かをくわえて砂から引っ張り出した。
「あれは、亀?」
アッシュは言い掛けてすぐにそうではないことに気がつく。
「違う、ゴブリンだよ!」
それは自分より先にヴェラによって訂正され、続けてヴェラが叫ぶ。
「囲まれてる!」
ヴェラには視えた。大量のゴブリンが砂の中から四方八方飛び出してくるのが。
ヴェラが叫んだ直後、それは現実のものとなった。
「位置につけ!」
ガレアの指示で皆が動く。荷馬車を一ヶ所に集め、ガレアとバルドが前後につき、左にアッシュとヴェラ、右にディーンとライアンが位置どる。
「一匹たりとも荷馬車に近づけるな」
そう言ってガレアが前方のゴブリンの集団に突っ込み、「おう」と答えたバルドは荷馬車から少し離れたところで、後方から来るゴブリンの前へと立ちはだかった。
「俺が先に行くから何か視えたら教えてくれ」
アッシュの言葉にヴェラが頷く。
ざっと見たところゴブリンの数は20程度。四方を同数で囲まれたとすれば80以上の数がいる。
一刻も早くこの場を片付け、ディーンとライアンのいる側に向かわなければならないとアッシュは思った。
「ライアンさんはここで待っていてください。ファング!戻って」
黒刀を抜きゴブリンの集団へ走り出そうとするディーンをライアンが呼び止めた。
「俺も、一緒に戦わせてください」
判断に迷っている時間はなかった。断ることはできたが、彼も今成長しようとしている。
「わかった。くれぐれも後ろを取られないで」
ディーンはライアンの言葉に頷き、ファングへ呼び掛けた。
「ライアンさんを頼んだよ」と。
ガレアが現役を離れ商隊の護衛をするようになってから、戦いらしい戦いはなかった。あったのは荷物を狙う野盗や数匹の魔物の襲撃。
街道沿いには小さないざこざはあれど、冒険者をしていた時のような危険はない。
しかし今日は違った。目の前には20にも及ぶゴブリンの群れ。たかがゴブリンといえど数が集まればやっかいなものとなる。
昔を思い出し、気分の高まるガレアは集団にぶつかる直前、走る方向を変え手薄な部分へ飛び込むと素早く二匹の喉を裂き、再度方向を変える。
周りから少しずつ斬り倒されていくゴブリンは、全て一太刀で喉を裂かれていた。
「さぁて久しぶりにお前らの相手をしてやるぜ」
今目の前にいるゴブリンとは、当然初めて出会ったわけだが、バルドにとってゴブリンはどれも変わらない。単純で弱く、数が多い。そんな魔物が、バルドは大好きだった。
「ここのところすっきりした戦いに縁がなくてな」
肩に大剣を担いで近づいてくるバルドを警戒し、ゴブリン達はギャッギャと喚いている。
「ああ、そうだな。お前達は臆病だもんな」
そう言って担いでいた大剣を下ろし、砂へと突き刺す。
「ほら、これでいいか?」
両手を上げ肩をすくめる。
そんなバルドを見て三匹のゴブリンが走りだし飛び掛かってきた、直後。
一閃、砂から抜いた大剣を大きく薙ぎ払い、三匹は同時に切り殺される。
「さぁて、次はこっちから行くからな。逃げんじゃねぇぞ」
砂を蹴り、走るバルドの顔は笑っていた。
「ヴェラ、前に出すぎだ」
アッシュの声にヴェラがふと我に返る。
先が視えてしまうから、それに合わせて動いているうちにどうやらアッシュよりも前に出てしまっていたらしい。
「すまないね、また調子にのっちまったよ」
一旦下がりアッシュの後ろにつく。気がつけばゴブリンの数は半分ほどになっている。
「左から二匹、その後右からくるよ」
ヴェラの指示に機敏に反応し、アッシュは即左から来るゴブリンを魔人の斧槍で叩き斬ると、直後、右から攻めるゴブリンの攻撃を盾で受け止め、盾の上部に取り付けられた竜の爪をゴブリンに引っかけ引き倒し、斧槍を振り下ろした。
「あとは俺一人で大丈夫だ。ライアンさんを頼む」
アッシュの言葉に「はいよ」と返事を返し、ヴェラは荷馬車を飛び越えた。
両手に持つ竜の棘は、面白いようにゴブリンを切り裂いた。振るえばそれがどこに当たろうが簡単に切り裂く。始めはそんな戦い方をしていたが、視界の隅にガレアを捉え、ディーンはゴブリンから一旦距離をとった。
正確に、確実に防御の薄い喉を切り裂くガレアに対し、自分は武器の性能に頼り、なんと雑な戦いをしていたのだろう。
かたや横を見ると、ライアンは丁寧にゴブリンの喉を狙って槍を突いていた、ガレアの教えの通りに。
ディーンは深く息を吸い、吐き出す。
改めて刀を握り直し、再度ゴブリンの集団へと突っ込んだ。次は丁寧に戦うことを意識しながら。
ライアンはディーンが舞っているのかと思った。
昔、村の祭りの時に見た、水や風を表す舞。激しく動きながらも静かで、静かに動きながらも鋭い。
ディーンの戦いを見て、ライアンはそう思った。
思った直後、慌てて槍を突き出す。
ライアンの槍によって喉を突かれたゴブリンが、黒い液体を口から溢れさせながら倒れていった。
倒したのは今のゴブリンで三匹目だった。ファングが右へ左へと移動し、ゴブリンをライアンの正面に張り付ける。そこから飛び出してきたゴブリンに教わった通りに槍を突き出すと、それは吸い込まれるように喉に刺さった。
自分も戦えると自信が持てた。しかし三匹目を倒し顔を上げたとき、残りのゴブリンが全てディーンに倒されているのを見て、今夜の練習も頑張ろうとライアンは心に決めた。
「なんだ、こっちも終わってたのかい」
荷馬車を飛び越えヴェラが言う。
「はい!ディーンさんすごいんです。まるで」
「しゃがみな!」
戦いの後だからか、少し気分の高揚しているライアンがヴェラへ近づこうとした時、不意にヴェラが叫んだ。
反射的にライアンがしゃがむのと、砂の中に隠れていたゴブリンが飛び出すのが同時だった。
空を切り裂く音をたて投げられた竜の爪の短剣はゴブリンの肩に刺さり、ゴブリンが砂の上に落ちたところをファングが噛みつき頭を砕いた。
「ありがとうございます」
しゃがんだままの姿勢でライアンは頭を下げた。




